都市伝説の村
人が消える村があるという。
一本道であるはずの山道に、突然あるはずの無い道が現れるらしい。その道を進んでいくと、古びたトンネルがあって、その先には地図には無い小さな村があるのだとか。
そこには頭のおかしな村人が住んでいて、余所者を嫌って襲いかかってくるらしい。
その異常な村の名前は『猿回村』。その村に入ったら最期、生きては出られない。
「みたいな感じの噂話があってさ」
「よく聞くやつじゃないですか、犬が鳴いてる村だったり、牛の首の村だったり」
物が溢れかえった部屋で、二人の女が話す。
一人は白衣を着てテーブルに向かい、よく分からない機械をいじりながら、もう一人の方を見ずに喋っている。もう一人は高校の制服を着ており、周りにある機械を不思議そうに見ながら、同じように白衣の彼女の方を見ずに喋っていた。
白衣の女は久茂野知朱。怪異対策局、通称『ACB』の技術開発課のトップに立ち、特殊鉱石ハード・オニキスを加工した対怪異用特殊武器『タリスマン』を開発した若き天才である。
制服の少女は大橋静。河合高校二年四組に通うごく普通の女子高生、だった。とある事件をきっかけに、怪異が蔓延る世界に足を踏み入れてしまった彼女は、自分にも出来る事があると諭され、ほんの一ヶ月ほど前から久茂野の助手として働く事になり、放課後は彼女の家に通っている。
とはいえ専門的な知識など何もなく、戦闘どころか喧嘩すらした事ない静に出来る事など限られているのだが、これから色々出来るようになればいい、と、自分の中で納得しているのだった。
その限られた出来る事が、かなり重要な雇われた理由なのだが、本人はあまりピンと来ていないようである。
「村とか駅とか山道とか、そういう話って絶えませんよね。前はそれなりに興味あったんですけど……何せ本物を知っちゃうと……どうしても幼稚に感じちゃいます」
「ただの怪談として処理しちゃうとそうなるよね。でも、私達ACBが戦ってるのは予想や発想をいつだって超越してくる超怪物達なんだ、どんな怪奇現象を起こしてきたって不思議じゃない」
久茂野は「見てごらん」と言って、一枚の紙を静に渡す。そこには人名と思われる文字がズラリと並んでいた。
「……なんです? というか、誰ですか?」
「ここ一ヶ月で発生した行方不明者のリスト」
その言葉を聞いた途端、気だるそうだった静の顔が一気に深刻なものになる。それもそのはず、その数はざっと見ても20人は超えていた。
「まぁ、船に乗ってて沈没したとか、バスで移動中に土砂崩れに巻き込まれたとかなら納得できる数字ではあるんだけど……残念ながら、そこに書き出された行方不明者達に接点はない、というか、姿を消した日時もバラバラ……共通点はたったひとつ」
「……さっきの村に行った?」
「厳密に言えば、その噂の場所に繋がる山道を通ったかな。目的地もバラバラだったみたいだからね」
偶然、とも取れる。いや、しかし、そんな偶然あるだろうか。そういう事件を起こす、人知の届かぬ超常的な現象、神隠しのような真似事を出来る存在を知っている、知ってしまっている。だからこそ、無視出来なくなっている。偶然では片付けられない立場にいる。
「怪異の仕業、ですかね」
緊張した面持ちの静に、久茂野は肩をすくめて言う。
「それを調査するのが私達の仕事さ。何事も無ければ後は警察の仕事だし、何事かあってしまえば迅速かつ早急に対処しなければね……というわけで」
久茂野はスマホで何やらポチポチと打ち込んでから、さっさと周りにある荷物をまとめて、大きなバッグに雑に詰め込んでから、静に向いて言う。
「とりあえず局に行こうか。今回の仕事、大橋ちゃんにも参加してほしいし」
「はいっ! ……はい? ……はい!?」
勢いで返事してしまったが、遅れて内容を理解して、パニクってしまう。仕事に参加、つまりは自分も怪異調査に加わるということで、場合によっては死闘に巻き込まれる可能性だってあるわけで。つまり死ぬ危険性もあるわけで。
いや、確かに力になりたいとは言ったけれども、それは自分の体を調べて分かる事があるなら協力するという意味であって、文字通り力で敵を捩じ伏せるとか、そういう意味ではない。繰り返しになるが、戦闘なんてものはもちろん、手が出るような喧嘩すらした事が無い。せいぜい彼氏や友達と言い合いをした事があるぐらいだ。
「あの……それって私なんか役に立ちます……?」
「大丈夫、私が立たす。その為の新武器なんだから」
対怪異用特殊武器『タリスマン』。凶暴で強力な怪異に人の身で立ち向かう為の特殊な武器。銃や刀や槍といった分かりやすいものから、グローブなんていう一見すると武器に見えないようなものまである。それらは怪異に有効な毒素を発する特殊鉱石『ハード・オニキス』の成分を組み込まれ、物によっては変形したりもする。
