怪異の罠
「今回の事件は間違いなく怪異が絡んでいる。故に戦闘が避けられない可能性が極めて高い」
開口一番、あまり嬉しくない情報だった。霧谷はいくつかの資料を全員に配って説明する。
「そもそもこの都市伝説の村、猿回村は実在する村だ」
手渡されたプリントにも、確かに地図と詳しい住所まで記されている。しかし、これは……。
静が周りを見渡すと、他のメンバーも反応は様々であるが、恐らくは同じところに疑問を抱いているのだろう。
当たり前だろう、だってこの村は。
「そうだ、もう気付いていると思うが、実在している、というより、実在していたと言った方が正しかったな」
全員の顔色を察した霧谷が、頷いて言う。
「この村はもう50年も前に廃村になっている、人口の減少が原因でな」
都市伝説の村の正体は、実在した廃村。呆気なく明かされる正体、当たり前といえばそれまでだが、ならば次の疑問が浮かんでくるのもまた当然だろう。
「どうして今になって怪談として流行り出したんでしょう?」
そんな事を呟いて、誰かの答えを待つより先に、静は自分の中で結論に至る。それもまた、当然の答えだと言えるものだった。
誰かが意図的に流した、と考えるのが普通だろう。人が消える村、などという、いかにも物好きが集まりそうな怪談話として、誰かが広めたのだ。
一体誰が、その答えは、一番最初に聞かされている。
「怪異が人を集める為に、誘き寄せる罠として……廃村を利用してるって事か……」
滝川も同じ結論に至ったらしく、呟くように言った。
「SNSを中心に、そう言った噂話が流れてるみたいだ。投稿主を特定しようとしたが、もはやどこの誰が初出か分からない」
別の資料を見ながら、霧谷が補足する。人伝なら特定も出来たかもしれないが、なるほど、ネットを利用しているのか。どうりで急だし分からないはずだと妙に納得した。しかし、久茂野だけはなにやら腑に落ちないという顔をして頬杖をつきながら資料を見ている。
「怪談……怪談ねぇ……人を集める為というなら、もっと別の話題で誘き寄せないかなぁ? 例えば私なら、金銀財宝が埋まってるとか、美味しい隠れた名店があるとか、もっとこう一般的にウケが良さそうな話題を流すけどなぁ」
「確かにそうですね、そこまで知恵の回る怪異じゃないって事ですかね?」
「んー……まぁ確かに、捕獲した鳥くんとか、他の調査報告から見た怪異達って、なんていうか、本能で生きてるっていうか、深く考えないところがあるってのは認めるけど……全ての個体でそうだとは私はとても思えないかな」
滝川と久茂野の会話の様子を見ながら、小学生みたいに挙手して、白石が笑みを浮かべながら言った。
「姫ちゃんも人集めなら怪談とかそういうのにすると思う!」
得意げな顔をする彼女に、久茂野は首を傾げる。
「白石さんが敵なら……それはどうして?」
「ズバリ、『映え狙い』だね!」
「……ん?」
「『映え』だよ! 『バズる』とも言う!」
「ばず……何? ごめん、ちょっと私流行り言葉には疎くて」
困惑する久茂野に、見かねた滝川が呆れて言う。
「まだアンタ二十歳でしょうが……俺もですけど。えっとですね、綺麗な場所とか、物とか……えっと、変わった食べ物とか? そういう幻想的っていうのかな、写真や動画で撮って綺麗に映る事を『映え』、で、それをSNSとか動画投稿サイトに乗っけて、再生回数が伸びる事を、『バズる』って言うんです。」
「……ほー」
理解は出来ているらしいが、それでも腑に落ちないという感じだった。静はなんとなく理解出来たが、確かに本当にそうだとしたら腑に落ちない。
自分を襲ってきた猪や牛、前回の虎の例を踏まえると、奇妙な違和感がある。
「……おけ、で、その『映え』や『バズる』がどう関係しているのかな?」
怪訝な表情のまま久茂野が言うと、白石は目を輝かせた。
「そ! れ! は! ね! SNSでバズった方が人が集まりやすいからだよっ!」
ズイズイと近寄り、白石は嬉しそうに語る。
「今の時代、ネットの発達によって拡散力が半端ないんだよ! 色んな人が見て、聞いて、反応する! でもありきたりな話じゃすぐ他の話題に掻っ攫われる! 話題のスイーツ店なんかいっぱいあるし、埋蔵金なんて実は興味ある人少ないからね! 一昔前より話題は流行りやすく廃れやすい! 幅広くウケが良いのはやっぱ心霊系! 心霊スポット! 行くだけでも再生回数稼ぎやすいし、心霊写真なんか撮れたらもう万バズ確実だもん!」
「へ、へぇ〜」
流石の久茂野も苦笑いだった。隣の滝川も「心霊系ってそんなウケいいか……?」と呟いていたが、大事なのは多分そこじゃない。
「あの、怪異がネットを駆使して罠を張るって、今までにもあった事なんですか?」
