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出発前夜

「学校、一週間ぐらい休むかも」


 昼休み、向かい合って昼食をとりながら、静はなるべく平静を装って八夜に言った。「そうなんだ」ぐらいで済ましてくれれば楽だが、友達想いで心配性の彼女に、そんなスルースキルは期待出来ない。


「え、なんで?」


 案の定突っ込まれた。当たり前か。


「んー、家の用事」


「一週間もかかりそうな大事おおごとなの……? 大丈夫?」


「わりと厄介ごとなんだ。でもまぁ、なんとかなるだろうし、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」


 不安そうに見つめてくる八夜をなだめるようとヘラッと笑って言う。実際何故だかそこまで不安感は無かった。死ぬかもしれないという恐怖はあるはずなのだが、あまりに非現実的というか、ぼんやりとしすぎていて実感が湧かない。それよりも、今は友達を不安がらせない方が優先だった。


 というか、それよりも静には気になる事があった。不安そうにコチラを見つめてくる八夜。彼女の顔のいたるところに、小さいが切り傷や擦り傷、そして軽い打撲の痕が見える。


 あまり考えたく無いが、まるで誰かに殴られたかのような傷。


「私は大丈夫なんだけどさ、八夜こそ大丈夫なの?」


「え、なんで私?」


「いや、ちょっと言いづらいんだけど、結構目立ってるよ、顔の傷」


「あ」


 言われて八夜は恥ずかしそうに顔を隠す。仕草は可愛いが状況的に笑えない。一ヶ月ぐらい前から、八夜の様子が少しおかしい。顔だけじゃなく、体中に傷を作ってくる。だからといって何か思い詰めているというわけでも無いが、以前のような柔らかい、優しい雰囲気はどこか薄れていってる気がする。


 いや、雰囲気がどうとか感じ方の問題だしアテにはならないか。よく傷を作ってくる、これだけで十分異常事態だろう。


「その、まさかとは思うけどさ、いじめられたりしてないよね? 最近バイトで一緒に帰ったり出来てないけど……その時何かされてるとか」


「いやいや。ないない! いじめとかじゃないよ、これは……うん、私がちょっとドジなだけ」


「でも最近だよね? この一ヶ月ぐらいで急に怪我するようになったじゃん」


「う、それは……」


 八夜は照れたように目を逸らす。やはり何か隠している感じだ。静は友人を傷つける敵の正体を突き止める為、更に詰めていく。


「ぶっちゃけその傷、殴られたように見えるんだけどさ……何もない事ないよね?」


「まぁ、確かに、見えなくもない」


「もしかして彼氏とか? DVってやつ? 私そういうの許せないんだけど」


「か、彼氏……恥ずかしながら、生まれてこの方交際経験は一度も無いです」


 八夜は乾いた笑みを浮かべながら言う。そして小さく呼吸を整えて、照れ臭そうに言った。


「じ、実は……最近体を鍛えてまして」


「……ん?」


「や、だからね? 筋トレとかして、体を鍛えたら精神面も丈夫になるかなーって、もうネガティブな性格を変えていきたいんだよね」


「そのトレーニングの結果、怪我だらけになると」


「うん」


「ジム行けよ!」


 思ったより大きな声が出てしまった。静も八夜もびっくりしている。心配したぶん、安心と同時に変な怒りまで込み上げてしまった。しまった、とは思うが、どちらにせよ怪我まみれになるのは見過ごせない。


「あのさぁ……筋トレはいい事だけど、一歩間違えれば大怪我に繋がるんだよ? 素人がネット知識だけでやるなんてあぶないよ、ちゃんとプロのトレーナーに教えてもらってやらないとダメ」


「あはは、ごめん。変な心配させた?」


「したよ! 変な男に乱暴されてるんじゃないかってすごい心配したわ! というか心配自体は今もしてるよ! 大怪我したらどーすんのって!」


「節約したくてさ。自分で出来そうな事はやってみようと思ったんだけど、そうだね、怪我してたら意味ないよね」


 気をつける、と笑いながら言って、八夜はやたらデカいエビフライを齧った。ていうか、弁当箱がデカい、確実に前よりデカい。五段くらいある重箱になっていて、その中に様々なおかずと、ぎっしりの白米が詰め込まれている。


