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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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イマジナリーフレンド

昨日同様お風呂から上がりベッドに寝ころびゲームをしているとカワウソが私の隣に腰かけ、さあ準備万端眠りましょうと言った顔をして見せた。


「今日も一緒に寝るの?」

「当たり前でしょう。毎日一緒ですよ」


何が当たり前なのだ。

新妻気取りか。


「変身しましょうか?」


カワウソは私が不満そうな顔をしたのでそんなことを言いだした。


「いい。貴方結構大きかったし場所とるから。流石にこのベッドで人間の女二人で寝るのは無理」

「そうですね。なら、楓。私を抱き枕にしてもいいですよ。特別に許可します」

「暑いからいい。冬になったらね」

「さっ、ゲームばかりしてないで寝ますよ」


カワウソは立ち上がり蛍光灯の紐を引っ張り部屋は真っ暗になった。


「明日学校休みだよ」

「学校が休みでも子供は早く寝るものです」

「ゲームしたい」

「明日早起きしてやりなさい」

「えー」


カワウソは私から携帯を取り上げる。

暗闇で何も見えない。

まるで空にいる誰かと話している気になる。


「えーじゃない、どうせもうすぐ夏休みでしょう。貴方部活もやってないんだから暇で暇でしょうがないでしょう。時間は山ほどありますよ」

「美術部だもん。部活やってるもん」

「運動部じゃないんだから休みの間行かなくてもいいんでしょう」

「まあね。でも毎日ちゃんと行ってたよ。真面目に」

「その点は貴方偉いですね。学校も毎日ちゃんと行ってますしね。さ、寝なさい」

「えー」

「子供は寝るものです」

「子供ねー」

「子供でしょう?」

「うん、子供」

「ほら、寝ますよ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


風の音が聞こえる。

家の中で聞く風の音は何て心地いいのだろう。

隣には熱を持つぬいぐるみのような可愛らしいカワウソ。


「楓、寝ましたか?」

「起きてるよ。ねえ、一つだけ聞いてもいい?」

「何ですか?」

「貴方は私以外にも見えてるのよね?」

「見えないとスーパーで買い物できないでしょう。見えてますよ」

「カワウソに見えてるのよね?」

「変身してない時は見えてますよ」

「良かった。じゃあ私のイマジナリーフレンドじゃないのよね?」

「ないですよ。正真正銘由緒ある大妖怪です」

「良かった。私が寂しさから作り上げた架空の存在だったらどうしようと思って」

「寂しいんですか?楓?」

「寂しくないよ。ねえ、私のお父さんなんてオチもないわよね?」

「は?」

「貴方が私の生き別れのお父さん」

「あるわけないでしょ。ありません」

「そうだね。私さ、お祖母ちゃんがカワウソになって私に傍に来てくれたのかなって思ったりもしたんだよ。でも貴方が作ってくれたものがさ、全然お祖母ちゃんのと違うの。何ていうか、お祖母ちゃんの方が素朴と言ったらいいのかな、美味しかったけどね。私お祖母ちゃんの味しか知らないけど、貴方のご飯美味しいと思うよ。。貴方のお料理は見た目も綺麗だもんね、その小さな手で凄いわね」

「やったら誰でもできますよ。貴方の舌がお祖母さんの味を憶えているんですから、調味料を少しずつ調節したらいいだけだと思いますよ」

「そんな簡単なものなの?」

「料理なんてやれば誰でもできます。お祖母さんの味が失われたのが惜しいのですか?」

「うん。カレーとか世界一美味しかったと思うんだよね。まあ給食以外の他の家のカレー知らないんだけど」

「貴方のお祖母さんは結構幸せだったんですね」

「どこが?七十歳で死んじゃったんだよ。余生もなく、ずっと働きづめで。お正月も一日しかお休み無くってさ、お盆もゴールデンウィークもずっと」

「サービス業とはそういうものです」

「可哀想だったよ」

「貴方はそんな可哀想だと思うお祖母さんが死んでからも孫が心配でカワウソに化けて来たと思うんですか?」

「もう思ってないよ。ただ貴方が本当に都合よく現れたから」

「そうですね」

「私のお母さんさー、私のこと、このお家に置いてさ、男の子と逃げたの。凄いのよ、塾の生徒だったの。

だからね、十一歳も離れてるの。一人の男子高校生の人生狂わせたんだよね。その子が高校卒業するとさ二人で福岡に駆け落ちしちゃったの。東大目指してたんだよ、その子今の私と同い年だったんだよね」

「そうですか」

「うん。私、自分の本当の父親に会ったことなくってさ、二歳の時に離婚したらしいのね。でも写真とか見せてもらったことないから、想像では甲斐性のないイケメンなんだよ。ヒョロヒョロした」

「じゃあ私じゃありませんね。私は甲斐性有りますし、ヒョロヒョロしてません」

「うん、そうだね」

「楓、貴方私に父親になって欲しいんですか?」

「なって欲しくないよ。父親がわかんないもん。今更いらない」

「じゃあお母さんになって欲しいんですか?」

「お母さんはいるからいい」

「お祖母ちゃんですか?」

「お祖母ちゃんはいたからいい。もう寝よ。何だか眠くなってきた」

「そうですね。眠りましょう、楓」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」


暗闇で誰かと話したのは初めてだ。

これがこれほどまでに微睡を誘発するものだとは。

風の音に闇に溶け込んでいくような優しい声。

確かにこのまま眠れるなんて、何という贅沢。

このまま朝なんて来なくてもいいと思える程。

私は暗闇の中手探りで隣で眠る異界の者の存在を確かめようとする。

それは失敗に終わったけど、頬を撫でられた気がした。

小さな小さすぎる手で。

その小さな手にこんなに近くに誰かがいるのも初めてなのだと今頃気づいた。









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