友達だから
「あーもぅ、末広さんさぁ、やってくれるよねぇ」
清潔感のある白い病室で、白衣を着た若い長髪の女性が末広に軽蔑の視線を送りながら言った。その手には、スクラップと化した拳銃が二丁握られている。
彼女の名は久茂野知朱。僅か15という若さでACBの開発部に入り、たった5年という月日であらゆる功績を出し、武器の研究開発を担当する技術課のトップに立った天才科学者だ。彼女の発想と、それを実現させる技術力は何人もの局員を救ってきた。
しかし、今回はそうはいかなかった。絶対の自信を持っていた武器が破壊されてしまったのだ。加えて末広本人も重傷を負って入院している。
要するに、ボロボロに敗北してるのだ。
「私にとって、タリスマンは我が子同然なんだよね。貴方達の腕を信頼して我が子を託したと言うのにさ、それが、こんな、この有様で帰ってきた……私の気持ち分かるかい?」
「いや流石に無茶振りが過ぎるって、生身で戦ってる身にもなっておくれよ知朱ちゃん」
そんな彼女に末広は不満そうに言う。当たり前だ、いくら武器が高性能とはいえ、相手は人智を超えた力を持つ怪異。武器を庇いながら戦うなんて真似が出来るわけが無い。命を張っているというのにあんまりな物言いである。
「それに今回の敵は、まさしくその武器に取り憑く厄介な相手だったんだよ、普通だったらマジで俺死んでたな」
「……例のウサギか……怪異を弾き出したんだっけ? 興味深いねぇ……一度人間に寄生した怪異は、宿主を殺さないと引き剥がせないのに……人間と怪異を分離した……すごいなぁ」
「おまけに姿が変わったんよ。この間目撃されてたウサギの化け物から、マコちゃんを助けたっていう鎧のウサギに変化、ここまでは報告通りだったからさほど驚きもしなかったんだけど……その次に、なんかトゲトゲした姿に変わった」
「なんそれ、おもしろ」
報告を聞いていくうちに、久茂野の表情がどんどんニヤけていく。彼女にとって、怪異とは恐れる対象では無かった、むしろ好奇心が止まない興味の塊である。
「つまり、まだ能力を隠し持ってる可能性があるって事かな」
「いや、俺もそう思ったんだけどさ……多分、現状それは無いと思う。て、いうのも、あのウサギさ、鎧の姿に変化してから思いっきり性格が変わってたんだよ、んで、戦い方もすごい下手だった、自分の能力すら把握して無い感じだったんだぜ?」
「自分の能力を把握してない? なんそれ、おもしろ。もしそれが本当なら、他に能力があったとしても、使わないじゃなく、使えない、って事か……それなら今はそんなに脅威じゃないかもね」
「何を言ってるんですか久茂野さん、油断は禁物です」
そう言って、白髪の男が病室に入ってくる。彼の姿を見るなり、末広は笑顔で手を振った。
「おー! お見舞い来てくれたのか! 流石、キリは俺の親友だなぁ」
キリ、そう呼ばれた男の名は霧谷桐華。現場で怪異と戦う特殊機動隊第一班の班長を務める男である。末広とは幼馴染であるが、立場的には上司になる。
「はぁ、全く……心配させるな。大体なんで一人で行動したんだ、少し待てば俺も白石も……深夜だっていたんだ。一人で無茶するな」
ため息混じりに言う霧谷。しかし、そんな彼の声は安堵に満ちていた。
「おお、霧谷さん、年下の私に敬語なんて、相変わらず真面目だねぇ。それよりさ、怪我した友達がこんな時にかけて欲しい言葉は、説教じゃなくて、労い一択だと思うけど」