 筋トレといい、デカ弁当といい、何か裏があって、やっぱり何か隠してる気がしてならない。


「八夜、あのさ」


「ん、あ、食べる? どーぞ」


 唖然としていただけなのだが、どうやら静が自分の弁当を見つめていると勘違いしたらしい。八夜は笑顔でおかずの入った重箱を差し出してきた。


「あ、ありがと……じゃあ」


 少々戸惑いながら、静は唐揚げを一つ箸でつまむ。弁当のおかずを分けてくれる八夜の顔からかげりのようなものは感じられない。純粋に、美味しいから食べてみて、とでも言いたそうに、にんまりと笑っている。


 初対面の時は、まぁ、錯乱した静に怯えていたのもあるだろうけど、打ち解けてからも、しばらくどこか何かに怯えているような様子だった。その時に比べれば、今の状態の方が遥かに良好だとは思う。絶対にいい事のはずだ。


 なのに変な違和感が拭えない。何が起こってる気がしてならない。


 本当はもっと自分の事を心配しなきゃならないんだろう。いや、もしかしたら、本当は不安で仕方ないのは自分の方なのかもしれない、と静は思う。あるいはこれは、自分の不安から目を逸らす為に、八夜を心配するフリをしているのかも、と。


 だとしたら、嫌な奴だと自分で思う。


「……? 静?」


「ああ、ごめんごめん、いただきます」


 命懸けへの恐怖、友人の変化に対する違和感、それに伴う不安。それらの心のモヤモヤは


「うっっっっっっっっっっっっっまッ!」


 今まで食べた事のない、信じられないほど美味しい唐揚げで、呑気に消されてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 険しい表情を浮かべながら、霧谷は足早に久茂野の元へ向かう。ノックもせずいきなり扉を開けて「いますか」とだけ言った。


「おわぁ、びっくりした。え、霧谷さん? どったの」


「先行調査隊との連絡が途絶えました」


「……は? 何それおもんな。先行隊って……久保川さんとかいたよね? あの人本局からも声かかるレベルの人なんだけど……途絶えたってなに? 全滅したって事? 村を見つけて……入ったのか……でもだからって」


「久茂野さん」


 霧谷は久茂野の前にズイッと出て、彼女を思考の世界から連れ戻す。


「今回の件、やはり大橋は外しませんか? どう考えてもおかしいです。戦闘経験のない一般人に試作兵器の試運転? 馬鹿げてる」


 霧谷が言うと、久茂野は「またその話か」と額に右手の親指を押し当てる。


「……そう都合よく考えてくれないみたいだよ、上は。怪異達がここ最近確実に強くなってきている、一刻も早く対抗できる即戦力が欲しいんだろうね」


「でもだからって」


「使えるものはなんでも使う、それがこの組織のやり方でしょ? 何も変わらない、多分、使えると判断したら、中学生でも小学生でも使うだろうね……そして、私達にそれを止める権利が無い」


「……相変わらず無茶苦茶ですね……深夜の時もそうだった……!」


 拳を振るわせ、テーブルを強く叩く。そのまま霧谷は、ガックリと、近くの椅子に倒れるように座った。


「そこまでして……何を求めているんです? 上……いや、局長は、あの人は、人類を救いたいんじゃ無いんですか」


「考えた結果、だろうね。言ったでしょ? 即戦力が欲しい。そんな時に、一般人を即戦力にできるような装備なんて夢のようなアイテムが転がってきたんだ、試さない手はないでしょ」


「実戦ですべき事じゃ無い! その結果、死ぬかもしれないんだ、守るべき人達が! 何の為に……」


「人類を守る、という規模の話ならば、多少の犠牲は仕方ない……って感じじゃないかな? 胸糞悪い話ではあるけどね」


 平和は犠牲の上に成り立つもの。それはいつの時代も変わらない。だが霧谷は、理屈は分かるが納得は出来なかった。それが納得出来てしまったら、多分、人のまま人じゃなくなってしまうから。


