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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
橋の上の怪異
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戦いの才能

 何故そうなったのか理由は分からないが、姿を変えたナイト・ウォーカーの謎の攻撃方法はすぐに分かった。

 身体中に生えた無数の針、それらが手足を振る度にこちらに向けて発射されている。こちらの武器に合わせた遠距離からの攻撃、しかし、その攻撃の威力そのものは大したものではない、というより、人間相手に刺すならまだしも、怪異相手では傷一つ付ける事も出来ないほど小さく非力な攻撃だった。


 しかし、問題は威力ではない。非力ではあるが、無力ではない。


(体が……思うように動かせん!)


 針が体に当たるたびに、無理矢理引き剥がされそうになる。接触不良を起こした機械のように、動きがぎこちなくなり、それ故に追撃が避けられない。


(まずいぞ……! 俺の要である武器にこの攻撃が当たったら、まず間違いなく耐えられず外に弾き出されるだろう……。ここは一度退かねば……!)


 だが、今の状態ではどこかに移動する事は難しい。橋の上という事もあり、隠れられる場所も無い。


 動かせられるのは、せいぜい指くらい。絶望的な状況と言えるだろう。


 だがしかし、そこは牛坊も戦士を名乗るだけの事はある。戦いという場において一番必要なのは、迅速で、更には的確な判断だ。自分に今出来る事を最大限に活かす。


 牛坊は咄嗟に、地面に向かって引き金を引いた。通常の弾丸であれば、大して意味のない行為であろう。しかし、今は弾どころか、銃そのものが牛坊の能力で異常なまでに強化されている。


 銃撃を盾で塞いでも、足が地面にめり込む威力なのだ、そんなものを直接地面に撃ち込んだなら、それは最早爆破に近い破壊をもたらす。


 そしてその衝撃は、大きな瓦礫と、土煙を辺りに撒き散らした。


「あっ!」


 ほんの一瞬。針が、飛び散る瓦礫に弾かれたほんの一瞬で、牛坊はその場から姿を消した。


「しまった……逃げられた……!」


「いや……多分まだだ……俺なら……ゲホッ!」


 焦る八夜の背後で、苦しそうに咳き込みながら、目を覚ました末広が言う。


「あ、大丈夫ですかっ!?」


 慌てて駆け寄る八夜に、末広はそれ以上近づくなと言わんばかりに手のひらを向ける。


「そこで止まれ……なんだ、お前……ずいぶん雰囲気変わったな……俺が気を失ってた間に何があったか知らんけど……そんなトゲトゲしてたか? そもそも形から違うじゃねぇかよ……さっきまでもっとこう……化け物みたいな、生物チックな見た目だったのに、まるで鎧だ」


「あ、えっと、どうなんでしょう? 私にも何が起こってこうなったのかイマイチ把握しきってはないので、上手く説明できないんですけど」


「なんじゃそりゃ……自分の能力も把握してねぇのか……? いや、まぁいいけど……いやよくねぇわ、調査しないといけないのに……つか、俺気を失ってたのに生きてるって事は……何か? 守られてたってのか? この状況から察するに……お前に? マコちゃんの報告通りじゃん……」


 ブツブツとうわ言のように末広は喋り続ける。状況が理解しきれてないのだろう、おまけに武器は取られているし、反撃の手段が無い。そんな中、少なくとも二体の怪異が周りにいるのだから、落ち着けという方が無理なのかもしれない。


 だからと言って、パニックになられても困るので、八夜はなるべく落ち着いた声で言う。


「と、とにかく落ち着いてください。信じてもらえるか分かりませんけど……私は敵じゃないです」


「……俺が今生きてるのが何よりの証拠ってか……他にどうしようもなさそうだから、とりあえずは信じるが……現状あんまり変わらなくないか? 俺は武器無しの負傷者とかいうクソデカお荷物だから役に立てねぇぞ」


「だ、大丈夫です……頑張ります」


 若干自信なさげな言葉に、末広は不安そうに眉をひそめる。そんな彼の不安を拭うように、慌てて八夜は続けた。


「そ、それより! さっき何か言いかけてませんでしたか?」


「あん? ああ……牛野郎が逃げたとかお前が言うからよ……多分まだ逃げてねぇって……アイツ、俺の武器奪ってんだろ? アイツの能力、武器が本体で、体はあくまで自分を扱い保護する役……そこまでは把握してた」


 ま、気づいた時にはこのザマだったけどな、と、自嘲しながら末広は続ける。


「問題はここからだ、アイツは銃を持ちながら姿を消した。勝てないと踏んで逃げたか? そんな奴なら、俺に撃たれた時点で逃げてるはずだ。でもあの牛は、わざわざ適合もしない体に無理矢理乗り換えてまで戦闘を続行した。そうまでして、何故かお前の体を異常に欲してたよな?」


 その理由は分かる、だが、自分が完全適合者という存在である事を彼に言うのは得策とは思えないので、八夜は黙って続きを聞く。


「お前が俺というお荷物抱えているこの不利な状況を見逃すとは思えない……逃げたとは考えにくい、銃を持って、隠れている……と、考える方が納得がいく……何故なら、気付かれず、尚且つ近付かず、そして一方的に攻撃出来るから」


