強化素材
鳥が足を大きく広げ、鋭い爪を振り下ろす。しかし当たらない。その隙を狙って2人の狐面が攻撃を仕掛けるが、残念ながら当たらない、どころか、狐面の頭が二つ地面に転がる始末。
鳥が大きく翼を広げ、空中から急降下し突撃する。今すり抜けた? と錯覚しそうなほど当たらない。しかも、すれ違い様に胸元を斬られたようで、鮮血が飛び散る。更に信じられない事に、その一瞬で3回も斬られていたようだ、もう少し高度が低ければ、喉をやられたり、頭を落とされていたかもしれない。
いや、だからと言って、今受けたダメージが大丈夫なものかと言われたら、全然そんな事は無かった。
「うわ、うわぁー!? き、傷口が広がっていくぞー!? 毒かー!? 毒みたいなものがー……お、お前らー! もっとちゃんと攻撃しろよー! オレはお気に入りなんだぞー! オレが死んだらお前ら……タダじゃ済まないんだぞー!」
転がっている狐面の頭を啄みながら、鳥は生き残りの狐面達に叫んだ。二、三個頭を平らげたところで傷は塞がったが、それがなんだ、というレベルである。現状何も変わっちゃいない。いやむしろ、戦力が減った分押されているまである。
『なんでだよー! なんでだよー! 小娘1人殺すだけの簡単な仕事だったはずだろー! なんでオレがこんな目にー!』
不安と焦りでパニックになる鳥の周りを、狐面達が囲む。初めは30人ほど居た彼らだが、もうすでに半分程に減っている。なのに相手は未だ無傷のまま、息切れすら起こしていない。今この瞬間も、自分達の首を斬り落とそうと刀を構えて向かって来ている。
たった10分ほどでこのザマである。
こんなはずじゃなかった。というか、こんな事になるなんて想像すらしていなかった。だって何の能力も持っていない相手に、体力も腕力も勝っていて、その上高い治癒力と殺傷力の高い攻撃部位を兼ね備えた自分達が苦戦する要素なんて普通無いはずだから。
(このままじゃ絶対マズいよー……もういっそ逃げちゃおうかなー……こっちの被害を見てくれればそんなに怒られないだろうしー)
そんな事を、ほんの一瞬考えたが、すぐに諦めなければならなくなった。鉄と鉄がぶつかる様な音が響いたかと思えば、熱いドロっとした液体が鳥の顔に降りかかった。それが何か分からないほど混乱はしてない、意外にも冷静だ。しかし、冷静だからこそ、慌てる。ジワジワと湧いてくるのではない、新鮮な恐怖がダイレクトに心を支配する。
気付けばヤツは、もうすぐそこにいた。
『う、うわぁああーっ!』
狐面が深夜を取り囲み旋回する。15人、最早その数で勝てるとは思わない。きっと、あっという間に皆殺しにされるだろう。そんな奴を放っておいて、タダで済むわけない。一瞬でも逃げようなんて、いや、逃げられるなんて思ったのが間違いだった。
狐面が倒れていく。一人、また一人と、鮮血を撒き散らしていく。血で作られた渦巻き、その中心で深夜琴音は刀を振る。鳥は彼女に狙いを定めながら、天高く飛び上がった。
もう選択肢は無い。怯えながら、恐れながら、それでも殺す為に戦うしかない。勝てないは言い訳にならない。
(殺すには接近するしかないー、でもそれはつまりアイツの殺しの間合いに入るって事だー)
あの刀。あの刃先が皮膚にほんの少し、触れる、なんてものじゃない、認識できるかどうかのレベルで擦れる程度の距離。それが深夜琴音の間合い。そこに入ってしまったと、気付いた時にはもう遅いのだ。抵抗しようとした時には刃はすでに体の中心にまで到達し、後悔する頃には刃はもう次の獲物に到達している。
そんな馬鹿みたいな、まるでデタラメな世界の話。まるで『完全体』と戦っているようだ。
(そうだー……オレだってー……オレだってあとちょっとかも知れないんだー!)
