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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
異形の怪人ヒーロー
3/58

始まり

「……な、なんで」


『ヨルはね、自分で思ってるよりかなり特殊というか、特別な存在なんだよね。珍しいって言ってもいいかな、私がすんなりヨルの中に入れたのも、ヨルがこれから狙われる原因の一つ』


 アサは自分でトースターから焼けたパンを取り出し、頬張りながら話す。


『ついさっき、怪異と人間の共生体の事を『怪異宿し』だって説明したばかりだけど、これは結構レアケースなのね』


「レアケース?」


『そ、何故なら、本来なら有り得ない事だから』


 言っている意味がよく分からない。いや、分からない事だらけなのは最初からだ、次から次へと真偽不明の情報を与えられて、すんなり理解できるはずもない。


 だから、さっきまで八夜は理解しているようで、ただ聞いているだけ、という状態にあった。


 それでも、自分の命が狙われる、という、それこそ本来あり得ない状況を淡々と説明されていれば、嫌でも内容は頭の中に入ってくる。


 だから、いつの間にか、アサの言葉を信じ、その真意を確かめる為に質問を投げかけるようになっていた。


 疑惑ではなく、疑問が生まれる。それは、相手との距離が縮まる合図でもある。


『怪異にとって、人間や他の生き物なんて餌でしか無い、そもそも共生なんて事があり得ないんだよ。基本的に、怪異って人間を見下してるからね』


 アサは瓶に入った牛乳をぐびぐびと飲み干してから、続ける。


『でも、中にはそんな人間を利用しようとする怪異もいるわけ。人間に取り憑ける、その特性を活かして……そうだなぁ、分かりやすくいうと、生き餌にしようとするんだよね。勿論追い出されないように、寄生先の人間には超常的なパワーを与えたり、表向きは仲良くしたりして、ある程度のメリットを与え、信頼を得て、ゆっくりと内側から喰い殺していく……そんな奴らも』


「ちょ、ちょっと待って! それが怪異宿しっていうなら! アサはもしかして私を食べる気なの⁉︎」


 背筋が凍り付くのを感じた。目の前にいる親友の姿をした怪異が、とんでもない化け物に見えた。


 しかし、アサは慌てて首を横に振り『違うよ!』と強く否定した。


『言ったでしょ? 中にはそんな奴もいる……でも、ごくごく稀に、人間と本当の信頼で結ばれる怪異もいる、純粋に助け合いたいって思い合える……そんな奴らもね。私は、それ、そのパターン、私がヨルを宿主として選んだ理由は、ヨルを助けたかったから、これは本当だから……信じて?』


 正直、信用に値する証拠なんてほとんど無い。ここで迂闊に彼女を信じてしまうのは、あまりに危険なのではないか、と思った。しかし、彼女のあまりに真剣な眼差しを見ていると、そんなふうに疑っている事に罪悪感を覚えてくる。


 死んでるはずの自分の命を繋ぎ止め、助けてくれた事は事実だ。


「わ、分かった……正直まだよく分かって無いけど……とりあえず、アサは私の味方……貴女は、本物のアサって……信じるよ」


 そう言うと、アサはパァっと明るい笑顔を見せ『ありがとー!』と元気に言った。


 うーん、しかしやっぱり、八夜は慣れなかった。昔のアサは、明るかったが、こんなに溌剌とした性格では無かった。どちらかと言うと大人しめ、静かにニコニコ笑っているような子だったはずなのだが。


『んで、信じてもらえたところで、こっからが本題なの』


 アサが、へその緒のように八夜の左胸と繋がった管を指で突きながら言う。


『長々と説明したけど、とりあえず、怪異は人に取り憑ける……でも、誰でもいいってわけじゃない、長く居座ろうとするなら、怪異にあった適合者を見つける必要がある……それ以外は、すぐに死なせてしまう、一種の拒絶反応みたいなのが起こるんだ』


「な、なるほど……血液型、みたいな」


『まぁ、分かりやすく言えばね? で、ここからが、ヨルが襲われるであろう原因なんだけど、私がヨルの中に入った時、どうなったと思う?』


「ど、どうって……偶然マッチした、かな? 私は生きてるわけだし」


 八夜が言うと、アサは小首を傾げて『半分正解』と言った。


『正解は、あっさり受け入れられた』


「え、普通に正解なんじゃ」


『周りの幽霊も含めて全部ね』


「……は?」


 アサはやれやれと言うふうに肩をすくめ、パンを口の中に放り込んでから言う。


『ヨルの周りにいた黒い連中がいなくなったのは、私が追い出したから。ヨルはね、多分だけど、どんな怪異とも適合できる超特異体質なんだと思う、それがどう言う意味か分かる?』


