戦場の歌姫
霧谷がシバガミと戦闘を始めた丁度同じ頃、白石姫百合も接敵しようとしていた。しかしその事実は、テレビ中継のような形でこの様子を傍観している久茂野とエンコウしか知らない事実だった。
突然場所が変わり、たった1人で放り出された彼女だが、慌てたり騒いだりせず、冷静に周囲の様子を伺っていた。
いや、その様子はむしろ、伺っているというより、好奇心でキョロキョロしているだけのようにも見える。実際のところは、白石本人にしか分からない。
「んー、ここは……」
薄暗くてよく見えないが、その空間はとても見覚えがあった。床に白、赤、青の各色でラインが引いてあり、バスケットのゴールポストらしきものが4ヶ所にある。
「なつかしー。体育館だー!」
白石は、わざと足を滑らせ、キュッキュッと床を鳴らしてアハハと笑う。いきなり別の空間に移動させられ、仲間とは離され、敵陣の中で孤立させられたとは思えない態度である。
見上げると、ボンヤリと天井が見え、何やら黒い塊がポツポツと点在している。多分引っかかったバレーボールか何かだろう。
「天井サーブとかやっちゃったんだろうなー。ってか、ああ! あれはー!」
白石は慌てて駆け寄り目を輝かせる。その先には、全校集会や発表会などを行うステージがあった。
薄暗くて足元がよく見えない。そもそも敵の本拠地なのだから、どんな罠が仕掛けてあってもおかしくない。出口か他の仲間を見つける事を優先した方がいい。など、霧谷桐華なら冷静に考えたであろう。
しかし、彼女、白石姫百合は、何の躊躇いもなくそのステージによじ登って満面笑みを浮かべた。
「姫ちゃんのステージだぁ……!」
彼女が所持する施設で無い事は言うまでもない。しかし、彼女の為に用意された舞台であるとは言えるかもしれなかった。何らかの意図があって、ここに飛ばされたのだろうから。
分断され、隔離されたこの状況。既に敵の攻撃は始まっている。にも関わらず、彼女は何故か感動し、しんみりと何かを噛み締めるように小さく体を震わせる。そして、一気に己が対怪異武器、『ステージ・セット』を展開した。
ACBの戦士が持つタリスマンの中で、最も異質で異形であるとも言える白石姫百合のソレは、半透明の菱形で、30センチほどの薄い板状になっている。それらが大量に重なり、普段は白石の背負う翼のような形をした装置に収納されている。
特別な操作は必要無く、白石の脳波に反応し、彼女が思った通りに飛び回り、自動的に攻撃、防御行動を取る自動支援兵器。SF作品にしばしば登場する、ビット兵器と呼ばれるものを想像してもらえれば分かりやすいだろうか。
次々と装置から飛び出すセット達は、4枚が連なりクローバーの様な形を取って回転を始め、そしてカラフルに発光する。まるでミラーボールの様だった。
体育館の舞台が一変して、華やかなステージと化した。
「綺麗になった! それじゃあちょっと歌っちゃおうかなー!」
うずうずした顔で、白石は言う。そんな彼女の口元に、30枚のセットが飛んで来て、銀色の球になる。どうやらマイクの役割を果たしているらしい。
白石は何度か「あーあー」と宙を浮く球に向かって発声し、両手で唇を挟んで軽く揉みほぐす。そして、準備万端と言わんばかりに小さく頷いて、背中の収納装置にあるボタンを押した。すると、大音量で音楽が流れ始める。
激しいロック調のソレは、何と白石姫百合が自身で作詞作曲したオリジナル曲であった。
「それじゃあ一曲目はー! 姫ちゃんのぶち上げソング! ステージ1『戦う乙女』いっくよー!」
セットが激しく発光し、リズムに合わせて白石は左右に揺れる。
「おーとめがー! ひーめたとうそーうしーんー!」