久茂野に言われ、ハッとした表情を浮かべた霧谷は、すぐに末広に向かって頭を下げた。
「それは、確かにそうですね。すまない、望、たった一人でよく戦ってくれた……すぐに援護に駆けつけられなかった、班長として不甲斐ない」
本当に申し訳ない。と、霧谷はさらに深く頭を下げる。
「おいやめろ、普通に幼馴染からマジ謝罪されても嬉しくないから! むしろ急に距離感じて寂しくなるからやめて! 知朱ちゃんもコイツに冗談通じないの知ってるでしょ! やめたげてよ!」
「霧谷さんマジで面白い」
末広に深々と頭を下げる霧谷を見て、久茂野はケラケラと笑う。
「あれー? 私がいないのにもう盛り上がってるの?」
そんな中現れたのは、同班の戦闘員の一人、白石姫百合だった。ツインテールと改造した制服のスカートを揺らしながら、彼女は跳ねるように末広に近寄る。
「あーんっ! 末広君がほんとにやられてるー! かわいそう! 大丈夫? 痛くない? でもこんなになるまで頑張って戦うなんて……かっこいい!」
白石は両手で目を擦るふりをして、わざとらしく泣いているような素振りを見せながら言う。そのあざとい動作に、霧谷は若干怪訝な表情を浮かべていたが、言われた末広本人は顔を赤らめ目を泳がせながら照れていた。
「い、いやいやいや! 大した事ないってこんなの! すぐ治っちゃうから! 姫ちゃんの為ならこんな怪我、一日……いや一時間で治してみせちゃうから!」
「それが出来たらそれはもう怪異なんよ、なんですよ」
言いながら、姫百合の背後からもう一人少女が現れた。まるで人形のようにピクリとも変わらない無機質な無表情な彼女は、深夜琴音という。成人済みの男女が集まるこの部屋で、彼女は明らかに若かった。それもそのはず、彼女はまだ16歳の現役高校生なのである。しかし、そこに年頃の無邪気な雰囲気などは無く、まるで機械のような無感情さだけが際立っていた。
「うおお、琴音ちゃんまで来てくれたのか、すげぇ、俺の人望すげぇ」
末広が言うと、深夜はふるふると首を横に振る。
「別にお見舞いに来たわけじゃないよ、ないですよ。私は霧谷班長に呼ばれて来たの、来たのです」
「あ、俺が心配とかそんなんじゃないんだ」
「……心配、した方が良かった? 良かったですか? 末広さんは強いから……ダメージは受けてもタダじゃやられないし、死ぬ事は無いと信じてたんだけど、信じてたんですけど」
「あ、おう……あれ? 一応褒めてくれてる?」
「コトネちゃん相変わらず喋るの苦手だねー、でもそこがかわいっ」
ポカンとする深夜を、まるで猫を可愛がるように白石が胸に抱き寄せて、その頭を撫でる。
「なんだい? 霧谷班全員集合じゃないか、なにするの?」
集まったメンバーに久茂野は興味深そうに言う。それに対し、霧谷は至極冷静に答えた。
「もちろん班会議です。あ、丁度良いので久茂野さんも参加してもらっていいですか?」
「冗談でしょ?」「嘘だろ!?」
末広と久茂野の声が重なる。驚いた意味は少し違えど、予想だにしない展開だった事は変わらなかったらしい。
「望、お前が負けるっていうのは、俺達にとってかなりの大事件なんだ。呉さんの班が機能していないこの状況で、早くも俺達の班から戦闘不能者が出たんだからな」
「そりゃあ……まぁ、そうだけど」
「この10年で、明らかに敵の様子がおかしい。活動が活発になって確実に強くなっている。だから、何か早急に対策を練っていきたいんだ。そういうわけで、この場にいる全員に、お前が戦いの中で得た情報を共有して欲しい……口頭の方が伝わる事があるだろう」