「ど、どうなるの?」


『怪異達にとって、それほど長く居座れる携帯食は滅多に無いって事。私以外に取り憑かれたら最後……たぶん、死ぬまで食料にされ続けるよ、無理矢理生命活動を維持させられて、ずっと生き餌にされる』


 思っていたよりも、更に最悪の事態になっていた。つまり、あの黒い影達は、ずっと自分の体を狙っていたのか。精神的に弱って、隙が出来た状態を保つ為に、生きようとする度に攻撃を仕掛け、適度に絶望させつつ、だからと言って殺しきらない、自分達の食べごろになるまで待っていた。


「そんな……わたし、どうすれば」


『それは簡単、襲いかかってくる敵を、全部やっつければ良い』


 更にとんでもない事を、サラリと言うアサに、ヨルは目に涙を浮かべながら、首を振る。


「む、無理だよ……あんな影にだって勝てないのに……その上の存在である怪異に、私みたいな貧弱な人間が勝てるわけ」


『だーかーら、私がいるんでしょ?』


 アサは不安そうに震える八夜の手を握り、笑顔を向けながら言う。


『さっき言ったよね? 怪異宿しになると、怪異は宿主に超常的なパワーを与えるって』


「う、うん……って、まさか」


 そのまさかだよー、と、アサは自信満々に言う。


『ヨルは今、私という怪異の宿主なんだ、怪異宿しとしての恩恵を与えられてるんだよ? そんじょそこらの怪異なんか、相手にならないぐらいのね』


 大丈夫、とアサはギュッと手を強く握る。もう死んでるはずなのに、彼女の手は、不思議と暖かかった。


『私達が一つになれば、勝てない相手なんていないよ! ちゃんと体を元に戻して、今度こそ一緒に、平和に生きよ?』


 確証なんてないが、不思議とその言葉は、信じる事が出来た。


「分かった……何が起こるか分からないけど……そんな風に餌にされるぐらいなら……アサと一緒に」


 と、言いかけたところで、ヨルは重大な事に気付いた。まだ見ぬ敵に命を狙われるよりも、もっと身近なピンチが迫っている事に。


「……え、てか! ちょっ、アサ! 今何時!?」


『ん? えっと……七時五十五分』


「後、三十分……」


『どしたの、ヨル』


 再び半泣きになって、八夜は悲痛な叫びを上げる。


「完全に遅刻なんだけどぉっ!」


 急いで身支度を整え、食パンをくわえて登校するという、まるで恋愛ゲームのヒロインのような状態になりながら、八夜は学校まで全速力で走った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 無事遅刻し、大恥をかいた八夜は、一人机に突っ伏していた。


 いつも目立たないように気を付けていたのに、クラス全員の注目の的になってしまった。


(ここがヨルの通う学校かぁ……いいなぁ、私もこんな高校生活送ってみたかったなぁ)


 頭の中で声がする。


「……脳内に直接語りかけてきてる?」


(だって校内に突然こんな美少女が現れたら、大騒ぎになって、更にヨルが注目の的になっちゃうでしょ?)


「…………」


 自分で美少女とか言っちゃうあたりも、八夜が知っているアサとはまるで違う。まぁ確かに、可愛いのは認めるが。


(ありがとー! ヨルも可愛いよ!)


 え? 思考とか読めちゃうの?


(そりゃ、ヨルの中にいるわけだし、今ヨルの生命活動を維持してるのは、ほとんど私だからね、考えぐらい分かるよ! つまり、こんな風にテレパシーみたいに話せるのだ!)


 テレパシーとは違くない?


