性能
大きな車だった。マイクロバスのような、トラックのような、映画なんかでよく見る、人が荷台に乗って移動する大型車両。それが2台並んで走る。前方車両に作戦班を、後方車両には武器を乗せて。
初めて乗る静は若干高揚しながら、周りの様子を伺う。皆冷静で、ソワソワしている者など誰もいない。なんなら白石に関しては軽くメイクまでしている始末だ。全体から溢れ出る余裕、しかし、たった一人、滝川だけはチラチラと静を見ていた。
静を、というか、静の着ているスーツを。
「……ゴツいですよね」
視線に耐えかねて静は苦笑いを浮かべながら言う。
「うん、めっちゃゴツい、カッコいい」
「そうなんですよ、女子が着るにはちょっと……ん? カッコいい?」
「めっちゃめちゃカッコいい。白ベースに赤と緑のラインが入って光ってるのヤバい。夜に見たい、暗闇でラインだけ光ってるの見たい」
どうやら好奇の視線だったようだ。まるで少年のように目を輝かせている。確かに光ってるのはオシャレだと思うが、それは全体像があってこその良さであって、暗闇で光だけ見て何が楽しいんだろう?
「つか、それ着てて重くないの? 普通に動いてたけど」
「なんか大丈夫ですね。バッテリー? エンジン? みたいなのがあちこちに付いてるみたいで、私の動作をサポートしてくれるみたいです」
「へぇー。あ、じゃあさじゃあさ、もっかいヘルメット装着してみてよ!」
頭を両手で覆う仕草をしながら滝川は言う。本当にまるで子供みたいだった。
言われた通り、再び頭部装甲を展開する。フードを被るように装置が動き、そのまま顔まで覆っていく。その動きですら、滝川は小さく「かっけぇ」と呟いていた。
黒いガラスのようなフィルターが一直線顔の真ん中に現れ、ピコピコと赤い点滅を繰り返す。内側では、すごい速度で沢山の英単語がバラバラと流れ、最後に『active』という音声が流れ、一瞬緑色に点滅してから、周りの様子が映るようになった。肉眼で見るより更にクリアでよく見える。
こうなるとすごい。後ろの様子も視界の端で小さくモニターされているので、何が起こっているのかすぐに分かるようになっている。今は壁が映るだけだが、実戦ではかなり戦局を有利に進めてくれるのではないかと素人ながら思う。
「目ぇ光っとる! つか英語音声! ロマン溢れてんじゃん! かっけぇ!」
「そんなに癖にぶっ刺さるとは……滝川さんも着れたら良いんですけどね」
「その感じだと、そのまま、はいどうぞって渡す事は無理っぽいな?」
「音声と指紋、あとなんか網膜の認証でロック解除してから装着するんですよ。一回登録すると、もうその人しか使えなくなるみたいなんで、他の人と使い回すのは無理みたいですね」
「なるほどなー。俺も着たかったら久茂野さんに頼み込むしかないわけか」
滝川が難しい顔をしながら言うと、
「作るのには怪異の生捕りが必須だからねー」
と、助手席に座る久茂野の声だけが聞こえた。それを聞いて、今度は霧谷が静に向く。
「そういえばそのスーツは、以前深夜が生捕りにした怪異が組み込まれているらしいな……それはつまり、どういう事なんだ?」
「それは……ごめんなさい、よく分かってないです」
「それはねぇ、話すと長くなるんだけどねぇ、まず、怪異達が使う特殊能力がどのように発動しているのかってところからなんだけど、あ、その前に、そもそも彼らはどのような存在で、どういう過程を経て私達が戦う化け物になるのか、その仕組みから詳しく説明したいんだけどいいかな? いいよね? 彼らは不可視の存在、いわば幽霊のような存在と思われているが、しかし、実のところちゃんとした生き物であると証明されているんだ。その証拠の一つとして、彼らは食事をするという事があげられる。雑食だよ、なんでも食べる。と、いっても実体化していない場合は、対象に纏わりついて入り込み、内側から腐らせるように栄養を補給してるみたいなんだよね。