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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
虎の威を借る
40/69

それぞれ

 怪異対策局の一室で、数人の戦闘員達が集まっていた。今回の虎事件を担当していた霧谷班の面々と久茂野である。霧谷班の面々、などと言ったが、現在は4人しかいない。


 霧谷桐華、白石姫百合、深夜琴音、滝川たきがわ考斗こうと。計4人。


 皆、暗い表情を浮かべていた。


「虎を取り逃しました。ごめんなさいです、ごめんなさい」


 深夜が全員に向かって頭を下げる。表情は変わらないが、どこか悔しそうに感じた。


「コトネちゃんが謝る事なくない? 十分過ぎるぐらい活躍したと思うけどなー?」


 下げた頭をヨシヨシと撫でながら、白石は言う。そんな彼女に、深夜も擦り寄りながら「姫ちゃんさん優しい、好き」と呟いていた。


「……深夜が無事で何よりだ、しかし……」


 霧谷は言葉に詰まる。集まったメンバーを見て、少し俯いた。


「琴音ちゃんが無事だった、というより、()()()()()()()()()()()()()()()が正しいかな」


 久茂野が言った瞬間、部屋の空気が一気にピリついた。特に、滝川が酷く彼女を睨みつける。


「アンタは……人の気持ちとか考えないのか……⁉︎ 塚田さんも平岡さんも……天童さんまで……殺されたんだぞ!」


 絞り出すような声で、滝川は久茂野に言う。しかし、そんな彼に目すら合わせず久茂野はため息混じりに「そうだね」と素っ気なく返した。


「……! どうでもいいのか……? 人が死んだんだぞ!」


「君がその場にいれば何か変わっていたのか?」


 滝川が久茂野の目の前まで迫る。今にも殴りかかりそうな顔で、拳を握り締めていた。


「滝川っ! 気持ちは分かるが落ち着け」


 霧谷が彼の肩を掴み引き寄せて言う。それから久茂野を呆れた顔で見ながら言った。


「久茂野さん、もう少し発言は慎重にお願いします、彼がどういう立場なのかご存知でしょう」


「天童鳴子と同じ班の戦闘員……呉班最後の生き残りだね」


「だから、そういう言い方」


「君達こそ分かってない、感情に浸ってる場合じゃないんだよこれは」


 久茂野は引き止められている滝川に近づき、ズイッと顔を向けて言う。


「君達の班がどれだけ高い実力を持っていたかは知っている、君達のタリスマンを作ったのは私だからね、なのに、全滅だ、分かるかい? 過去様々な強敵を討伐してきた猛者達がたった一匹の怪異に全滅させられたんだ」


 滝川の顔とぶつかりそうなほど近付いて久茂野は言う。その迫力に押され、少し冷静になった滝川は初めて彼女の目を見る。


 真っ黒、というより漆黒、いや、ドス黒い何かが取り憑いているような、とにかく、ヤバい目をしていた。


「分かるか? 私の絶望が。鳴子ちゃんは私の良き理解者だったよ、私が作るタリスマンを楽しみにしてくれててねぇ、『槍残滓』が完成した時なんかハグまでしてくれたさ……彼女が死んだ、殺された、ムカついてないと思うのかい?」


「ぐ……うぅ……」


 絶望、怒り、負の感情を全て押し付けられるような強烈な圧に、滝川はついに目を逸らす。同時に、久茂野もスイッと彼から離れ、小さく首を振った。


「君だけじゃない、みんな怒りと悲しみで張り裂けそうになってる。それでも、私達には使命があるんだ、だから感情に浸るより、現実に目を向けなきゃならない、どれだけ辛くてもね。それが、生き残った君が出来る事さ」


「……そう……ですね。すいませんでした」


 ガクリと肩を落とし、滝川が言う。しかしその瞬間、白石が大きく目を開いて言った。


「えーっ! 久茂野さんの言い方もトゲトゲでサイアクだったと姫ちゃん思うけど! なんか雰囲気もいつもと違って怖いし! タキ君だけじゃなくて、久茂野さんも謝るべきだと姫ちゃん思うなー!」


「私もそう思うなー、思うですなー」


 白石に続いて深夜も言う。二人に詰められた久茂野は不満げだった。


「えー、おかしいでしょ、今って私が責められるトコかなぁ? お通夜モードになるのは無理ないけど、それで話が進まなかったらいよいよ無駄死にになるでしょうがよ」


「タイミングの話です。まぁ、それを言うなら、このタイミングで全員集めて話し合いを始めた俺も悪いんですけど……とにかく、深夜、何があったか教えてくれ」


 霧谷に言われた深夜は小さく頷いて、ポツポツと報告を始めた。


 現場に辿り着いた時には家には誰もおらず、酷い有様だった事。

 虎とウサギが竹林で戦っていた事、そこに自分が乱入した事。

 ウサギの姿が変わり、その能力にイライラした事。

 追い詰めた虎が変な奴に攫われた事、自分はその変な奴に瞬間移動させられて、気付いたら自宅の前にいた事。 


 ざっくりとだが全員に話した。話してから、部屋の端で体育座りで拗ねてしまった。


「2回も戦った敵を2回とも逃してしまった……仲間殺されたのに、殺せなかった……つかちゃっかりウサギにも逃げられたし……ていうか勝手に移動させられたし、あの狐なんなの、昨日居たあの中で群を抜いて一番ヤバい奴な感じがするもん……」


