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怪異達

 髪はボサボサだった。しかし透明感のある金色、というよりは狐色で、不潔感は無く、むしろ綺麗だと思った。仮面の下のその顔は、意外なほど普通で、どこか優しそうな印象まで受けるほど爽やかな青年だった。


「仲間が欲しいわけよ」


 デパートのフードコートで、きつねうどんを啜りながら彼は言う。


「……なんかいっぱいいませんでしたっけ?」


 色々思い出すように上を見上げながら、つぐみはフライドチキンを齧った。骨ごと。


「いや、アレは違うよ、なんか勝手に付いてきた奴ら。そういうんじゃなくてさー。もっと強い奴よ、完全体、つぐみレベルのがもっと欲しいんよ」


 サラッと上がった自分の名前に、つぐみは「僕レベルかぁ」と笑みを浮かべた。


「ムフフ、求められるほど僕って強いのね。ムフフ、苦しゅうない苦しゅうない」


「褒められたら調子に乗るタイプかー、さてはめんどくせーなお前」


 やだねー、と細目でつぐみを見ながら、彼、九尾狐は油揚げを頬張る。緩めのワイシャツに丈が長いジーパンと、おおよそ貫禄なんてものは感じないその辺のオッサンみたいな格好をしている。しかし、美味しそうにきつねうどんを啜って、油断しきって隙だらけに見える彼を前にして、つぐみは、彼を殺せるイメージがさっぱり湧かないのだった。


 彼がどういう存在なのかは分からない、ただ漠然と、圧倒的に格が違う、下手に逆らわない方が良いという事が、なんとなく感覚で分かる。


「その感覚、大事だぜ」


「がるるっ!?」


 思考を、というか、心を読まれた。九尾狐側に特別な能力を使った気配は無い、恐らくは、ごく普通に備わっている力なのだろう。


「大事ってのは……その、危機感的な感じの事っすか?」


 考えを読まれた手前、気味悪そうに怪訝な表情を浮かべたまま、つぐみは言う。落ち着く為にフライドチキンをひとつ、丸ごと口の中に入れてバリボリと咀嚼する。


「おお、完全体は身体能力だけじゃねぇ、五感もヒトの時より圧倒的に爆上がりする。格上か格下かなんてのは勿論、適合者かどうかも見分けられる、更に感覚が鋭い奴なんか、見ただけで相手の能力を見抜く事も出来るみたいだぜ」


「ああ、どうりで、だからこれチキンがいつもより美味しいわけだ」


「マジ? 味覚が良くなったら、みんなジャンクっぽいのはマズイって言うんだけど。まぁ、幸せならいいか。いやまぁ、ともかくよ!」


 九尾狐はうどんを一気に啜り、2、3回咀嚼して飲み込んでから続ける。


「完全体で尚且つ便利な能力持ってる仲間! つぐみは強いがまだ伸びる、これからの活躍を期待って感じ。それも大事なんだけど、即戦力が欲しいのよな、なんてったって勧誘狙ってた2人が死んじゃったんだもーん」


「死んだ? じゃあ、あの組織の武器にやられたって事ですか?」


「んにゃ、もっとヤバくて怖い奴」


 九尾狐はわざとらしくぶるぶると震え、怖がるフリをしながら言う。


「ハード•オニキスは確かに毒だ、まぁ、毒ってただのデバフで本来の効果はもっと厄介なんだけど、結局あの石を体にぶち込まれなきゃなんの効果も無いから、対処としては楽なんよ。最悪身体乗り換えたら良いし。ああ、完全体はその限りじゃないんだけど……そーゆーのじゃなくて、未完全の奴らにとっての本物の死は、()()()()()()()()


「取り込まれる……」


「お前が一番良く知ってると思うけど?」


 チキンを頬張る口が止まり、()()()と九尾狐を睨む。別に恨むところはないが、茶化すように言われたのが気に食わなかった。


「……トラ子は、僕とひとつなっただけで別に死んで無い」


「いや死んだよ? 解釈は自由だが、事実は絶対で変わらない。李……あー、虎が死んでお前になった、今の虎はお前、これが事実。全ての意思が消滅して、新たに転生する事、それが死。死と生はピッタンコなんだよ」