 俺が敵ならそうする、と、末広は辺りを伺いながら言った。


「隠れるって……でもどこに」


 ここは街と街を繋ぐ一本の橋。遮蔽物となり得る物体などあるわけないし、仮にあったとしても、そこにいるとすぐにバレてしまうだろう。身を隠す場所など無い、だからこそ、牛坊もさっきまで苦しんでいたのだ。


「電柱の陰……でも無さそうですね。大橋さんの体を使ってるとは言え流石に身を隠すには幅が足りない……」


「…………発想が一般的、というか、あまりに普通だな。牛野郎の能力に翻弄された俺が言える立場じゃねぇけど、怪異の持つ力って言うのはもっと常識はずれっつーか、異常なもんだ、普通の感覚で考えてたら、予想外の事ばっかりされてあっという間に殺されるぞ」


 末広は自分の頭を指でつつきながら言う。


「もっとこう、自由に、馬鹿になれ」


「馬鹿に……」


 言われてみれば、自分自身、突然体から針を飛ばせるなんて異能に目覚めたわけだ。怪異は、何かこう、漫画的な能力を持っていても不思議じゃない。


「そういえば……ここに来た時、私と貴方の二人だけでしたよね? なのに、アイツは突然私の背後に現れた……」


「……そういやそうだったな……しかも全く気配を感じなかったんだ、真正面から見てた俺でさえどうやって現れたのかは分からなかった」


 正確には、その時は既に意識はアサにあったので、あまりはっきりと覚えてないけれど。末広に突然発砲された事は覚えている。しかし、撃った末広でさえ、出現の瞬間を見ていないとなると、少し絞られてきたかもしれない。


「もしかして……空間移動的な能力が使えるとか……」


「……あり得そうだな、だが、だったらなぜお前の針の攻撃を受けてる時にそれを使わなかったんだ? という疑問が出てくるわけだが」


 そこまでだった。じっくり考察できたのは、そこまで。


 八夜の全身を走った異様な殺気。


 咄嗟に末広を抱えて飛び退いた、その直後だった。


 先ほどまで自分達が居た場所、その真下から、大量の銃弾が降り注いだ。


「……っぶね」


 吐き出すように呟いた末広は、咄嗟に頭上を見る。しかし、敵が空を飛んでいる様子は無い。


「ほらな、諦めてなかった」


「大橋さんを取り戻さなきゃいけないんです……逃げられてたら困るけど……でもどうしよう……今攻撃上から来ましたよね?」


「そう見えたな、でも飛行してる様子はないぞ? 夜とはいえこんだけ灯りがあるから空もはっきり見えるわ」


 どうやって上から、などと考えようとした矢先、今度は八夜の背後から鋭い殺気を感じ、再び末広を抱えて飛び上がる。


 案の定、先ほどまで自分がいた場所を、大量の銃弾が通過した。


「お前さ、よく攻撃が来るって分かるな」


 辺りを警戒しながら末広が言う。


「え、ああ、そういえばなんででしょう? よく分からないんですけど……なんか耳がゾワゾワするっていうか……無意識に体が危ない方へ反応するっていうか」


「だからなんでそんなに曖昧なんだよ……自分の能力ぐらいちゃんと把握しとかねぇといつか酷い死に方するぞ」


「うぅ……精進します」


「いや、ごめん、正直俺ら的にはお前に強くなられても迷惑だったわ」


「だから私は敵じゃないですってば……」


 それよりも、と、八夜が辺りを警戒しながら言う。


「空中説は完全に無くなりましたね、背後から銃撃が来ました」


「いよいよ空間移動ができる説が有力になってきたな……地面を撃ち破ったのは能力の特定を遅らせる為の目眩しか……あんま意味無えと思うが……」


「うーん……やっぱりそこ……気になりますよね? 能力が空間を自在に移動出来る能力なのだとしたら……正直な話、見破られてようと関係ない気がするんです。対処のしようが今すぐに思い付きません……」


「何が言いたい?」


「多分なんですけど……あの牛は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだと思います。この状況に私達を追い詰める為に、必要な行動だった……」


「……なんか考えがあるのか?」


 末広の問いに、八夜は申し訳なさそうに頷いて答える。


「確証は無いんですけど……私に、任せてもらえませんか?」


「……最終確認っつーか、一応言っておくけど、ここには既に俺の仲間が向かってるからな、変な事考えても無駄だぞ」


「大丈夫です、絶対に助けます」


 ため息を一つ吐いて、末広は仕方なさそうに「分かった」と頷く。


「では失礼します!」


 そう言って、八夜は末広を抱えて大きく跳び上がった。辺りを照らす街灯よりも高く。


「バカ! 狙い撃ちにされるぞ!」


 案の定、八夜達の真下から、銃弾が飛んできた。しかし、八夜に焦った様子は無く、むしろ「思った通りだ!」と得意げな声をあげていた。そのまま咄嗟に背中を向け、銃撃を受ける。激しい衝撃と共に、八夜は更に上に押し上げられた。