「狐か……ん、というか深夜、お前虎の前に鳥とも戦ってるって聞いたんだけど」


「忘れてた、忘れてました。そういえばその時も沢山の狐と戦ったんだ、アレ結局なんだったんだろ」


「アレ沢山いたけど、面を被ってただけで、中身は多種多様だったよ、犬っぽかったりネズミっぽかったり。てか、問題はそこじゃなくて、敵が組織だって動いてる可能性がある、ってトコだよね」


「怪異で構成された組織がある……ウンザリするな」


 霧谷が小さくため息を吐く。ただでさえ、強力になりつつある敵が、更に強化される。人間に勝ち目があるのかと、不安を感じざる得ない情報だった。


「捕まえた鳥は何て言ってるの? 言ってるんですか?」


 深夜が言うと、久茂野は肩をすくめて首を振った。


「それがねぇ、鳥くんはどうやら本当にただの使いっ走りみたいな存在だったみたいでねぇ、根っこの部分はなーんにも知らない、というか、知らされて無いんだと思うよ。ずーっと、騙されたー、とか、話が違うー、とか、喚くばかり」


「役に立たないなら私が殺そうか、殺しましょうか」


 こっちが命の危険を感じるほど鋭い殺気に、久茂野はさっきよりも強く首を振って否定する。


「ダメダメダメ! その件でこっちからは別の報告があるんだから!」


「別の? もしかして……上手くいってるんですか? 例の ()()


 霧谷が目を大きくして驚くと、その反応に満足したのか、ニンマリ笑って久茂野は言う。


「なんか思ってた以上に順調でさぁ! 完成の目処も立ってるし、悩みといえば実戦で使えるかどうかのテストをどっかでしたいなーって事ぐらい」


「実戦投入……なら、その時は俺が試運転しますよ」


「霧谷さんが? んー、まぁ使えそうだけど。琴音ちゃんにも協力してもらおうかとも思ったけど……よくよく考えたら、元から強い人達がアレ着てもな」


「なんの話? ですか?」


 霧谷と久茂野の間にひょこっと割って入って深夜が言う。表情は変わらない、しかし、目が輝いているように見えた。自分にとって悪い話ではないと、期待しているのだろう。


 その期待に応えるように、久茂野は自慢げな笑みを浮かべながら言う。


「新武器の話」


「ひゃっほう」


「しかも今までより更に強力な武器」


「いやっほう」


「琴音ちゃんが捕まえてくれた鳥を素材にしてね」


「その為の生捕りだったのか、だったんですか。ちゃんと役に立ってるなら良かった、です。つか、流石です久茂野さん、常に一歩先の発想を持ってる、持っておられる」


 深夜が褒めれば褒めるほど、久茂野は愉快に胸を張って笑った。


「元はコトネちゃんのアイデアじゃなかったっけー? でもほんとすごいよね! 思いつきをそのまま実現させちゃうなんてさ」


 白石も加わり、久茂野は満悦の極みだった。


「褒めて褒めて……! もっと褒めて! 褒めれば褒めるほど色々出てくるのが私なんだよ……! 現場に残されたウサギに改造されちった槍残滓も回収出来てるし……もう少し待ってくれたまえ! 乞うご期待!」


「とは言え、敵の怪物を素材にしている以上、何が起こるか分からない、使う時はまず俺が」


「ああん、その事なんだけどさ、さっき霧谷さんも適任だって言ったけど……実はもう試験者だけは決まってるんだよね、というか、それがもう一つの報告なんだけど」


 久茂野はそう言って、スマホを取り出し、何やら誰かに電話を始めた。


「そうそう、うん、来てくれる? 正面から右側の階段上がって、2階に来てくれる? 第二会議室ってとこ、うん、よろしくー」


 そう言って電話を切り、久茂野は何食わぬ顔で座って缶コーヒーを飲み始めた。


「いや、え、聞いてないんですけど」


「うん、だから今報告したんだよ。上からの許可はもう貰ってるし、そもそも私の助手として手伝ってもらうだけだから、霧谷さんが気負う必要はないよ」


「はぁ……分かりました。それで、その人はどこの所属から派遣されたんですか?」


「一般」


「いっぱん……一般っていうのはつまり……」


「一般人から採用した」


「正気ですか⁉︎ 怪異と戦闘するってんですよ⁉︎」


 思わず声を荒げる霧谷、反対に、久茂野は落ち着いて、コーヒーを啜りながら言う。


「もう上からの許可は貰ってるし、本人の承諾だって得てる。そしてなにより、私の新武器完成の為には必要だったんだよ、()()()()()()()()()()()()()()()()


