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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
虎の威を借る
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巻き込む危険

『あのふぉら、まちあいなうちぇきおうひゃとふわわっへる』


 いちごジャムが乗った食パンに豪快に齧り付きながらアサは言う。


「アサ、ちゃんと飲み込んでから喋って」


『このいちごジャムめっちゃ美味しくない? やっぱ果肉入ってるの最高だわ』


「絶対内容変わってるよ……多分だけど、昨日の虎の事話してなかった?」


『あー、そうそう、あの虎ね』


 アサは残ったパンを牛乳で一気に流し込む。そんな彼女の様子を見ながら、八夜は内心ホッとしていた。昨夜の怯えきったアサ、あんな彼女を見たのは初めてだった。傷は完治していたというのに、ずっと震えていた。そのまま食事も取らず寝てしまって心配していたが、今はいつもの調子を取り戻しているようだ。


(私がもっとしっかりしなきゃ)


 アサに頼りっぱなしだ。自分が弱いから、余計に頑張らせて、不安にさせてしまうのだろう。もっと自分自身が強くならなきゃいけない、と八夜は思う。


『あの虎ね、アレは適合者と融合してる。私としてはもうあまり関わる必要もないから、できる限り無視したいんだけど……ヨル的にはほっとけない?』


「……放ってはおけないよ。あの虎、人を殺してた……しかもその事を全く気にしてなかった……危険すぎるよ」


『だよねー、言うと思った』


 とにかく人が目の前で死んだり傷付いたりする事が耐えられない八夜だ。殺すのが当たり前、なんて感覚を持っているあの虎を見逃すはずが無い。


『ヨルの意見を尊重しながら、ヨルを守る方法となると……難しいけど、暗殺しかないよね』


「あ、暗殺って……いきなり物騒な話になったね」


『いや、虎が人殺しの時点で十分物騒だよ。それよりも、その方法だけど……うーん、理想は虎が変身する前に……つまりは人間状態の時に叩ければいいんだけど』


「誰に取り憑いてるか、だよね。分かりやすい特徴でもあれば良いんだけど……あ、そうだ! 怪異宿しって身体能力がものすごく上がるでしょ? それで見分けがつかないかな」


『相手がそこまでバカなら良いんだけど……いや、少なくとも虎はバカだったな……でも人間の方が隠すんじゃないかな? 思いっきり何人も殺してるわけだし、しばらくは慎重になるかも……それに』


 アサは不機嫌そうに歯を食いしばる。


『狙ってるのは私達だけじゃないだろうし』


「管理局……またお互いが変身して戦えば、確実に乱入してくるよね……琴音ちゃん」


『あの強さ異常だよ、絶対人間じゃ……ん?』


 そこまで言って、アサは首を傾げる。そして、何故かニンマリと笑った。


『よくよく考えたらさぁ、私達戦わなくて良いじゃん』


「え、なんで?」


『だって、あのクソ強い刀の子も虎を狙ってるんだよ? 私達が頑張らなくてもそのうち殺してくれるんじゃん』


 そもそも対策局は人類の味方だ。人殺し怪異を放置するわけがない。あとはコチラが対策局を避けてさえいれば、ひとまず望んでいた平穏は手に入る。


「で、でも対策局の人達は人間なんだよ? 私達みたいに丈夫じゃないし……負けたら死んじゃうかも」


 過去に二度、局員の敗北を見ている。自惚れるわけではないが、ナイト・ウォーカーとして介入しなければあの二人は確実に死んでいた。


 怪異と命懸けで戦うのが仕事とはいえ、だから死んでも仕方ない、とは八夜は思えなかった。


『そんなの、お互い様じゃん』


 しかし、親友はそう思っていなかったようだ、というか、どちらかといえばアサの意見の方が当たり前なのだろう。


『命のやりとりしてるんだよ? 負けたら死ぬのは怪異側だっていっしょなんだから』


「それは……そうだけど」


 理屈は分かるが納得しきれない、そんな様子の八夜に、アサはため息混じりに言う。


『ヨルは優しいけど、優しすぎてズレちゃってるよ。全く無抵抗の人間が一方的に殺されるとかならまだしも、対怪異武器を持った特殊部隊だよ? しかも呉さんの時の事忘れた? あの人両腕を貫かれたのにまだ立ち向かおうとしてた、あのサムライガールもそうだけど、基本おかしい奴らばっかりなんだよ多分』


