優秀な戦士
「電話なってるよ」
どこからともなく突然聞こえてきたメロディに反応して、静は言う。
「あらほんと」
彼女の言うとおり、深夜の胸ポケットのスマホがブルブルと震えていた。常に無表情の彼女だが、意外にも愉快な着信音だった。
「誰から?」
隣を歩く静に、深夜は「ん」と言って画面を見せた。黒い背景に、『滝川さん』と表示されている。
「……あ、ごめん、誰か分かんないや」
そもそも深夜と知り合ったのがつい昨日の出来事なのだから、知らない相手なのが普通だろう。
凄惨な現場を離れ、天童達と別行動を取ったはいいが、必要最低限の事しか喋らない深夜との沈黙に耐えかねて変な質問をしてしまったと静は思う。
「天童さんのとこの人、です。虎の調査してたはずだけど……もしもし?」
会話内容は聞こえない、しかし、深夜の相槌が「うん」から「え、マジで」になった辺りで、何か起きたのだと静にも理解出来た。
「参ったね、参りましたね。すぐ向かいますけど……どんなに急いでも4、50分はかかるよ、かかりますよ。んーと……とにかくなんとか耐えてください、出来る事ならこっちに誘き寄せて挟み討ち狙えません?」
何度か頷いて、深夜は電話を切り、静に向いて言う。
「虎を発見して、直後に戦闘に入ったって、入ったらしいですって」
「き、昨日の化け物……もう見つけたの……それに、戦闘って」
信じられなくはない。実際に深夜がウサギを追い詰めているところをこの目で見たのだから。しかし、虎が残した凄惨な現場も同じように見た。
生身の人間が、果たしてまともに戦えるのだろうか。
「戦ってるんです、だから、ここからは先輩が立ち入れるところじゃないので、帰ってください」
「え、いや、それはそうだけど……でも」
「でも、だって、だけどって、言いたいことも、気持ちも、分かるですけど、今の大橋先輩に出来る事は無いです」
淡々と、しかしはっきりと、そう告げられる。もちろん深夜に突っぱねようとするつもりはない、だからこそ、紛れもない本音だからこそ、静は自分の無力をダイレクトに叩きつけられた。
「これからの事も考えて、大橋先輩には死なれたら困るんです。守りながらじゃ戦えない、私だって死にたくないです、もっともっと、これから怪異を殺しまくらなきゃならない、お互い、これからを考えて、とりあえず死なない方を選びましょ」
「……そうだよね……死んだら、何にも出来なくなるもんね」
今だって何も出来やしない。自分の無力をひたすら痛感した。
だからって、落ち込んで、それで終わって良いわけない。それこそ、これからなんだ。これから、色んな事を出来るようになってやる。込み上げる悔しさを抑え込み、静は親指を立てて深夜に言う。
「将来必ず役に立つ! だから……がんばって! あとお願いだから死なないで!」
「死なないのは大前提ですもん、でも……ありがとうございます、がんば」
言葉を突然止めて、それと同時に、深夜がいつの間にか取り出していた刀を静の方に突き出していた。
「──ッ!?」
刀は静の顔を通り過ぎる。そこでようやく、静は自身の背後に忍び寄っていた気配に気付いた。
『あぶなー! あぶねー! そっちかよー! チビの方が武器持ちかよー!』
言いながら、忍び寄っていたソレはバサァッと羽ばたき宙に浮いた。状況を理解しきれないまま静は咄嗟に深夜の背後へと隠れる。
そこで改めて、ソイツの正体を確認した。予想通り、勿論人間では無かった。一見すると人の形をしているが、ところどころに鳥のような特徴を持っていた。まず頭、人間のものとはまるで違う。鶏冠のようなものが頭頂から後頭部にかけてダラリと垂れているが、目やクチバシの特徴はカラスのようだった。次に両腕、大きな鳥の翼のようになっていて、ソレを羽ばたかせ今も滞空している。
