テスト
霧谷の武器の正体を見て、静は微かに高揚する。分厚い剣かと思っていたソレは、どうやら銃としての機能も備えているようだった。剣先に空いた穴は銃口で、そこから何度も火花が散り、敵を撃ち抜いていく。
彼氏がやっていたゲームを見ていた時、あまり興味が湧かなかったが、それだけはカッコいいと思えた武器に似ている。銃と剣が一体化している架空の武器。
ガンブレード。まさか実在していたとは。
霧谷は四方八方から襲いかかる敵を、剣で薙ぎ払い、距離をとってから的確に相手の頭を撃ち抜いている。全く焦りを感じない、少ない動きで攻撃を避け、作業のように冷静に対処している。
そんなふうに感心していられたのもそこまでだった。敵にとって、誰がプロか素人かなんて関係ない。むしろ戦力を減らせるなら、素人を優先的に狙ってくるだろう。
『グギギ、ゴゲ』
不気味に喉を鳴らしながら、怪物がジリジリと静ににじり寄って来る。その手には、金槌が握られていた。
「うわ、来た……ど、どこがどんな武器だったっけ」
静は慌ててスーツのあちこちを弄る。一通りの説明は聞いてるし、試着の際に動作確認だってした。ちゃんと動くはずなのだ。思い出せ、確か何か解除してからだったような気がするが。
しかし、都合良く敵が待ってくれるはずも無く。怪物が吠え、金槌を構えて飛びかかってきた。警告音が鳴り、ようやく敵の動きを認識するが、時既に遅かった。
怪物の金槌が、思い切り静の頭部に振り下ろされる。
ガンッ。という金属音が鳴る。
「あ……う」
金属音が、鳴った。それだけだった。
『ギギギ、ウギ』
思った通りの結果にならなかった事に、腹が立ったのか怖気付いたのか、怪物はギチギチと歯を噛み締め、更に連続して金槌を振り下ろす。
頭部だけで無く、胴も狙って何度も打ち付ける。
「す、すごい……」
しかし何度やっても目立った効果はまるで無かった。せいぜいやかましい金属音を何度も鳴らすだけ。
凄まじい防御力である。装着者である静には、音は聞こえるが、衝撃すら伝わっていない。
「……あ、そうだ反撃!」
装備の性能に気を取られ、現在進行形で命を狙われている事をすっかり忘れていた。静は今も殴り続けている怪物に、思い切って拳を振り下ろしてみた。武器を出せれば良かったのだが、まだ把握出来ていない、ちょうど手の届く距離に敵がいたので、とりあえず殴ってみる。
しかし、現役女子高生の非力な拳が、大した威力になるとは思えない。
普通なら。
『ギャアッ!』
振り下ろされた拳は怪物の頭頂に直撃し、そのまま頭を地面にめり込ませてしまう。怪物はバタバタと暴れ、身動きが取れないようだった。
「なんか……想定よりも強い気がする!」
モニターが反応する。表示される指示に従い、静は振り返って右脚を大きく振った。回し蹴りとなったその脚は、背後から近付いていた別の怪物の頭部に直撃する。
『ゴギャッ』
小さな悲鳴を上げながら、怪物は吹っ飛び、地面を転がった。
結果的に『蹴り』となったが、静は咄嗟に脚を振っただけで、そもそも蹴ったつもりなどない。力も体勢もまるで不十分だった、にも関わらず、この威力。
「す、すご」
「すんっ! 素晴らしいなぁ! さいっこうっ! さいっこうっだよ大橋ちゃあぁぁぁんっ!」
トンネル側まで退いていた久茂野が歓喜の声を上げる。目を輝かせ、手を振り上げる姿は無邪気な子供のようだった。
なんて、そんな呑気な事を言ってる場合じゃない。
「いや、もっと隠れててくださいよ! 高性能とはいえ守り切れるとは」
「攻撃力、防御力に関しては言う事無し! バックモニターによる死角からの攻撃察知、からのサポートシステムも完璧に動作してる! 後はギミックだ! 『パラノーマル・ウェポンシステム』を発動させて見せて!」
「ぱらのーまる……あ、それだ! そっか……音声認証も必要だったんだ」
呑気なのは自分も同じだった。既に戦場にいると言うのにどうしてこんなに緊張感が無いのか。自分だけが着ている高性能な装備に甘え、油断しているというのか。
気持ちを切り替え、静は左手で右手首を掴み、ヨロヨロと立ち上がる怪物を睨みつけながら叫ぶ。
「パラノーマル・ウェポンシステム! アクティブ!」
その声に反応し、両手首が黄緑色に輝く。次の瞬間、まるで液体が噴き出したように何かが両腕から飛び出した。 キラキラと黄緑色に光るソレは、まるで鳥の翼のようだった。滑らかな光沢は、綺麗で、とても鋭利に見えた。
深夜琴音が捕獲した鳥の怪異。その体の一部を武器として扱う。怪異宿しを擬似的に再現したと聞いた時、再現すると言った時は、それぞれが全く実感が湧かなかったが、こうして目の当たりにすると作った本人ですら驚きを隠せていなかった。
「うはぁああああっ! んまぁああああああ! わぁああああああああいっ!」
「き、きさい……光の流法みたい……カッコいいな」
奇声を上げる久茂野を他所に、好きな漫画のキャラクターを真似て、腕を構えてみる。刃のような翼を向けられた怪物は、唸って一瞬怯んだような素振りを見せたものの、再び金槌を握り襲いかかってきた。
静は、まるで熟練の戦士のように落ち着いて、タイミングを合わせ腕を振り上げる。直後、地面にボトリと何か重たいものが落ちた。
怪物の頭だった。胴体の方は、糸が切れた人形のように静な足元に横たわっている。
「あ、え、死んだ……?」
どうやら一体撃破したようである。しかし、その実感は未だ湧かない。静本人は全く力を入れていないのだ。目の前に映る指示通りに腕を動かしただけで、後は勝手に体が動いた。
「こんな簡単に……」
いいのかな。なんて、思って、すぐにそれは疑問に変わった。
何を? こんな簡単でいいのか、なんて、何に対して思ったんだろう?