至極冷静に、話を進める霧谷に、若干呆れたが、いつもの事だと諦めて、末広は戦いの全てを話す。
ウサギの事と、牛の事。途中で牛の宿主が変わった事と、そのタイミングで自分が一時的に気を失った事、そして、気がついたらウサギの形状が変わっていて、目の前で更に変化した事。
そして、ぼんやりと聞いた、ウサギと牛の会話内容な事、つまり、怪異達が正体不明の何かを恐れているという事。
「まぁ、こんな感じかな、牛野郎はとにかく武器を欲しがってたぜ。とにかく強力な武器、まぁ、あいつの能力が武器に取り憑いて使いこなせるようになるって能力だったからかもしれねぇけど」
末広が説明を終えると、首を傾げながら霧谷が言う。
「そこまでして、対抗手段を作らなければならないほど怪異が恐れるものってなんなんだろうな?」
霧谷の疑問に、壊れたタリスマンを見ながら久茂野が独り言のように答える。
「現段階ではなんとも言えんよね。でも、ここ最近の怪異の妙な動きと、不自然な覚醒といい、碌なもんじゃない事は確かだよねぇ、だったら」
「だったら敵だ」
食い気味に、深夜が言う。冷たい目でどこかを見つめながら、淡々と言う。
「怪異が何を恐れていようが関係ないよ、ないですよ。アイツらはいたらいけない存在、そりゃ敵も多いだろうね、多いでしょうね、でも同情なんてしない、怪異は殺す、遠慮なく殺す、容赦無く殺す、慈悲無く殺す、殺して殺して徹底的に殺して、絶滅させる」
淡々と、感情のこもっていない声で、敵への憎悪がひしひしと伝わってくる程の怨嗟の声を漏らす。
「相変わらず怪異が嫌いなんだ」
末広が言うと、深夜は「もちろん」と言って頷いた。
「アイツらを皆殺しに出来るなら、なんでもするし、どんな代償だって払うよ、払いますよ。その牛野郎と同じってのは癪だけど、癪ですけど、私ももっと強い武器が欲しいな……というか、両手で握るじゃ足りないや、いっそのこと、全身が武器になれたら良いのに」
体をペタペタと触りながら言う深夜に、末広は苦笑いを浮かべる。
「武器人間じゃん、流石にそんなのはねぇ? 知朱ちゃ」
「なるほど、全身が武器……そっか、なるほど……怪異の攻撃にも耐えうる……でもそれだと……いや、とりあえずサンプルを……どうやって……いやアレなら……」
久茂野に向くと、彼女は目を輝かせながらブツブツと何やら考え込んでいた。どうも一人で突っ走る人間が多いように思う。
なんとかしろよ、とでも言いたそうな末広の視線を感じ、霧谷が声をかける。
「どうしたんですか、久茂野さん」
「いや、霧谷さん、琴音ちゃんの案は有りかも知れない」
「いや何も言ってないですけど、有りというのは」
「つまりね? 怪異宿しを私達も見習えば良い、脆弱な人間の体を、怪異のように丈夫にしてしまえば」
「どういうことですか? 俺達に怪異宿しになれと?」
「でもその為には怪異のサンプルが必要だな……理想は生け取りなんだけど……最悪体の一部でも良い」
「久茂野さん?」
「ごめん、私帰る、やってみたい事とやらなきゃいけない事が一瞬で溢れた、みんなにもやってもらいたい仕事があるけど、それは後で連絡するわ、それじゃ」
一方的にそう言って、彼女はパタパタと駆け足でその場から立ち去った。
「マジかよ……」
「思いつきだけで生きてるみたいな人だしー? でもそこはそこで良いところだと姫ちゃん思うなぁー」