どれもこれも異形で恐ろしいものだったが、中でも一番凶悪なオーラを放っていたのが、足だった。人間一人余裕で鷲掴みに出来そうなほど巨大で、そして鋭い爪が生えている。
鳥の怪人は、ギョロッとした二つの瞳で静と深夜を交互に見る。
『あっれー? あっちの方がーデカいから強いと思ったのにー……なんかーチビの方が武器持ってて強いー……って事はー殺した方がいいのはこっちかー……』
「へぇ、狙いは私なんだ。気が合うじゃん、私もお前を殺したいんだよ」
深夜はズイッと一歩前に出て言う。突き出した刀を揺らして挑発するが、鳥は電柱に止まり、意外にも冷静に分析しているようだった。
「ふ、深夜ちゃん……」
「なんでか分かんない、分かんないですけど、あの鳥の狙いは私だけっぽいので、大橋先輩は気にせず逃げてくださいです」
気は進まないが、さっきそういうやりとりをしたばかりだ。戦闘出来ない自分を庇いながらでは深夜が不利になるだろう。
「ごめん! すぐに助けを呼ぶから!」
「ありがとうです。さっきの捕食現場で調査してくれてた人達がまだそこら辺にいるはずですから、応援要請して貰えるとすっごい助かります」
「分かった! すぐに呼んでくるから! 無事でいてね!」
静は、もう躊躇う事なくその場から一目散に走り去った。そんな彼女の様子をチラリと見送って、深夜はすぐに鳥に視線を戻す。
『人数多い方が有利かもしれないのにー、自分から減らすのなー』
「お前一匹ぐらい私一人で十分って事だよ、忙しいから降りて来てよ、あっという間に斬り殺してやるから」
『お前馬鹿だなー、なんでわざわざタイマンしてやらんといかんのよー。みんなー来てー』
鳥が大きく翼を広げてそう言うと、どこからともなく、白い着物姿が次々と現れた。鳥の声に反応して出て来たのだから、まず間違いなく人間では無いのだろう。しかし、確証が持てない要素が一つあった。
皆一様に、狐の面を被っているのだ。
「……目的は私を殺す事でしょ? 怪異の癖に身バレ気にするって? それとも何かの証みたいな? んー? えー? つまり……」
『理解とかしないで良いと思うぞー。この数相手にお前一人で勝てるわけないしさー』
鳥はクチバシをぐにゃっと歪ませてニヤけながら言う。
鳥の言う通り、ザッと見ただけでも三十ほど狐面達はいる。車道にもいるし、向かい側の歩道からもコチラを見ている。建物の屋根の上にもいるし、完全に囲まれていた。数的に、圧倒的に鳥側が有利だ。
しかも、武器を持っているとはいえ生身の小娘一人。対して怪異は様々な能力を持っているうえに、簡単には死なない怪物。
状況は絶望的だった。
『ヤれー』
鳥が羽ばたく。それを合図に、狐面達が一斉に深夜に飛びかかった。ある者は爪を伸ばし、ある者は鋭い尻尾を突き出し、ある者は面からはみ出るほど大きな口を開け、鋭い牙を向けて来た。
様々な攻撃、それぞれ凄まじい殺意がこもっている。それに対して深夜の武器は刀一本。
状況は絶望的だった。
相手が深夜琴音でなければ、誰が見ても絶望的な状況だっただろう。
「へったくそ」
くるりと、深夜が円を描く。その瞬間、向かって来た狐面のうち五人の首が宙を舞った。
一瞬遅れて、五人分の鮮血が、バケツの水をばら撒いたように切断面から飛び散り、ぐらりと倒れた。
『えー?』
鳥がその光景に唖然としている間に更に四人、斬り裂かれて鮮血を撒き散らしながら倒れる。その背後を狙った二人があっという間に縦に真っ二つになり、上から飛びかかった一人が首、胴、足の三等分にされ、それぞれの部位を別の狐面へと投げつけられていた。
『わわー、おいー、なにやって……お前ら何死んでんだよー!? ここにくる前に補給だってさせてやったしー……そもそも人間に斬られた程度でくたばるように出来てないだろー!?』
「烏合の衆……っていうんだっけ? こういうの? それにしたってあまりに雑魚すぎんべ」
