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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
橋の上の怪異
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闘牛

 時刻、午前一時五十分。建物から建物へ、深夜の街を駆け巡る人影が一つあった。全身を黒のコートで包み、顔には恐らくどこかのお祭りの屋台で買ったであろう特撮ヒーローのお面をつけ、頭にはどこのメーカーか分からない正面に『USAGI』と書かれたベースボールキャップを被っている怪しげな人物。


 男か女かすら分からない、ともすれば人かどうかも分からないソレの正体は、言うまでもなく八雲八夜である。


 夜を跳び回る奇行の理由は、昼間の事、つまり怪異の動きに違和感を覚えたアサの提案にある。行動の真意が分からないなら、直接聞いてしまおうという、アレである。


 もちろん聞いて答えが返ってくるような、分かりやすい奴らで無い事は百も承知だが、何にせよ、行動を起こさなくては話にならない。それに、今回は珍しく八夜本人もこの夜の徘徊に賛成だったのだ。賛成、とは言ったが、彼女は彼女で思うところがあった。


 大橋静が、怪異に二度も襲われた。しかも別個体に。それはつまり、同じように襲われる人間が他にも沢山いるかもしれないという事。


 そんな脅威を知っていながら、それに抗う力を持っていながら知らんぷりするのは、見殺しにするのと同じでは無いか、と、八夜は身を震わせた。そこで八夜は、アサの提案をパトロールも兼ねて承諾したのだ。身体の使い方が分かった今なら、ネズミの時のようなヘマはしない……はず。


 こうして、それぞれの思惑を胸に、彼女達は夜の街を跳び回っているのである。


『夜風が気持ちいいねぇ』


「も、もっと低い位置跳びたいよぉ……」


 いつの間にか並んで跳び、楽しそうに言うアサとは対象的に、八夜は仮面の下で唇を震わせ冷や汗を垂らす。


 身体の使い方、というか、力の使い方は分かる。しかし、経験した事の無い速度、経験した事の無い高度、そもそも想定していない、本来なら有り得ない身体の使い方。


 怖がるなと言う方が無茶である。


『もっと良い顔の隠し方無かったの? ソレ視界クッソ悪いでしょうに。シンプルにマスクとサングラスとか』


「でもそれじゃ怪しい人になっちゃう」


『…………今は?』


「今ならまだワンチャン、バッ◯マンとかスパ◯ダーマン系のヒーローに見えなくも無い気がするし……」


『え……あぁ、そう……まぁ、いいや。ところで、目的地はやっぱり噂の橋?』


 アサの問いに、八夜は小さく頷いて答える。


「うん、闇雲に探すより、そこにいることがほぼ確定してる方を当たるのが手っ取り早いかなって」


『確かに。でもさ? 友好的である可能性はゼロだよ、だって大橋ちゃんの彼氏くんぶっ殺されてるでしょ?』


「その辺の事も……本人の口から直接聞くよ。万が一生きてるなら、返してもらわなきゃ」


 勿論、大橋静の彼氏は死んでいる。今の八夜は知る由もない事だが。そんな事を話しながら、五分ほど跳び続けていると、目的地である隣町に繋がる大きな橋が見えてきた。


 こんな時間だし、中々来ないとは思うが、一応車が来ないか確認しながら、橋の真ん中に降り立つ。ずらりと並んだ街灯のおかげで、深夜だと言うのに昼間のように明るく、何ら苦労する事はなく無事に着地出来た。


「確か、噂だと二時ぐらいだったっけ? あと五分……ちゃんと現れてくれれば良いんだけど……」


『なんか特別な出現条件とかあったっけ? おまじない唱えたりとか』


「……実際に怪異におまじないとか関係あるの?」


『無くはないよ。怪異って、それぞれ能力みたいなのがあるんだよね、ほら、私だったら回復力とか変身能力みたいな。その能力が強力になっていくほど、その使用に制限がかかったり、条件がつくようになるんだ』