「そんなバカな……」


「まぁまぁ、逆に考えてよ、一般人を戦闘員に採用出来るぐらい、安全で強いんだよ、新武器、というか、新装備、『タリスアーマー』はね」


 その時、コンコンとドアが小さくノックされた。恐らく電話の主が部屋に着いたのだろう。


「入ってどーぞ」


 久茂野が言うと、ドアが開かれ一人の少女が入室した。


 彼女は緊張した面持ちで、全員に礼をして言う。


「はじめまして! 久茂野知朱博士の助手をする事になりました大橋静です! これからよろしくお願いします!」


 部屋全体が驚愕に包まれる。深夜だけは、ほんの少し喜んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 八夜とアサがテーブルに向かい合って座っている。戦いの傷はすっかり癒えているが、心まではそうはいかない。


「アサ、あの狐は何? 何か知ってるんだよね」


 八夜が真っ直ぐアサを見つめて言う。そこにいつもの優しい表情は無く、親友から感じた事もないドス黒い感情が溢れているのを感じた。


『ヨル、あの狐には関わらなくて良い。正体なんて分からない、分かってるのは、アイツはロクでもないイカレ野郎で、今まで会ってきたどんな怪異よりもヤバいって事だけ』


「……それで、なんで私達は関わらなくて良いの」


『なんでって……危ないからだよ、絶対ダメ、降りかかる火の粉を払うだけならまだしも、自分から突っ込むような事は絶対にしたら』


「そんな危ない怪物を放っておいたら、こっちが関わらないようにしててもいずれ向こうから来るかもしれない……それまでに、数えきれない犠牲者が出るかもしれない……今回の対策局の人達みたいに、みんな殺されて、私は負けて……」


『ヨル、アレは仕方なかったんだよ、完全体相手に人間が勝てるわけない、あんな一瞬の出来事、対応出来るわけがない』


「……でも追い詰める事は出来た……あの時深夜ちゃんに言われた事、その通りだと思うよ」


 深夜の言葉を思い出す。


 ──人が死ぬ事をなんとも思ってないんでしょ。


 ──利用する為に見殺しにしたんだ。


「全部その通りだよ……全部私が戦ってれば良かった……大怪我したって大丈夫で、人間よりも遥かに強い力を出せて、頑丈で……何が人を死なせたく無いだ……逃げただけで、なんっにも出来てない……!」


 血が滲むほど噛み締めて、八夜は大粒の涙を溢す。


『ヨル、前にも言ったけど、お互い命懸けなんだ、どっちが死んでもそれは』


「それ間違ってるよ、あんな戦力差に、公平さなんて無い……同じだけの力を持ってる者同士で初めて公平なんだ……私は弱い……でもすぐに死ぬわけじゃない、あの人達より、戦える」


『ヨル……? ダメだよ』


 フラフラと立ち上がって、八夜はアサに向かう。そのまま彼女を抱き上げて、目を合わせて言う。


「私が戦う。もう上っ面だけじゃない、絶対に誰も死なせない。強く、もっと強くなれるはず、虎も、狐も、他の凶悪な怪異全部蹴散らせるぐらい強くなる……だからアサ、お願い、協力して」


 その目は、もう完全に、親友のものでは無かった。見た事ない、どころじゃない、こんな目をするはずがない。


 ああ、クソ、()()()()()()()()()()()()。このままじゃ、また。


『……ヨル、怖いよ』


「……あ、ご、ごめ、ごめんね……!」


 いつも明るいアサの、沈んだ声を聞いて、一気に青冷める。慌てて八夜はアサを下ろし、どこか怯えたような、上擦った声で謝罪した。


 怖がらせてしまった。恐怖に満ちた声を上げさせてしまった。酷いことをした。最悪だ、本当にどうかしていた。


『ヨル、協力はする、でも無茶だけは絶対にやめて、その死んで欲しくない気持ち、私もヨルに持ってるって言ったよね?』


「そ、そうだよね……ごめん、なんか、どうかしてた……心がぐちゃぐちゃしてて……ずっと黒くて……こんなの変だよね……」


『変じゃないよ、全然変じゃない、ヨルにとっての地雷を踏み抜かれたんだ、冷静じゃなくなってもおかしくないよ、こんな時まで平静保って落ち着いていられる方が、どうかしてる』


「ごめん……ごめんよぉ……それでも私……私は、強くなりたい……もう誰も殺されたくないよぉ……!」


『……そう、だね。私も同じだ、私も……同じだったんだ』


「……アサ?」


『……ううん、なんでもない。私も弱腰過ぎたなって、隠れて守ってばかりじゃ、何にもならないんだよね』


 その弱腰が、友達を追い詰めた。生き残る事に、後悔して欲しくない。


 腹括りますか、と言って、アサは自分の頬をパチンと両手で叩いた。逃げてばかりじゃ変えられない、結局どうあれ、人は立ち向かい続けるしかない。


『強く、なりたいね』


「強くなろう」


 互いの手を強く握り合って、それから笑みを浮かべ合う。


 守れなかった、勝てなかった、敗北の悔しさも奪われた命の悲しみもきっと消えない。一生消えない。もうそんな思いしたくない、そして、誰にもさせたくない。


 それぞれの想いが交差して、それぞれの決意が強く固まっていく。


 それぞれの物語が、大きく歩き出した。

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