狐面の首を貫いた刀を引き抜きながら、無表情で深夜は言う。何の感情も映していないはずのその顔、しかし、何故だか鳥にはほんの少しだけ笑ってるように見えた。
『いやー、いやいやいやー! どう考えてもおかしいのはお前だー! 確かに適合者じゃない寄せ集めだけどー……それでも人間に劣るなんて事』
「見た結果ぐらい信じようよ、つか、お前も降りて来たら? 数がどうのこうの言うなら、一緒に戦えばいいじゃん」
深夜は刀を鳥に向けながら言う。
「どっちにしたって殺すけどね、早いか遅いかの違いだよ、お前ら怪異は絶対に殺す、一匹残らず殺し尽くす、どんな手を使っても、どんな手を使ってこようと、容赦無く、徹底的に殺してやる」
かかってこい、と、彼女は言う。無表情のまま、どこか楽しそうに、それでいて悍ましい殺気を放ちながら、刀を振るった。
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本当は泣き叫びたかった。無惨に殺されてしまった仲間を目の前にして、天童は静かに思う。しかし、現実とは非情なもので、悲しむ時間なんて与えてくれない。
先程まで立っていた少年は見る影もなく、目の前には人のように二足で立つ虎のような化け物が唸り声を上げていた。
『近付いて戦うしかない、そんな武器だな。お前、俺の能力がすごく苦手なんじゃないか?』
虎は、右手にバチバチと電気を弾けさせながら言う。その目は真っ直ぐに、天童だけを見つめていた。
「……」
しかし天童は動じない、不用意に相手の言葉に耳を貸して、容易く隙を発生させるわけにはいかない。そんな事をこの場ですれば、あっという間に全滅だ。
考える事はただ一つ、どれだけ迅速に目の前の敵を討伐出来るか、それだけだった。それだけでいい、後の事は全部、終わってからでも出来る事。でも怒りは抑えなくて良い。冷静に、鋭い殺意に変えて、虎にぶつけてやれば良い。
(とにもかくにも、まずは距離を詰めないと)
天童の対怪異武器『槍残滓』の本領を発揮するには、まだ距離が足りない。
天童はチラリと平岡に視線を送る。やはり彼もプロだ、目の前で同僚が殺されたが、焦りや動揺といったものは感じられない。ただ静かに、銃口と、突き刺さりそうな殺意を虎に向けている。
(流石、頼りになる……ここに真さんがいてくれたら完璧なんだけど)
本来のチームならもう一人ここにいるはずだった。天童に戦闘技術の指導をしてくれた若き恩師、呉真という男が。人ならざる異形の化け物を相手に、なんと拳で挑む勇敢で、優秀な戦士である彼に憧れて、必死に戦闘技術を磨いて来た。
そんな彼も、ネズミの怪異との戦闘で負傷し、現在戦線離脱状態。代理の班長として天童が選ばれたが、このザマだ。既に一人死者を出してしまった上に、この場にいない人間に縋ろうとする気持ちまである。
(さては私が一番冷静じゃないな……)
気持ちとは困ったもので、抑え込もうとすればするほど溢れ出してくる。脳が思考が切り替わる事を拒否しているみたいだ。
やむを得ない、こういう時は、素直に声を出すに限る。出来れば大声で叫びたいところだが、天童は少し深呼吸をして、口を開く。
「お前……昨日も私達の仲間と戦ったらしいな」
天童の言葉に、虎は『ぐるる』と唸って目を見開く。どうやら驚いているようだった。
『俺と話すのか、思ってなかったぞ。なるほど……手応えのあるやつだが……頭の中はそれほど強くないのか。紛らわそうとしてるな、必死に』
虎は自分の首に両手を当てて続ける。
『戦ったな、強い、強すぎる小娘だった、お前よりもさらに若い、若いというか、幼い小娘に危うくこの首を落とされるところだった』
「敵にとはいえ……仲間を褒められると嬉しくなっちゃうね……しかし気になるな、あの子は狙った獲物は必ず仕留める、絶対に逃さない子なんだけどな……お前、どうやって逃げ切った?」