変な違和感が、胸の内に現れる。しかし、その事について深く考える時間は無かった。
モニターが反応する。背後で倒れていた怪物が起き上がり、こちらに向かって来ているらしい。いつの間にやら身の丈の半分ほどある巨大な刃物を構え、跳ねるように近づいて来る。
激しく上下に動く相手に狙いが定まらない。斬り殺された仲間を見て学習したのだろうか。モニターは忙しなくピコピコと何かを表示しているが、うまく読み取れない。
装甲の硬さを考えれば、例え斬りつけられても平気かもしれないが、もし、万が一、あの巨大な刃がこの体を通るような事があれば、次に地面に転がるのは自分の頭だろう。
「ええっと……自分で考えた方が良いのかな」
跳躍し、狙いが取りにくい敵。着地のタイミングに合わせて斬れるだろうか。高性能のスーツだから、その辺は自動的に合わせてくれそうだけど、移動とか位置どりの判断なんてのは自分でした方が良いのかもしれない、いや、それこそさっきまで攻撃のタイミングまで指示を出してくれてたんだから、やっぱり機械任せの方が良いのか。
「大橋ちゃん! あれこれ考えるな! 君の脳波に反応してシステムの動作がチグハグになる!」
久茂野が叫ぶ。先程までの奇声ではなく、真剣な声で。その声に反応し、新たに2体の怪物が久茂野に向かって行く。
「え、やば」
「久茂野さんッ!」
頭の中でぐるぐるしていた思考が吹っ飛び、久茂野を守らなければという、想いに集中する。その瞬間、モニターの表示がピタリと止まり、直後、体が勝手に動いた。
静自身はなんの力も入れていない、もはや引っ張られるようにして体が動く。奇妙で不気味な感覚だった、自分とは別の力で全身を動かされている。しかし、そんな不快感に気を取られている暇なんてなかった。
「邪魔ァッ!」
叫んで、静は飛び上がる。跳躍した怪物と同じ高さに並んで、そして両腕を振り、頭と胴体を真っ二つに斬り裂いた。そして、そのまま急降下し、再び両腕を振り下ろして、久茂野に近付く2体の怪物を頭から真っ二つに斬り裂いた。
鮮血が飛び散り、周囲を赤く染める。スーツも、久茂野も。
「ありがとう大橋ちゃん。今のは普通に危なかった」
「呑気に言ってる場合ですか! 貴女1人無抵抗なんですから、もっとどこか遠くに隠れて」
「ああー、ごめんねごめんね。でももう大丈夫かも」
久茂野が背後をちょいちょいと指差す。振り向くと、あれだけいた怪物達が残らず地面に倒れていた。頭が破壊されていたり、上半身と下半身が別れていたり、煎餅みたいに平たく潰れていたり、粉々になっていたり。
ものの数分で、殲滅してしまった。
「流石だねぇ。私の武器の性能もさる事ながら、使い手がプロだと想定より高い水準の戦闘能力を発揮するねぇ」
「あれだけいたのに……これがプロの実力か」
高性能のスーツありきでようやく4体なのに対して、彼らはほぼ生身で残り全部。
「滝川くーん、どうだった? 君のタリスマンの威力は」
久茂野が手を振ると、滝川は紫色の巨大なハンマーを肩に担ぎ、ピースサインを送る。
「バッチリっす! それにしてもこれすごいっスね! 全然重く無いのに威力はバカ強いの!」
「君専用だからねー。登録されてる所有者以外が持つとあっという間に潰れちゃうよ。あとそのままシステムダウンしたら君だって潰れる」
「そーゆーの先に言ってくれます? 怖ぇよ」
「んあ……強力な武器には大きな代償が必要なもんだよ」
「教えてくれりゃ回避出来るリスクでしょうが!」
「白状するけど、普通に説明し忘れた。本当なら資料渡して毎回取り扱い説明するんだけどね、うん、今回ちょっとバタバタしてたから忘れてた」
ごめんね、と言いながら、久茂野は両手を顔の前で合わせる。滝川は何か言いたそうに口をパクパクさせていたが、諦めたようにため息に変えた。
「これで終わり……じゃないですよね」
静は辺りを警戒する。とりあえずモニターに異常は無いが、油断は出来ない。
