竹林の中で
咄嗟に逃げ込んだが、実は竹林というものを見たのは初めてだった。竹がいっぱいある、程度の認識で、尚且つ、竹は細い植物だ、とも思っていた。だから普通の森より動きやすく、見通しも良いものだとばかり思っていた。
しかし、実際はその真逆で、辺り一面に竹がそびえ立っており動きにくく、更に空を覆い隠すように竹の先端は垂れているので、外の光が驚くほど入ってこない。
しかも、もう日が暮れてしばらく経つ。もうすぐ月が顔を出すだろう。その視界はほぼ闇だった。
「距離は取れたけど……時間の問題だろうな……」
変身を解き、八夜は林に身を潜める。なるべく呼吸を小さくして、周囲を警戒する。
『ヨル、迷わず逃げよう。ほんの少しでも隙があるなら急いで』
こっそりと耳元で、アサが呟く。その表情は酷く暗く、落ち込んでいるようだった。
「そうしたいけど……あんなの放置しておくわけには」
『構わないでいい、アイツの狙いは変身後の私達、つまりヨルの正体はバレてない。このままナイト•ウォーカーにならなければアイツが私達を追って来ることはないし、もう私達が戦う必要もなくなる』
変身しないという事は、戦わないという事だろうか。しかし、それでは余計な死人を増やしてしまう。身をもって体験した虎の強さ、あんなの、いくら超人的に強い深夜だって勝てるイメージが湧かない。化け物相手に一歩も引かず、むしろ善戦していた天童が一瞬だったのだ。
人間は潰れたら死ぬ。多少潰れようが、切り落とされようが、千切られようが死なない自分が頑張れば、救える命が沢山ある。
そうだ、救えたはずだった。
「だ、ダメだよアサ……あの虎は、私達じゃなきゃ倒せない……仮にACBの人達が倒せたとしても、それまでに一体何人犠牲になるか……」
『違う、違うんだよヨル……マジでそんな事言ってる場合じゃない……あの虎……竹水つぐみは、『完全体』になった、こんなにも早く鉢合わせする事になるなんて思いもしなかったけど……無理無理、完全体は無理、桁違いだから』
アサは、しきりに『完全体』という言葉を繰り返す。そういえば、つぐみがあの姿になった瞬間もそんな事を言っていた気がする。
「……アサ、完全体って……何?」
『……怪異が生物の……特に人の身体を欲しがる理由の着地点がアレなんだよ』
「……どういうこと……?」
『人と怪異が混ざった状態が怪異宿し、この状態は不完全なんだ、主導権はあくまで宿主側の人が強いからね。強制的に奪って使う事も可能だけど、本体の抵抗と、いきなり強過ぎる力で酷使すると、折角の体が潰れちゃう、大事なのは、心と体をゆっくり丁寧に馴染ませること』
「そうして……生き餌にするんじゃ……?」
『ごめん、実は、それはまだ途中段階、最終的に宿主が意識を手放し、肉体の所有権を全て怪異側に譲渡する事で、心と体は一つになる。その瞬間、怪異宿しは完全体となって、新たな怪異として生まれ変わる。肉体を伴った、新たな生物として新生する』
それこそが、怪異の本来行き着く先。
『完全体として目覚めた怪異は全ての能力が宿しだった頃よりも数倍……いや、数十倍は跳ね上がる。パワーもスピードも、回復力に特殊能力、それから思考能力……は、本人によるけど、とにかく、何もかもが桁違いに膨れ上がる』
「で、でもどうにかして剥がす事が出来れば!」
と、自分で言って、瞬時にそれが全く無意味な提案である事に気付く。さっき、それで大苦戦を強いられたばかりだと言うのに。
『自分で気付いてくれた……ヨルも冷静になってきたね、ありがと。一応説明しておくけど、完全体はもう分離出来ない、完全に融合して、一つになってるから。もう剥がすものがないんだよ、何を取り込んでるわけでも、何を纏ってるわけでもない……まぁ、言ってて情けなくなるけど、今の私達に勝ち目なんてないよ、そもそも攻撃が通らないんだから』
「そんな……何か手は無いの? このままじゃ……」
暗い視線を落とす八夜に、アサは大きなため息を吐いて『無い事は無い』と言った。しかし、八夜の返事を待つ事なく、即座に『でも無理だよ』と否定した。