天童は、右に一歩移動しながら言う。
『俺とは別のヤツがいてな、そいつを身代わりにした。そうか、やはりあの小娘そんなに危ないヤツなのか……逃げ切れたのは幸運だったか』
虎は『ぐるぅ』と唸って首を摩りながら言う。
『やはり、もう二度と戦いたくないな』
「へぇ? あれだけ褒めるし、てっきりもう一度戦いたいタイプの戦闘狂かと思ったけど」
『そうはならんだろ、自分より強い相手、自分を殺せるような奴に挑むなんて馬鹿のする事だ。俺は勝てない戦いはしない』
「ああ、私には勝てると」
『そうだな、昨日の小娘はお前の仲間なんだろう? いずれここに来るかもしれない、その前にお前……ああ、あとそこにいるもう一人を殺してさっさと逃げる』
虎は両手に電気を溜める。その目は真っ直ぐ天童を見つめていた。
彼女も虎を睨み返す。喋っている間に、ジリジリと距離を詰める事が出来た。槍の先端を虎に向け、ほんの少し微笑みながら、天童は言う。
「お前にとって私は勝てる相手か……ありがとう、ナメてくれてッ!」
勢いよく踏み込んで、虎の頭部めがけて槍を突いた。その単調な攻撃に、虎は呆気に取られた。
なんだ、こんなものか、と。あれだけ自信たっぷりでありながら、馬鹿正直に突いてくるだけなのか、と。
(これなら避ける必要も無い。武器を掴んで電気を流し込んでやればあっという間に真っ黒だ)
虎は決して戦闘狂では無い。しかし、別に戦うのが嫌いなわけじゃ無い。強さを誇示できる事は楽しい。しかし苦戦したり、よもや負けたりする事は悔しい。もっとも、怪異の世界で、負けるとは即ち死ぬ事なのだが。
強すぎず弱すぎない、そんな丁度良い相手と戦って、気持ちよく発散したいのだ。だから、あのウサギは変だった。荒っぽく、攻撃は力強いのに、どこか、何か弱々しさを感じた。だから余計に戦闘を長引かせてしまい、結果、あの小娘に襲われる事になった。
引き際は肝心だ、相手を見極める事は、生き残る為に必要不可欠だ。
だからよく考えた。しっかりと見定めた。その上で、ほんの少しがっかりした。目の前で武器を構える女の戦士は、もうちょっと強い、優秀な戦士だと思っていたのだが。思ってたより弱いなんて、こんな予想の外し方もあるのかと、虎はがっかりした。
もうあと少しで届く槍の先。掴んでしまえばその瞬間にこの戦いは終わる。
(まぁ、時間が余るのは、良いことか)
目先まで迫った槍を、虎は電気を込めた手で掴む。直後、武器を持っている天童の体は感電して、真っ黒に焦げて。
『ぐる?』
焦げていくはずだったのに、電気が武器に流れない。いや、そもそも、あるはずの武器を虎は掴めていない。まるで煙のように、自分の手をすり抜けていく。
『なんだ、これは……ぐおぉっ!?』
突如、背中に鋭い痛みを感じた。貫かれた、貫かれた? 何に? 槍、しかし、槍も女も目の前にいて、虎に向かって攻撃を。
『なんだっ! どうなっている!?』
目の前にいたはずの天童が、じんわりと背景に溶け込んで消えていく。掴んでいたはずの武器までも、まるで最初からそこに無かったかのように消えた。
何が起こったか分からない、しかし考えている余裕は無い、背中を攻撃した何者かの対処をしなければ。
振り向きながら、虎は拳を振る。背後に潜んでいた敵を潰してやる為に。
『がるぅ!?』
そこにいたのは、先程まで目の前にいたはずの天童だった。しかし、驚きはしたが、虎の間合いだ。突く為に伸ばし切った腕では防御も間に合わないだろう。
虎は今度こそ勝利を確信し、そのまま拳を振り抜いた。
『なっ……またっ』
しかしその確信は見事に崩れ去る。確実に拳で砕いたはずの天童は、未だ倒れずその場にその姿勢のまま立っていた。確実に拳は天童の体に届いている、というより、貫いている。
しかし、拳から伝わる感触が、何も伝わってこないという感触が、敵が倒れていないという事実を突きつけてくる。