「条件……あ、もしかして、変身する時私が掛け声みたいなの言わなきゃいけないのって、そういう事?」


『そういう事だね。多分私のタイミングで勝手に変身したらめちゃくちゃな化け物になると思う』


「マジで?」


 夕方だったから適当に黄昏と叫んだだけだけど、そんなに重要だったのかアレ。化け物になるのはごめんなので、今後もしっかり言おうとは思うが、同時にそれならもっとカッコいい掛け声にすればよかったと、八夜は後悔する。


『素直に『変身っ!』とかで良かったんじゃないの?』


「あー、うー、そうなんだけどぉ……私特撮大好きだからそういうのにしようかなって思ったんだけどぉ……私なんかがあの最高にカッコイイ英雄達の真似するなんておこがましいというかぁ……作品に泥がつくというかぁ……他のファンの方々に申し訳ないし……反感を買いそうだしぃ……」


『過激派の特撮ファンって結構怖いもんね、気に入らない作品だと公式SNSに暴言吐き散らかす奴もいるし、公式リプ欄で喧嘩する奴らもいるし』


「一部だから! そういうのはほんの一部だから! 特撮ファンは少年少女の心を忘れない純粋な人達が大半だから!」


『確かにどこの界隈でも過激派いるもんね、そういう連中をスルーできる寛容さが作品を愛する事に繋がるんだね、ファンの道って深いな』


「……良い事言う……ちなみにアサの推しは?」


『プイキュアが好き』


「ごめん、逆にそっちはノータッチだよ」


『今度見てみ、絶対ハマるから』


 そうだね、と続けようとした八夜だったが、背後から近付く気配に気付き、その言葉は自然に止まる。警戒しながら振り向いて、接近者の正体を確かめる。


 それは、人であった。白い服を着て金髪で、そして、両手には、知ってはいるが見慣れない、一般的に銃と呼ばれる武器らしき物を握っている人間の男。立ち並ぶ街灯のおかげで、深夜だと言うのにその姿をはっきりと捉える事が出来た。しかし、それは相手にとっても同じ事である。


 八夜は、怪しさしか無いこの姿を、よりによってこんな場所で、恐らくは武装した男に見られているのだ。


 二時まで後三分ほど。時間通りに考えるなら、彼は怪異では無いと思うが、相手が律儀に時間をピッタリ守るだろうか。獲物がいたから現れた、そう考える方がむしろ自然な気がした。


「おいそこの、見るからに怪しい奴、こんな時間にこんな所で何してんだ」


 立ち止まり、男が言う。滅茶苦茶睨んでくる。


「…………えと」


「いやその前に、その仮面と帽子を取れ」


 どうしよう、どうにか誤魔化さないと普通にまずい。アサの言う通り普通にマスクとサングラスとかにしとけばよかった。


 何かここから逃げ出す良い方法は無いかと八夜が悩んでいると、急に意識が遠のいてきた。夢現ゆめうつつというか、ぼんやりした自分の中に、別の意思が流れ込んで来る奇妙な感覚。これは、ナイト・ウォーカーへと変身したら時と似た感覚。


「なんでそんな事見ず知らずのアンタに指図されないといけないのかなぁ? 私がここで何してようと私の勝手でしょ」


 そして、八夜は自分の口から、自分の意思では無い言葉を発した。驚愕するが、自分から声は出せない。何が何だか分からない内に、八夜は更に勝手に喋りだす。


「大体警察でもないくせに、何の権利があって職質みたいな事出来るわけ?」


「……確かに警察ではないが、それに似たようなもんだ。職質する権利はねぇだろうが、そもそも、怪しい奴の正体を確かめる事に権利なんていらねぇんだよ、自分の身を守る為なんだからな」


「あっそ、別にアンタに危害を加えるような事なんてしませんけど? ってか誰にも変なことしないし。なんか、この辺でお化けが出るって噂を聞いたから、ちょっと確かめてやろうと思っただけ」


 噂の話を聞いた途端、男は怪訝な顔を更に深いものにした。


「……お化けねぇ、それを確かめてどうするつもりなんだ」


「そりゃクラスで自慢出来るでしょ、スマホで証拠写真も撮れるし。もし誰かの悪戯だったら、逆にこの姿で脅かしてやろうとも思ってたんだけど……あー、もしかしてアンタ?」


