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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
異形の怪人ヒーロー
4/60

変身

『良かったね、事情聴取は後日だって』


 まるで猫のように塀の上を歩きながら、アサが言う。


 あんな凄惨な現場を見た直後の事なので、当然の配慮といえばその通りではあるが、そもそもどうやって説明すれば良いかも分からない八夜にとって、後日と言わず、事情聴取自体しないで欲しいと言うのが本音だった。


「もう一人の方も……今日は帰らされてたね」


 現場を直接見てしまった八夜と女子生徒は、昼休みが終わると同時に早退させられた。八夜の方はなんとか歩いて帰れるほどには精神的に安定していたが、女子生徒の方は肩を借りないと歩けないほど弱っており、母親らしき人物が車で迎えに来るまで、保健室で眠っていた。


 そうなってしまうのも無理は無い。今思い出しても気持ち悪くなってくる。


 破裂した腹部に、飛び散った内臓。まるで現実味の無い光景だったが、一度現実だと理解してしまえば、一気に耐え難い恐怖が感情を支配する。


「どうしてあんな事に……」


『どうって、怪異の仕業だよ?』


 当然の如くアサは言う。


『中から飛び出してきたヤツ見たでしょ? 多分教師の中に入ってたんだろうね。で、限界が来たから女子生徒に乗り換えようとした……ってところかな?』


「怪異に取り憑かれると……最終的にあんな風になるの?」


 八夜は自分の腹部を撫でながら恐る恐る尋ねる。


『いやぁ、どうだろ? 少なくとも私が知ってる限りでは珍しい事じゃないけど……正直私に言わせればバカだよね、折角取った体ぐらい大事に使えよって思う』


 適合者なんて数少ないんだから、とアサは呆れたように言って、そして、すぐに何か思い出したように『いや違うか』と呟いた。


『適合者じゃ無かったのか……』


「適合者じゃ無いと、取り憑けないんじゃ?」


『取り憑けないわけじゃない、人間側の体をめっちゃくちゃにして、一時的に自分だけのものにする事は出来る。でもそれじゃ適合してる怪異宿しほどの力は無いし、必要以上に人間を交換しなきゃいけないから余計なエネルギーも使うし……とにかく効率悪過ぎるから普通はしないよ』


 アサは首を傾げる。考え込んでいる、というよりは、純粋に疑問に思っているようだ。


「じゃあ、もう女子生徒側が狙われる事は無い……かな」


『かもね、怪異の方は離れていったし……わざわざ適合者でも無い同じ相手を狙うメリットも無い。後は手当たり次第人間を取っ替え引っ替えしていく感じかも? そうやって適合者を見つける感じかな』


「手当たり次第……って、それって」


 適合者が見つからなければ、その分人が死にまくるという事だ。口には出なかったが、その考えはアサにも伝わっているはずだ、その上で、アサはそれをどう思っているのだろう。理解、しているのだろうか。


『まぁ、そういう事になるだろうけど、別に私達には関係なくない?』


 案の定、アサにも伝わっており、そして信じられないような返答が来た。


「か、関係無い事ないんじゃない? だって、人が死ぬし」


『え? でもヨルに支障ないでしょ? 仕方ない事だよ、それよりヨルは自分の体を元に戻す事を優先させないと』


「し、仕方ないって……ひ、人が死ぬんだよ? 殺されるんだよ?」


 混乱している八夜の感情は伝わっているが、しかし、アサには理解出来ないらしい。何を言ってるの? と言いたそうな顔をして、肩をすくめている。


『だから、ヨルが襲われて死んじゃうかもってならまだしも、赤の他人の為に私達がわざわざ危険な目にあう必要ないじゃん? 襲われれば戦えば良い、私達が一つになれば敵なんて無いんだから、でもだからって、わざわざ自分から敵を増やしていく意味無いんじゃないかな』