「え、でも……やってみないと」
『……完全無欠に見える完全体だけど……弱点はある。宿しの時と違って……なんていうのかな……都合がつかなくなってる』
「と、いうと?」
『ネズミも牛もそうだったけど、怪異宿しであるうちは、最悪肉体を捨てて戦闘から一時的に離脱、その後適当な肉体を見つけて奇襲、みたいな戦闘方法を取れたんだけど、完全体はそうはいかない。一つのものとなってる以上、全てのダメージを受け止めなきゃならない、肉体を破壊されたって逃げられない、完全体の弱点はね、殺されれば死ぬってこと』
「ち、致命的じゃん……」
『言うだけなら簡単だけどね。さっきも言ったけど、単純にバカ強いから殺るまえに殺られる可能性の方が高い。それに回復力が異常に高いからそもそも並の攻撃じゃダメージとして残す事すら出来ない。弱点なんてあってないようなもんだよ』
「でもアサは、倒す手が無い訳じゃ無いって言ってたよね? まだ聞いてないよ、その方法」
遠回しに無理だと言ったはずなのだが、更に食い下がる親友にアサは驚き、そして、がっかりした。
『……ここまで聞いてまだ戦おうとする? 死ぬって言ってんだよ? 私も、ヨルも』
「そうかもしれないけど……実際、腕はぐちゃぐちゃになったし、なんで生きてるのか分からない状態だったし」
『じゃあ選択肢は戦わない一択じゃないの? 奇跡的に生き残れたこの現状を大切にすべきじゃないの?』
「そう、私はまだ生きてる、死んでない……でも、天童さん達は死んじゃった……今戦えるのは私しかいない、だから」
『だからヨルが戦わなきゃいけないってのはおかしいよ。百歩、んにゃ、一万歩譲って戦うとしても、今ここでじゃないはずだよ。槍の人は死んじゃったけど、連絡が無いなら応援が来るはず。局の戦士さん達が揃ってから一緒になって戦うなら話が分からなくもないけど』
「私達を味方だと認識してもらえる保証がないし、何より、犠牲が増えると思う……。やっぱり、人は脆いから、すぐに死んじゃうから……あんな、あんな風に、もう誰も死んでほしくない」
そう言う八夜の目は、一見普通に見えるが、やはりどこか違和感を覚えるものだった。どこを見ているか分からないというか、何を見ているか分からない。考えてるように見えるが、多分まとまった事は何一つ考えられてない。
つまり、全く冷静じゃない。
考えてみれば当たり前だろう。目の前で人がバラバラに殺されて、挙句自分も砕かれかけた。動揺を誤魔化す為、とにかく行動しようと無意識でそうしている。作戦なんてあるわけない、このまま戦ったって蹂躙待った無しだ。
『ヨル、このやりとり何回目か分かんないけど、何回でもするね? 誰にも死んでほしくないからって、ヨルが死んでいいわけじゃない、少なくとも私はヨルに死んでほしくない』
「わ、分かってるよ……ごめん。でも私だって、別に死ぬつもりなんて」
『じゃあ、ちゃんと作戦考えよ? 犠牲を増やしたくないって気持ちはよく分かったから、確かにヨルの言うとおり、アイツは放置してたら多分心赴くまま人を殺すだろうね』
冷静じゃないなら、こちら側から強制的に考えをまとめさせるまでだ。とっ散らかった思考力なら、分かりやすい目標を立ててあげる事で、一点に集中させる事が可能だろう。
『……とりあえず、分かった、アイツは倒す、その方向で動こう』
「あ、ありがと……」
『でも、作戦をちゃんと立ててから動く、で、その作戦だけど、局の戦士達がやっぱり必要だよ。コレは本当に、私が言ったアイツを殺せる今考えうる唯一の方法の為にも必要なんだ、彼らが、というか、正確には彼らの武器が』
「武器……対怪異武器なら、完全体でも倒せるの?」
『流石対怪異なだけあるよ……アレならやれる、問題は、武器を使ってちゃんと致命傷を与えられるかって事だよ』
なるほど、結局力量の話になってくるわけだ。単純に強い相手だから、武器を持ってたって使いこなせなければ変な隙を生むだけだ。武器の扱いなら、その道のプロに任せるしか無い。
「応援が来るまで待って、彼らのサポートに回る……って感じ?」