鳥はさらに高度を上げる。人間の視力では確認出来ないほど高く。周囲を取り囲む狐面の対処で手一杯で、頭上の、ましてや上空にまで気が向いて無いはずだ。どんなに強かろうが所詮は人間、頭を潰せば死ぬし、そうじゃなくても体を大きく損傷させれば死ぬ。一撃当ててしまえば勝ちなんだ。
急所なんて無理に狙う必要はない、なんなら両腕をもぐだけでいい、背中を思い切り蹴りつけて内臓を破裂させてたっていい。ヤりようはいくらでもあるし、決まれば全て必殺だ。
折角適合者を見つけ、ようやく馴染んできたのだ。『完全体』になるのも時間の問題なんだ。
『こんなところで終わるわけにはいかないんだよー!』
狙いを定め、急降下する。地面に激突したっていい、体当たりに成功すれば、死ぬのは人間の小娘一人だけだ。これぐらいの高さ、無事では済まないが致命傷には至らない。
翼を折りたたみ、まるで弾丸の様に、深夜の頭上から突撃してくる。物凄い速度だ、立ちはだかる狐面達のせいで回避するのは困難かもしれない。しかし迎え撃とうにも敵は頭上、対処するにはどうしたって胴体が隙だらけになってしまう。
「あー、ちょっと悔しい」
深夜が目線を上に向ける様子は無い。勿論刀を振り上げる様子も無い、その刃先は狐面に向いたままだ。つまり対応出来ていない、追いつけていない。例え咄嗟にコチラに向いたとしても、その瞬間ガラ空きになった胴体を残った狐面達がズタズタにするだろう。
(やったー! 勝てるー!)
一時はどうなる事かと思ったが、なんとかなりそうだ。下っ端達をかなりの数犠牲にしてしまったが、この際勝てればなんでもいい、後で補充などいくらでも出来るだろうし、出来なければ少し休ませてもらうだけだ。
こんな化け物をここで仕留められて本当に良かったと鳥は安心する。もう後数メートル、このままクチバシで小娘の頭を突き潰して、溢れ出た脳みそを啜って傷を完全に回復させて、あとは──。
『ぴ』
鳥はバランスを崩し、勢いよく地面に激突する。波紋状にヒビ割れを起こすアスファルトの中央で、鳥はビクビクと悶えていた。
『あー、うー、えー? えー? えー? な、なにが、あれー? 腕が上がらないー……まえ、どうなってるー、視界がぼやけてー』
「殲滅完了ってね」
地面に突っ伏して動けない鳥の眼前に、両手に狐面の生首を持った深夜が現れて言う。
「数が多いと、確かにしんどかったな。上からの攻撃、うん、対処出来なかったよ」
そう言って、深夜は二つの生首を投げ捨てから、鳥を蹴って仰向けにさせる。
『ぎぃーっ! た、対処出来なかったー……? う、嘘つけよー……じゃあなんでオレはー……』
「刀一本ならキツかった、だから、もう一本使っただけだよ」
言いながら、深夜は鳥の右肩から突き出した刀を引っこ抜いた。感覚が無くて分からなかったが、どうやらバランスを崩した原因はソレらしい。
突撃が直撃する直前に、もう一本の刀を右肩に刺されたのだ。落下の勢いもあって、突き立てるだけで奥まで刺さり、深夜はその場から大きく移動する事なく、鳥の方が勝手に外れていってくれたのだった。
『ば……ばかなー……だってー……いつの間にー!』
「コンパクトになるんだよ、これ。ずっと持ってる、お前らに出会った時いつでも殺せるようにさ。やっぱ余裕を持つのって大事だよね」
そう言って、深夜は制服を広げ、内側を鳥に見せつける。そこにはびっしりと刀の柄がぶら下がっていた。最初から武器は一つでは無かったのだ。
『わ、わざと1本しか使ってなかったのかー……そうやって油断させて』
「いや両手塞ぎたくないんよ。てか、別にお前にあれこれ説明してやる必要ないよね? どうせ殺すんだから、本当なら会話だってする必要ないのに」
そう言って、深夜は刀の先を鳥に向ける。
「……なんかしなきゃいけないことあった気がするけど……まぁ、忘れるぐらいの事だし大した事じゃないか。そりゃそうだよ、怪異をこの世から絶滅させる事以上にしなきゃいけない事なんてあるわけ」
「琴音ちゃああああああああああああああああんっ!」
鳥の首を斬り落とそうとした、まさにその時だった。耳をつんざくような声が深夜の手を止めさせる。聞き覚えのあるその声の方を向くと、そこには白衣を纏った女性が顔面蒼白で駆けていた。
「久茂野さん……?」
研究開発の技術担当である彼女が、何故こんな戦いの場に現れたのだろうと、深夜は首を傾げる。その様子を見て、久茂野は息も絶え絶えに言う。
「やくっ……ヒィッ! やく……そく……! いけ……ゲホッ! ン゛ン゛ッ! 生捕りの……約束! 頼んでたよねぇ⁉︎」
「久茂野さん死にそうじゃん、死にそうですね。普段から運動しないからですよ」