「そ、そういう問題じゃなくて……」


『ヨルの気持ちも分かるけど、今はそんな場合じゃ無いよ。ヨルは、人の心配をできる立場に無い、自分だって死にかけてるんだからね、現在進行形で』


 何も言い返せない、でも、このまま放っておいて良いわけがない、とも思う。確かに、アサの言う通りだろう、わざわざ自分から危険に突っ込む意味は無い。でも、赤の他人とはいえ、人を見殺しにして自分は生き延びるなんて、生きた心地がしない。生き残る事に、罪悪感しか無い。


 ああ、またこれだ。自分がのうのうと生きてる事に、死にたくなるぐらい罪悪感がある癖に、だからと言って死にたく無い。


 自分がどうしたいのか分からなくなる。


『今はどうもしなくて良い、とにかく体を治す事を優先して』


『いや、今すぐその体を俺にくれ』


 すぐ背後から、自分達とは明らかに違う低い男の声がした。


 直後、アサが八夜の中に一瞬で入り、一気に後方へ跳び退いた。


「えっ、ちょっ……ええええ⁉︎」


 ザッと5メートルは移動しただろうか。どれほどの力で地面を蹴れば、そんなに跳躍出来るだろう。八夜は自分の身体能力が、ありえないほど向上している事実にただただ困惑した。


『驚くのは後だよヨル。噂をすれば、本当に向こうから来てくれちゃったよ……はぁ』


 アサに言われて前方を見る。そこには鋭い歯を剥き出しにしてガチガチと鳴らしている、明らかに人間では無いナニカが二本足で立っていた。


 第一印象は、ネズミだった。人間のほどの身の丈がある巨大な二足歩行のネズミ。鋭い牙や鋭利な爪、背中に生えた無数のトゲなどを除けば、どこからどう見ても普通の


『いやどっからどう見ても普通では無いよ、混乱するのは分かるけど、無理矢理納得しようとするのやめて』


「ごめん、だってなんかちょっとエグかったから」


『おい』


 混乱する八夜をなだめるアサ、そんな二人の様子を見て、怪ネズミは敵意丸出しの声を上げる。


『なにさ、ブサイクなネズミに偉そうに威圧されて怖気付くほど私達弱く無いんだけど』


『そうか? そういう割にはお前の宿先はビビりまくってるけど?』


 もちろん八夜の事である。怯えて足が震えている。


『は? ビビってないから? トイレ我慢してるだけだと思うけど? 知らんけど』


「嘘は吐けないけど適当な事は言えるんだね…」


『そんな事はどうでも良い、それよりも……いや、まさかな……こんなに早く見つかると思わなかった。お前、小娘……お前は()()()()()だな』


 怪ネズミは鋭い目を更に怪しく光らせながら言う。


「か、完全?」


『チッ、ほんっと鼻だけは良いやつばっかりで嫌になる…ヨル、朝言ったでしょ? こういう奴らがヨルの体を狙ってる……』


「じ、じゃあ……戦わなきゃダメって事?」


 恐る恐る尋ねると、アサは鋭い目で相手を睨みながら


『そうだよ』


 と、答えた。


『覚悟決めないとダメだよ……コイツら怪異ってのは信じられないぐらいしつこいからね。消滅させないと何度でも懲りずに襲ってくる』


「消滅って言ったって……ど、どうやって?」


『だから、それは私と一つになれば……っ!』


 有無を言わさず、怪ネズミが飛び上がり、鋭い爪をこちらに向けて振り下ろして来た。間一髪の所でアサは八夜を回避させるが、爪が叩きつけられたアスファルトが砕け散るのを見て、八夜の元々少なかった戦意が更に削がれていく。


