開戦
捕まえた白服の男を乱暴に床に放り投げ、不機嫌そうに茶色い柴犬のような特徴を持った怪物は唸る。少し遅れて、もう一人の男を同じように放り投げ、赤と緑のカラフルで巨大な雉に似た怪鳥が犬の隣に降りた。そしてため息を吐く。
そんな2匹の後ろから、一際大きな怪物が大股で歩いて来た。猪に似た頭を持つその怪物は『ぶるる』と鼻を鳴らし、自分を睨みつける2匹を不思議そうに交互に見つめた。
『おいこのデクノボウ。テメェなんで前にいた集団に車投げつけやがったンだ』
低いドスの効いた男の声で言いながら、犬は猪に牙を剥く。
『アンタが余計な事しなけりゃ、順番に捕まえられたかもしれないのにさ。アレじゃ逃げられちゃうじゃない』
犬に続いて雉も若い女の声で言う。しかし猪からはすぐに目線を外し、翼の汚れを気にしていた。
二人から責められ、激昂するかと思いきや、猪は後頭部をボリボリと掻いて申し訳なさそうに俯き、ボソボソとこもった声で言う。
『よ、弱らせようとしただけだ……別に邪魔する気は』
『だったら尚更余計な事すンな! そういうのを気付かれねぇでやれンのが俺とキジマなンだよ!』
キジマ、と呼ばれた怪鳥は大きく羽を広げて、そのまま自分の身を包む。再度現れた時は、人の姿へと変わっていた。カラフルで派手な衣装に身を包んだ長身の男性である。
『アンタの仕事はアタシ達のボディガードでしょうが。変に気ぃ回される方が迷惑だっつってんの。一応アンタもあの二人に認められたんだから、ちゃんと役に立ってもらわないと困るのよね』
キジマの後に続き、犬も体をほぐすようにぐるぐると両腕を回すと、みるみる縮んでいき、最終的には小柄な少女の姿へと変化した。しかし、態度は相変わらずのまま猪に向かう。
『新米は黙って自分が任された仕事だけしてりゃいンだよ。尻拭いする身にもなれボケ!』
『い、いや、おれは』
「シバガミ、キジマ、持ってきたんはこれだけか」
ぐったりと倒れる二人の顔を覗き込みながら、突如現れた老人は言う。たっぷりと蓄えた髭で表情が見えにくいうえに、ゆっくりと低く落ち着いた声をしているので分かりにくいが、どうやらほんの少し怒っているらしい。
その証拠に、さっきまで猪に対して強気に出ていたキジマと、シバガミと呼ばれた犬が跪き大人しくなっている。
「前に捕まえたよっつより質も悪いみたいやの。お前ら……奇襲しかけたんちゃうかったんか?」
『いや、それが……』
キジマがバツの悪そうな顔をする。その横で、シバガミが吠えた。
『いや違うンスよエンコウさん! このデカブツが俺達の邪魔をしたンス!』
「ほぉ……チョキ、ホンマか」
『いや、おれは……はい、すんません』
チョキ、それが猪の名前らしい。申し訳なさそうに俯く彼にシバガミとキジマは睨みつけて声を荒げる。
『エンコウさん! コイツ俺らが隠密やろうとしたのにわざわざ車ぶン投げて邪魔したンです!』
『コイツの所為で敵にも警戒されちゃったし……。残りは逃げちゃうかも……』
「そんで……お前らはどないするんや」
老人、エンコウは背を向けたまま二人に言う。
『も、もちろん今からでも追ってアイツらとっ捕まえて来ますよ! 前に来た奴らとか、さっき捕まえたコイツらより上玉っぽいし!』
『特に鎧みたいなの着てる奴は特別感あったしね。アレ使えたらもっと戦力になると思うわ』
二人が立ち上がり、溌剌とエンコウにアピールする。そんな二人の様子を、チョキは困ったように見つめていた。
「……やる気やな。活気があるんはええ事や……そんだけやる気があるんやったら……いちいち他人の所為にしとらんとさっさと動かんか、エエ?」
明らかに、怒気が含まれていた。周囲にかかった圧が桁違いだった。三体の怪異が怖気付くそのプレッシャーに、気絶していたはずの二人も思わず目を覚ました。
「こ、ここは……ギャアアッ!」
「なんっ、イギャアアッ!」
目を覚ました二人の視界が、再び闇に閉ざされる。しかし今度は意識を手放す事が出来なかった。気絶したわけでは無い、強制的に視界を奪われたのだ。その代わりに、味わった事のない激痛を顔面に与えられた。
エンコウは、二人の両目に自身の両手の指を突っ込んで、引っ掛けたまま引き摺っていく。二人は叫びながら暴れるが、子供ほどしかない身丈の老人を振り解く事が出来ない。
「……ひとまずワシはコレを使えるように段取りしとくから、はよ残りを捕まえてこい。……ありがたい事に逃げんとそのままこの村に入ってきよる」
『マジっすか! アホだぜアイツら! 俺らに勝てると思ってンのかよ!』
『ちょっと流れが違うけど、結果に変わりは無さそうね。この村の中で、アタシ達に勝てるわけないもの』
再び二人は変身し、意気揚々と駆けて行った。その後をせっせと追おうとしたチョキを、エンコウが立ち塞がり制止する。