白石が元気に歌い出す、そして、残るセットが競技場に向かって一斉に突撃を開始した。
『わああっ!?』
突撃の先にいた、たった1人の観客は驚愕して、自身を翼で覆い防御する。しかし、迫り来る大量のセット達はあらゆる方向に散り、各所から対象に向かって突撃する。
ただの舞台装置なわけが無い。半透明の板に見えるソレらは、全て鋭利な刃となっている。ハード・オニキスのコーティング加工を施した、対怪異用の刃。装置内に収納されている数はなんと1000枚。その内100枚は現在『姫ちゃんライブ』に使われており、400枚は装置に待機しているので、残る500枚が対象を囲み攻撃する。
『な……なによコレ! どーゆー仕組み!?』
蹴ったり払ったりして防ぐか、もしくは避けようとするが、防御の合間を縫って小さな刃が斬りつけてくる。あっという間にキジマの体はズタズタに裂かれ、とうとう胴を貫かれてしまった。
腹を貫通した無数のセットが、くるりと方向を変え、更に斬りつけてくる。ふわっと撫でられただけで硬い羽毛が紙のようにパラパラと散っていくほど尋常じゃない切れ味だ。
『ああああ! ウッザい!』
両翼を展開し、大きく羽ばたきながらその場で回転する。すると、徐々に風が強くなっていき、最終的に旋風と化した。鋭利で素早いが、その分軽いセット達はなす術なく吹き飛ばされ、白石の装置へと帰還する。
『はぁ……はぁ……ったく……ハズレじゃないのコイツ……こんなのシバガミの領分でしょうよ』
キジマは千切れかけの翼や、貫かれた腹を見て愚痴をこぼす。心の底から自分が可哀想だと思った。だがそれは、ダメージを受けた事にじゃない。
彼女の目の前で、いまだに歌い続ける人間の女。既に戦いは始まっているというのに、目の前の敵に目もくれず……いや、何故か今ウィンクされた。敵に謎のファンサを送る様なイカれ女の相手をしなきゃいけない自分の境遇に心底うんざりする。
『え、ちょ……マジで何なのコイツ……ねぇちょっと、アンタさ』
「あーなたーがー! わーたしのきーもちにーきーづいてくーれるまでー! たーたかうからー! 斬って! 突き刺して! つーらぬいて! みーせるからー!」
聞く耳を持たない。夢中で歌い続けている。
『歌うのをやめなさいよ! え、見えてる? アタシの事見てる? あ、ウィンク……投げキッスすんな! ふざけてんの!? ねぇちょっと!』
両翼をブンブン振って叫ぶが、白石はサビを気持ちよく歌っているだけで全く反応が無い。振りすぎたせいで、千切れかけてた右の翼が完全に落ちてしまった。
そこから約3分。キジマは白石が歌い終わるのを大人しく待っていた。下手に動けばさっきの攻撃がまた飛んでくるだろう。翼が無い状態では、旋風による防御も出来ない。一方的にボコられるだけなのはゴメンだった。
一方的にボコられる。とはいえ、負けるつもりなど毛頭無いが。
音楽が止み、どこからともなく歓声が上がって、白石は笑顔で手を振る。
「みんなー! ありがとー! 姫ちゃんこんな楽しいライブ久しぶりだよー!」
『誰に言ってんのそれ』
「どんどん盛り上がっていくから! みんなー! 一緒に熱くなっちゃおうねー! じゃあ次の曲!」
『いい加減にしなさいって!』
落ちた翼を投げつけて、キジマは怒声を上げる。ふざけ無しでマジでキレていた。羽毛が逆立ち、鋭い眼光を白石に向ける。
流石に巨大な物体を投げつけられては、白石も無反応ではいられない。投擲された翼は、瞬間に無数のセットによって弾き返されたが、白石は不服そうに頬を膨らませる。
「ステージに物投げるなんてマナー違反どころか犯罪だよっ! 姫ちゃんのアンチなの!?」
『わけわかんない事言ってんじゃないわよ! 敵同士でしょうがアタシらは!』