私達が普段『腐ってる』と判断してるものの中には、彼らの捕食跡の可能性があるって事、面白いよね。んで、なんの話だっけ? ああそうそう、それで彼らが『どうやって特殊能力を発動させているか?』だけど、生き物とは言ったけどその構造は既知のものとはどれとも当てはまらない実に不可思議なものなんだ。一定の空間、だいたい半径1メートルから2メートルほどかな? その空間内を微粒子よりも更に細かい未知の細胞組織が漂ってる、それが見えない理由だね、外皮も臓器も全部普段は漂ってるんだ、そんな不安定な存在にも関わらず、一時的になら実体化して姿を現す事も出来る、一気に集まってその姿を形作る。そして人や他の動物に取り憑き、いや、寄生の方が正しいか、そうやって器を手に入れ、自分達の存在を確実に固定する。いわば寄生生物なんだよ、彼ら怪異は。そして宿主が死ねば、また霧散し、新たな器を探す。私が注目したのはここだね、つまり彼らは、生きていながら自身を分解と構築が可能なんだ、そんな事地球上などの生物も成し得ない事だ、だからこそ、驚異的な特殊能力の謎もそこにあると考えた。ここちょっとややこしいんだけど、彼らの全身は、頭であり、体であり、手であり、足であり、そして骨であり、内臓である、そして、特殊能力そのものでもある。全身が、能力を発動させる為の器官となるんだろう。全身を好きなように分解と構築ができる、破壊と再生を主とする生命体ならではの特権だろうね。しかし、彼らにとってもそれは負担なんだろうね、寄生先を見つけられなかった怪異は10年程度で霧散して消えてしまう。だからこそ、自分達の細胞がとっ散らかっていかないように固定しておく器がいる。一番知恵があって使いやすいのは、そりゃあ人間だろうね。話が逸れたけど、要するに、彼らが不可視の細胞状態の時にどうにかして閉じ込めておけば、そしてそれに適した形にしてやれば、理論上は人の身無しで存在させられる事は可能となる。しかしそれはあまりに危険だ。何故なら、ほぼ全ての怪異は何故か人間に対して敵対的だ。寄生する為なら分かるが、実体を得た怪異が何故か人を襲い、殺戮を繰り広げている。だから私達が戦っているわけなんだけど、そこの理由については今も調査中なんだ、ごめんね。まぁつまり、迂闊に利用しようとすれば、敵に塩を送る行為になってしまう。鋼の体を持ち、特殊動力を使って襲ってくるとか、勝ち目無くなるでしょ? どうすればいいか考えた私は、『必要な分だけ取っちゃえば良くない?』と、そう考えた。つまり、彼らの『意志』のようなもの、『思考』を司る部分だけを排除して、残った細胞を人工器官に組み込み、それを更にスーツに組み込んで、装着者の脳波を読み取り、特殊な電波を発生させる装置を全身に設置、装着者が素材となった怪異の能力を使えるようにする、いわば『擬似怪異宿し』となる事によって、人の限界を超える超人的な戦い方が出来るようになるのさ。弱点としては、装着者の変更が出来ないんだよね、だから、個々に作るしかない、その為には危険な怪異を再び生捕りにしなければならないってところかな。それでも、着れさえすれば、どんな人間でも思いのまま動く事ができる、漫画で読んだ、アニメでみた、そんな戦い方が出来るようになる、というか、なった! 私はつくづく自分の才能が恐ろしいよマジで。あんな事いいなこんな事いいなって思った事全部実現出来るんだもん。ドラ◯もんみたいに。あんな事いいなこんな事いいな思いながら、ああでもないこうでもないって試行錯誤してたら、出来ちゃうんだもん、こわいって、そんな奴、私は私が一番怖いわ、おっかない。というかそもそも開発とかにお金もめっちゃかかるから、そこも怖いんだよね、お金がおっかねぇってね。ハハッ!」
「なんてー?」