全く状況が理解出来ない、そんな中、再び背中に鋭い痛みが走る。しかも今度はグリっと奥に押し込まれたようだ。
『ぐおおっ!?』
驚いた、しかし、反撃する暇は与えられなかった。
押し込まれた槍の先端が、パカッと四枚の刃に展開し、高速回転する。虎の内部から肉が斬り裂かれ抉られていっま。
『ぐぎゃぁあああああああッ!』
内側から斬り刻まれるという想像を絶する痛みに、虎は堪らず絶叫する。いくら怪異といえど、内臓をぐちゃぐちゃにされてしまえば無事では済まない。何故か怪異の再生力を阻害する効果を持つ特殊鉱石、ハードオニキスを加工して作られている武器による攻撃なら尚更だ。
『ま、まずい……!』
予想外の大ダメージで慌てていたが、それでも虎の行動は的確だった。痛みに耐えながら、全身に力を込める。その瞬間から、バチバチと音を立てて、虎の全身が帯電し始める。
「チッ」
しっかりと刺し込んでいた槍を、素早く引き抜いて、天童は虎から距離を取る。その直後、虎の全身が青白く光り、凄まじい電撃に包まれた。
あと一歩、退くのが遅ければ、間違いなく巻き込まれていただろう。あと少しでトドメを刺せたかもしれないのに、と、天童は不服そうに唇を尖らせる。
「すごい……」
両者の戦いを見ていた平岡は、思わずそう呟いた。
天童の持つ武器、『槍残滓』の特殊ギミックがどういうものかは知っている。あの槍のどこかに録画機能と、投影機能が付いており、使用者、または周囲の人や物体を数秒間録画し、そして、立体映像として投影するというものだ。
要するに、一瞬の幻を見せる武器である。物凄い技術だが、しかし、平岡にはどうしてもそれが怪異相手に通用すると思えなかったのだ。投影される立体映像はかなり鮮明なものだが、ほんの少し離れてしまえばすぐに偽物だと気付かれてしまう。背後の風景が透けていたり、動きがなさすぎたりする。だから、活かしきるには絶対に距離を詰める必要があるのだ。
槍という長い武器を持っていながら、近距離戦闘を求められるクセの強い武器。こんなものが実戦で役にたつとは到底思えなかった。
「俺が……甘かった、あんなにも使いこなせるものなのか……あんな動きが出来るものなのか」
対面していた虎は何が起こったか把握出来ていなかった、今だって出来ていないが、少し離れて援護の機会を伺っていた平岡は、人間離れした天童の動きをバッチリと見ていた。投影で分身を映すとほぼ同時に極限まで姿勢を低くし背後に回り込む。敵の視界に入らないように、わざと敵の間合いまで突っ込んでいく。
なるほど、と、平岡は何か諦めたように納得する。自分には無理だ。彼女達が、若くしてあんな対怪異用特殊武器、タリスマンの所有者に選ばれたのか、分かった気がする。
そもそも戦闘の素質が違うんだ。努力なんかじゃ到底埋める事の出来ない圧倒的な才。生まれ持っての優秀な戦士かどうか、それが全てを決めている。同僚をあっという間に屠った虎を、今は自分より年下の若い女があっという間に追い詰めている。これを才能と言わずして何と呼ぶのか。
しかし、何故か目指そうとは思えない。ここまでくると、人間かどうかも怪しくなってくる。現に、あの最年少の深夜はーー。
『ぐるるぅ……女ぁ……貴様、何か特別な能力を持っているのかぁ? ……幻術のような……なにか』
「ああ、気付いて無いんだ? だったら分からないままでいいよ、その方が好都合だし」
槍を構えて天童は言う。殺意に満ちた目と、冷めた声で、虎を追い詰める。
「お前が油断してくれて無かったら、こうもすんなりいかなかったかもね、ご協力感謝するよありがとう。ついでにその電気バリアも諦めて解除してくれない? トドメさせない」
『ぐるる……ぐるるるぅ……俺とした事が……ここまで見誤るとは……感覚が鈍っているのか、俺そのものが衰えて……』