「それが社会に通じるかどうかは別問題だ……仕方ない、俺達も戻るか、アレ多分予想より早く仕事振ってくるぞ」
霧谷のその声を合図に、白石と深夜は「はーい」と軽く返事をして、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「あ、もう帰んの?」
「当たり前だろ、仕事あるんだから」
末広の寂しそうな顔を気にも止めず、霧谷もドアに手をかける。
「あ、まぁ、そうね、そうだよな」
「また休みの日来るわ」
「おう、おう? え? あ、お見舞いはまた別で来てくるんだ?」
「当たり前だろ、友達なんだから……生きてて良かったよ」
そう言い残して、霧谷も部屋を後にした。
「生きてて良かった……か」
誰もいなくなった部屋で、末広は一人ニヤリと笑う。
「そう思ってくれる奴がいるうちは、簡単には死ねねぇわなぁ」
早く治さねぇとな、そう呟いて、末広はベッドに潜った。
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窓の外の景色を、大橋はつまらなさそうに見ていた。いや、つまらないのは景色ではなく、この現状。彼女もまた、現在入院中なのである。
あの後、気持ちの悪い物体だか生物だかよく分からない化け物に体を支配されてからの事はあまり良く覚えていない。ただぼんやりと、誰かが必死になって暗闇から引き摺り出してくれた事は分かる。でもすぐに気を失い、気が付けば病院のベッドの上だったのだ。どこを怪我したというわけでも無いようだが、検査入院というもので、3日程こうしている。
「あんな化け物だらけの中、誰が助けてくれたんだろう」
末広かとも思ったが、しかし、彼は目の前で吹っ飛ばされてしまっていた。あの状態から勝てるのだろうか。
それよりも、あの場にもう一体いた別の化け物。まるでウサギのような怪物が、助けてくれたのだとでも言うのだろうか。
「……まさかね」
大橋は大きく伸びをして、ベッドにもたれかかる。既に何人かの訪問者の対応をした後なので、ほんの少し疲れているというのもあった。
訪問者、勿論そのほとんどがお見舞いに来た友達だったが、中に、そうでは無い人達がいた。
ACB、怪異対策局の職員が数名やってきて、調査結果を教えてくれた。
討伐に成功した怪異が潜伏していたと思われる付近から、彼氏のものと思われる粉々になった血塗れのスマホが見つかった事、それはつまり、おそらく生存は絶望的である事を教えてくれた。
不思議と涙は出なかった、ショックではあるはずだが、何故か冷静にその言葉の意味を頭にすっぽり受け入れてしまい、泣きじゃくる事も、取り乱す事も無く、なんなら笑顔で「ありがとうございました」なんて、愛想良く対応してしまった。
好きな人の死に無反応なんて、冷たい女だと思われただろうか。だとしたら心外だ、悲しいに決まっている。ただ、その事実に正常な反応をする事を、無意識に身体が拒否しているような、奇妙な感覚に陥っているのだ。
「もう会えないのに」
その時、病室の扉が弱々しくノックされる。うっかりしていると聞き逃してしまいそうなほど控えめなノックに別の意味で驚きながら、大橋は不思議に思う。
もう大体の友達や家族はお見舞いに来てくれた、自分に用のある人物に心当たりが無い。
となれば、忘れ物だろうか? そう思い辺りを見回すが、特にそれらしい物はない。ならば再びACBの職員だろうか? 伝え忘れがあるとか?