「敵……? 姫ちゃん、みんなのアイドルだから、誰かに嫌われても姫ちゃんは嫌ったりしないよ?」
『その割にはズタズタにされたけど? アンタ頭おかしいんじゃないの……?』
自身の状態を見せる様にキジマは左翼を広げる。白石は大きな目をぱちくりとさせて、その様子を観察し、小首を傾げた。
「すごーい、何でアナタまだ立ってられるの? お腹に穴まで空いてるのに……そのくせ再生はしてないのに、平気で喋って、なんなら自分の取れた体の一部投げつける体力まで残ってるなんて……痩せ我慢じゃないよね?」
驚愕する白石に、キジマはクチバシを歪ませて不敵な笑みを浮かべる。
『痩せ我慢? 何でそんな事する必要があるのよ? 攻撃は受けた、でも残念ながらアタシはこれっぽちのダメージも受けてないわよ』
そう言って、その場で舞う様にくるりと一回転する。
「ダメージを受けてない……不死身なの?」
『見りゃ分かんでしょ。アタシは死なない、そういう能力なのよ。ああ、あと』
そう言って、キジマは落ちている自分の右翼に視線を向ける。
『アンタと同じ様な事も出来るわね』
バサバサッと羽音が鳴り、直後、巨大な影が白石に向かう。勿論、セットが瞬間に飛び出して対抗するが、今度は弾き落とす事は出来ず、その場で対象とぶつかり合う結果となった。
「わぁ、コレは」
空中戦を繰り広げるセット達、その相手は、意志を持つかの様に動く無数の羽だった。
『驚いたわよ、ヒト風情がアタシと同じ事が出来るんだもの。ビックリして防御が疎かになっちゃった。まぁ、どれだけ攻撃しようが、アタシは死なないんだけどね』
バチバチと打ち合っていたセットと羽が、それぞれの主人の元へ一時帰還する。羽はキジマに纏わり付くように集まると、右翼を再生させ、腹の穴も塞いでしまった。
「んー」
『はい、これでリセットね。最初からやり直しましょうか、どこからでもかかってらっしゃいな』
綺麗に直った翼を器用に動かし挑発する。対する白石は、その行動に大した反応は見せず、何かを考えているようで、腕組みをしながら小さく「うーん」と唸っていた。
『なによ、作戦考えてんの? いいわよ、圧倒的に力の差も能力の差もあるんだから、絞れるだけ知恵を絞りなさいな。どうしたって、叩き潰してあげるけどね』
クスクスとイタズラっぽく笑うキジマ。そんな彼女に、白石は「うん」と何かを決めて頷いた。
「よし、2曲目を変更しよう!」
『……あ?』
言うが早いか、白石は自分の周りを漂うセット達に指差ししながら照明の位置などを指示する。
『……アンタ何やってんの?』
「えー? そりゃ、曲に合わせた演出にしないと、盛り上がりきらないでしょ? セトリ途中で変えるのほんとはヤなんだけどー、まー、仕方ないかなーって」
羽毛で覆われているはずのキジマの額に、青筋が浮かび上がる。目がピクピクと痙攣し、何か言葉を発しようと開けたままのクチバシからは、大きなため息が溢れただけだった。
そんな事は全く気にせず、白石は両手で頬を揉み、口元のマッサージをしている。
『あー、あーあー、そう、あっそ、分かった分かったはいはい、あくまでもふざけんのね、そーゆーキャラなのね、じゃあ……全力でぶち殺してやるから覚悟しなさいよアンタ。最期は泣きべそかかせてクッソ惨めに恥ずかしい思いさせて死なせてやるからァ!』
怒りを露わにするキジマに、白石は指を差し、ウィンクしながら言う。
「そんなイライラも! 姫ちゃんの歌で溶かしてあげるから! それじゃあ2曲目! ステージ2『私は恋のガーディアン』!」
周囲のセットが再びカラフルに輝き出し、激しいメロディーが鳴り響く。
ライブはまだ始まったばかりだ。