 八夜は自分の意思に関係無く歩き出し、男に近付いていく。もうすでに察しは付いていたが、八夜の身体をアサが動かしている。所謂憑依みたいな事をしているのだろう。


 八夜は完全にアサに身体の主導権を預け、驚きと同時に感心していた。こんなこと出来るんだ、いきなりでびっくりしたけど、助かった。


 思えばずっと、アサに助けられっぱなしだ。


「アンタがお化けの正体で、私に正体がバレそうだったから、逆に疑いかけてやろうってこと?」


「見事な推理だが、残念全く違うな、むしろ逆なんじゃないか? お前の方が怪異で、いつも通り人を襲おうとしたが、今回現れた俺は妙な奴で、簡単に手が出せなかった、とか。だからこんな風に自然体を装ってわざわざ近づいて来た、とか」


 向かい合う二人が、不敵に笑う。


「……怪物やお化け、化け物じゃなくて『怪異』とはね。なるほど、たかが呼び方、でもその呼び方一つが十分過ぎる証拠になる時だってある……アンタ、こっち側の関係者か」


「認めたな? 下手な芝居打ってんじゃねぇぞ化け物」


 いつの間にか、二つの銃口がアサ(八夜)に向けられていた。そして、躊躇無くその引き金は引かれる。


 パンッ! と、乾いた音が鳴り響く、しかし、放たれた弾丸はアサには向かわなかった。瞬時に方向転換された銃口は男の背後に向いていた。


『ぬうぅっ!』


 さっきまでこの場にいた誰でもない低い呻き声が響く。男はくるりと振り返り、弾丸を飛ばした相手を見る。巨大な二足歩行の牛。分かりやすく言えばミノタウロスのような姿形をしている怪物がそこにいた。


「……お前があの子が言ってた牛野郎か……あん? ちょい待ち、じゃあお前誰だよ」


 目線は牛から外れていないが、男の疑問はアサに向けられていた。


「……時間ピッタリだ、すご」


 当のアサ本人は、腕時計を眺め、完全に男を無視している。


『お前、中々良い武器を持っているな! それに俺の気配を感じ取り先手を打つとは、出来る! ここ最近の中でダントツで強い戦士だ!』


 牛は器用にニヤリと笑うと、嬉しそうに言う。巨大な牛が両手に握っている巨大な棍棒、その右手側の棍棒に、小さな穴が二つ空いており、そこから細い煙が上っている。


「チッ、ガードされてたか。なんか随分評価してくれてるみたいだが、だからって容赦しねぇぞ」


『この俺に容赦など出来るものならしてみるが良い! そんな事が出来る程の戦士と戦い散るのなら本望だ! お前が勝てば俺の武器をやろう! だがお前が負ければお前の武器を貰う!』


「ハッ、まるで弁慶だな。いいぜ、どのみち敗北は死だろ、死んだ後なんか武器をどうされようが文句なんか言えねぇよ。それより、おい変な仮面、お前は一体……あん?」


 返事が一向に来ない事に痺れを切らし、男はアサの方に視線を向ける。そして再び怪訝な顔を浮かべる事になった。


 アサは、足を伸ばして準備体操をしていた。


「いっちに、さーんしっ、ごーろく、しちはちっ」


「お前……何やってんだ?」


「見て分かんない? 準備体操」


「理解しちゃったから聞いてんだよ、何の為に」


「そりゃ当然、このデカブツと戦う為にだよ」


「戦う……って、お前はお前でやっぱ怪異なのかよ」


 男は舌打ちして、アサからそろりと距離を取る。


「思い出したよ、その白い服。確か前にも見たな……怪異対策局だっけ? 生身の人間がよくやるよね、普通にすごいと思ったわ……でもさ、所詮は千切れて潰れりゃ死ぬ程度の存在、私達には一歩及ばないんだよね」


