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傍観

 気付けば久茂野は、居間にいた。広々とした、少し古めかしい居間。電子レンジみたいな大きさのテレビがあって、部屋の真ん中にはこたつがあり、その上にお盆に入った蜜柑が数個あった。


「うーわっ」


 久茂野は思わず落胆の声をあげる。落胆というか、諦めだった。こたつに入りこちらを見つめる小さな瞳。たっぷり蓄えた白い髭は、その者の表情を読ませない。


 老人は、小さく手招きする。


「立っとらんで座り。お前さんが兵士やない事は分かっとるで別に手ぇ出したりせん」


 テーブルの上をぽんぽんと手のひらで叩き、老人はしゃがれた声で言う。敵意のようなものは感じない、まるで普通のお爺ちゃんのようだった。


 久茂野は出来るだけ平静を装って、やれやれという風に両手を上げる。


「信用しろって? いやぁ、無理でしょ、さっきだって私殺されかけ」


「座れ、言うとるやろ」


 表情は読めないが、声色の重みが変わった。締め付けられるような圧力を感じ、気を抜けば腰を抜かしてしまいそうだった。


「……え、あ?」


 気が付けば、久茂野はこたつに入り、老人と向かい合ってお行儀よく座っていた。


 断言する、決して屈したわけではない。むしろ動かずにいたぐらいなのだ。腰を抜かしてその場に座り込むならまだしも、あろうことか敵前でくつろぐつもりなんて、発想すら無い。


 状況を把握できず唖然とする久茂野を他所に、老人は蜜柑をひとつ取り、半分に割ってちまちまとつまみ始めた。


「言うたやろ、お前さんに危害を加えるつもりは無い。なんやったら指一本触れるつもりも無い。終わるまでここでゆっくりしとったらええ」


「……なるほどねぇ。目的はイマイチ分かって無いけど、目当ては戦闘員のみんなってわけ? 非戦闘員の私は用無しだと」


「そうや。テレビ見てみ、映っとるやろ」


「テレビ……って、うわマジか」


 小さなテレビ画面が、更に四分割されてかなり見えにくいが、はぐれた仲間達がそれぞれ映っている。霧谷と白石は冷静に見えるが、大橋と滝川はかなり焦っている様子だ。特に滝川は慌てふためいている。


「ベテラン組は流石だね。けど滝川君はなんでザマだよ……大橋ちゃんは仕方無いにしても君はあの鳴子ちゃんの部下で色んな修羅場を潜り抜けた経験があるだろうがよ。私の作ったハンマーがあるんだからもっと自信を」


「あの武器お前さんが作ったんか。若いのに、よおやるな」


 老人はうんうんと小さく頷いて、テレビを指差しながら言う。


「丁度ええな。力比べしよか」


「なにぃ?」


 思わず間抜けな声が出る。なんだ結局戦う気なのかこのジジイ、と、久茂野はがっかりした。


 まいったな、絶対殺される。まだ死にたくない。


「お前さんが作った武器と、うちの若いもん、それから……ワシが作った肉人形、どっちが強いかやな」


「肉人形? てか、アンタも作る側なのか。へぇ、興味深い、てっきり超人的なパワーとスキルに物言わせてねじ伏せるだけかと思ったけど」


「小賢しい小手先もやるよ。ものごとバランスが大事やからな、力だけやなくて、頭も……いや、使えるもんはなんでも使わんと生きていかれへんよ」


 まぁ、と、老人は湯呑みで熱い茶を一口啜ってからくしゃりと微笑んで言う。


「ワシひとりで全部潰してしまう事も出来るんやけど。そやかて、楽できるんやったらしたいやんか」


「……そりゃそうね」


 要するにいつでも殺せると。目の前の小柄な老人はそう言っている。残念な事に、ハッタリではないのだろう。


 戦う術を持たない久茂野にはどうする事も出来ない。ただ大人しく、まるで祖父と孫のように、仲良くこたつに入って、仲間達の死闘を観戦するしか無かった。


「お、はじまりよる」


 画面の中で、霧谷が何かに反応していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 薄暗くてよく見えないが、おそらくは木製の受付カウンターテーブルのようなものが目の前に見える。部屋の隅には同じく木製の小さな椅子が並べられ、小さなテレビが設置してあった。


「飲食店……いや、宿泊施設の受付ロビーか何かか」


 冷静に、霧谷は小型のライトを胸ポケットに取り付け、辺りを照らす。部屋の様子は村の時と同じ、人の気配は全く無いが、異様なまでに綺麗だった。まるでついこの間まで使われていたかのような、すぐにでも誰か出てきて受け付けをしてくれそうな、そんな雰囲気だ。