 アサは悪戯っぽく笑って言う。


『だから、任せて大丈夫だと思うよ。むしろ私達がやられないように注意しなきゃいけないぐらい。楽できるところは楽しようよ』


「そう……かな」


『ほらヨル、学校行かなきゃ』


 強引に話を切り上げられ、何か腑に落ちないまま八夜は身支度を整えて、玄関を出る。昨日の事が嘘みたいに、何事も無かったかのように、当たり前に登校を始めた。


(アサの言う通りなのかも)


 昨日の死闘。文字通り、死ぬかもしれなかった闘い。今こうして普通に話せて、歩けているけれど、一歩間違えれば昨日全部終わって、今日を迎える事が出来なかったかもしれない。


 そんなの全然普通じゃない。そんなの全く望んでない。


 アサの言う通り、当たり前じゃない事には関わらない方が一番良いのだろう。少なくとも、自分がいなくなる事を良しとしない人がいる、その人達を大事にする事が何よりも大切なんじゃないだろうか。


(力を持って、ヒーローにでもなったつもりだったのかも……平穏無事に過ごせれば、強くなる必要すら無いのに)


 自分を大切に思ってくれる人を安心させる方が、よっぽど必要な事だ。もう無闇に首を突っ込もうとするのはやめよう、この世界には、守ってくれる本物のヒーロー達がいるのだから。


 そんな事を思いながらしばらく歩いていると、前方に見覚えのある人影が現れた。不安そうにキョロキョロと辺りを見回しているのは、大橋静だった。


「あ、静」


「……あ! 八夜!」


 しまった。昨日一緒に帰る約束だったのに、ほったらかしにしてしまっていた。友達になってくれたというのに、早速大事にしてないじゃないか。


 きっと怒られる、そう思っていた八夜だが、結果は予想外だった。


「無事なんだ! 良かった!」


 そう言って、静は八夜の両手を強く握った。その手が少し震えているのを感じ、困惑しながらも八夜はその手を握り返す。


「ど、どうしたの? 何かあったの? あ、それよりごめんね、昨日勝手に一人で」


「ほんとだよ! 一言メッセージ送ってくれてれば良かったのに! 電話したのに出ないし……すっごい心配したんだから! もう、本当に無事で良かった」


「電話……あ! しまった!」


 八夜は、言われて初めてスマホの電源を落としたままだった事に気付いた。慌てて電源を入れ、着信を確認すると、昨日の夕方から何度も静からかかってきていたようだった。


「ご、ごめん! 充電ギリギリだったから、電源落としちゃってて」


「なんだ、そんな事だったのか……私はもしかしたら、昨日の騒動に巻き込まれたのかと思って」


「昨日の……騒動?」


「まさか知らないの? 昨日学校近くの公園で人が何人も焼け死んだんだって……私偶然その近くまで来てて」


「えっ」


 八夜の頬を冷や汗が垂れる。間違い無く昨日の虎の仕業の事だろう。そこに、彼女がいたというのだ。


「それでね……あの、ここだけの話なんだけど……私見たんだ……大きなウサギみたいな怪物と、昨日の転校生……深夜琴音ちゃん、あの子が戦ってんの」


「そ、そうなんだ……そんな事が」


「あとちょっとで深夜ちゃんがウサギを倒せそうだったんだけど、私が驚いて悲鳴あげちゃって……それに驚いた深夜ちゃんが攻撃を止めちゃって……その隙にウサギの怪物が逃げて」


「静、落ち着いて……と、とにかく大丈夫だから、私は無事だし、その事件も今知ったし……とりあえず一回深呼吸しよう、ね?」


 顔を合わせて二人で深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。何度か繰り返していくうちに、静の手の震えは止まった。