 アサは手足をぶらぶらさせてから、牛に向かってファイティングポーズを取る。


「私らには私らでコイツに用があるんだ、悪いけど、勝手に狩らせるわけにはいかんのよ。というわけで、初っ端から全力で行かせてもらいます」


 えーと、今は深夜の二時過ぎだから……と、ブツブツと呟いたアサは、小さく頷いて、声を上げた。


「よっしゃ! 『丑三つ』!」


 叫んだ瞬間、全身から赤黒い肉のような物が吹き出して、その身を覆っていった。激しく脈動を繰り返して、ソレはすぐに姿を現した。


『じゃーん、正義の味方ナイト・ウォーカー参上!』


 グルルル、と、低い唸り声をあげながら、人型のウサギのような怪物は、三日月のように鋭い目で牛を睨みつける。その姿に、男はもちろん、牛ですら驚いているようだった。


「お、お前……報告にあった、ウサギかよ……こんな一気に調査対象見つけるとか……運が良いんだか悪いんだか」


 混乱する男をよそに、牛とアサは睨み合う。


『人の姿を保っているだと……貴様まさか……適合者と意識を共有しているのか……支配するのでも無く……待てよ、待て待て、それは、つまり、その宿主は』


『おい、余計な事に気付かなくて良いんだよ、話がややこしくなる。アンタは、黙って私達にボコられて、必要な情報だけ吐けば良い』


 アサは大きな口から鋭い牙を覗かせて、両手の爪を鋭く伸ばして言う。


『アンタが相手すべき強い戦士は私達からだ、この男の武器が欲しけりゃ私達を倒してからにしな』


 アサが言うと、牛は一瞬ポカンとした表情を浮かべ、直後周りの空気が揺れるほど大きな声で笑った。


『だははははははははっ! なるほどな! なるほどなるほど! 承知した! 受けよう! 確かに、貴様は強いな、感じるぞ、明らかに雰囲気が違う! なにより、持っている()()が思いのほか優秀なようだ!』


 牛は両手を振り上げ、巨大な棍棒を構えて言う。


『俺が勝てば貴様の武器を貰う! 俺が負ければ貴様らの要望を聞こう! いざ尋常に……待て、流れで殺してしまうかもしれんから、男、貴様先に名を名乗れ』


「あ?」


『戦士たるもの名乗り合いは必須だ! 名を名乗れ!』


 なんで敵に命令されにゃならんのだ、と思ったし、そもそも答える必要もないのだが、この妙な空気に流されて、男は渋々名乗る。


「怪異対策局の末広すえひろのぞむだ。言っとくけどこの自己紹介無駄になると思うぜ、お前ら二匹とも確実にここで倒すからな」


『威勢が良い、楽しみだ』


『なんで私達も敵に含むかな。言っとくけど、コイツにはマジで大事な用があるんだ、アンタに作業みたいには殺させないよ、というわけで、早い者勝ちだから!』


 そう言って、瞬時にアサは飛びかかり、牛の顔面に膝蹴りを入れた。完全に会話に気を取られていた牛は、その不意打ちに対応出来ず、その弾丸のような速度の膝をモロに決められてしまった。


 グラリと傾く巨大に、間髪入れずアサは蹴りを顔面に入れ続ける。


『ブフォオッ!』


 牛の鼻から赤黒い液体が飛び散り、ドスンとその巨体が倒れた。


『なーんだ、大した事ない奴だ。これは私の勝ちで良いよね』


「な、なんつー力だ……」


『残念、出番無かったねぇ、末広さん?』


 ケタケタと笑いながらアサは牛の顔を覗き込む。


『さて、約束通り私達の要件を聞いてもら』


 アサの言葉は途中で途切れ、直後にその体は、末広を横切り、遥か後方へと吹っ飛んでいた。


『屈強な戦士だが、優秀では無いようだ……あの程度で、敵を屈服させられると思っているあたりな』


 鼻から垂れる血を腕で拭いながら、牛はムクリと起き上がった。


 アレほど決まっていたはずの蹴りが、まるで通じていないのか、牛は何事も無かったかのように歩き出し、アサに近寄っていく。


『さぁ、まだ始まったばかりだ……互いに知と力をぶつけ合おうぞ、強く愚かな者よ』


 仰向けに倒れるアサを見下ろしそう言って、牛は再び棍棒を振り上げ笑うのだった。


 化け物同士の戦いは、始まったばかり。だがしかし、それは既に人間同士では決して追いつけないほどに、熾烈を極めるものになっていた。

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