要するに、並大抵の武器じゃない。だからこそ、使うのも並大抵の人間には任せられない。タリスマン用の訓練を受けた特別な精鋭達だけが持つ事を許される武器。
そんな物を訓練も受けてないド素人の現役女子高生に持たせて戦えるようにするなんて、無茶な話である。
「深夜ちゃんだって存分に扱えてるんだから、大丈夫だよ」
「年季が違うでしょう! 聞きましたよ! あの子ACBの職員同士の子供で、生まれた時からずっとあの環境にいて! タリスマンだって10年以上握ってきたって!」
「そうなんだよねー。並の戦士よりベテランなのよ。おもしろくない?」
「分かってるなら私の比較対象にするのは尚更おかしいですよね!?」
慌てる静に得意げに笑いながら久茂野は言う。
「大丈夫だって。今回の武器、ってか、新装備のキモはまさにそこなんだ! 精鋭でも何でもない、なんの訓練も受けていない戦闘のド素人が精鋭達と肩を並べられるようになる!」
「そういえばそんな事言ってましたね……でもいきなり実戦投入っていうのは……」
「その為に霧谷さん達にも調査に協力してもらうのさ。流石にソロで怪異討伐なんて無茶言わないよ」
今でも十分に無茶を言っているのだが、やる気満々の彼女を止める事はもう無理だろうと諦めた。
しばらくすると、誰かが迎えに来たようで、荷物をまとめた久茂野と静はそそくさと外に出る。そこには黒いアルファードが止まっており、運転席からは滝川考斗が顔をのぞかせコチラに手を振っていた。
「滝川くんお疲れ」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。て、うわ、マジで今回静ちゃんも参加するんですか?」
車から降りた滝川は、静の顔を見るなりそう言って、彼女が持っている荷物を掴んだ。
「え、ちょっと」
「重いでしょ、俺が積むから先座ってて」
滝川はぐいっと持とうとするが、静はそれらを自分側に引き寄せて抱える。
「大丈夫です、自分で積みます」
「ああ……そう? でも無理したらダメだよ、怖かったらすぐに逃げてもいいんだから」
逃げてもいい、その言葉で、静の心の中にあった弱気は全て吹き飛んだ。
逃げてもいい、わけがない。逃げ出して助かったって、後悔がずっと残るだけだ。逃げて自分だけ助かって、それで誰か代わりに死んだら、それは間違いなく、自分が殺したも同義なのだから。
「……すいません、余計な心配かけました。私、逃げないんで、今日はよろしくおねがいします!」
そう言って、荷台に荷物を乗せて、静は車内へと入っていった。
「滝川くんいいねぇ。早速いい働きしてくれたよ」
そう言って久茂野が滝川の肩を軽く叩く。当の本人はポカンとしていた。
「いや、俺何もしてないですけど……あの子大丈夫ですかね。やる気があるというより、意地を張ってるだけみたいに見えるんですけど」
「どっちにせよ乗り気になってくれて良かったよ。さて、じゃあとりあえず局まで向かおうか」
残りの荷物を積み込んで、滝川は運転席に、久茂野は助手席に座る。
「ところで滝川くん、槍残滓の事なんだけどさ」
「え! 使えるようになったんですか!?」
「いンや、全然。深夜ちゃんの言ってた、過去の映像を一時的に実体化する能力も失われてる……そして私が組み込んだギミックまで発動しなくなってる……でもたまに、調べてる最中にグネグネ動くんだよね」
「きっも! ウサギの野郎! 天童さんの大事な武器に変な魔改造しやがって!」
「こらこら、そのおかげで虎を追い詰める事には成功してるんだから、そう悪く言うもんじゃないよ。でね、私はふと思ったんだけど、アレってもしかして戦闘しないと発動しないのかなって」
「……なんでそう思うんです? 普通に壊れちゃってるんじゃ」
「うーん……壊れてる……ようには見えないからかなぁ。動くし」
その『動く』のとは違うでしょうが、とツッコミそうになったが、滝川は運転に集中する。
「なんせ怪異の中でもとりわけ不明要素の多いウサギの正体不明、原理不明の能力で改造されてるから、調べようが無いんだよね。コチラから出来るアクションは全てやったと思うんだけど反応なし……後はもう、実戦で実験するしか無いかなって」
「そうはならんでしょ!?」「そうはならないでしょ!」
後部座席の静も思わず声を上げて、滝川と揃ってしまう。とはいえ、叫んでしまっても仕方ないだろう。命懸けの戦闘、それは久茂野だって分かっている事だ、なのに、あまりに対応が雑すぎる。
「もちろんそれだけで挑めって言ってるわけじゃないよ、他にもちゃんとタリスマンを用意するから、一瞬どっかで使って欲しいってだけ」
「それが出来たら苦労しないですよ!」
「でも深夜ちゃんは色んな武器を」
「比較対象がおかしい!」
さっきも同じ光景を見た。本当にこの人賢いのかなと不安になってくる。いやしかし、静と深夜では確かに比較にならないが、同じ戦士同士なら話は変わってくるのではないだろうか?