「はぁ……ごめん、ありがとう、もう大丈夫」


「こっちこそありがとう、ずっと心配してくれてたんだ」


「当たり前だよ、友達なんだから。でも、やっぱ一言欲しいかな、今回みたいに何かあったのかと心配しちゃうから」


「ごめん、ほんと気をつける」


 指切りをしてから、通学路を進む。八夜の無事を確認出来た静は機嫌良く歩いているが、当の本人は気が気ではない。


(あの場に静がいたなんて……下手したら巻き込んでたかもしれない……虎に襲われてたかもしれない……やっぱりダメだ……出過ぎた真似してたら……大事な人を危険にさらしてしまう)


「それにしても驚いたよ、まさか深夜ちゃんがACBの人間だったなんて……まだ16ぐらいなのに」


 静は眉をひそめて言う。死体も大量に転がっていたはずなのだが、気付いていなかったのだろうか。いや、余計なものを見てトラウマにならなかっただけマシだろう。


「怖くなかった?」


「いや普通に怖かったよ、だから悲鳴あげちゃったわけだし……そのせいで深夜ちゃんに悪い事しちゃったしなぁ……」


 ため息を吐きながら、静はやれやれと言うふうに頭を抱える。そんな彼女に、八夜は密かに感謝していた。あの時叫んで攻撃を止めてくれていなければ自分は今頃ここにいないのだから。


 もちろんその事は言えないけど。


「無理もないよ、普通の喧嘩見たって怖いのに……相手はウサギの怪物だったんでしょ?」


「……んー、その事なんだけどさ……八夜にだけ、話しておきたくてさ……実は、怖かったのは本当だし、悲鳴だって半分くらい素で出たんだけど……ちょっとだけ、わざと大きめに声上げたとこあるんだよね」


 気まずそうに言う静。反応に困り、八夜がどういう事か聞く前に、静は話を続ける。


「私自身怪異に襲われて、その怖さをよく知ってるから、深夜ちゃん達が正義の味方だってのは理解してる……つもりだったんだけど……あのウサギの怪物……アイツを見た時……なんでか分かんないけど……やられそうになってるのを見て、咄嗟に()()()()()って思ったんだ」


「……な、なんでだろうね」


「分かんないけど……私を牛から助けてくれたのが、あのウサギな気がするんだよね……確証はないけど」


 心臓が大きく跳ねたような気がした。あの時、静は意図的に自分を助けてくれていた。命の危険だってあったのに、確証だってないのに、咄嗟に。


 前言撤回、これ以上静を危険な目に合わせたくない。必要とあらば何度だって変身して絶対に助ける。何があっても、誰が相手でも、彼女だけは必ず守らなきゃ。


(ヨルー? 危ない事考えてない?)


 そんな決意を固めた瞬間、自分の内側から脳内に直接声が聞こえた。アサは不満そうに、姿は見えないけれど、きっとふくれながら言う。


(助けてくれた事は感謝だけど、それとこれとは話が別だって、変身して怪異化するって事は、同じく対策局の討伐対象になるって事なんだから)


(……分かってるよ、でも、それでも、いざって時は)