『それが出来たらいいけど、さっきヨルが言ったように、協力してくれるとは限らない、そこが最大のネックだね……状況によって、動き方を変えるしかない』
話しながら、八夜もアサも気付いた。近くで車が停まった音。そしてそこから降りてきた数人の足跡。普通の人じゃない事は分かる。このタイミングでこの現場近くに来る者など、高確率で対策局だろう。
まだ作戦は固まっていないが、動くなら今だ。
「対策局の人……だよね?」
『車からなんか聞き慣れない音がする物体取り出してるみたいだから、間違いないよ。キャリーケースとかスポーツ用品みたいな感じじゃない、あの人達の武器、すごい特徴的な音するから……じゃあ、なんとか虎と引き合わせて、戦闘が始まるその隙に、って感じかな』
「なるべく早く済ませたい……犠牲はこれ以上出てほしくないし」
耳をすませて、位置を確認する。そして中腰のまま、音のする方へと足を伸ばした。虎も既にこの竹林にいるだろう。慎重に進まなければ先に虎と遭遇しては意味が無
「あらら? 八雲さんじゃん? なんしてんのこんなところで?」
計画は一瞬で破綻した。当然、八夜もアサも油断していたわけでは無い。全てが想定外だった。目の前に現れた虎は、「ぐぅ」と小さく唸りながら八夜を見つめていた。
「あ……ぅ」
「んん? あー、そっか! この姿だもんねぇ、ごめんねぇ、僕だよ僕、竹水つぐみ!」
そう言って、虎は何の躊躇いもなく、つぐみの姿へと戻ってみせた。人の姿の彼は、以前会った時と同じ顔で、爽やかな笑顔を浮かべている。
まるで何も悪い事をしていないというような、さっき人を殺したとは思えないような、いい笑顔。焦りや恐怖もあったが、やはり、許せないという感情がぽつぽつと湧いてくる。
しかし、さっきよりも冷静でいられた。予想外だらけの中、唯一希望通りだった事。つぐみはナイト・ウォーカーの正体に気付いていないという事。気付かれているならとっくに襲われているだろう、しかし、彼は変身まで解き、己に敵意がない事を八夜に示している。
状況証拠的にどう考えても八夜がナイト・ウォーカーなのだが、彼はそこまで考えが至っていないらしい。
コレは、好機だろうか。
「つ、つぐみ君……? なんで」
「え? ああ、ちょっと成り行きでね、すごい力を手に入れたから、悪い奴を倒しに行くところ」
「い、意味が分からないんですけど……」
すっとぼけたつもりだが、半分くらい本心だった。彼の中で、やはり正義は自分で、悪はこちら側なのだ。引き起こしたあの惨状を、あくまでも正義の鉄槌だと思っている。
「そうだよね、いきなり言われても分かんないよね。でも八夜ちゃんに危害を加える事なんて無いからさ、それだけは安心してね」
「そ、そう……なんですか……あの、悪い奴って」
「そうそう、この竹林にね、ウサギみたいな形をした怪物が逃げ込んだんだけど……ってかそうだよ、ここには凶暴な怪物がいるんだ、八夜ちゃんは危ないから、早くお家に帰った方がいいよ」
出来る事ならそうしたいが、その凶暴な怪物とやらを何とかしない事にはどうにも出来ない。それはお互い同じ身であった。
だったら早く帰れるように策を練ってケリをつけよう。正体がバレていない今が、かなりチャンスだと思う。
「そうなんですか……怖いな……か、帰る時に出会っちゃったらどうしよ?」
「そっか……そだね、確かに危ないかも……仕方ない、じゃあここは僕が外まで連れてってあげよう!」
そう言うが早いか、つぐみは八夜の手を握り、強引に立ち上がらせ、そのままズンズンと道無き道を進んでいく。枯れ枝や突き出した竹をものともせず踏み潰し、八夜が後に続きやすいように一直線だった。
「僕はねぇ、ここで一度死のうと思った事があるんだ」
つぐみはこちらを向かず、ポツリポツリと言う。
「たった一つ持ってたものを奪われて、その瞬間に周りから一気に見放されて、最後には自分で自分を見放した。今になって思うよ、ほんっとバカな事考えてたなって」
つぐみは、どこか照れくさそうに笑いながら言う。