 決して狭い空間では無いが、色々な物があって広々とは使えそうに無い。


 玄関のドアノブを掴み、回して押したり引いたりしてみるが、ガタガタと音は鳴るものの、開きそうには無い。


 それはそうだ。なにせ閉じ込められたのだから、出口などそう簡単にあるわけが無い。というか、そもそも出口があるかどうかも怪しい。


 そうなると、さて、この視界の悪い中、霧谷はいつどこから襲われてもおかしくないというわけだ。


 しかし、気配は無い。足音とか、衣擦れの音とか、扉の開閉音とか、軋む音とか、そういう何かの気配を感じれる要素は何一つ無かった。


 ここに敵はいなくて、ただ霧谷を閉じ込めて、そのまま永遠に閉じ込めて、餓死させる作戦、というのも考えられる。というか、霧谷がもし敵の立場で、相手にその手が通用するのなら、全員そうしてしまうと思う。


「…………」


 呼吸を整え、霧谷は周囲の探索を開始する。目的はとりあえず出口の発見として、まずは今いるフロアをゆっくりと歩き回る。


 改めて見ると、思ったよりも綺麗だった。散らかっているわけでも無く、埃を被っているわけでも無い。内装や家具に破損があるわけでも無く、汚れなんかも見当たらない。


 ただ、どれもこれも時代を感じる。テレビなんかまだブラウン管だ。


「……当たり前か、ずっと昔に廃村になってしまったんだもんな」


 テレビの電源を押してみるが、何も映らない。続いて椅子やテーブルを軽く押して動かしてみる。力を込めると、ズズッと音を立てて少し動いた。


 どうやら、ここにある物は全てちゃんと存在している物らしい。空間そのものが幻覚かとも疑ったが、とりあえずは自分の感覚を信じて良さそうだ。というか、状況が状況なだけに、信じるしか無い。


 経験を積んできた。人智を超えた力を持つ怪物達と戦って、今日まで生き残ってきた自分の感覚、直感、勘。自分のものであるはずなのに、どこか他人事のように、頼るしか無い。


 ほんの少し、天童鳴子の事を思い出す。彼女だって歴戦の戦士だった。自分の腕を、技術を、そして直感を信じて戦ったはずだ。なのに、結果は。


「意味なんて無いのかもな」


 やはり孤独というのは人をマイナス思考にするのだろうか。信じるしか無いと思っていたものを、こうもあっさり否定してしまうなんて。


「……俺だけ、か」


 他の班員も同じ目に遭っているのだろうか。だとしたら心配だ。白石はああ見えて優秀な戦士だが、滝川と大橋は違う。滝川はまだ未熟なところがあるから、本当はまだ誰かそばについてやらないといけない。大橋に至っては戦士ですらないのだから、きっと怯えているだろう。パニックを起こして、無謀な事をしてしまうかもしれない。


 というか、一番まずいのは久茂野だろう。あの人は装備も持っていない。対抗手段が無いのだから、そもそもはぐれた時点で詰んでるようなものだ。さっき戦った怪物1匹にバラバラにされてしまう。


「……はぁ」


 霧谷はため息を吐く。深呼吸だったかもしれない。


 焦ってはダメだ、最悪は常に想定しておかなければならないが、それと自暴自棄になるのは違う。全てをどうにかしようと焦ると、全てを投げ捨てる結果に繋がる。


 魚を食べる時と同じだ。一気に食べようとすると骨が刺さって口内や喉を怪我する。身をほぐし、一本一本丁寧に骨を取り除けば、問題無くなる。大事なのは、目の前の問題からひとつずつ確実に解決していく事。


 だから。


 霧谷は剣を振った。


『なンッ!!!!!!』


 当たった。しかし浅い。


「やはり冷静じゃないな、今の俺は」


 せっかく綺麗に整えられていたテーブルと椅子が大きな音を立てて砕け散る。上から何かに押しつぶされたような破壊のされ方だった。しかし、その原因となるものは見当たらない。


「…………」


 周囲には何も無い、何もいない。足音も、呼吸音も、衣擦れの音も、心音だって、自分のもの一つだけ。


 それでも、霧谷は剣を振った。


『ンだよッッッ!!!!!』


 ()()()という重い衝突音。霧谷の振った剣は、巨大な犬の怪物の爪を弾いていた。


「……しまったな」


 霧谷は向き直り、しっかりと剣を構える。爪を弾き、驚愕の声を上げた怪物は、再び姿を消していた。


 しかし間をおかず、霧谷は三度みたび剣を振るう。今度は真上に大きく。


『ギャアァンッ!』


 凄まじい悲鳴をあげ、怪物は床に転がった。今度こそしっかりとその姿を捉える。


 茶色い、犬のような巨大や怪物。柴犬に似てるような気もしたが、残念ながらそれほどの愛くるしさは無い。口が耳まで裂け、血が溢れ出ているのも相まって、凄まじい形相になっている。