『……あの? エンコウさん?』
「……チョキ、ほんまになんも考えんと車をぶん投げたんか?」
エンコウの問いに、チョキは気まずそうに頭を掻いてボソボソと答える。
『……いや、あの……気付かれてたんですよ。あの二人……変な羽みたいなのくっつけた女にバレてて、あのままじゃあ、その、攻撃されてたんで』
「……お前は行かんでええ、ワシの周り見とけ」
『それは』
それは戦力外通告という意味かと思ったが、言葉を遮ってエンコウはその考えを否定する。
「鼻高うなっとる若いのは、ちょっと痛い目見た方がええ。お前は見込みがある、よう敵の動き見て備えとけ」
『見ておく……ですか』
「早よついて来い」
もがく男を二人引き摺ったまま歩くエンコウの後ろを、チョキはのしのしと付いて行く。
ほんの少し振り返る。自分を強いと思っている先輩二人が、ほんの少しだけ心配だった。
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仲間を連れ去られた一行は、急いで周囲の探索を開始した。しかし、それも長くは続かなかった。
まるで誘うように、例のトンネルが現れたからだ。
「コレが噂のトンネルかね」
久茂野が興味深そうに凝視し、振り向かずに「どうしますか。霧谷班長」と何処か楽しそうに言う。
「行きましょう。元よりそれが任務です」
即答し、霧谷は先頭を歩き出す。それぞれ武器を構え、その後に続いた。
「大橋ちゃん」
最後尾を歩く静に、久茂野がパタパタと駆け寄ってくる。
「はい?」
「今君の目……メインモニターには周囲の情報がいくつか映ってると思うんだけど、どうかな? 何か異常は無い?」
「えっと……大丈夫です。特別な反応は何も……」
久茂野は何やらメモを取りながら静に向かずそのまま喋り続ける。
「なるほど……ちなみに、さっきの襲撃の時はどうだった?」
「すみません……実はあの時も姫ちゃんが真っ先に気付いただけで……」
静が答えると、久茂野はペンを眉間に押し付けながら唸る。
「うーん、やっぱおかしいな。敵の能力かもしれない」
「……どういうことですか?」
「君のスーツにはレーダーを搭載していてね。半径1キロメートルの範囲なら怪異の存在を探知して知らせてくれる、ように作ってるんだ」
「あの時の襲撃、1キロも離れてませんでしたよ。目視でしっかり確認できるぐらい近くて」
「なのに反応しなかった。故障か、それとも」
「多分能力じゃないかなぁ? 姫ちゃんも結局防御しか出来なかったし」
真ん中を歩く白石が、辺りをキョロキョロと見回しながら言う。彼女の周りには、彼女のタリスマン『ステージ•セット』がいくつかフワフワと浮いていた。
「さっき言いそびれたんだけど、襲ってきた三体が出てきた瞬間は見てないんだよね。なんか、気付いたらそこにいたって感じー?」
「なんと、瞬間移動でも使えるのかな……いや、使えても全く不思議じゃないんだけど……でも仕組みが分からないな……どうやってんだろ? じゃあ不思議じゃんけ。いやいやそれより、だとしても、現れた瞬間に大橋ちゃんのレーダーが反応しなかったのはおかしい。常に360度探知してるはずなのに」
久茂野は深く考え込み、それからトンネル内をあちこちペタペタと触りながら観察していた。
「なんかレーダーを阻害する特殊な材質でも使われてるのか……?」
「突然現れたり消えたりするトンネルに村ですよ? 特殊というなら存在そのものでしょうよ」
滝川は辺りを警戒しながら、少し呆れたように言う。そして困った顔で久茂野に向いた。
「つか、久茂野さんはここに居て大丈夫なんですか? 戦闘になればアンタを守りきれる保証なんて何処にも無いんですからね。自分の命の保障だって出来ないのに……」
一瞬失言かとも思った。だが、事実なのだから仕方ないとすぐに気を取り直す。そもそもタリスマン開発に彼女の頭脳は必要不可欠。彼女に死なれたらこの先勝てるかどうか本当に怪しくなるのだ。
死なれたら困る。出来れば安全なところでジッとしていてほしかった。
「かと言ってもねぇ。外の車内で待機していた二人が真っ先に襲われたんだ。この付近にいるってだけで安全な場所なんて無い。そもそも私は武装していないんだから、みんなといるのが一番安心安全なんだ」
何故かフフンと誇らしげに久茂野は胸を張る。何か言いたそうに口をパクパクさせた後、諦めたように滝川はため息を一つ吐く。
「それもそうですけど……そもそもなんでついてきたんですか。今回はいつもより危険度高めだって、自分で言ってたのに」
「勿論、新装備の性能をこの目で確かめたかったのさ。大橋ちゃん、頼むよ。そのスーツの力、思う存分発揮して、素晴らしい戦果をあげておくれ」
