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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
虎の威を借る
22/69

絶望と契約

 竹水たけみずつぐみは絶望していた。竹藪の中で、吊るしたロープで輪っかを作り、その中へ首を通そうとするほど、深く絶望していた。


 きっかけは、不幸な事故だった。陸上部でエースだった彼を襲った不幸な事故。練習中に足をくじき、そのまま転んで靭帯が切れてしまう大怪我をしてしまったのだ。


 医者に、もう走れないと言われた。当たり前だが、今年中の復帰は無理だ。治ったとしても、もう元のように走れない。


 ただでさえそれだけでも十分に絶望していた彼に、更に追い討ちをかけたのは、周りの反応だった。


 散々期待を寄せていた部員や、家族から送られた言葉は、心配や同情ではなく、失望と軽蔑だった。転んだ理由は、シューズの破損だったのだが、その事で、コーチや家族から非難されたのだ。


 普段からもっとちゃんと注意していればこんな事にならなかったのに、どれだけ金をかけたと思っている、本当に失望した、と。


「……あれは事故なんかじゃない……」


 つぐみ本人だけが、それに気付いていた。当たり前だ、名門校からスカウトがかかるほど優秀な彼が、練習前の点検を怠るはずが無い。ほんの少し、どこかで目を離した隙に、何かシューズに細工をされたのだろう。そうでなければ、あんな壊れ方するわけがない。


 心当たりは、あり過ぎて分からない。ただ、つぐみ的に一番怪しいと思うのは、自分の弟、竹水ロウだった。つぐみが怪我をした直後から、ロウの周りからの評価が一気に上がった。


 同じく短距離走の選手だったロウは、兄であるつぐみをライバル視していた。最初こそ自己を高め合う良い関係だと思っていたのだが、次第に、向けられている感情が恨みや憎しみに近いものだと気付くのに時間はかからなかった。それでも、家族だからこそ、一線は超えないと、どこかで安心しきっていた部分があったと思う。


 甘かった、人は評価を得る為に、時には手段を選ばない化け物に成り果てる事があるなど、想像もしていなかった。


 そう、想像も、対策も、していなかった。


「結局、僕が……悪かったのか」


 色んな思いが込み上げるが、自分で出した結論がソレだった。結局は、自分の油断が招いた事故。


 憎くて、惨めで、悔しかった。


 死んでどうにかなる事では無いと分かっているが、それよりも、あんな場所にもう居たくなかった。何もかもが嫌いになった、人も自分も、生きていく事も。


「……」


 この世に恨みを残しながら、つぐみは用意した足場に登って、ロープを首にかける。そして、自ら足場を蹴り倒した。


「ぐぅッ」


 凄まじい負荷が首にかかり、あっという間に呼吸を止めてしまう。自分で決めたはずなのに、最悪の恐怖感が思考を支配していく。


 目から生温い液体が流れ始め、もう終わりは目前だった。


 あと数秒で旅立てる、そんな時、彼が思ったのは




 死にたくない。




 そう思った瞬間、突然息苦しさから解放された。


 終わったのかと思ったが、直後に襲いかかった酷い咳の発作に、自分が生きている事を実感させられる。口の中に広がる血の味に動揺しながらも、状況を整理しようと辺りを見回した。ロープが想定より緩かったのだろうと思った。


 しかし、ロープは解けたわけでも、千切れたわけでもなく、()()()()()()()()


 誰に?