「八夜? どうした?」


 不思議そうに静が八夜の顔を覗き込む。どうやら急に黙ってしまっていたようだ。慌てて「なんでもないよ」と返し、作り笑いを浮かべた。


「というか、今日学校であったら深夜ちゃんに……ん?」


 言いかけて、静は前方を凝視する。視線の先には、見覚えのある制服に身を包んだ人物が二人立っていた。ぱっと見、医者と見間違えてしまう白い制服。怪異対策局だった。


 一人は長い黒髪が綺麗な若い女性。もう一人はさっきまで話題に出ていた少女。


「深夜ちゃん……」


 深夜達は、静を見るとコソコソ何か話してから近付いてきた。


「大橋静さん、昨日の話を聞かせて。話を聞かせてください」


「琴音ちゃん、いきなりすぎるよ……」


 何の前置きもなく静に言う深夜に、隣に立つ女性が苦笑いを浮かべながら言う。


「えっと……おはようございます」


「はい、おはようございます。初めまして、私は怪異対策局の天童てんどう鳴子なることいいます」


 そう言って、天童は名刺を静に渡した。おっかなびっくりに受け取って、静も小さく「どうも」と言う。


「大橋静さん、突然で申し訳ないんですけど、昨日の事を詳しく聞かせてもらって良いですか?」


「昨日の事って……深夜ちゃんが……その、怪物と」


「そうそう、ウサギのね、実はその前にもう一匹いたの」


「え゛!? ウサギだけじゃなくて!?」


 静な顔が青ざめていく、どうやら知らなかったらしい。そんな彼女の様子を見て、深夜と天童は顔を見合わせる。


「調べによると、貴女ついこの間も怪異に襲われてるよね? ぶっちゃけちゃうと、あまりに頻度が高くて危ないから、ちょっと調べたいんだよね」


「何か怪異に狙われやすい特徴でもあるのか、みたいな……学校にはもう連絡してるから、ついてきてくれる? きてくれます?」


 二人に言い寄られ、静は驚いていたが、くるりと八夜の方を見て両手を合わせた。


「ごめん、私ちょっと取り調べ受けてくるから、先に学校行ってて」


「あ、うん……頑張ってね」


「お友達? ごめんね、危害を加えるわけじゃないし、すぐに会えると思うから」


 天童が丁寧に八夜に頭を下げる。


「あ、いえ、あの……静は私の大事な友達なので……守ってあげてください」


「もちろん! じゃあ場所変えよっか」


 そう言って、三人は車に乗り行ってしまった。


「静……大丈夫かな」


『これでもうマジで大丈夫でしょ、サムライガールに仲間増えてたし』


「わぁびっくりした! アサ! 外で急に出てきちゃダメでしょ!」


『てへ』


「照れるとこじゃないよ……もう、学校行くから戻って」


 そう言ってアサに手を伸ばす八夜。しかし、その手をさらりと躱してアサは八夜の腕を掴んだ。


『ごめん、その前にさ、昨日の公園行ってみない?』


「へ? なんで?」


『犯人は現場に戻るって言うでしょ? 虎の本体っぽいのがいたりしたら速攻で通報してやろうと思って』


「なるほど、現実的……なのかな?」


 名案かどうかはさておき、戦うわけでは無いし、それぐらいの時間はあるのでアサの話に乗り、進路を変えて昨日の公園へと向かう。


 怪異の力を持ってすれば、目的地まであっという間だった。


 公園には黄色と黒の縞模様のテープが張り巡らされており、複数の警察があちこちで仕事をしていた。冷静に考えたら、こうなってるに決まっている、犯人が人間だろうと怪異だろうと、この状況で現場に戻るわけ無いだろう。


「警察がいっぱいだね、これは出直した方がいいかも」


『待って、あそこ』


 そう言って、アサが指差す先に、二つの人影があった。高校生ぐらいの若い男女が向かい合って話している。しかし、どうにもロマンチックな状況というわけではなさそうだった。


 よく見ると、少女の方は涙を浮かべながら少年に詰め寄っている。


『別れ話かな?』


「仲直りしてほしいね……って、待って、あれ? あの男子」


 八夜は、男子の顔に見覚えがあるような気がして目を凝らす。少し近づいて確認すると、疑惑は確信へと変わった。


「あれ、昨日の……確か……つぐみ君……」


 それに気付くと同時に、向こうもこちらの存在に気付いたようで、にっこり笑って手を振ってきた。


 どう見てもそんな状況じゃ無いだろう。普通に反応に困る。


 案の定、少女もこちらに振り返りものすごく怪訝な表情を浮かべられた。


「このパターン知ってる……!」


(ごめん、今回はマジで私が悪い)


 いつの間にやら八夜の中に戻ったアサが(見えないが)土下座しながら言う。


「おはよう八雲さん、奇遇だね」


 トラブルを避けようとしても、トラブルの方から向かってくる。


 八夜は、苦笑いを浮かべて手を振るしか無かった。

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