目を輝かせる久茂野とは反対に、呆れ顔をしながら静は言う。
「なんかむちゃくちゃマッドサイエンティスト感溢れてますね。そりゃ、私だって死にたくないので全力で頑張りますよ」
「今すっごいジト目で私の事見てる?」
「そんな事ないですよ。尊敬の眼差しです」
マスクで表情が見えない、今のところ最大の利点かもしれない。
こんな状況だというのに、何故だか会話が止まらない。何処か呑気で、まるで同級生と話しているような気持ちだ。次々に言葉が浮かんできて、考えるより先に口に出てしまう。
その理由は何となく分かる。思考に飲まれるのが怖いのだ。行方不明になってしまった仲間に、攫われた二人の事。そもそも、ここが既に敵陣のど真ん中である事、それはつまり、いつ襲われてもおかしくないという事。
彼らは戦いのプロだ。今までだって多くの怪異と戦い、そして生き残ってきた強者達だ。しかし、そんな彼らも、ひとたび冷静さを失ってしまえば、あっという間に死んでしまう。
人間は簡単に死んでしまう。たった一つのミスで、首を斬られたり、胴を千切られたり、もしかしたら体内に入られて内側から喰い破られるかもしれない。
冷静さを保つ為にも、『普段通りにいる』という事を常に意識しているのだろう。
それが冷静な判断なのかと問われれば、静にはまだハッキリと答えられなかった。
「お前達、もうすぐトンネルを抜ける。油断するな、全員戦闘態勢」
先頭の霧谷が左手の人差し指で前方を指しながら言う。見ると、その先には光が広がっていた。
いよいよか、なんて思う間も無く、あっという間にトンネルを抜けた。
「……これは」
静は思わず言葉を溢す。
トンネルを抜けた先にあったのは、田園広がる村だった。虫や蛙の歌が静かに響き、何処からか水の溢れる音がする。あちこちに古い家が建っているが、何処にも人がいる気配は無い。
しかし不気味なのは、人の気配は無いのに、廃村というには村の状態はあまりにも綺麗な事だ。具体的に説明は出来ないが、どこか生活感が残っているというか、人だけが今日突然消えたような異様な雰囲気が村全体に漂っている。
「……おい、アレ」
誰に言ったわけでもない、滝川は、思わずそう声を出し、指をさした。
その先には、久保川班の最後の映像に残っていた、例の大きな壺のようなものが、ポツリと道の真ん中に置かれていた。
「アレって、あの壺だよな、アレどうす」
滝川が全てを言い終わる前に、その壺は大きな音を立てて粉々に砕け散った。中に入っていた液体は飛び散り、地面にばら撒かれ吸収されていく。
何が起こったのか分からない。しかしどうやら、味方の攻撃によるものらしい。静が視線を向けると、剣を構えた霧谷が辺りの様子を伺っていた。
その剣先から、白い煙がユラユラと上がっている。
「……判断早いっすね、流石班長」
「すまない。どうにもアレを見た瞬間から妙な胸騒ぎがしたんでな。久保川班の異変もあるし、破壊という対処を取らせてもらった。報告が遅れた事、申し訳ない」
「いや、いやいや、俺にはどうすれば良いかすら分からなかったんで……多分最善だったのかと」
「皆さん! 全員武器を構えてください!」
静が声を張り上げる。見ると、彼女のマスクが、赤く激しく点滅していた。
明らかな警告。全体に緊張が走る。
「大橋、どうした、何があった」
「私達とは他に、生体反応があって……たくさんあって……どんどんこっちに近付いてます! 方角は……えっと、き、北? いや西からも……東にもいて……」
「おけおけ、シズちゃん、大丈夫。状況はみんな把握出来たから」
静の背中をポンと叩いて、白石が言う。その声にハッとして、ようやく周囲を確認出来た。
なるほど、もはや説明の必要は無かったらしい。
『ギ……ギギ……アギ』
『ゴゲ……グギギ』
そんな不気味な音を喉の奥から鳴らしながら、ソレらあちこちにいて、ギョロッとした目でコチラを見つめていた。歯を剥き出し、涎を垂らしている口は、怒っているようにも見えるし、笑っているようにも見える。二足歩行で人型だが、まるで知性は感じられない。しかし、手に持つ斧や鎌、棍棒から察するに、戦う意志はあるようだ。
第一印象は、漫画だったかゲームだったかで見た、ゴブリン、という怪物だった。しかしあの怪物に比べると、やや体毛が濃い気もする。
「猿の……群れ?」
とにもかくにも、あっという間にその集団に囲まれてしまった。ざっと数えて20体ほど。その殺意が、一気にコチラに向けられた。
『グギ、ギャアッ!』
突然、ダァン! と大きな音が鳴り響き、一体の怪物の頭が弾け飛んでバタリと倒れ、痙攣する。
剣先から再び白い煙を上げながら、霧谷は落ち着いた声で言う。
「戦闘……開始ッ!」
始まった。