『チッ、すばしっこい』


 怪ネズミは不愉快そうに言う。


「な、なな、なにあの威力! あんなのくらったら……いくら強くなっててもひとたまりもないじゃん……!」


『そうならないように避けて、もっと戦いやすい場所まで移動しよう』


 そう言うと、八夜の体が勝手に動き、すごいスピードで走り出した。まるで漫画のように地面を蹴り、建物の屋根に跳び乗って、その上を移動する。


「た、高い所苦手なんだけどぉ……!」


『我慢してねー、背後からアイツ追ってきてるから』


 言われてチラリと背後を見ると、今度は四足になってあの怪ネズミが追ってきていた。あちらもあちらで、すごいスピードである。


『お前には勿体ねぇよ! その適合者俺にくれ! 俺ならもっと上手く使いこなしてやるからよ!』


『お断りだねブサイク! ヨルは私の友達なんだ! 誰がアンタみたいな汚いネズミに渡すか!』


 背後から聞こえる恐ろしい声に、アサはそう怒鳴り返す。


『友達ぃ? なるほど、そんな風に騙すと人間は簡単に体を明け渡してくれるのか! 良い事聞いた! 今度から上手くやるから今はとりあえずその体を寄越せって! お前みたいな三下怪異には勿体ねぇって!』


『うっせバーカ! 誰が三下怪異だバーカ! お前の方がよっぽど弱そうなんだよこの変態クソブサイクハツカネズミ!』


『ブサイクブサイクうぜぇんだよクソチビ怪異が! テメェも大して変わらねぇだろうがァ! オォォラァッ!』


 怪ネズミが一気に跳躍する。そのまま爪を立てて、八夜の前に突っ込んで来た。


 衝撃で建物の屋根が崩れる。バランスを崩し、お互いそのまま真っ逆さまに落ちてしまった。


『うぉおっと!』


「わぁああっ! あ、あれ? すごい着地」


 八夜は十数メートルという高さから落下したのにも関わらず、無傷で、足に何の衝撃もなく着地できた事に驚いた。


 そのついでに辺りを見る。使い古された見たことのない機械や、見るからにヤバそうな液体が入ったままのドラム缶などが乱雑に放置されている。


 ここは、恐らく廃工場だろう。


『もう逃がさないぞ、体をバラバラに引き裂かれたく無かったら……その体を俺に渡せ』


『何回言っても理解出来ないのか、本当に脳味噌がネズミ並みなわけ? 渡すわけないっつーの! っていうかさぁ……怪異宿しでもない癖に、私達に勝てると思ってんのぉ?』


『戦闘慣れしてるならな? でも、見たところ、お前の宿主は能無しのヘタレだ、今まさに命の危機だってのに、未だに戦おうという気配が無い。お前だけでその体を動かして抵抗するには……ちょっと無理があるだろ』


 ネズミは、その口を器用にニヤリと歪ませて言う。


『むしろ勝機は今しかねぇ、俺はそんな風に宿主に意思なんて与えない。その体は完全に俺のものにする、そうすりゃ……向かうところ敵無しだからな!』


「ど、どうして」


 そこで、八夜は耐えきれなくなって声を上げる。


「どうしてそこまでして人の体を欲しがるの……? 今のままで十分支障なさそうだけど」


『ああ? お前バカか? 怪異を食って力をつけるような怪異だっているんだよ! この世界は弱肉強食だ! 強くなくちゃ存在できねぇ! 逆に、強い奴は好き勝手暴れられる……人間も食い放題だ! 安定した生活を手に入れる為に! 適合者は必要不可欠なんだよ!』


 だから体を寄越せと、怪ネズミは牙を向ける。


「そ、そうなの? アサ?」


『そうだね、でもそんな野蛮な事しなくても、大人しくしてれば目もつけられないでしょ。むやみやたらに自分の力を誇示したがるから、他の凶暴な怪異に狙われるんだよ。ていうか、わざわざ人間食べようとしなくていいじゃん、他の食料でも空腹は満たせるんだから』