勝手に喋った久茂野が急に黙って数秒経ってから、滝川が気の抜けた声を出した。全体に漂う空気がすごい、なんていうか、すごく、すごい。最後まで真面目に聞いていたのは霧谷班長だけかもしれなかった。
「……要するに、怪異の細胞を用いてその能力だけを利用できるようにした戦闘スーツ、という事ですか?」
自分の中で確認しながらなのか、呟くように霧谷が言う。
「多分……」
似たような説明を2回ほど、今のを入れて3回ほど聞いた静が、自信なさげに頷いた。
「んー? もっかい説明した方がいい?」
「やめt……大丈夫です、何とか理解しました。ですが、やっぱり理解しても俄かに信じられませんね、そんな事が可能だなんて」
「かなり説明を省いたからね、やっぱりもっと詳しく話そうか? というか、聞きたいでしょ? いや、聞いておくべきだと私は思う」
「すぐ着きますから大人しくしていましょう? ね? いい子ですから」
「まだ現場まで結構あるよ? 敵を知るって事は戦士にとって重要な事のはずだ。私はみんなの勝利と生存に貢献したいんだよ、というわけで、そもそもどうやって怪異の謎に私が気付いたのかってところからね。それは私の親が」
そのまま、誰の静止も虚しく久茂野は喋り出してしまった。質問のようなものを投げかけてくるくせに答える隙を与えず結局一人で喋り続けている。
走行中の車内、逃げ場なんてあるはずもなく、久茂野以外のメンバーは、現場に辿り着くまで、ただの一言も話す事は無かった。
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出発から約2時間半ほどで、現場となる山道に到着した。運転手は二名とも戦闘員ではないので山道の入り口で待機してもらい、残ったメンバーで武器を装備し一本道を歩いて行く。
霧谷は腰に二本の剣を刺している。ただ、刃物と言うには少し分厚い気もした。滝川は大きなキャリーケースを引きずっている。そして、微妙に動くと噂のウサギに改造された槍残滓が背負われてた。
しかし、彼らの装備よりも、静は自分の前を歩く彼女、白石姫百合の異様な武器に驚きを隠さなかった。武器、と表現したが、見た目だけで言えばそれが武器とは分からない、どちらかと言えば鏡、だろうか。
手鏡のようなものではない、どちらかと言えば姿鏡のような透明感のある板。菱形のパネルがいくつも重なり、並んでいる。残念ながら、鏡とか、ソーラーパネルとしか表現出来ないソレは、白石の背中にペタリと貼り付けてあるように存在していた。
そういえば久茂野が言っていた、白石のタリスマンがあれば生存確率がグッと上がる、と。一体あの透明な板でどんな戦い方をするのか、と、静は思いを巡らせる。
そんな彼女の視線に気付いたのか、白石がチラリとコチラを振り向き、にっこり笑った。
「綺麗でしょ! 姫ちゃんの『ステージ•セット』! 姫ちゃん専用のお気に入りなんだー」
「すごい綺麗です。でも、あまり武器として見れないというか、あんまりソレで戦う姿が想像できないですね」
静が言うと、白石は更にドヤッと笑みを強める。
「姫ちゃんアイドルだし、荒っぽい事は嫌いだから、コレは武器だと思ってないの! 姫ちゃんをどんな場所でも可愛く輝かせてくれる舞台装置! 姫ちゃんのステージが始まったら、怖い怪異もいつの間にかいなくなるんだよー!」
「……やっぱり想像できないです」
首を傾げる静に、白石はクスクス笑って手を振る。
「まーまー。慌てない慌てない! 見たら分かるって!」
そういうものか、と、静は半ば強引に納得した。考えてみれば、怪異という常軌を逸した存在を相手にしているのだ、コチラだって、常識に囚われていてはいけない。予想を超える戦闘スタイルが、相手の隙を生むのだろう。
「そういう意味では言えば、私はバレバレだなぁ」
手のひらを見て、グッと握り拳を作る。全身を包むメタリックな白色のスーツ。誰がどう見ても戦う為の存在だろう。自分がもしこの集団と戦うのなら、真っ先に潰しにかかるんじゃないかと、静は考えて、顔を引き攣らせる。