 茶化してるつもりも、煽ってるつもりも無い。本当に、全く何とも思っていない。そんな感じだった。事実を事実のまま伝えてるだけ、その態度がかなり癪に障るが、残念ながら怒鳴ったり殴ったりする気にはなれなかった。


 何故なら勝てそうにないから。


「がるる……分かったからそれ以上言うな。ムカついて話す気が無くなる」


 LLサイズのコーラにストローをぶっ刺して、勢いよく吸いながらつぐみはそっぽ向く。どうやら拗ねたらしい。ささやかな反抗だった。


「そりゃどーもすいませんね。んまぁ、ともかく、基本的に俺達にとって『死』ってのは次の『生』の為に自ら受け入れるもんであって、決して無理やり与えられるもんでは無いし、そもそも一部を除いて出来ない事何だよな」


「……でもその口ぶりから察するに、()()()()()()()()が、本来仲間にしたかった二人を殺したと」


 つぐみが言うと、九尾狐はやれやれという風に首を振ってからため息を吐く。気だるそうに立ち上がって食器を返却口に乗せ「ごちそーさま」と言ってフードコートから出た。


「え! 置いてくの!」


 コチラに見向きもせずサッサと歩いていく九尾狐に驚愕し、慌てて残りのチキンを全て平らげ、彼の後を追う。


 やっと追いついた先はゲームコーナーだった。彼はそこで景品が菓子の詰め合わせのクレーンゲームに勤しんでいた。


 彼はつぐみが追いついた事を確認すると、何事も無かったかのように話を続けた。


「多分喰い殺されてるな。鉄……あー、ネズミみてぇな奴がいたんだけど、アイツが今も生きてたら……今頃こんな風に飯食ったりゲームしたり出来てねぇな」


「そんなに強かったんですか」


「覚醒してりゃ無敵の能力を持ってる奴だった、が、困った事に物凄くバカでもあった。アイツは自分の能力の使い方を分かってなかったんだよ、つか、使える事すら知らんかったかも」


 クックックと笑いながら、九尾狐は百円を投入する。


「ネズミをさっさと育成して仲間にしたかったから真っ先に解放したのに……わけもわからんうちに逃げ出して、そっから消えた。まさか頭だけじゃなくて運も悪かったとは……」


「その人、どんな能力だったんです?」


 つぐみの質問に、九尾狐は少しだけ嬉しそうな笑みを溢して言う。


「無限増殖。特別な条件なんていらん、好きな時に好きなだけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


「む、無限増殖って……ゲームじゃないんですから」


「更に言うと、本人が増殖した場合、()()()()()()()()()。本体を倒せば他の奴も消えるとか、そういう弱点も無い、増えた本人も同じ能力を持つ」


「……」


 あまりの規模、壮大過ぎてついていけない。間違いなく無敵の能力じゃないか、と、つぐみは絶句する。自分自身を無限に増殖させられるだけじゃなく、他の物体や生物まで。まるで想像がつかない、どうしたって弱点なんて無い、そんなのどうやって。


「……いや、そうだよ、そんな強い人がどうやって負けたんですか」


「言ったろ、バカだった、バカすぎた。能力の規模がデカすぎて、自分でも把握出来なくて、結局使いこなせなかった、弱点があったとすれば、所有者そのものだな」


「そんなこと」


()()、つかむしろ()()()()だ」


 百円を投入しながら九尾狐は言う。


「よくある話だろ、己の才能を活かしきれず死んでいくなんて。『運』と『環境』、自分の才能に気付くキッカケに巡り逢える『運』と、それを育む事の出来る『環境』が整ってないと、蕾すら出ずにそのまま終わる、当たり前の事だわな」


「言われてみれば確かにそうかもですけど……勿体無いですね」


「そーなんよ! マジでそうなんよ! だから仲間が欲しいっつってんの! 強力な能力を持ってる賢い奴! 最低でも二人ぐらい欲しい!」


 言いながら、九尾狐は景品の移動に失敗し続け、百円を溶かし続けている。それもう普通に買った方が早いし安いよ、と、喉まで出かかったが、やめておいた。その代わり、という事でも無いが、殺されたもう一人の話題を振った。


