表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/69

どこかでだれかが

 怪物に襲われたら別の怪物が助けてくれた、なんて話、誰か信じてくれるだろうか。昨晩の事を思い出しながら、蘆永あしながすずめは通学路を歩いていた。


 つい昨日の出来事だというのに、すずめはまだあまり信じられていない。目の前に現れた大人ほどある巨大な蜂、しかも人語を話す怪物。恐怖と衝撃で動けない自分に、怪物はガチガチと不気味な音を立てながら、籠った低い男の声で言った。


『テメェの身体寄越せ』


 もちろん返事なんてさせてもらえるはずもなく、蜂の怪物は突っ込んで来た、しかし、ぶつかった衝撃は無く、代わりに伝わるのは全身からナニカがズルズルと入り込んでくる不快感。


 悲鳴をあげたかったが声が出ず、取り込まれかけ、もう諦めかけたその時、颯爽ともう一体怪物が現れた。その怪物はよく分からない方法で蜂を吹っ飛ばし、踏み潰して消してしまった。


 突然の事に混乱し、動けずにいるすずめに、怪物は手を伸ばし、物々しい姿には似合わない優しい声で言った。


「怪我は無い? 立てる?」


「は、はいぃ……」


 搾り出した返事は大層情けないものになってしまった。恐る恐る手を握ると、優しく、しかし力強く引き立たせてくれた。


「もう大丈夫だから、慌てずお家に帰って、それからさっきの怪物の事を……」


 ウサギのような形をした甲冑に似た姿の怪物。しかし、颯爽と登場した姿や、この紳士な対応に、すずめは段々と心打たれ始めていた。怪物なんて思ってしまったが、さっきの蜂とは全然違う、カッコいいヒーローに見えた。


 そして、そのヒーローにまだ礼を言っていない事に気付き、緊張しながら言った。


「あの……えっと……助けていただいてありがとうございます。あなたのお名前は……」


「私はナイト・ウォーカー、貴女は?」


 ウサギのヒーローは優しく頭を撫でてくれながらそう言った。胸が高鳴り、裏返りそうになる声を必死に抑えながら答える。


「わ、私は……すずめです。蘆永すずめ」


「すずめちゃん、可愛い名前だね。さぁもう大丈夫だから、お家にお帰り」


 言われるがまま、すずめは歩いた。ぼんやりして、現実味を帯びない気持ちのまま、歩いて、ふと振り返ると、そのヒーローはすでに姿を消していた。


 あまりに非現実的な出来事に、一晩眠って、本当は夢だったんじゃないかと思う。


「……でもハッキリ覚えてるんだよなぁ」


「なにを?」


 不意に背後から声をかけられて、すずめはびっくりして飛び上がる。慌てて振り返ると、赤いリボンをつけた長髪の少女が立っていた。


「びっっっくりした! 舞蘭まいら! いるなら声かけてよ」


 手結本てゆもと舞蘭。小学生とは思えないほど大人びた雰囲気を持っている同級生で、すずめと一番仲のいい友達だ。父親がそこそこ大きな会社の社長で、いわゆる社長令嬢と呼ばれるものだ。


「だから今声かけたんだけど。なに? なんか考え事?」


「え、うーん……考え事っていうか、うん、昨日あんまり寝れなくて」


「夜更かししてたら肌荒れるわよ。すずめ可愛いんだから肌のケアは今のうちからしっかり」


「もうママじゃん」


「せめて双子の姉とかにしてよ。嫌でしょ、同い年の母親」


「なんかドラマとかでありそうな設定だね、同い年の母娘」


「……なんかあった気がするわよそういうの」


 並んで歩いて学校を目指す。数分後には忘れてしまうような他愛のない雑談をしながら二人揃って歩く。


「で、本当に何考えてたのよ」


「え、何って……」


 会話の流れでスルーされたかと思っていたが、舞蘭はしっかりと覚えていて、しかも心配してくれているようだった。


「寝不足になるぐらい考え込んでた……なんて、思いのほか深刻に悩んでるんじゃないの? すずめに限って勉強が分からないって事はないと思うけど……まさか恋とか?」


「ち、違う違う、全然違うよ! ちょっと怖い夢見て寝れなかっただけ」


「なにそれ、まるで子供じゃない」


「まだお互い11歳ですが、バリバリ子供ですが」


「……それもそうね。なんにせよ、深刻じゃないならいいわ」


 そう言って舞蘭は少し安心したようにクスッと笑った。そんな彼女を見ていると、怪物に襲われた、なんて意味不明な事言って変に不安にさせるのはやはり間違ってると思えた。言わぬが仏というやつだ。