『ンの野郎ぉ……! お前……お前お前……! ()()()()()()……!』


 ガルガルと牙を剥き、犬は『ガバァッ』と血を吐き散らす。恐ろしい形相で霧谷を睨むが、彼は平然として剣を向けていた。


「消えるのがお前の能力か? いや、多分違うだろ、なんか違う気がする」


『この野郎……! 質問してんのは俺なンだぞ! 3回……3回も……3回だ! 全部防ぎやがって!』


「……お前の質問にわざわざ答える必要は無い……のはお互い様か。残念ながら、俺はお前が思うほどすごい人間じゃ無い。たまたまだ」


『アァン……?』


 頭に血が昇るのを感じた。たまたま、それは偶然という意味だろうか。


 シバガミは口を震わせガチガチと牙を鳴らし苛立ちを隠そうともしなかった。


 殺す気でやったのだ。手加減などするはずが無い。ちゃんと殺す気で、奇襲をかけた。確実に殺せるように隙を狙った、死角を狙った、急所を狙った。仕留め切れる要素しか無かったのに、なのに止められた。3回やって、全て失敗に終わった。


 それが、偶然だと。


『おいボケナス白髪頭……バカも休み休み言えよ……説明がつかねぇだろうが俺の攻撃が失敗に終わった事のよぉ……』


 苛立つ犬に、霧谷は少し困ったような表情を浮かべながら言う。


「そうは言われてもな……お前の能力の正体すら俺は分かってない、ただなんとなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がお前で、この状況ならどんなふうに攻撃するだろうと考えて、その行動に当てはめて対応する。だから、あくまでも勘だ、当たってくれて良かった」


 言っておくが、と、霧谷は鋭い眼光で犬を睨み返しながら言う。


「俺に出来ることは俺の仲間は俺以上に出来る奴らばかりだ。あまりナメるなよ」


 直後、激昂した犬が大きな口を開けて飛びかかってきた。しかし、その姿は直前で消える。編集でカットされた映像のように、なんの痕跡もなく突然に消える。


 迎撃の構えを取っていた霧谷は、何も無い空間を2本の剣で斬ってしまう。空振り、両腕は大きく開かれ、胴への攻撃路がガラ空きだった。


 しかし、彼は一切の動揺を見せず、瞬時に剣を変形させる。巨大な銃となった2丁の銃口は、空ぶったはずの前方の空間に向けて火を吹いた。


 巨大な銃の反動、しかも2発分。鍛えた大の大人の霧谷を後方へ仰け反らせるには十分な威力。ドンッと突き飛ばされたように霧谷は後方へ数歩下がっていく。


『コイツ……! マジで見えてねぇのか!? ありえねぇだろうがよォォ!』


 2発の銃弾が粉々に家具を砕き、舞い上がった埃の煙の中から、息を荒げる犬が現れる。どうやら必死に銃弾を避けたらしい。


「外したか、ちょっと誘い込ませてもらったが……中々上手くいかないな。白石や深夜、いや、銃なら望の方がもっと上手くやったのかもな」


 いや、アイツなら、こんなでかい銃使いにくいって文句を言うか、と、戦闘中にも関わらず、療養中の友人を思い出す。


「見舞いにも行かないとな……その為にも」


 呟きながら、今度は霧谷が犬に向かって行く。跳ねるように急接近し、銃口をしっかりと犬の頭部に向ける。


『バカが! テメェごときに出来る事が、俺に出来ねぇとでも思ってンのかァ!!』


 再び姿を消して、霧谷の攻撃を誘う。今度は自分から懐に飛び込んできてくれた、もう外さない、予想していようが想定していようが、対応できなければ意味がないのだから。


 防御なんて貫いてやる、銃弾なんて弾き返してやる。


 今すぐその首に噛みついて。


「ここで……こうか」


 犬の巨大な口に、2本の剣が咥えられていた。いや、咥えさせられていた。


 剣に噛みつく形になったシバガミは、驚いたが、そのまま思い切り噛み締める。この武器さえ無くなってしまえば敵は無力なのだと、噛み砕いてしまえば問題無い。


「ふんッ!」


 二つの刃が左右に開かれる。大きかった犬の口は、更に大きく裂ける結果となった。


『〜〜ッ!! 〜〜ガボバッ!』


 たまらず姿を消し、身を潜める。


「……逃げたか、いや、この空間にはいるか……さてと……それにしても、白髪頭か……」


 霧谷は、髪を少しいじる。敵の言葉とはいえ、コンプレックスを指摘されて、ほんの少し気にしているのだった。

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