 いつもと違う、なれない環境に困惑しながらも、八夜はいつも通りの学校生活を送る。


 誰とも関わらず、ただ、傍観するだけ。


 淡々と授業をこなし、休み時間は何をするわけでもなく、次の授業の準備をしたり、トイレに行ったりして時間を潰す。


 つまり、ド陰キャまっしぐらの学校生活だ。


(ヨル、これはいけない)


 昼休みになって、一人体育館裏でお弁当(近くのコンビニで買った)を食べていると、それまで大人しかったアサが脳内に話しかけてくる。


「いけないって? 何が?」


(いや、もう、言わなくても分かるでしょ……ダメだよ、学校ってさ、もっとこう……交友関係を深める場所でもあるんだからさ)


「そんな事言ったって……今まで友達とか、アサしか居なかったし」


(めっちゃ嬉しいけど、やっぱダメだよ……って、ヨルがそうなっちゃったのは、私にも責任あるからなぁ……ここは一つ、ヨルの友達作りも手伝っちゃおうかな?)


「い、いいよそんな……まずは生き残る事に精一杯だし……それが終わってからでも」


(もー、そんな事言ってたらいつまで経っても)


 言いかけて、アサは急に言葉を止める。そして唐突に、左胸から姿を現した。


「ちょっ! アサ! 何やってるの! 見つかったらヤバいって」


『ヨル、アレってこの学校では普通なの?』


 アサが指差す方を見ると、一人の女子生徒と、若い男性教師が、こっそりと体育倉庫に入っていくのが見えた。


「……なんだろ、次の授業の準備かな」


 何気なく八夜が言うと、アサはマジか、とでも言わんばかりの顔で見つめてくる。


『あの様子からして、そんな平和な感じでは無かったと思うけど?』


「え? でもそれ以外に何か理由あるかな」


『純真無垢な十七歳とかレアで良いと思うけど、アレは絶対アカン奴だと思う、大きい声じゃ言えないけど、禁断のアカンやつだと思う』


 アサが冷や汗を垂らしながら真剣な眼差しで言うところを見ると、相当まずい事になっているのかもしれない。


「で、でも私達に何が出来るかな」


『普通にあの場所に突撃するだけでも十分効果あると思うよ』


「で、でもお互いが合意の上なら」


『いやダメでしょ、そうじゃなかったら最悪だよ、つーかヨル! 意味わかってんじゃん!』


「後で仕返しされるかも!」


『それこそ問題ない! 私がついてる!』


 本当はどう意味か分かってる、でも面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだし、本当は悪目立ちしたくないのだが、アサの強烈な押しに負け、八夜は恐る恐る体育倉庫に近づいて行く。


「何にも聞こえないけど」


『突撃してみよ!』


 正義感が強いのか、単に暴れたいだけなのかその真意は分からないが、若干面白がってる事だけは確かな様だ。


「本当に大丈夫?」


『大丈夫! 私達に敵は無い!』


 もうどうにでもなれ。そんな思いで、八夜は勢い良く体育倉庫の扉を開けた。


「わぁあああああ! すみません! さっきの授業で忘れ物しちゃってっ!」


 暗い倉庫内に光が差し込み、中の様子が見える様になる。


 その瞬間、何かが倉庫内から飛び出してきた。


「なっ⁉︎」


『ヨル! 危ない!』


 アサに引っ張られ、仰向けに派手に倒れてしまう。


「いたた……何、今の」


「わぁああっ!」


 混乱する八夜の元に、先程の女子生徒が倒れる様に駆け寄って来た。


 酷く怯えた様子で、声もなく泣いていた。


「だ、大丈夫……ですか? な、なにが」


「か……が……」


「…?」


 女子生徒は震える声で、倉庫内を指差し、何かを必死に伝えようとしていた。


「せ、せんせいが……!」


「先生……?」


 起き上がって、倉庫内を改めて覗く。


 それは、視覚と嗅覚を同時に襲った。


 そこには、上半身と下半身が離れ離れになった、男性教師の無惨な死体が転がっていた。所々に、赤黒く、ぶよぶよとした物体も転がっている。


 そして、鼻の奥まで纏わり付くような、生臭さ。鉄のような匂いも混じり、さっき食べたものが逆流してくるのが分かった。


 紛う事なき、人間の死体。それも、惨殺死体。


「い……いやぁあああああああああっ!」


 やっとな事で、八夜も声を出す事が出来た。


(怪異の仕業だ……)


 アサが独り言のように呟いたが、それに返事する事は出来なかった。


 八夜が出来た事と言えば、持っていたスマホで通報する事ぐらいだった。


 怪異の脅威は、すぐそばまで来ていた。


 程なくして警察が学校に到着し、大騒ぎとなった。


 それまで、八夜も、教師と一緒にいた生徒も、一歩も動く事が出来なかった。

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