不確かな推測ばかりが浮かぶだけで埒がないので、少し警戒しながら大橋は「はい、どうぞ」と訪問者の入室を許可した。
すると、控えめに扉が開かれる。その訪問者の正体を知った瞬間、大橋から警戒の二文字は完全に消え去った。代わりにかなり驚く事にはなったが。
「あ、あのぉ……こ、こんにちわ……」
「八雲⁉︎ わざわざ来てくれたの!」
何故か気まずそうな顔を覗かせたのは、最近出来た友達、八雲八夜だった。両手でフルーツの入ったカゴを抱えているあたり、お見舞いに来てくれたのだろう。
キョロキョロと目を泳がせながら、ゆっくりと八雲は入ってくる。
「あの……コレどうぞ……きゅ、急に入院って聞いて……あの、大丈夫ですか?」
「ありがと、ただの検査入院だからすぐに退院できるはずだよ」
「そ、そうなんですか……よかった……でも、そもそも入院が必要って……な、何があったんですか?」
カゴを持ちながらウロウロして、妙に落ち着かない様子のまま八夜は言う。
不思議に思いながらも大橋は「うーん」と言葉を選ぶ。正直に言ってしまって良いものだろうか。余計な心配をかけるだけでは無いのか。少なくとも、八雲はあの化け物の存在を知っているのだし。
「いや……大した事ないんだ、ただちょっと夜中に出かけたら車に轢かれそうになっちゃって」
「え、車に?」
「うん、車。いやぁ、怖かったよ、ほとんど覚えてないけど」
車。そう言った時、八夜が少し悲しそうな目をした。いつも困ってるような顔をしているので分かりにくいが、目線が更に落ちた気がした。
「そ、そうだったんですかぁ……いや、てっきりまた怪異に襲われたのかと……」
「……どうしてそう思ったの?」
「あ、いや……大橋さん、二回も襲われてるし……二度あることは三度あるっていうか……車に轢かれそうになるのも十分危ないし、無事で良かったんですけど……か、怪異に襲われたら……それどころじゃ無いっていうか……そ、そういう可能性もあるから……あんまり、夜に出歩いたりするのは……あ、危ないですよ」
「んん……もしかしてだけどさ、八雲……ちょっと怒ってる?」
「ええ! いや! そんな! バカな!」
変な、というな普通にキモい反応をしてしまう。怒ってるつもりは無かったが、注意ぐらいはしようとしていた。しかし、厳しめの言い方など八夜に言えるはずなどなかったので、かなり遠回しに、そして優しく言ってるつもりだったのに、結局怒ってると思われてしまった。
しまった、和やかに済ませようと思っていたのに、喧嘩になるのは嫌だ、怖い。
「ぷふっ」
しかし、予想と違って、帰ってきたのは吹き出した笑いだった。
「お、大橋さん?」
「ああごめん……八雲って本当に不器用なんだなって思ってさ。怒ってたんじゃなくて、心配してくれてたんだよね? 夜中に迂闊に彷徨くなって、注意したかったんでしょ? ありがと」
「あ、え、あ、はい」
「……実はさ、私も心配してたんだ。アンタがあの日、牛の化け物の事調べてる感じだったから……まさか会いに行こうとしてるんじゃないかって……だから、もしそうなら、止めたかったんだ……もう見殺しになんてしたくなかったし」
だから、あの夜、大橋はあの場所に来たんだ。
「だから私は、もう一度あの橋に行った」
八夜の理解と大橋の言葉が被る。八夜は声が出なかった、まさか、自分を心配して駆け付けてくれていたなんて思わなかったから。
あんな化け物同士の戦いの中に突っ込んでくるなんて危険な真似しないで欲しいと、頼みに来たはずなのに、何も言葉が出てこなくなる。
大橋が話を続けるので、八夜が口を開かなくても支障は無かったが、入ってきた時とは別の気まずさが八夜の頭にまとわりつく。
「それで、八雲はいなくて安心だったんだけど、代わりに、紹介してくれた管理局の人と、ウサギの化け物みたいなのがいて、それにびっくりしてたら、管理局の人が急に吹っ飛んで、気付いたら体中に気持ちの悪いベトベトがくっ付いてて……あー、要するに……本当はまた怪異に襲われたの」
嘘ついてごめん、と、大橋が謝る。隠し事がデカすぎる八夜にとって、何より辛い謝罪だった。そのウサギが自分だなんて、とてもじゃないが言えない。