「……本局には()()()()()()が多いからね、多分、霧谷さんには向いてないよ」


 考えを見透かしたように、久茂野はふふっと笑って言う。あまり嬉しくはなかった。しかし、霧谷はコクリと頷く。


「でしょうね。それに、俺はまだあの人達に並べるほど強くない」


 ハハ、と力無く笑う霧谷に、久茂野は、


「んー、実力はあると思うんだけどもね。やっぱ性格ゆえ、一歩踏み出せないのが原因かな」


 と、言って、霧谷の胸をトントンっと指で叩く。


「理屈は分かってるんです……それでも、なりきれませんよ、非情には」


 普段戦っている怪異だって、元は生きた人間。怪物になってしまっているが、宿主の人間はまだ生きている例だってあるが、そこは割り切って討伐している。


 命を奪うという点で、全く変わらないのだが。そう思って、危うく言葉にしかけてしまったが、久茂野はスッと言葉を飲んだ。以前怒られたばかりだし、作戦前に空気を悪くしたくない。


「まぁ、危険だと判断すれば即退却でいいんじゃないかな。霧谷さんが班長なわけだし、現場の指揮は任されてるんでしょう?」


 そう言って久茂野は作業台に向かう。それぞれの武器が並べられ、初めてみる工具が設置されている。まるで手術のようだった。


「まぁ、私は敗走なんてさせるつもりはないけどね」


「久茂野さん?」


 工具を手に取る彼女の目は、何かを睨みつけるような、殺気立つものに変わっていた。


「再調整する。久保川さん達に持たせたタリスマンだって私の最高傑作達だったんだ……ナメられてたまるかってねぇ」


 怪異に対して、恐怖や怒りよりも好奇心を向ける事が多い久茂野。しかし、仲間がやられた時は別だった。自分の作った武器があったにも関わらず、仲間が敗北する。それは彼女にとって、自分の武器が敵わず、そのせいで仲間を死に追いやったという事になる、らしい。


 彼女にとって、仲間の死は、二重の敗北なのだ。


「今度は負けない、負けさせない……なんだ、どこでどうやってやられた……久保川さん……何か残してくれたものは無いのか」


「先行チームは調査記録として映像を録画してるはずですが」


「それだ! 早速データを」


「了解です。すぐに」


 その時、勢いよくバンッと扉が開かれる。重そうに段ボール箱を抱えた滝川だった。


「霧谷班長! 先行隊の久保川さんが撮ったものと思われる映像データが届きました!」


「「それだ!」」


「え! なにが!」


 タイミング良く彼が持ってきた映像を、そのままPCに繋げて確認する。


 霧に包まれる車両。突然現れた道とトンネル。その先に広がる不気味な村。おかしくなってしまった久保川の部下。突如現れた謎の老人。そして部下に取り押さえられ、大きな瓶の中身をかけられたところで映像は途切れていた。


「……」


 空気が重く、沈黙が続く。


 なんて事だ、と、霧谷は心が重くなるのを感じた。戦闘すらしていない。急に仲間達が変になってしまった。映像を見ただけでは何が起こったのかは分からない、しかし、


「あの変なでっかい壺、怪しいですね」


 と、滝川が沈黙を破った。全く同じ事を考えていた霧谷は、コクリと頷く。


「おそらくアレが原因で、精神汚染のような状態に陥ってしまったのだろう。トリガーは何だ……中は液体のようだったから、それが気化して体内に入った事が原因か?」


 最後、錯乱した部下達が、久保川に中身を飲ませようとしていた事から、体内に取り込む事がおかしくなる条件であると思うが。


「……だったら飲ませる必要は無い。最初の彼が匂いを嗅いだだけでああなったのだとしたら、わざわざあんな大量に摂取させる意味が……いやあるいは……あの液体、()()()()()()()()()? 飲む事によって、何か別の作用が……?」