「じゃあ、もう一人の方はどういう能力だったんです?」


「あん? ああ、武……えーっと、牛みたいな奴だったな。能力は武器の強化改造、あと影に潜れたな」


「……なんかネズミさんに比べると、劣りますね」


「なんて事言うんだ、武器改造ってすごかったんだぞ。一振りで山を切れる剣とか、一回で千弾発射できる銃とか、一瞬で作れるんだから。まぁ、弱点があって、改造した武器を使う為には、その武器とリンクしなきゃいけないってのがあるんだけどな」


「リンク?」


「武器が壊されると瀕死になる」


「絶対ネズミさんの方が強かったですよソレ。ああ、でも、武器を強化改造か……バカに出来ないかも」


 つぐみは体を摩りながら言う。嫌な事を思い出したのか、遠くを見つめていた。


「いやマジで強かったんよ、改造武器。ネズミの能力で増やして、いっぱい持ちたかったなー」


「アンタが持つんですか……てかてか、肝心な部分聞けてないんですけど」


「あん?」


「その人達を殺した強い奴って、どんな奴なんですか? さっきの口ぶりだと、どういう存在なのかは知ってるんでしょう?」


「ああ、昔っから俺のやる事なす事にケチつけて邪魔してくる厄介な奴らがいてさー、なんだったかな、今は……『月崎つきざき一族』とか言ってたっけな」


 九尾狐はつまらなさそうに唇を尖らせ、頬を膨らませながら言う。不満げである。可愛くない。


「アイツらは普通の人間と違う、一筋縄じゃいかない奴らだ、そんなただでさえ厄介な奴らが、怪異を裁くためにもっと厄介な力を持つバケモノを飼ってたんだ、俺達はそのバケモノの事を『たまらい』と呼んでいた、二人を殺したのは多分そいつさ」


「魂喰らい……さっさと見つけて始末しないと、仲間を集めるどころじゃなくないですか?」


 つぐみが顔を顰めて言うと、九尾狐は首を傾げながら「うーん」と唸って眉間に皺を寄せる。


「いや、でもな、あのバケモノが動けるわけないんだよ……だって10年前にアイツの飼い主殺したし……それにアイツが暴れてるならもっとこう、分かるはずなんだよな、それも微妙な感じ……」


「ほっとけって事ですか? 対処は早い方がいいんじゃ……」


「様子見で、今は大きく目立たない方が良いかもな、それよりさ!」


 九尾狐はようやくつぐみの方を向いて、にんまり笑いながら言う。


「つぐみの成長も兼ねてちょっとお仕事任せたいんだけど!」


「僕の成長……? まぁ、いいですけど、何をすれば良いんですか?」


「さっきからその話してるじゃん! 仲間が欲しい! 完全体のね!」


「ああ、ええ、はい……で、具体的にどうすれば」


「もう! 最近の子は全然自分で考えて動こうとしない! そーゆーところだよ!」


 九尾狐はプンプンっと憤慨しながら言う。プンプンって、声に出しながら怒っている。


 可愛くねーって。


「最初に言ったでしょ、『完全体は適合者を見分けられる』って、つぐみのレベルアップの為にも、つぐみがコイツ良いなって思った奴を連れてきてくれればいいよ、あとは俺がやるから」


「なるほど、僕の目利きを鍛えたいと、最初からそう言ってくださいよー」


「指示待ち人間め、社会に出て通じないぞ」


「新人をちゃんと動かせる指示を出せるかどうかじゃないですか、ソレ」


「ムッキー! ああ言えばこう言う! さっさと行ってきて! 期待してるからね!」


「はいはい」


 適当な返事をして、つぐみはその場を後にする。その後ろ姿を見送りながら、九尾狐は小さなため息を吐いた。


「さてさて、お手並み拝見だ……俺も俺でやる事しないとなーっと」


 ガサっと音を立てて、お菓子の詰め合わせが落ちる。満足げにそれを取り出すと、備え付けのビニール袋に入れた。


「最終的に取れたら俺の勝ちだもんねー、最終的に、俺の手の内にあれば良いんよ……さてと」


 九尾狐は自販機で缶コーヒーをいくつか買うと、お菓子を入れた袋の中に放り込んで、デパートを後にした。


「手土産も出来たし、まずは様子見に行くかー、上手くやってるかなぁ、あの爺さん」


 スティック菓子を齧りながら、九尾狐は次なる目的地へと向かった。

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