虎は電気のバリアを展開したまま、辺りを見回す。とにかく、室内にいるのがマズいのだろう。先程までの攻撃で分かったが、幻術は、敵との距離が近いほど強力になるようだ。
こんな狭い空間など、どこにいたって相手のエリア内となってしまうだろう。
『やむをえん』
虎はグッとしゃがみ、勢いよく壁を蹴った。狙うは真正面、天童に向かって体当たりを放つ。
「やけくそ……! 違う、お前まさか!」
天童は咄嗟に移動し回避には成功する。しかし、虎の目的が自分への攻撃では無い事をすでに察知していたせいで、強い後悔に襲われる事になった。
何の迷いもなく、虎は逃亡を図ったのだ。目指したのは天童への攻撃では無く、天童がぶち破った窓の方。
「まずい! 外に出られる!」
声を上げるがもう遅い、すでに虎は庭に出て、更に跳び上がろうとしていた。
していた、ただ、それだけ。結論から言うと、その行為は未遂に終わった。
外に飛び出した虎を、天童達では無い、他の誰かが蹴り飛ばしたのだ。
「大きな……雷みたいな音がした……やっぱりここにいたんだ……!」
そう言って、虎を蹴り飛ばしたソレは悔しそうな声で言った。
「……お前は……お前が、ウサギ」
「報告にあった、鎧ウサギです」
遅れて外に出た天童と平岡は、蹴られた虎と、突如として現れた赤黒いウサギのような甲冑のような新たな怪異を交互に見つめる。
ウサギはこちらに気付くなり、突然挙動が怪しくなった。なんというか、怯えているような、困惑しているような、とても虎を蹴っ飛ばした怪異とは思えない。
一方で虎の方はというと。
『ぐおおおおおっ!?』「うわぁああっ!?」
なんと、巨大な虎の体から、竹水つぐみの体が半分ほど飛び出して絶叫していた。
「なにあれ……どうなって……」
「あ、あの!」
目の前の光景に困惑する天童に、ウサギは両手をパンッと鳴らして言う。
「わ、私……あの虎から人間を引き剥がせます……協力しませんか? 貴女達だって、人を殺したくは無いですよね……?」
「な、なんなのアンタ……てか、私達に怪異と手を組めって? 冗談じゃない! 不意打ちでもされたら」
「し、信じられないかもしれないですけど……私は味方です! 疑う気持ちは分かりますけど! どっちにしろ、まずは一体ずつ対処していった方が良いんじゃないですか? わ、私を利用するって形なら、どうでしょう?」
「断る、私は怪異を信じたりなんかしない」
天童がウサギに武器を構えようとした瞬間、平岡のスマホから着信音が鳴る。武器は構えたまま、平岡はその電話に出る。
「現在交戦中だ……そちらは……え? は? マジかよ……わ、分かった!」
そう言って電話を切り、平岡は慌てて天童に言う。
「現在、深夜琴音が別の怪異と交戦中、しかも複数体との事ですっ!」
「な……このタイミングで!?」
「意図的だとしか考えられません……敵は組織だって動いているのかも……」
平岡の報告を受けて、天童の顔に流石に焦りの表情が浮かぶ。何度も苦しむ虎と、おどおどしているウサギを見てから、「あーっもう!」と声を荒げた。
そして、武器を構えたままウサギの隣に立つ。
「あの虎を倒すまでの一時的なものだからね! 言っとくけど! アンタだって敵として扱ってるんだから、これ終わったら確保するからね!」
「え、あ、はい! とにかくありがとうございます!」
『ぐるるぅ……お前ぇ……何者だぁ……引き剥がそうとしたな……そんな事出来る奴なんて……まるで』
虎は言いかけて、首を横に振る。
『いや、いい……状況は変わった、さっきまでの狭いところじゃない、広々とした外だ……さっきと同じにはならんぞっ!』
虎が咆哮し、バチバチと連続する激しい光が辺りを照らし、虎が戦闘態勢に入る。
同じくウサギと天童が、そして2階に移動した平岡が窓から、それぞれに戦闘態勢をとった。
第2ラウンドの開始である。