「やっぱりそうでしたか、()()()()()()()()!」


 それでも怯む様子も無く、八夜は背中と腕に大量の棘を生やし、広範囲に向けて一斉に発射した。


 狙いは勿論見つけた敵、では無かった。


「なっ!?」


 八夜が破壊したのは、辺りを照らしていた街灯だった。パリンパリンと音を立てて照明が破壊され、辺りがどんどん暗くなっていく。


 八夜が再び地に降り立つ頃には、先程までとうってかわって、闇が辺りを支配していた。存在する光源はただ一つ、夜空に浮かぶ丸い月だった。


「さて、もう隠れていられませんよ」


 末広を降ろしながらそう言って、八夜は地面に向けて針を発射する。正確には、月明かりに照らされて、自分から伸びる影に。


 末広が理解するよりも早く、敵はそこから飛び出してきた。


『貴様ぁああああっ!』


「大橋さんを……返せぇっ!」


 銃口を向け、怒号を上げながら飛び掛かってくる牛坊、それに怯む事なく、八夜はその銃に向けて思い切り拳を叩き込んだ。


 拳が叩きつけられるや否や、銃からボコボコと赤黒い物体が膨れ上がり、千切れるように剥がれていった。直後、牛坊の体も赤黒い物体に包まれ、中から大橋が吐き出されるように飛び出した。


「わ! おっと!」


 慌てて大橋を受け止めて、ゆっくりと地面に下ろす。


『なぜ……だ、どうやって!』


 蒸発でもしているかのように黒煙をあげながら苦しみ悶える牛坊が、八夜に問う。


『なぜ俺が影にいると分かった!』


「……分かってませんでしたよ、殆ど賭けでした……。でも、貴方がわざわざ地面を破壊した理由がどうしても引っかかってて……それで、さっき末広さんに言われた事を思い出したんです、発想を飛躍させろって」


『それで……どうやって』


「私達はずっと、貴方が地面を破壊した理由を、『土煙をあげて目眩しを作った』と、考えていました。あの状況なら誰でもそう思うでしょうね……それが貴方の能力すらも眩ませた……」


 八夜は悶える牛坊に近付いて言う。


「貴方の本当の能力は『影から影へ移動する能力』ですよね? 地面を撃って土煙や破片を巻き上げたのは、目眩しのためじゃ無い、影を作る為ですよね」


 瞬間移動に見えたのも、全て影から影へ移動していたから。どうやら影にいる間は気配も消せるようで、だから最初は背後にいる事に気付かなかった。更には、真夜中に出現するのも、おそらく街灯の光を存分に利用出来るからだろう。全方位から照らされる事により、影が増えるから。


「つまり、影が多ければ多いほど有利。逆に言えば、移れる影が一つしかなければ、逆に貴方は追い込まれる……だから、私達を照らす光を一つにしました……結果すごく迷惑をかける形になりましたけどね」


 照明を壊し、月明かりひとつにして、自分達の影だけにした。牛坊はそこに乗らざるを得ない。そもそも、八夜が跳び上がった時に出来た影に、乗ってしまっていたのだから。


「あの状況でそこまで考えたってのかよ……」


 末広が声を震わせる。あの情けない声と態度からは考えられないほどの狡猾さと、判断力。


 敵にするには恐ろし過ぎる戦いの才能だ。


『馬鹿なっ! この俺が! こんな戦闘慣れしていない小娘に!』


 驚愕を顔に浮かべながら叫ぶ牛坊に、八夜は詰め寄り、その後の事を、友に託した。


「アサ、後はお願いね」


 八夜が言うと、その体が赤黒い物体に包まれ、再びウサギの化け物が姿を現した。


『どうよ、私の親友……強いだろ』


『き、貴様と……あの小娘は一体……はっ……まさか貴様ら』


『余計な事いちいち気付くな、気付いてもいちいち喋るな、アンタはもう負けた、何も気にする事は無い……いやそれにしても……ちょっと厄介な事になったな』


 そう言って、アサは大きく口を開け、もがく牛坊をその中へ放り込む。数回咀嚼した後、ごくんと飲み込んだ。


「と、共食いしやがった」


『さて、これにて橋の上の怪異事件終わりだね。末広さん、忘れないでね? ちゃんと伝えてね? アンタは私達に助けられた』


「ぐっ……!」


 気まずそうにする末広に、アサは、気にするな、と言うように肩をポンっと叩いて言う。


『その子の事、よろしくね』


 横たわる大橋を指差して、アサはその場から跳び去った。


 怪異が去り、辺りが驚くほどの静寂と闇に包まれる。


「くっそ……マジで……守られ……た……」


 仲間に連絡しようと胸ポケットに手を伸ばすが、残念ながらスマホは粉々に粉砕していた。

 がっかりと肩を落とすと同時に、末広の意識まで落ちていく。


「いや……最後まで……ケアしろよ……」


 末広の意識は、そこで途絶えた。

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