橋の上の怪
隣町に繋がる橋の真ん中に化け物が出る。そんな噂を聞きつけて、二人の高校生が肝試しに来ていた。男と女、カップルである。時刻は午前二時前、とはいえ、橋を利用する車が多い為か街灯が並び、深夜にも関わらず周囲は明るかった。
「ねぇ、もう帰ろうよ」
少女が彼氏の袖を掴んでくいくいと引っ張りながら言う。
「なんだよ、こんな明るいのにビビってんのか?」
「逆だし、こんなに明るいと雰囲気なくてつまんないの」
「……まぁ、確かに」
いつの間にやら化け物が出ると言う橋の中央部にまで来ていた。しかし、それらしい影も形も無い。
「はーっ! マジで最悪! こんな夜中に連れ出されてさ、橋歩かされただけって!」
「なんだよ、お前だって面白そうって言ってたじゃねぇかよ」
「言っただけで行きたいなんて言ってないし、そもそも私そういう心霊みたいなの信じてないし……ってか、普段はアンタだって信じてないよね? なんで今回だけやけに乗り気だったわけ?」
彼女が言うと、彼氏は不機嫌そうに舌打ちしながら答える。
「俺らの学校で教師が一人死んだろうがよ、アレが化け物の仕業って噂が出回ってんだよ、最初は俺だって信じてなかったけど……でも確かに、あの後から色々変な事が立て続けに起こったんだよな」
「変な事? って、なんかあったっけ?」
「あっただろうが、別のクラスだけど、なんかヒョロヒョロの女子が体育館潰したって話、それに、警察じゃない変な組織が教師惨殺事件の事について探り入れてたり、商店街で不気味な通り魔が出たり、死んだ教師と色々あったらしい女子生徒が精神病院ぶちこまれたり」
そう言われてみれば、あの事件から非日常的な事が立て続けに起こっている。しかし、それが今回の夜中の連れ出しと何の関係があるというのだろう。
「普通じゃねぇ事が起こるって事は、その原因も普通じゃねぇはずだろ? つまり、事件が化け物の仕業ってのも、あながち間違いじゃないのかもと思ってな」
「……はぁ?」
思考が飛び過ぎてて理解出来ない彼女は、そんな呆れた声を漏らす。しかし、そんな事は構わず彼氏は話を続ける。
「だからな、一回自分を納得させる為に、いるかいないかだけ確かめたかったんだよ。いたらすげー発見だから、お前にも見てもらって証人になってもらいたかったし、いなかったら普通に真夜中デートって事で」
「教師殺したのが化け物だったとして、それと同じ化け物がここにいたら、アンタも私も助からなくない?」
「大丈夫だ、そんな時用に、俺武器持ってきたから」
そう言って、彼氏はポケットから黒い塊を取り出して見せた。実物を見たのが初めてだったので、一瞬ソレが何か分からなかったが、理解した彼女は更に呆れて、いや、それすら通り越して普通に引いた。
映画やドラマなどによく出てくる武器、大型のスタンガンと呼ばれるものだった。
「そんな危ないものどうやって」
「意外と簡単に手に入るんだぜ? ネットって便利だよな」
彼氏は自慢げにスタンガンを構えて言う。
「これを化け物の頭とか左胸とかにぶち当ててやれば、流石にタダじゃすまねぇだろ、運が良けりゃ生け捕りに出来たりな、化け物の正体が分かるかもだぜ?」
「正体?」
「いやな、ここからは俺の推測なんだけど、化け物って、化けた物だろ? つまり、普段は何かに化けてんじゃねぇかな? それこそ人間とか、それで人間社会に紛れて、獲物を狙ったんだよ」
「映画の見過ぎじゃない?」
「それでな? 俺の中で、怪しいと思う奴が一人いるんだよな」
「あっそ……なに? まさか私?」
「ちげーよ、実はな、さっき言った違うクラスのヒョロい女、確か名前は……は、はちくも? はちうん?」
「八雲じゃない? ってかそれ、もしかしてあの死体みたいな八雲 八夜の事?」
「なんだ、よく知ってるな、知り合い?」
「いや、うちの学校でまぁまぁ有名人だけど、死人みたいに生気無くて、常に死にかけたそうな奴、いじめられてるんじゃないかって噂があるくらい暗い奴だよ……で、その八雲が化け物だって?」
「そうそう、そんな暗い奴がさ、死人みたいに顔色が悪い奴がさ、ここ最近急に元気になってきたっていうか、なんか活発になってきたらしいんだよ、なんか変じゃねぇか? もしかしたら、八雲って奴の姿をした化け物で、本物の八雲は既に……」
あまりに馬鹿馬鹿しい話に、彼女は適当に相槌を打つだけで、彼氏の話を最早聞こうとはしていない。早く帰りたいと、目線は帰路に向いていた。
しかし、彼女はそこで異様なものを目撃する。視線の先に現れた、巨大な影。それは人の形をしてはいたが、しかし、細部は人のものとは全く違う。
一言で言えば、二足歩行の牛、ミノタウロスみたいなものだろうか。そんなものが、一瞬にして、彼氏の背後に現れたのである。
「えっ、あ、え、なに」
『お前……武器を持っているな』
突如現れた牛の化け物は、低い声でそう言った。
「え、え? あ、うわあああ! なんだコイツ!」
その声を聞いて、ようやく彼氏がその存在に気付き、驚いて腰を抜かしてしまった。
『お前、武器を持っているな、戦士か』
「な、何言ってんだ……俺は武器なんて」
『その手に持っている黒いのは、攻撃する為の道具だろう、ならば武器だ』
牛の化け物は、人間のような指でスタンガンを指差しながら言う。
『俺は武器が欲しい、強い武器がな。お前、俺と戦え、俺に勝てば好きな武器をやろう、俺が勝てば、お前の武器をもらう』
「た、戦うって……勝てるわけねぇだろ!」
『その武器を使えばいい』
「こんなものでどうやって!」
『武器は戦う道具だ! それを持つお前は戦士だ! 俺と戦え!』
牛は、いつの間にかその両手に巨大な棍棒を握りしめていた。棍棒は二本とも赤黒く染まっており、ソレが何かを潰した痕であることはすぐに分かった。
『俺は生き物、しかも人間の身体を使っている、よって弱点は多い、急所を狙えば勝算は十分にある! フェアだ! 俺もお前も弱点まみれだ! さぁ! いざ尋常に!』
そう言って、牛は二本の棍棒を同時に振り上げる。
「あ……! た、助け」
腰が抜けて動けない彼は、必死に助けを求めて背後にいる彼女に手を伸ばした。
しかし、彼女はこちらを一度も振り向かず、全速力で逃げ出していて、彼の手は、虚しく何も無い空間を掴むだけだった。
「うっ……うああああああ! ああああああああっ!」
悲鳴にも似た雄叫びをあげながら、彼は必死にスタンガンを化け物に向ける。それと同時に棍棒が振り下ろされた。
『ぬぅ……大した事の無い奴だった……うっかり武器も粉々にしてしまったぞ……こんな武器は使えんな……だからと言って、今のままでも……さて、どうしたものか……』
牛は、不満げに棍棒についた赤黒いねっとりとしたものを振り払いながら唸り声を上げる。
『もっと強い武器が必要だ……もっと』
そう言いながら、牛は煙のようにその場から消えてしまった。
人の命を脅かす、新たな脅威が現れた。