誰でも戦えるようになる、それは、誰もが死地に向かわせられるという事。改めて考えてみても、あまり、というか、全然良い案とは思えない。よく了承したな、と、今になって自分の行動の異常さに嫌気がさしてきた。
「シズちゃんの衣装もカッコいいよね! 久茂野さんに特別に作って貰ったんでしょ?」
「シズちゃん……」
白石の口から出た謎の人物に静が首を傾げていると、彼女は「もー」と口を尖らせながら静を指さす。
「静ちゃんだから、シズちゃん。いいでしょ? 姫ちゃんの事は姫ちゃんって呼んでくれていいから!」
ニカッと笑い「よろしく!」と白石は握手を求めてくる。その様子は、フレンドリーというか、ファンサするアイドルのようだった。
少々驚いたが、静も微笑み返して(スーツのマスクのせいで顔は見えていないが)その手を握る。
「よろしくお願いします、姫ちゃん」
「えへへー! それで、そのスーツ! 久茂野さんに作って貰ったシズちゃん専用でしょ? いいよねー! 私とお揃いだねー!」
「お揃い……ですか?」
それはどういう意味だろう。現場に赴いて怪異と戦う戦士達には、久茂野がそれぞれにあった武器を作り支給するはずだ。そういう意味ではここにいる誰もが『お揃い』のはずだが、何か深みのある言い方だったような。
「あの」
その意図を確認しようとした時だった。白石が大きく目を見開いた。何かに驚いているようだった。
後方にいた静と話す為に、後ろ歩きになっていた彼女だけが、自分達の背後で起こった異常事態にいち早く気付いたのだろう。
だからこそいち早く行動できた。
静が「どうしたんですか?」と言いかけたのとほぼ同時に、凄まじい爆発音と衝撃が背後から襲ってきた。自分達を覆う巨大な影、それが車の爆発によって発生した爆煙である事に気付いたのは、振り向いてから更に数秒後の事だった。
「何が起こった!」
武器を構え、先頭を歩いていた霧谷が叫ぶ。
「姫ちゃん達を送ってきてくれた車が2台とも爆発させられちゃった。敵は3体、運転手さん達は2体の怪異に連れ去られた、一匹は二本足の大きな茶色の犬っぽくて、もう一匹は大きくて緑と赤のカラフルな鳥っぽい感じ。車をこっちに投げて爆発させてきたのはその2体よりももう一回り体が大きくて、牙が二本伸びてて豚っぽかった」
先程までの天真爛漫な様子は消え、白石は辺りを見回しながら淡々と説明する。しかし、その説明は静の耳には半分ほどしか届いていなかった。
背後から2台の車を投げつけられた、なのに、自分達は誰一人怪我一つ無く状況把握に勤しめている。その不自然に、ただ混乱していた。
ふと上を見る、空はキラキラしていた。まるでガラス張りのように、自分達の頭上はピカピカと輝いていた。
「……え、なにこれ」
気付くと、自分達の周りには、ガラクタと化した車が辺りに散らばり、燃え、黒煙をモクモクと上げていた。しかし、どれ一つとして自分達の足元には転がっていない。
「これが白石さんのタリスマン、『ステージ•セット』の性能さ」
混乱する静に、クックッと笑いながら久茂野が言う。
「……どうなってるんですか? 姫ちゃんは一体何を」
「自分達の周りをよく見てみ、分かるはずだよ」
そう言われ、注視した静は、ようやく自分達が無事だった理由に気付けた。透明だったので気付きにくかったが、自分達を何かが囲っているらしい。
ドーム状に広がった『ソレら』は、まるで意思を持っているかのように動き出し、泳ぐように空中を漂って、白石の背中に集まっていった。
「……これが、姫ちゃんのタリスマン」
驚く静に、久茂野はおそらく笑うのを堪えながら言う。
「そう、彼女の『ステージ•セット』は特殊でね。白石姫百合の脳波に反応して自立的に攻撃や防御を行う、自動兵器なのさ」