「それに、このジジイ。コイツが怪異ですかね」


 滝川が映像を巻き戻し、指を差して言う。


「十中八九そうだろうな。そうなると、コイツが言っている事が気になる」


 映像の中で、老人はぼやいていた。


 ──狙うとらん雑魚ばかりじゃった。


 ──若連中にもよう言うてきかせとかんと。


「仲間がいるって事ですよね! 何体いても、俺は負けないですよ!」


「……勢いだけじゃダメだ。敵の戦力と能力が未知数なんだから」


「そうですよね、慎重にならないと」


 滝川は難しい顔をして映像を繰り返し見ている。やる気がるのは良い事だが、一歩間違えれば死ぬかもしれない事は常に頭に入れておいてほしいと、霧谷はため息を吐く。


「……なるほど、精神汚染……分かった、オーケー、そういう感じで調整しておこう」


 そう言って、久茂野はパンッと手を叩いて、二人に向いて言う。


「二人とも、とりあえず今日は明日に備えて休んでくれる? 私はバッチリ調整を決めたいから、集中したいから」


 要するに、一人にしろ、と言いたいらしい。


「分かりました。とりあえず今見た映像を他の参加メンバーにも共有しておきます。じゃあ、明日」


「はいっ!」


 情報は少ない、しかし、全く無いわけじゃない。仲間達の行動は、決して無駄じゃない。


「……どうか無事でいてください」


 作戦開始まであと十数時間。霧谷は、縋るような想いで、何かにそう呟いた。


 そして、作戦当日。


 早朝六時にメンバーは集まっていた。二人、久茂野と静を除いて。


「……何やってるんですかね? あの二人」


「準備に手間取ってるんじゃない? だいぶ大掛かりらしーし」


 ふわぁっ、と、白石は大きな欠伸をする。


「……白石さんは」


「姫ちゃん」


 速攻で呼び方を訂正された。滝川は腑に落ちないのか、くしゃくしゃと髪を掻いて、渋々言い直す。


「姫ちゃんさんは」


「姫ちゃん」


「あああッ! 姫ちゃんは! 緊張とかしないんですか? だいぶヤバめの任務になりそうですけど」


 滝川が手をバタつかせながら訊くと、白石はバッチリメイクを決めたキラキラした顔で、満面の笑みを浮かべなから言う。


「全く問題ナシだよー! 姫ちゃんアイドルだからー! 大きな舞台だと逆にテンション上がるのー!」


 ハイテンションの彼女に、「はぁ」としか答えられない。チラリと霧谷の方を見てみるが、全く気にしていない、要する、いつも通りらしい。


 霧谷班はクセが強いと聞いていたけど、ここまでだとは思わなかった。班長の霧谷がかなりしっかりした人物だったから安心していたが、少し不安になってきた。


 そんな事を思っていると、一台の車がコチラに向かってくる。そして自分達の目の前で止まり、後部座席のドアが二つ同時に開いた。


「おはよー……ごめんねぇ、こっちの調整に思いのほか時間かかっちゃった。さぁ、行こうか」


 出てきたのは、予想通り久茂野だったが、その場にいた全員が、もう一人の方に視線が釘付けだった。


 久茂野と同時に出てきた人物。静が出てくると思っていたから余計にびっくりだ。


 現れたのは、白いロボット、に見える何か。全身が白い人型で、目と思われるところは黒いガラスのようになっていて、時折ピコピコと何やら赤く点滅している。全身のあちこちに赤と緑のラインが伸びており、まるで生きているようにそれらも点滅を繰り返していた。


「こ、これは……」


 霧谷が思わず呟くと、眠そうな目を擦りながら、久茂野が一生懸命ドヤ顔を作りながら言う。


「ふふふ……これが私の作った最新兵器! 怪異の力を取り込んだパワードスーツ型タリスマン、通称『タリスアーマー』さ!」


 彼女が言うと同時に、頭の部分の装甲がウィーンという機械音と共に後頭部の方に収納され、中から生身の顔が現れる。


「……あの、似合ってます?」


 大橋静は、照れ笑いを浮かべながらそう言った。

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