「メインターゲットは恐らく例の老人だろう。奴の正体を暴き、対処しない事には解決しないだろうな」
「このまま村の奥まで進むしかないようだけど……なんか怪しいな。イマイチ目的が分からない」
久茂野は散らばった死体に目を向けながら言う。
「久茂野さん? 何か気になる事でも……?」
「ん? んー、いやね、やられかけた私が言うのもなんだけど、ちょっと弱過ぎるかなって」
久茂野が言うと、若干眉を顰め、霧谷も頷く。
「ええ、俺も気になっていました。やけに簡単だな、と。更に不可解な事に、コイツらには爪や牙といった、武器となる体の変異がまるで見られない。どいつもこいつもトンカチやナタといったありきたりな武装をしていた……何か妙なんだ」
確かに、と静は過去に会った怪異達を思い出す。その多くは人型というだけで、人間からはかけ離れた巨大な体躯をしていたり、鋭利な牙や爪、尻尾なんてものもあって、化け物と呼ぶにふさわしい異形の存在だった。
しかし、今回の襲撃で現れたのは、人ではないが、どこか、人間に近いような気がする。怪物である事に変わりはないが、怪異らしくないというか。とにかく奇妙であった。
「……とにかく今は調査を続けるしかない、攫われた二人の安否も気になる」
そう言って、霧谷が歩みを進めようとした。しかしその足は、一歩も踏み出す事なくその場で静止したままとなる。
他の全員も同じだった。再び戦闘態勢に入り、目前に突如現れた彼女を警戒する。
幼い少女だった。しかし、コチラを見つめるその目は黄色くギラギラと輝いており、ニヤリと歪む口元からは鋭い牙が顔をのぞかせている。一目で、普通の人間では無いと分かった。
「……ん、あれ?」
『すげぇな』
少女の姿、しかし、低く荒々しい男の声で彼女は言う。
『瓶をぶち壊したのにも感心したンだがよ。それよりも、やっぱ他のヒトらとは桁違いに強ぇンだな。流石専門の退治屋だぜ』
彼女はパチパチと手を叩きながらクックッと喉を鳴らすように笑う。
「何者だ。いや……何が目的だ」
霧谷に剣を向けられながら質問された少女の顔から、ニヤニヤとした笑みが消える。みるみるうちに不機嫌な、不愉快そうな顔に変わり、チッと舌打ちをした。
『なんだよお前。それが人にものを尋ねる態度かよ! ちったぁ骨のあるやつだと褒めてやったのにいい気になりやがってよぉ!』
少女は頭を掻きむしり、獣のような唸り声を上げながら、霧谷を睨む。
『ちょっとばかし腕が立つからっていい気になンなよなぁ! 所詮テスト用肉人形なンだからなぁ! その先がお前らにとっての本当の試練なンだからなぁ!』
「試練……? いや、それよりも、テスト用肉人形? コイツらはお前達の仲間じゃないのか」
首を傾げる霧谷の様子に、イライラしていた少女は少し落ち着いたように大きなため息を吐いて、鼻で笑う。
『ハッ、こんな雑魚どもが仲間だぁ? ンなわけねぇだろうが。テスト用だよテスト用! 分かンだろ? テスト、お前らみたいなのを試す為に頑張って捕まえてきたンだよ』
「捕まえてきた……まさか……お前ら!」
パンッ! と少女が手を鳴らす。
『ゴタゴタ喋る意味もねぇ。とっとと次のテスト始めンぞ。次は……俺らが相手だ』
ニヤリと笑う少女が、背景に吸い込まれるように消えていった。その直後、周りの風景も歪んでいく。電車の窓から見える風景のように、高速で移動しているようだった。
視界が眩み、思わず目を閉じる。全身を何かが駆け抜けていくような奇妙な感覚に襲われて、再び目を開けた時、霧谷は、白石は、滝川は、静は、久茂野は、その光景にただ驚愕した。
先ほどまでいたはずの田園は消え、屋内へと移動していたのだ。ポツンと一人、謎の建物の中に。
「……え? ひとり……?」
静は生唾を飲み込んだ。おそらく彼女にとってそれは最悪の事態だったから。
それぞれが別の場所に飛ばされていた。
『さて、第二テスト開始だぜ』
少女が不気味にケタケタ笑った。