静が言うと、霧谷は少し驚いたような表情を浮かべてから、小さく頷いて言う。
「そこなんだよ、こんな事前例が無いんだよ」
前例が無い。それはありとあらゆる可能性を生んでしまうとても厄介なものだ。ネズミも猪も、牛も虎だって、人を襲うのにこんなまどろっこしい事はしなかった。そもそも基本的にコソコソする必要が無いほど強い連中なのだ。
ただ単に人の悪戯かもしれない、しかし、実際に20人も行方不明者が出ている。偶然が重なったと言えばそれまでだが、意図されたものなら一刻も早く止めなければ更に犠牲者が出る。
「……行方不明になった人達って……その村を目指してたわけじゃないんですよね? 行き先もバラバラで」
「噂によると、無いはずの道が現れるらしい……好奇心で入ってしまったのかもな」
「好奇心……うーん」
何かきな臭い。なんだろう、思っているよりもっと重たい、何か危険な感じがする。
「……久茂野さんが君に目をつけたのは、そういうところか」
「はい?」
霧谷は何か勝手に納得して、鋭かった目を少し和らげて静に頷いた。
「一般人、しかも怪異に2回も襲われた経験がある。なのにこうも冷静に分析が出来る、確かに向いているな」
「冷静って……私、普通に怖がってますよ」
静は視線を落とす。気のせいじゃない、自分の手は小さく震えていた。
「だってこの場合で何かある時って、つまり少なからず人が死ぬ時でしょう? この中でなんの力も無い私は、真っ先に殺される可能性がずっと高いじゃないですか。死にたくないんです、だから必死に考えてるだけで、皆さんみたいに冷静ってわけじゃ」
「ねー? すっごい良い子でしょ? 私の目に狂いはないんよ」
静の肩を抱き、久茂野が自慢げに言う。
「なんの力も無い、なんて自分を必要以上に下げるもんじゃない。少なくとも、その生きようと足掻く気持ちは、この組織でなくてはならないものだ」
そう言う霧谷に同調し、久茂野もうんうんと力強く頷く。
「気持ち一つが、自分や周りを救う事だってあるんだから。まぁ力に関しては任せてよ、私が君を超人にしてあげよう!」
「が、がんばります」
なんかすごい期待されてる。出来る限り精一杯、期待には応えられるよう努力しようと思った。
「とりあえず渡した資料にもう一度目を通して置いてくれ。本調査開始は一週間後、先行隊が既に周囲を調べてくれているから、その情報も頼りに速やかな解決を目指すぞ。以上、解散」
霧谷が言って、今夜の会議は終了した。
「一週間後……はぁ、緊張する」
ついに始まる命懸けの仕事に、静の胸は、微かに高鳴っているのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こんな事が……!」
先行隊の隊長、久保川慎太は驚愕し、恐怖した。
霧谷桐華達の会議が終了した約2時間後の出来事である。
行方不明者が出た現場付近を走行中、突如濃い霧が発生し、やむを得ず停車させた。部下3人と降車して、しばらく付近の探索をしていた、そこまでは良かったのだが、霧が徐々に晴れ、視界がはっきりしたところで、全員が目を疑った。
確かに一本道のはずだったのに、目の前に、噂通りもう一本の道が出現していたのだ。その先にはトンネルまで見える。
悩んだが、本部に連絡を入れ、調査の足を進めた。久保川自身が、その判断をした。
進めてしまった。
進めるんじゃなかった。
トンネルを抜けた先には、確かに村があった。広がる田園に、あちこちに建つ時代を感じる日本家屋。ふと見ると、道の端に古びた木製の看板が立てられており、そこには『猿回村にようこそ』とペンキで書かれていた。
明らかに生活感がある。人が住んでいる気配はある。
しかし、異様なほど、村は静寂に包まれていた。
「隊長……コレ」
部下の一人が何かを見つけたらしい。視線の先には、何か、黒い塊があった。ポツンと地面に置かれたそれは、壺のようだが割と大きく、壺というより、水瓶のようだった。
彼は警戒しつつその瓶の中を覗き込んだ。
「中には……液体、透明度の高い……これは、水? いやこの匂いは……酒、酒と思われる液体が入ってます」
「なんでそんなモンがこんなところに」
怪訝な顔をする久保川に、部下の男は続ける。
「分かりませんが、とにかくサンプルを取った方が良いですかね?」
「いや、迂闊に触れるのはよそう。村がある事が確認出来ただけでも収穫だ、一度本部に戻って……おいっ! お前何してんだっ!」
久保川は思わずを怒号を上げる。目の前で部下が起こした異常行動に動揺してしまったのだ。
何を思ったのか、彼は瓶の中に手を突っ込み、液体を掬い上げてゴクゴクと飲み始めたのだ。
「これ、これ、あの、美味しいですよ、お酒です、すごい高級な、上品な味がして、こんなの飲んだ事無いですよ、ほらほら、みんなもほらほら」