「君が! 手当たり次第に! ぶっ殺しまくって! 一向に仕事が進まないから! 私が! 直接! 現地に赴くしか! なかったんだよ! 技術者の私が! 運動なんて専門外の……私がっ!」
汗だくでひどい顔になりながら、彼女は横たわる鳥を指差しながら言う。
「仕事……あー、そういえば、怪異のサンプルがいるんだっけ? いるんでしたっけ? じゃあその……転がってるやつ」
「死骸じゃ意味ないんだよぉ〜、分かってくれよぉ〜、生きた素体がどーしても必要なの! 良かったよ君を見張ってて! つーかなんで殺せるの!? 君に渡したタリスマンは捕獲用に調整したやつで、殺傷能力はいつもの半分以下なんだけど!」
「んーと……殺したい一心で頑張ったから、からです。後は創意工夫」
「なんそれ! おもしろ!」
咳払いをして、一呼吸置いてから、久茂野は瀕死の鳥に向いて言う。
「えっとね、まずは君にありがとうと、素直に感謝するよ。研究素材になってくれる事、そして、琴音ちゃんと戦って生き残ってくれた事にね」
『な、なにを言って』
「安心して良いよ、私は君を不必要に痛めつけたり傷つけたりしないから、ただちょっと新武器の研究開発に協力してもらって、我々の戦力強化に協力してもらうだけさー」
『ふ、ふざけるなー! オ、オレがお前らに協力するわけ』
「君の意思は関係無い。感謝はするが立場は弁えた方がいいね。不要と判断されれば、私の意見なんかフル無視されて、あっという間に処分されちゃうよ?」
声を荒げる鳥に、久茂野はにこやかなままそう言った。
「さて、このレア素材はこっちで回収しておくから、琴音ちゃんは鳴子ちゃんのとこに行った方がいいんじゃない?」
「そうですね、んじゃあ私は失礼します」
そう言って駆け出そうとする深夜を久茂野は「ちょっと!」と呼び止める。
「現場まで走る気? そこの角曲がったところに私の部下がいるから送ってもらって、ついでに車内にタリスマンの試作品が色々あるから、現場でその能力を試してもらって構わないよ」
「後者がメインでしょそれ。分かりました、ありがとうございます」
深夜は小さくお辞儀をして、角を曲がって行く。しばらくして、猛スピードで車が飛び出して行った。
「すごいな……普通死ぬかもしれない戦いに嬉々として迎えるかね、あんな子供が……。さて、さてさて、君にはタリスマン強化以外にも、色々協力してもらうよ、具体的にはインタビューだね」
久茂野は嬉しそうに、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように本当に嬉しそうに頬を緩めながら、鳥に向かって言う。
「なにせ、君達は倒すのもやっとの存在だったからねぇ、生捕りなんて前例が無いんだよ……溜まりに溜まった謎を洗いざらい吐いてもらうからね」
『オ、オレは何も知らないぞー! 自分の出自だって覚えてないんだからー!』
「そんなの、私達人類だって有力な説を信じてるだけで、自分達の出自なんてはっきりしてないんだから問題ないさ。それよりも……ここでまず最優先で聞いておかなければならない事があるだろう」
久茂野はにこやかに、辺りに散らばる骸を指差した。
「ここに転がる死体は、皆同じ格好をしているね、私達が仕事中はこの制服を着ているように……これはつまり、君達怪異にも似たような事があるって事かな? 要するに、怪異で構成された組織があるという事かな?」
『そ、それは……』
「この死体達は君が従えていたんだろう? 当たり前だが、組織があるというなら、上下関係もあるはずだ……君がトップ……というわけでは無さそうだねぇ。もっと上に……ああ、あまり考えたく無いんだけど……もっとヤバくて強い怪異がいて、ソイツがまとめているって感じ?」
『……い、言えないー……』
「君にそんな選択肢は無い。答えるか死ぬかだ」
ズイッと顔を近づけて、怯える鳥に久茂野は言う。目を合わせて、覗き込むようにして圧をかける。しかし、鳥は『うぐぅー……』と唸るだけで、答えようとしなかった。
「……あっそ、まぁいいさ、これからまぁまぁ長い付き合いになるんだから、ゆっくり聞かせてもらうとするよ」
笑顔を浮かべる久茂野の元に、巨大なトラックが到着し、中から防護服を着た局員がゾロゾロと降りて来た。そして、なにやらコンテナの中から、大きなカプセルのようなものを数人がかりで取り出している。
「準備出来たみたいだね、じゃあ場所を変えようか」
鳥の頭をポンっと叩いて嬉しそうに久茂野は言う。
「さっきも言ったけど安心して? 酷い事なんてしないから、むしろ丁寧に扱うよ? そりゃそうでしょ、だって君はこれから私達と一緒に戦う武器になるんだから」
物は大切に扱おう。小学生でも分かるシンプルな答えだった。