言ったところで信じてもらえないだろうが、しかし、信じられたら、それはそれで、彼女を裏切る様な気がする。
結局お前も化け物かと、罵られるかもしれない。
「嘘……吐いてたわけじゃないです……よね。だ、誰だって、そんな話、信じてもらえるなんて、お、思わないですし」
「それもあるけど……私ね、さっき教えてもらったんだ……あの日見捨てた私の彼氏……やっぱりもう死んでるって……私が置いて逃げたから、私も共犯みたいなものなんだよ……見殺しにした、その事実を、知られるのが……嫌だった」
なにより、私自身が受け入れたくなかった。と、言って、大橋は俯いてしまう。
「……あ、そんな……」
なんて、声をかければ良いか分からなかった。淡々と気持ちを正直に語られると、どうすれば良いか分からない。それでいて、本当は深く傷ついている事は分かるから、更になんで声をかければ良いか分からなくなる。
(難しく考える必要はないよ、必要な事だけ、言ってあげな)
狼狽える八夜の内側から、呆れたような声が聞こえてくる。何度も自分を元気付けてくれた、友の声。彼女が言ってくれるなら、一歩進む、一言発する、勇気になる。
だから、アドバイスに従って、必要な事だけ伝える。それだけは違うよと、八夜が言いたかった事。
「お、大橋さんは……見殺しになんて、してないです……」
「え、いやいや……したよ? 彼氏置いて走って逃げて」
「でも、探してましたよね……こ、怖い思いしたのに、それでも、探し出して、助けようとした」
「……それは、ただ私の自己満足で……ちょっとでも罪の意識から気を紛らわせたかったから」
「でもでも、彼氏さんだけじゃなくて、私の事も心配してくれましたよね! さっき、もう見殺しになんてしたくないって……普通は、そんな怖い思いしたら、関わりたくないって思います! でも、そんな恐怖心より、大橋さんは人の命を優先した、それってなんか……すごい立派だと思います!」
「八雲……アンタどうしてそこまで」
「友達だからです!」
八夜がズイッと顔を近づけて言う。あまりにも興奮気味に言うので、若干引いてしまった。
「友達が困ってたり、悩んでたり、悲しんだりしてたら、励まして、元気づけてあげるものじゃないですか! だ、だから、です……大橋さん、良くない落ち込み方……しそうだったので……か、勘違いだけは、と、解いてあげたくて」
大橋さんは優しい人です、と、やっとと言う感じで言い切って、何故か八夜は背筋を伸ばす。
「八雲……優しいのはアンタの方だよ」
「い、いえ、私はそんな」
「ありがとね」
そう言って、大橋はニコリと満面笑みを八夜に向けた。当の本人は、赤面し、恥ずかしそうに目線をあちこちに移している。
その時、一瞬だが、あの時あの場所にいたウサギの化け物と、八夜の姿が重なったような気がした。
もしかして、あの時私を助けてくれたのって……。
「大橋さん?」
八夜に不思議そうに顔を覗き込まれ、我に帰る。
そんなわけない、全然キャラが違う。でも、今後もし、自分達が更に襲われるのだとしたら、管理局にだけ任せていて平気なのだろうか、心優しい友達の身の安全は、誰が保証してくれるのだろう。
……戦って、守れる力が欲しい。
「八雲、私、頑張るわ」
「え、あ、はい、頑張りましょう!」
「じゃあまずさぁ、八雲に一言言わせて」
「は、はいっ!」
相変わらず背筋をピンと伸ばし、気をつけをしたままの八夜に、呆れ気味に大橋は言う。
「友達同士なんだから敬語禁止」
「はいっ! 敬語しゃべりません!」
「敬語禁止!」
「はっ……! 分かった! 敬語! しゃべり……喋らない!」
「あと、これからは名前呼びしたい、私は八夜って呼ぶから、私の事は静って呼んで」
「よ、呼び捨てです……呼び捨てなの!?」
い、いきなりハードル高い。せめてあだ名からとか……いやそれも十分ハードルが高い。
「あ、あのぁ……これ明日からでも」
「だーめ、今から」
「どうしても?」
「友達だからね」
人生でやっと出来た二人目の友達。
そんな八夜の成長を、最初の友達は、八夜の内側から静かに祝福していた。
姿が見えない未知なる脅威。
そんなものからこの大切な人達を守りたいと、誰もが願い、決意するのだった。