『お前、死ぬのか?』


 つぐみは、かろうじて理解する。目の前にいる、コイツがロープを切ったのだと。


 不思議そうにロープを見つめながら話しかけてきた()()は、信じられない事に、日本語を喋り、意思の疎通を図ろうとしているのは、人間ではなかった。


 第一印象は、虎、だった。黄色と黒の模様が体についた、一般的に知られる虎に似ていた。しかしその虎は、人間のように2本の足で立っていたのだ。


 日本の、しかも近所の竹林に虎なんているわけない。ましてや日本語を喋り、二足歩行をする虎なんて、そもそもどこにも存在しない。


『ぐるる』


 動けずに、唖然としているつぐみに、虎は低く唸って目を細める。


『お前、言葉分からないか? それとも、喋れないか? 俺の言葉通じてるなら、頷け』


 何が起きているのか分からないが、理解出来ないまま、つぐみはこくりと頷いた。


『なんだ、言葉分かるのか、だったら質問に答えろ、お前は、死ぬつもりだったのか?』


「……あ、ああ……そうだよ、生きてたって……何も報われやしない……頑張れば頑張るだけ、敵を増やすだけだ……そんな馬鹿らしい事、もう付き合ってられない……」


『そうか、よく分からんけど、お前、生きる意味ないんだな?』


 化け物に言われて、つぐみの胸がズキッと痛んだ。生きてても意味が無い、自分で自覚するのと、誰かに言われるのではこんなに痛みが違うものなのか。


 しかも正体不明の化け物に言われた。


『どうせ死ぬなら、その体俺にくれ』


 その化け物は、巨大な尻尾を振りながら、そんな事を言った。


「……は?」


 今だ状況が理解しきれていないのに、さらに困惑させられる。


 この化け物は、今なんと言った? 体をくれ? 意味が分からない。


『お前、会話のテンポ悪いな、まぁ大丈夫だ、俺ならお前の体を上手く使える』


「ごめん、ちょっとまだ脳が処理しきれてなくて……えっと、まずさ、君は何者なの? どうして、僕の体が欲しいの?」


『む、自己紹介というやつか、名乗り合うんだったか、俺……俺は……あれ? なんだったかな……俺も俺で、最近目覚めたばかりだから、自分で思ってるより、記憶が曖昧だな、お前、先に名乗れ』


 頭を左右に揺らしながら、化け物は言う。まぁ、自己紹介は提案した側から名乗るのが普通といえば普通だ。


「僕は、竹水つぐみ……井海いかい高校に通う2年生」


『たけみず、つぐみ、それが名前だな? その……いか……こうのにねん、とかいうのは、なんだ? それも名前か?』


「いや、それは僕の名前じゃなくて、僕が通ってる学校の名前」


『がっこう、というやつの名前か、俺はお前の名前が聞きたかっただけで、他の奴の名前はどうでも良い、そうだな……たけみずつぐみ……お前は名乗ったな、さて、困ったな、俺の名前が分からん』


 ぐるると唸りながら、化け物は困ったように頭を揺らす。自分の名前が分からない、どうやら記憶喪失らしかった。理解出来てない脳に、情報だけが蓄積されていく。


「あの、君の名前はもういいや、それより、なんで僕の体が欲しいのかって話なんだけど」


『ぐるぅ、強くなる為だ、お前らの体が無いと、俺達は……なんというか、儚い、すぐ消えてしまう、この世に自分を繋ぎ止めておくための家ともいえるものが必要なんだ』


「家……」


 家、と言う言葉に、つぐみは自分の家族を思い出す。走れなくなった自分に対して、心配ではなく、がっかりした家族。


 このまま生きていれば、あの家に帰らなきゃいけなくなる。


「絶対に……嫌だ」


『くれないのか』


「ううん、逆だよ」


 つぐみは、今にも泣きそうになりながら、声を震わせながら、それでも笑顔で答えた。


「僕の身体は君にあげる、だからさ、代わりに……約束してくれないかな?」


『約束? 契約というやつか? 良いぞ、俺もほとんど助けてもらうような身だ、出来る限りの事はしよう』


「じゃあお願い」


 つぐみは、声を震わせたまま言う。


「僕を馬鹿にした奴らを、見返して欲しい」


『なるほど? そんな事なら容易い……じゃあその身体、貰うぞ』


 そう言って、虎の大きな手(前足?)がつぐみに触れる。すると、水に溶けていくように、その巨体がつぐみの中へと入っていった。


 直後、意識が遠のいていくのを感じた。思考が曖昧になり、目の前がふわふわと現実味の無いものになっていく。自分というものが無くなっていく感覚。しかし、つぐみに恐怖も後悔も無かった。


 ただ死んでいくだけだったはずの身体が役に立つ。


 つぐみは穏やかな気持ちで、意識を手放した。

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