 そもそももう自分だってなんとも無いんだし、怖い事は考えなくて良いだろう。


 それよりも、明るい話題だ。


「ねぇねぇ舞蘭、私好きな人はいないんだけどさ、憧れなら出来たかもしれない」


「憧れ……? 俳優とか芸能人とかアイドルとか?」


「ううん、もっとカッコいいやつ」


 小首を傾げる舞蘭に、すずめは最高のキメ顔をしながら言った。


「私、ヒーローに憧れてるんだ」


 その日一番の爆笑が起きた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後結局何事もなく、一日を平穏無事に過ごした。普通に勉強して、休み時間に談笑して、給食を食べて、午後の授業を終えて帰宅した。


 特別な事は特に無い、強いて言えば、寝不足の割には体調が良く、体育のバスケでやたら動けたぐらいだろうか。


 夕食を終え、自室のPCを起動し、検索ワードを入れる。


 怪物。ヒーロー。この2つのワードで検索をかけると、ほんの少しだが結果が出た。


「……ネズミの化け物……橋の上の化け物……これ、全部ほんとの事かも……」


 まさに化け物を昨日見たすずめは、ほんの少しだけ怖くなる。この街には、何か得体の知れない奇怪なものが人々を襲っているのだ。


 しかし、その化け物騒動には必ずウサギの怪物や鎧ウサギなど、昨日自分を救ってくれた怪物も同時に現れているようだ。


「……人知れず、人々を救う異形のヒーロー……」


 幼い少女の目が輝く。


「かっこいいぃ〜〜っ!」


 すずめはニンマリと顔を緩めながら天井を眺める。


 颯爽と現れ、怪物を倒して、自分を救ってくれたヒーロー。ナイト・ウォーカーと名乗っていた。


 もう一度会いたい。会って話したい、今度はちゃんとお礼がしたい。


「……私もヒーローになれれば、もう一回会えるかな」


 そしたら仲間になって、二人でこの街の平和を守って。


「……いや、恥ずかしい恥ずかしい」


 あまりに馬鹿げた妄想だと思い、一人であるにも関わらず赤面した。


 でも、そういう存在がいるのも事実。怪物もナイト・ウォーカーもそういう特別な存在は確実に存在する。彼らはどうやって、そんな力を手に入れたのだろうか。


 いや、そもそも彼らが特殊能力を持った人間だと考えるのが間違いか、最初からそういう存在なのかも。


 いずれにせよ、ただの普通の人間である自分が、ある日突然超能力に目覚めるなんて、そんな話はきっと無いだろう。


「特別な存在、誰にでもなれるわけじゃないから、特別なんだよね……当たり前か……ん?」


 伸びをして、ふと足元を見る。何やら黒い影が横切ったように見えた。目を凝らすと、勉強机の脚の影に何かいるのが見えた。


 一気に血の気が引く。明確に判断できたわけでは無いが、ほぼ確定している。靴下を脱いだ自分の判断を恨んだし、その黒い物体の事はもっと恨んだ。


 高速で移動し、醜悪なフォルムで人の嫌悪感を刺激する害虫。Gの名を持つ黒い虫。


 ゴキ


「いぎゃあああああああああああああっ!」


 奴が高速で動き、素足を横断する気配を察知したすずめは悲鳴を上げ、飛び上がった。


 見下ろすと、机の影から黒い奴がカサカサと嫌な動きをしながら這い出てきた。


「もー最悪っ! おとうさ……え、アレ?」


 父親を呼ぼうとしたが、すずめはそこで初めて自分の異常事態に気付いた。何故自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 答えは簡単。簡単だが、あり得ないことが起きていた。


 すずめは、()()()()()()()()()()()()。それこそまるで虫みたいに、手と足をピッタリと天井に付けて、まるで床のように天井を扱っていた。


「え、は、え? え? ちょっ……と、なにこれ、なんで」


『……よお』


 ゾクリと、背筋が凍る感覚がした。自分以外の誰もいないはずのその部屋で、別の男の声がした。


 しかもその声は、聞き覚えのある嫌な声だった。


 恐る恐る声のした方を見ると、自分の顔の真横に、手のひらサイズの大きな蜂が滞空していた。


 一般人がある日突然異能に目覚める、なんて、アニメや漫画の世界の話。


 この世界では、一般人が、ある日突然化け物になってしまう。


 老若男女関係無く、今日もどこかでだれかが、怪物になっているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