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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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叔母

朝起きたら全ての問題が解決していた。

そういうと問題に対して烏滸がましい気もするが、目下の問題は解決していた。

主に、というかほとんど全て、同居人を自称する妖怪の手に寄って。


「おはよう、楓ちゃん」

「おはようございます。すみません、お昼って聞いていたので」

「一本早く電車乗ったから。ごめんね。夏休みで寝ていたかったでしょう?」

「毎日寝てるので」

「お昼まで寝れるのなんて学生の間だけよ。就職したらそう長い休みなんてないし、結婚したらそれこそ休みの日なんて一日もないんだから。今のうちに寝ときなさい」

「はい」

「それより楓ちゃん電話で言ってくれたら良かったのに。先輩が泊まりに来てるって」

「あー、はい。言いそびれちゃって」


今日は八月十六日で、叔母さんが今日から二泊三日で泊まりに来ることになっていた。

何故この日になったかというとお盆はパート先のスーパーが忙しいので休みが取れなかったからだ。

昨日の段階では叔母さんが泊まりに来ている間だけカワウソには姿を隠してもらう予定になっていたのだが、どうしてこうなったのか、カワウソの姿はなく代わりに黒いワンピースに白いエプロン姿の嫋やかで美しい女性が優雅な笑みを浮かべ叔母と向かい合いアイスコーヒーを飲んでいる。


「ピンポン押して出てきたのがあんまり綺麗な人だったから驚いたわよー。お家間違えちゃったかなって思った。楓ちゃん携帯でないし、聞いたら高校の美術部の先輩だって言うじゃない。叔母さん何にも聞いてないからびっくりしちゃって」

「ごめんなさい」

「すみません。私てっきり楓さんが話してると思ったので」

「いえいえ、そんないいんですよ。寧ろ私嬉しくって。楓ちゃんにこんな素敵なお友達がいたなんて」

「そんな、私こそ住むところ提供してもらって助かってます」

「ホント良かった。今日来たのもまあ、お盆だしってものあるんだけど、楓ちゃんにやっぱり大阪の看護学校受けないって話しに来たの。でももういいわね」

「え?」


話が呑み込めない。

取りあえずお腹が空いている。

この空腹をまずは満たしたい。

私の考えていることがわかるのか美女はすくっと立ち上がる。


「楓、顔洗ってらっしゃい。鮭焼いておくわ」

「いいわねー。朝から焼き魚」

「良かったら叔母さまも」

「私はあんパン食べてきたからいいわ」

「そうですか」


顔を洗い髪をポニーテールにし、椅子に座り朝ごはんを食べ始める。

今日は叔母さんがいるからだろうか。

カワウソはご飯をタワーにはしない。


「大阪の看護学校に入って家から通えばいいかなって思ってたの。田舎といっても女の子の一人暮らしなんてやっぱり心配だし。楓ちゃんがこの家が好きって言ってくれる気持ちも凄く嬉しいけど、このまま一生この家に縛られるってのもねえ、って思ってたんだけど」

「うん」


美女は真剣な面立ちで叔母の話を聞いている。

寧ろ私の方がよっぽど緊迫感がなく他人の話を聞いているかのようだ。


「でもちゃんと楓ちゃん考えてたのね。律さんとルームシェアするって」


律さんが誰なのかは私でもわかる。

先ほどから微動だにせず戦況を見つめる戦女神のような美女、中身はカワウソ。


「まあ若い女の子二人ってのも心配だけど、一人よりは二人、二人よりは三人だし、律さんはしっかりしてるしお姉さんだし大丈夫よね。叔母さん安心」

「えー、あ、うん」

「でも律さんが卒業するまでは一人なわけだけど、大丈夫?」

「うん、平気」


私はできるだけぼろを出さないようにご飯を一定のスピードで口に運ぶ。

余計なことは言わない。

この流れに乗らねば。


「三月まで結構あるけど、やっぱりお正月はこっち来ない?」

「受験勉強しなきゃいけないし」

「まあ、そうか。家うるさいしねー。集中できないかー」

「お正月も私こっちに帰ってきますので」

「そう?」

「はい」

「そう。まあ楓ちゃん。律さんにだけご飯の用意させちゃ駄目よ。楓ちゃんだってお料理くらいしないと」

「うん」

「いいんです。私、人に食べさせるのが大好きなので」

「そうですか。でもまあ、本当にお母さんが急に亡くなっちゃったから。本当に急だったわね。お父さんの時もそうだったけどさ」

「お祖父ちゃん?」

「そう、まだ五十だったのよ。あんな早く亡くなるなんて思いもしなかったわ」

「そうなんだ」


私は祖父を知らない。

祖母の部屋に飾ってある写真は確かに若い人ではないが老人とはいえず、年を取る前に死んでしまった人の顔だった。


「あー、でもだから昨日、明日何食べたいって聞いても揚げ物とか煮物とか言わなかったのね。毎日ちゃんとご飯の用意してもらってたから」

「はい、まあ」

「そっか、じゃあ今日はどっか食べに行こうか?」

「うん、それでもいいけど」

「私作りますよ」

「いいよ、いいよ。律さんも暑いのにご飯の用意するの大変でしょ」

「いえ、私本当に作るのが好きなので」

「そうなの?私なんて毎日ご飯の用意するのめんどくさくって、でも作らないと食べられないし、もううんざり」

「男の子ばかりだと大変ですよね」

「男の子もそうだし、家は旦那の妹もいるから。この子がさ、また結構食べるんだ、お弁当もこの子の分も作らなきゃならないし、ケーキとかプリンとか買うじゃない?いつもその子の分も買って帰らないとでさー。クリスマスも誕生日もプレゼント渡してるんだよ。まあ子供達に貰ってるから当然っていやあ当然だけど。食費二万しかもらってないのに」

「大変ですね」

「まあ言ってもしょうがないけど。じゃあ今日はあれだ、すき焼き食べよう。すき焼き。叔母さんいいお肉買ってくるから」

「うん」

「決まりね。じゃあ買い物行こうかな。自転車借りるよ」

「買い物なら行ってきますよ」

「じゃあ三人で行こうか。暑いから夕方になってから」

「そうですね」

「もうお昼だね。ピザ頼もう。叔母さんピザ食べたい」


今食べたところなんだけど、まあいいか。

宅配ピザを食べるのはお祖母ちゃんが生きていた時から叔母さんが来た時だけだ。

叔母さんは家にいるとあたらないからと言っていつもピザを食べたがった。

ピザを食べると伯母さんはお祖母ちゃんのベッドでお昼寝をし始めたので、律さんという美女に、ことの流れを聞こうと思ったが、テレビを見つめる完璧な横顔に夜まで待とうと思った。

夜は私に嘘をつかせないし、それはきっと彼にだって同じだ。

夜になると私達は近づく。

まるで同じ色を纏うかのように。

私達を隔てる線など最初からないかのように。








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