「周りが僕を必要としなくたって、別に僕が消えなきゃいけないわけじゃないのにねぇ? 僕を邪魔だと思うなら、僕じゃなくて、そいつらを消してやればよかったんだよ」
ニコニコと、愛想の良い笑みを浮かべながら、つぐみはそう言った。
「その為の力を、ここで出会った友達はくれた……。でもいなくなった……絶対そんな選択させちゃいけなかったのに、トラ子は僕に託すしか無かったんだ」
「つぐみ君……貴方は別に」
「僕がトラ子を消してしまった……でも、でもさ、そうさせたのは、そういう状況に追い込んだのは、間違いなく僕の周りの方だよね」
言いながら、進み続けた歩みは、少し広がった場所で止まった。先程までまともに歩けないほど竹で覆い尽くされていたのに、この場所だけは、円形に綺麗に広がっている。その真ん中にポツンと古びた小屋があり、切った竹が大量に入っていた。保存の為、なんだろうか? 用途はよく分からなかった。
その小屋の、屋根に少し飛び出た部分があって、そこには、何やらロープのようなものが垂れていた。
「ここ、ここで僕は死のうとした」
八夜から手を離し、つぐみは地面から拾い上げた何かを見つめながら言う。それは、ロープで輪にしたものだった。おそらくは、元々屋根にぶら下がる方と繋がっていたのだろう。
「ごめんね、付き合わせて。これからの為に、一度ここに来ておきたかったんだ。『竹水つぐみ』とお別れする為に、ここを再出発の始点にしたかったんだよ」
「お別れ……? 再出発って……? つぐみ君、聞いてください。貴方は別に、全員から見捨てられたわけじゃないですよ」
「……なんでそう思うの? 僕の事何にも知らないじゃん」
口調も語気も変わらないが、明らかに、苛立ちを感じた。
「ご、ごめんなさい……でも、貴方の幼馴染、上杉さんから聞いたの、一人にさせた事、すっごく後悔してたって」
「……っ!」
八夜が言うと、つぐみは大きく目を見開き、すぐに俯いてしまった。少し肩が震えている。泣いている、のだろうか?
「きっとみんな、見捨てたんじゃなくて、信じてたんだと思います……つぐみ君の強さを信じて、いつか戻ってきてくれるって、だから」
「だからぁ? ええ? だからなんなのさ!」
俯いていた顔を上げ、つぐみが声を荒げる。その顔は怒りを満ちたものになっており、ガチガチと奥歯を鳴らしていた。バチバチと何か弾けるような音が鳴り、つぐみの周りを青白い光がチラホラする。
「そのっ……さぁ! なんで毎回毎回どいつもこいつもそっち側の話を全部信じて、僕が感じてた事を間違いにしたがるかなぁ!? 僕が何にも考えず被害者ぶってるとでも言いたいのかなぁ!? 馬鹿だと……人のこと、馬鹿だと思いやがってよぉ!」
「つ、つぐみ君落ち着いて! ちがう、そんなこと」
「君だけは分かってくれるって思ったのに……! 大人しくて控えめで、何にも否定しない良い子だと思ったのに!」
つぐみが纏う電光が、より一層強くなる。先程までの友好的な彼は一瞬で消え、あっという間に逃げ出したくなるような悍ましい殺気を向けてくる怪物になった。
「……っはぁあああ、加害者擁護の悪人どもが……お前ら一人残らず皆殺しにして、僕がまともな世の中にしてやるんだ……友達でいられると思ったのに……もういいや、君も、僕の敵だ」
天を見上げて、一呼吸おく。色々考えた気がするが、目的は一つ、殺すだけ。その目的の為に、つぐみは唱える。
「……『雷光』」
その瞬間、つぐみの体が激しい光に包まれ、花火のような破裂が轟く。そして、土煙の中から現れたのは、巨大な虎の怪物だった。身も心も、ついに怪物になってしまった。
「もう家には帰れないけど、土には還してあげるよ、黒焦げにして粉々にしてばら撒いてあげる」
冷や汗を流しながら立ちすくむ八夜に、虎は淡々と言う。こんな華奢な女、たった一発拳をぶつければ、感電させなくても粉々になりそうだな、なんて考えていた。
そういえば、何でこいつ、こんなに落ち着いているのだろう? もっと怯えてもよさそうなのに、恐怖で固まってる、というよりは、タイミングを測ってるような?