『強くなるには人間を生きたまま食って、新鮮な細胞を取り込んだ方が良いだろうが、お前みたいな向上心のない奴には分からんだろうがな』


『分からないね、分かりたくもない……というか、もう会話もしたくないから、とっとと終わらせようか』


 そう言って、アサは八夜の中からそっと声をかける。


『ヨル……聞いて、今から……アイツと戦う』


「む、無茶だよ……アイツの言った通り、私は弱いし、戦うなんて」


『大丈夫……ヨルは、体を貸してくれるだけで良い、後は私が戦うから。ヨルが体を貸してくれさえすれば、私は絶対に負けない』


「で、でも……」


『お願い……信じて? 今ここで戦って勝たなきゃ、ヨルは一生ああいう怪異に怯えて生きていく事になって、最後にはものすごく強い奴に体を乗っ取られて、あの教師みたいに死んじゃうかも……』


 アサの言葉に、男性教師の死体を思い出す。


 あんな死に方は、絶対にしたくない。


「う……うう……か、体を貸すって……具体的にどうすれば」


『私が勝手にしてもいいけど、それだと意識が混濁するかもしれないから、何か合図が欲しいな。それはヨルに任せる、何でもいいから、合図を叫んで欲しい、そして……絶対に勝つっていう強い意思……いや、絶対に勝ってくれるって、私を強く信じて欲しい!』


 お願い、と、頭に、いや、心に、アサが直接語りかけてくる。


 怖い。怖いに決まっている。体を貸すなんて普通じゃない、どうにかなってしまうかもしれない、ここに来て、本当は騙されているのかもしれない。


 何が正解で、何が間違いなのかわからない。自分が今どうするべきなのか分からない。


『ヨルが今どうするべきかなんて……そんなの一つしかないよ』


「ひ、一つ……?」


 八夜が言うと、アサは、心に響く大きな声で、八夜の中で叫んだ。


『生きる! その為に勝つ! これしかない! 私はヨルに生きて欲しい! だから……私を信じて!』


 確かに、それしか無かった。


 ここでうだうだしていても、どのみち死ぬ。酷い死に方をする。


 どうせ自分じゃ何も出来ない。だったら、こんな自分に生きて欲しいと言ってくれる方を信じて、任せるしか無い。


 ネズミが更に攻撃を仕掛けてくる。巨大な爪が振り下ろされる直前、八夜は攻撃を躱し、そして、叫んだ。


 特に何も考えず、沈みゆく太陽を見ながら、叫んだ。


「うわあぁああああああ! 『黄昏れ』!」


『あはっ、中々お洒落な合図だね』


 茶化すような声が聞こえた。


 その瞬間、八夜の体が、燃えるように熱くなる。


 全身の皮膚が燃えて、中から、違う体が吹き出してくるような、奇妙で恐ろしい感覚がする。


 八夜は、文字通り、自分の体が自分のものじゃ無くなっていくのを感じた。


 何かに包まれ、飲み込まれる。意識が別の場所にあるような。別の場所から、防犯カメラで自分の視線を見ているような、不思議な感覚。


「アサが……来る」


 激しい衝撃とともに、八夜は、変身した。


 砂埃の中からゆらりと姿を現したのは、もう少女の面影などどこにも無い、化け物だった。


 一言で例えるなら、赤黒い二足歩行のウサギ…のような怪物である。


 しかし、ウサギと言ったが、そんなに愛くるしいものではない。目は三日月のように鋭く、赤く光っており、頭から二本垂れている耳まで裂けた口には、牙が何本も生えていた。


 そして、不自然に巨大化した両手から生える、鉤爪のような爪に、踵から生えた鎌のような突起物。


 もう一度言おう、完全に、化け物だった。


『な、なんだぁ……そりゃあ……!』


 その姿に、怪ネズミも驚きを隠せないようだった。


『ふんっ! 知らないでしょう? ただの怪異宿しじゃないもの……完全適合者と怪異がお互いを信じ合って、体と魂を融合させると……こんなふうに変身できるのさ』


 ウサギの化け物、もとい、アサは言う。


『そうだなぁ……私達はいつか、何に怯える必要も無く、大手を振ってこの街で生きていく。それが夜の世界だろうと関係無く……ね。だから、私達の事は『ナイト・ウォーカー』とでも呼んでもらおうかな』


 アサは両手を広げて、自慢げにそう名乗った。

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