「何を馬鹿な事を! ソイツを取り押さえろ!」
唖然としていた残る二人に指示を出す。慌てて二人は今尚瓶の中の液体を飲み続ける仲間を必死に引き剥がそうとした。
しかし、すぐに異常に気付く。
「なんだっ!? すごい力だ全然離れない!」
「おい! いい加減にしろって! 自分が何をしてるか分からないのか!」
大人の男が二人がかりで引き離そうとしているのに、彼は瓶の口を掴んだまま離れようとしない、というか、離すことが出来ないほど掴む力が強かった。両手が使えない彼は、そのまま頭を突っ込み瓶の中の液体を飲み続けている。
おかしい、さっきまで普通だったのに。突然我を失ったかのように。
「……っ! まさか! 既に術中に」
「おい! やめ、う、ろ、ろ、ろんな、どんな味なんだ? ごくごく、うーん、こりゃ美味しい、みんなにも飲ませてあげたい、気品に満ちた味だ」
もう一人、急に引き離すのをやめ、彼も狂ったように瓶の中に手を突っ込んで、浴びるようにその液体を飲み始めた。口に入っているのかすら分からない、ほとんど洗顔のようだった。
「なっ! た、隊長っ! 退却しましょう! このままじゃマズイです! いや! 美味しそうです! このお酒! 澄んでて綺麗ですよ! うーん! ごくごくぷはーっ! 美味しいです! 隊長もどうですか! きっと気に入りますよ!」
「お……お前ら……なんなんだ、どうなってるんだ……こんな事が……!」
まるで餌にありつく犬みたいに、瓶の中の液体を浴び続ける3人の部下を見て、久保川は驚愕し、恐怖した。
コレが怪異の、なんらかの能力による発狂である事は既に予想がついているが、しかしいつだ、なんの前兆も無かったはずだ。
最初に狂った彼だって、ただ見ただけだ。迂闊に触れるなんて、本人だって発想に無かったはずだ。だから隊長である久保川に許可を求めたのだから。
「隊長、も、どうですか?」
立ち尽くす久保川に、部下の一人が顔を上げて声をかける。一見するとおかしなところはどこにもない、しかし、目だけは違った。丸く、ギョロッと見開いており、今にも眼球が飛び出しそうになっていた。彼はどこか幸せそうで、爛々とした笑顔をコチラに向けてくる。
そんな彼に続くように、他の部下二人も同じように声を上げた。
「隊長も飲みましょうよ、最近、一緒に飲んでなかったじゃないですか」
「普段お疲れなんですから、こういうときぐらい、羽目を外しましょうよ」
「お、お前ら! 目を覚ませ! 一度ここから離れて、本隊と連携して出直すんだ! なんとかこの村から!」
「ここからは出れんよ」
「なっ」
突如、背後から聞こえる低く老いた声に、久保川は咄嗟に振り向き後退る。
そこには、腰の曲がった小さな老人がいた。杖にしがみつくようにして立っており、白髪と白髭で埋まった顔は表情が上手く読み取れなかった。
「お前……何者だ、ここはどういう」
「ようやっとかかったか。狙うとらん雑魚ばかりじゃったからのう。さてさて、ぼちぼち本腰入れていかんとな……若連中にもよう言うてきかせとかんと……」
老人はしゃがれた声でそう言って、ヨタヨタと歩き出し、久保川を通り過ぎていく。彼の質問には、ハナから答えるつもりは無いらしい。
「お前……一体! ぐわっ!?」
老人に掴み掛かろうとした瞬間、体の自由が一切効かなくなった。いつの間にか地面に突っ伏し、押さえつけられている。
部下2人が、久保川を拘束したのだ。
「お、お前ら……! 何をやってる! 離せ! やめろ! 正気に戻れ!」
「イライラしちゃダメですよ、健康に悪いですよ、健康診断の結果が悪いって、また、奥さんに怒られちゃいますよ」
「美味しいですから、本当に、美味しいですから、大丈夫ですから、飲めますから、ゆっくりしましょう、元気になりますから、嫌な事無くなりますから」
必死に拘束を解こうとするが、恐ろしい程の力で押さえつけられていて、指一本動かす事が出来ない。
しかし、もっと恐ろしいのは、視界は生きているので、目の前で何が起こっているのか分かってしまう事だ。
最初に発狂した部下が、瓶を持ち上げ、久保川の方に近付いて来る。
「おい……おいよせやめろ! 正気に戻れお前ら! よせ! やめろ! やめてくれ!」
「大丈夫です、大丈夫です、コレ飲めますから、すごい美味しくて、すごい飲めますから、なんていうか、澄んだ味ですから、後味スッキリで飲めますから」
部下が瓶を傾ける。中の液体を隊長に振る舞う為に。
「よせぇぇぇぇっ! 正気にもどっ」
バシャアッ!
液体が地面に撒き散らかされる音がする。
「戻らんよ。この村に来たら、もう戻れん。ワシが戻さん……」
老人は呟いて、ヨロヨロと歩いて行く。
背後で聞こえていた男の悲鳴は、パタリと止んでいた。




