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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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本格派

目を開けた私の瞳に飛び込んできたのは肩までの黒髪をゆらりと垂らした白いワンピースを着た本格派美人。


「楓、何か言って下さいよ」


何も言わず固まっていた私を心配そうに美人は見つめる。

私の身長が百六十だから、どうやら美人は身長百七十五はありそうだ。

年齢は二十代後半といったところだろうか。

そして美人は声まで美しい。

ちゃんと大人の女の人の声だ。

美しい顔に相応しい声が備わっている。

ミリ単位のずれも生じさせない。

完璧な美形。

私は自分より顔のいい人間と真正面から向き合ったのは生まれて初めてだった。

私が生れて初めて目にする美しい生きている人間。

こんな人が教師だったら男子高校生の人生が潰れる。

思春期に見ていいレベルの顔を超えている。

おっぱいも私と変わんないくらいあるし。

背が高いから迫力が違う。

何というか大陸の風というか、世界を感じる。

この顔が仕える人間が想像できない。

それなら神の傍に侍るしかない。


「女の人だったの?」

「そんなわけないでしょう。男ですよ」

「えー、じゃあ何で女の人になったの?」

「男の姿だと貴方が私を好きになってしまいますからね。それは困ります」

「はー?」


美人が眉を顰める。

その顔こそ至高というんじゃあないの。

私正直顔には自信あったけど、割と打ちのめされたわ。

所詮井の中の蛙というか、島国根性と言えばいいのか。

だって本当に綺麗。

こんな美しい顔見たことない。

世界最高の画家に理想の黒髪美人を描きなさいって言ったらこういう顔になるわ、きっと。


「何ですか、みっともない。そんな頓狂な声を出さないで下さい。恥ずかしい」

「すみません。ねえ、男になってもイケメンなの?」

「当たり前でしょう。私は高校生を誑かすような趣味はないです。貴方とは上手くやっていきたいですからね。惚れられては困ります」

「乙女ゲームに出てくるような美形?」

「まあそうでしょうね」

「自分で言う?」

「私は貴方達よりよっぽど神に近しい存在なんですよ、美しくって当然でしょう。でも楓、貴方は私との差に悲嘆にくれることはありません。貴方も十分美しいですよ。人間ならそれで充分です。それに貴方は私の趣味ではないですけど美味しいそうです」

「美味しそう?」

「ええ。貴方のその健康な身体は妖怪に取ったら舌なめずりする程魅力的ですよ」

「よくわかんないけど、貴方本当に美人ね」

「もう戻っていいですか?」

「何で?ずっとその姿でいたらいいじゃない?」

「疲れるんですよ。体力を使うんです。変身は」

「そうなの?じゃあ戻って」

「じゃあ、また目を閉じて」

「うん」


目を開けると毛むくじゃらのカワウソが椅子に我が物顔で座っていた。

まるで私より前からこの家に住んでいたかのように。


「何なの?一体?」

「何がですか?」

「まあ買い物の謎は解けたからいいとして、お金は?」

「手持ちのものが少しばかりありまして」

「そうなんだ」

「でももうそろそろなくなりそうなので、お財布を預けてほしいです。スーパーのポイントカードも」

「うん、じゃあ任せるね」

「私が言うのもなんですが、貴方は人を信じすぎてやしませんか?」

「妖怪でしょ?」

「妖怪ですが、私がこの家のお金を持ち逃げするとか考えたりしないんですか?」

「しないよ。そんなにあるわけじゃないし。それに神様に近いんでしょ?それならそんな小さなお金持ち逃げしないでしょ?育ちが悪い人間じゃあるまいし」


カワウソがふっと笑った気がした。

呆れたのか、本当に可笑しかったのかわからないけれど。


「まあいいでしょう。貴方の胃袋は私が管理しますよ」

「ありがとう。じゃあ家のことは任せるね」

「はい」


私は右手をカワウソに差し出す。

カワウソは怪訝そうに黒い瞳を瞬かせる。


「この手は?」

「うーん、握手?」


カワウソが小さな右手で私の右手にそっと触れる。

私はその小さな手を壊さないようにそうっと握る。


「暖かいのね」

「そりゃそうでしょう。今日は暑いですしね」


二人でピーマンの肉詰めときんぴらごぼうとナスとにしんの煮物を食べた。

ご飯を昨日同様塔にされたので、カワウソの青いお茶碗に目を離したすきに移動させるとお行儀が悪いですよと言われたけど、カワウソはそのまま白いご飯をもしゃもしゃと立派な牙で咀嚼した。

カワウソの作ってくれたきんぴらごぼうは蓮根と蒟蒻が入っていて、お祖母ちゃんのより豪華だし、ごぼうのささがきもカワウソの方が上手だったけど、ごつめのごぼうとにんじんだけのけんもほろろなお祖母ちゃんのきんぴらごぼうが懐かしく、もうあれを食べることができないのだと思うと悲しかった。


「楓、泣いているんですか?」

「泣いてる?」

「泣きそうではありますよ」

「お祖母ちゃんのことね、思い出してたの。もうお祖母ちゃんの作ったもの食べれないんだなって」

「そうですね」

「七十歳なんて早いよね。今時百まで生きられるのに」

「生まれてすぐ死ぬ人もいますよ」

「そうだね」

「楓、私は死にませんよ」

「死なないんだ?」

「死にませんね」

「そうなんだ、妖怪だから?」

「ええ」

「そっか」


不思議。

妖怪なんてそんな風に思えない。

毛むくじゃらの人間の言語を自在に操る目の前の存在が私とそう遠いものだとは思えない。


「貴方より先に死にませんから安心なさい。そしてお祖母さんのこと悼むのは当然です。大いにしなさい。でも貴方がもうお祖母さんのご飯が食べられないのは当然のことです。そのことで感傷的になるのも当然です。こうしてあげれば良かった。こうしてあげたかった。そういうのもあるでしょう。貴方は怠惰ですがまともな人間みたいですしね。でももう貴方はお祖母さんに何もしてあげることは絶対できません。生きている人間は死んだ人間に絶対に何もしてあげることなどできないのです。だから人が死ぬと悲しんですよ」

「うん」

「泣きたいなら胸を貸しましょうか?変身してあげますよ」

「いい。あんな美人に抱きしめられたら、もう男の人を好きになれなくなるかもしれない」

「そうですか。まあ貴方は私と出逢って良かったですよ」

「自分で言う?」

「自分を残して死なない存在。家事もできる。そして美形」

「確かに。車に轢かれても死なない?」

「轢かれませんよ。避けます」

「包丁で刺されても大丈夫?」

「避けますよ」

「インフルエンザは?」

「かかりませんよ。人間じゃあるまいし」

「隕石堕ちてきても?」

「隕石位なら砕けますよ。この拳で」


カワウソが小さな手で握りこぶしを作りシャドーボクシングをして見せたので私は思わず笑ってしまった。

余りに弱そうで。

カワウソは満足そうに、にやりと笑った。

私は何故かカワウソの大切な核となる信条に触れた気がしていた。

それはほんの入り口に過ぎず、その先は広大でとてもじゃないけど一日じゃ廻り切れないテーマパークに霧がかかって進めない状態で、マップもなくしてしまっているけど。

目の前のある種ファンシーな生き物は私なんかよりずっと複雑だ。

だって何といっても彼は妖怪なのだから。

昨日は生まれて初めて妖怪に出逢った。

今日は絶世の美女に出逢う。

後は絶世の美男子だけ。

まあ楽しみは取っておこうと思う。

当分彼はここにいるのだから。





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