まぁ、いいか、どうせ一発でおわ
ドンッ! と、虎の背中に強い衝撃が走る。不意な事にバランスを崩し、八夜へ固めていた拳が、ぶつけるのではなく、ぶつかってしまう。
その衝撃で八夜は吹っ飛び、ゴロゴロと竹林の奥へ転がっていってしまったが、今そんな事はどうでもいい、今この瞬間に、自分に攻撃を仕掛けてきた敵を見つけるのが先だ。
振り向くと、今度は胸に強い衝撃が走る。今度はハッキリ見えた。自分の胸に、何か突き刺さっている。
これは、槍? 槍といえば、さっき喰い千切った女も使ってた気がする。とにかくこの痛いのを抜かなければ、いや、出血するから抜かない方がいいんだったっけ。
なんて考えている間に、槍は抜け、代わりに体に斬り傷が出来た。鋭い痛みが胸や背中にズキズキ走り、少し思考を停止させる。
待て、待て待て待て。
さっきからめちゃくちゃだ、何が起こってる。さっきまでこんな展開になる雰囲気じゃなかったはずだ。早過ぎる、出来事が、身の回りで起こってる出来事が、すごく早い。早い、速い?
「……! なんかいる!」
「死ね」
ようやく意識が追いついた虎の目前に、刀を突き出す少女の姿があった。彼女は無表情で、余計な事は考えず、ただ真っ直ぐに虎を見つめていた。表情はピクリとも動いていないはずなのに、だけどその顔が、とてつもない殺意に満ちているものだと、確信できた。
「……! いってーなこのやるうぉおおっ!?」
腕振って薙ぎ払おうとしたが、あっという間に彼女は目の前からいなくなっていた。そして、探す間も無く痛みと共に再び現れた。
場所は、足元。痛みは、払おうとした左腕から。複数回斬られたらしい。状況的にそれしかないのだが、その瞬間は見れていない。
「なんだコイツ、すばしっこいな!」
踏みつけようとするが、またも居ない。今度は左足から太ももにかけて円を描くようにズタズタと。しかし、確かに痛いし、びっくりしたが、別に致命傷ではないらしい。だったら落ち着けば対処できる。
「たっぷり斬ってろよ、華々しく散らしてやるからさ!」
虎は全身に力を込め、そして一気に解放する。虎の体を中心に、球体のような電撃が破裂するように広がった。斬撃の為に接近していたなら、間違いなく巻き込まれているだろう。
しかし、それらしい手応えはない。視線を移すと、3メートルほど離れた場所に、彼女は立っていた。槍と刀を構え、ジッとコチラを見ている。
「お前……あー! 思い出した! 公園で僕達を斬りまくったメスガキ!」
「……あの時の虎か……なんか様子が違うみたいだけど……どうでもいいか、刃はちゃんと通るみたいだし、今度はちゃんと、首落とすだけだよ」
槍を地面に突き刺し、内ポケットから鞘を取り出す。それは、一振りすればあっという間に刃が現れ、もう一本の刀となった。
二本の刀を構えて、彼女、深夜琴音は言った。
「……これ、この槍、『操残滓』っていうんだけど……コレと粉々の死体だけが庭に転がってた。分かりきってるけど一応きく、お前、この槍の持ち主をしらない?」
突き刺された槍、やはりアレはあの女の武器だったか。わざわざ持ってくるなんて、よく分からないな、なんて思いながら、虎は頷いて答える。
「知ってるよ、女でしょ? 食べたもん」
「……わかった、殺す」
「んん? 殺す? え、何? 僕を? あのね、子供だから分からないかもしれないけど、世の中には出来る事と出来ない事があるんだよ? 君さ、僕に触れないじゃん」
未だ電撃を纏う虎は呆れてやれやれと首を振る。
「触れなくても殺せる、別に手段は一つじゃない」
そんな虎に、苛立つ様子も無く、深夜は淡々と答えた。
「へぇ……じゃあやってみろよクソガキが! お前も槍の女みたいに喰い千切ってばら撒いてやるから! 後悔しろよサムライもどき!」
怒声をあげ、虎が飛び掛かる。しかし、またも虎の攻撃は失敗に終わった。
本日二度目の背後からの奇襲。先程のものより更に大きな衝撃をぶつけられたせいで、虎は前のめりに倒れるような崩れ方をした。
「がぁっ!?」
突然の事に動揺し、あろう事か電撃が解けてしまう。その瞬間を、深夜が逃す事は絶対に無かった。地面に倒れ込むその一瞬の間に、虎の全身をズタズタに斬り刻んだ。
「……獣がもう一体……疲れるな」
虎の向こう側にいた相手に、深夜は刀を向けながら言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ここは一緒に戦おう! 私は敵じゃないよ!」
両手を高らかに上げ、ナイト・ウォーカーは敵意がない事を深夜に示した。
ウサギを模した鎧を纏ったような姿の化け物。怪異の事は信じられないが、その両足からは、何かに焼かれたように小さく煙を上げていた。