「滝川さんは、タリスマン使ってないんですか?」
静に言われ、滝川は「あー」とバツが悪そうに口を尖らせる。
「俺は、まぁ、その、適性が無かったと言うか、合格レベルに達してないというか」
「タリスマンの使用にはね、それなりの資格がいるんだ。その為に筆記と実技の試験があるんだけど、ギリギリで落ちちゃうんよね」
「久茂野さん! もっとこう、オブラートに」
「え、なにそれおもしろ。こんな事誤魔化したってなんの得にもならんでしょうよ。それに、ようやく合格したんだから、自信持っていいんじゃないの」
「いや、何回も落ちてるって部分が……はぁ」
がっくりと肩を落とす滝川に、静は少し嬉しそうに言う。
「え、滝川さんもある意味今回が初めてって事ですか? おそろですね」
「静ちゃんとはちょっと違うけど……まぁそうなるか……つかなんで嬉しそうなの」
「だって、素人が一人だけって心細いじゃないですか」
「いや素人ではねぇよ!」
「でもタリスマン使った事無いって」
「それイコールで戦った事無いにはならんでしょ! 俺はずっとマシンガンでサポートしてたの! 先制しかけたり、足とか狙って動き止めたり、囮になったり! こうみえて、結構死線潜り抜けてきてるんだからな!」
「おお、じゃあ今回も期待してますね。いざとなったら助けてくださいね!」
「おっしゃあ任せとけよ! 頼りになりすぎて惚れても知らんからね!」
「それは大丈夫なんで大丈夫です」
「文法おかしくなるぐらい全力で否定された……」
「二人とも、盛り上がってるとこ悪いけど、着いたよ」
怪異対策局。大きなビルで、一見するとなんの建物か分からない。地下の駐車場に車を停め、3人で上に向かう。
「まぁあくまで調査からだから、あんまり危険で危ない敵がいるようなら別の人に代わって貰えば良いと思うよ」
なんの悪気も無いのだろうけど、久茂野の言葉はグサグサと二人の心に突き刺さった。特に滝川の心を抉ったようで肩を落としている。
「ここには頼りになる仲間が沢山いるからね、特に深夜ちゃんとか、霧谷さんとか、今はまだ療養中だけど、末広さんなんかも強いよ、あと、あんまり積極的じゃないけど、白石さんも面白い、彼女がいれば、こちらの生存確率はグッと上がるからね、何故なら」
言いかけたところで、ボタンを押す前にエレベーターの扉が開く。中から現れたのは、白髪の若い男性だった。
「おお、霧谷さん。ちょうどその話をしててさ」
「お疲れ様です久茂野さん。ん、俺の話ですか? 一体何を」
「いやそんな事いいや、それより今回の村調査なんだけど」
「ああ、俺もその事で相談しに来ました、参加メンバーについてなんですけど」
「おお! まさにそれそれ! 実はさー、深夜ちゃんに使ってもらいたい武器が沢山あってさー! その許可を」
「……深夜、来れません」
「んー? ん? あれ?」
「アイツ、別の班の応援でしばらくいません。今回は俺と白石と滝川、そしてその……あまり気は進まないんですけど、大橋と久茂野さんの5人で活動する事になります」
「おおう……マジか、マジで?」
久茂野が苦笑いを浮かべる。
頼りになる仲間が沢山いるとドヤっていたのにこの表情。本当に大丈夫なのかと静は不安に思った。




