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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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ゾンビ・メアリ

律は二階から戻ってくると、テーブルと椅子を台所の方へ詰めさせ床に指で魔法陣を書き始めた。


「律、それ消せるの?」

「終わったら消えますよ。心配いりません」

「ゾンビちゃんって、あたし会ったことねえんだけど」

「俺もない」

「私はあるから大丈夫です。ミラせっかくなのでメイを起こしてきてください。友好を深めましょう」

「どの口が言うんだか」

「私は本音で言ってますよ。妖怪同士互いに助け合わないと」


律はあっという間に魔法陣を書き上げた。


「これでゾンビちゃんを呼び出せますよ」

「呼び出してどうするの?」

「どうって、まああの子をゾンビにした経緯とかを聞こうかと」

「カワウソ、未だに信じらんないんだけど」

「そうですか。でもあの子はもう死んでます。それは間違いないです。でも肉体の方をゾンビ化させたわけではないです。幽霊になったところをゾンビにしてます。肉体の方をすると暖かくなくて、それこそ死者ですから食事も睡眠もいらなくなります」

「詳しいな」

「私は割とこの手のことは詳しいですよ」


おはようと不機嫌な声のメイさんが入って来た。

メイさんは魔法陣を一瞥することなく冷蔵庫を開けるが、お酒が何も入っていなかったので、しょうがなくお醤油や味醂と一緒に置いてある料理酒をグラスに注いで飲んだ。


「そんなのまで飲むんですか」

「いいだろー。つーか、雨かよ。めんどくせーな。酒買いに行くの嫌だわ。酒もねえのに何で起こしたんだよ。酒ないなら寝かせろよ」

「お酒なら後で鉄鼠と買いに行くから」

「うー」

「まあいいでしょう。始めますよ」


律が何事か呟く。

取りあえず日本語ではなさそうだ。

律が右手を魔法陣に伸ばすと床から魔法陣は浮かび上がり真ん中の星が音を立てて回転する。


「楓、目を閉じなさい」

「え?」

「いいから」

「うん」


律に言われた通り目を閉じた。

閉じているのに鮮やかな閃光を感じた。


「もう開けていいですよ」


目を開けると魔法陣の床に女の子が大の字で伸びていた。


「楓。ゾンビちゃんです」

「え?」


律が女の子を揺さぶり、ゾンビちゃん起きてくださいと声をかける。

女の子は小柄で身長百四十くらいだと思われた。

白いフリルがふんだんにあしらわれた赤いゴスロリ服に赤いヘッドドレス、綺麗にカールされた髪も赤で、傍に転がっている大きなリボンのついたトートバッグも赤と全身赤づくめの格好だ。


「鉄鼠、テーブル元に戻してください」

「ああ」

「ゾンビちゃん起きてください。お茶入れますよ」


ゾンビちゃんは大きな瞳を開けると辺りをキョロキョロと見回した。

瞳の色も赤で赤い色への並々ならぬ情熱を感じさせた。


「起きましたか。お久しぶりですね」

「あんた、えっと、誰だったかしら?」

「まあ私のことはいいですよ」

「ここどこよ?あんたの能力なわけ?」

「そうなりますね」

「いきなり酷いじゃない。ゾンビちゃん今から出かけるとこだったのに」

「すぐに帰して差し上げますよ。聞きたいことに答えてくれたらね」

「それより起こして座らせてよ、椅子に。ついでに紅茶とお菓子もね。チョコレートとクッキーがあればいいわ」

「はいはい。ありますよ」

「それより思い出したわ、その顔。その顔は憶えてるわ。綺麗だから。あんたカワウソね」

「はい。その通りです」

「そっちの三人は?あとそこの黒髪の小娘だけ人間ね」

「男性は鉄鼠。女性は猫又です」

「そう、よろしくね。私は妖怪ゾンビちゃん。ゾンビ・メアリ」

「また改名したんですか?」

「いいでしょ。しっくりくる名前をいつだって探してるのよ。もうこれが最後。私はゾンビ・メアリ。どうぞよろしく」


ゾンビ・メアリさんはにっこりと微笑み優雅に椅子に腰かけた。


「さあ、お茶にしましょう。そしてさっさとゾンビちゃんを帰して。ゾンビちゃん忙しいんだから」

「はいはい」

「もう寝ていいか?」

「まだ寝るんですか。メイ。少しはじっとしてなさいな」

「だって、酒もねえし、何しろってんだ」

「紅茶飲めばいいじゃないですか」

「酒以外の水分は取らねえ」

「じゃあご勝手に。まあ確かにメイは寝ててもいいですよ。あの子のことを聞くだけですしね」

「じゃあ寝るぜ。おやすみ」

「おやすみなさい」


メイさんが出て行くとゾンビ・メアリさんは何なの、あの子と言った。

どう見てもメアリさんの方が年下なのに可笑しいなと思ったけど、妖怪だからひょっとしたらメアリさんの方が年上かもしれない。

律とも知り合いっぽいし。

鉄鼠さんがメアリさんの向かいに座り、ミラさんは鉄鼠さんの右隣に座った。

私はメアリさんの隣に座り、律が私の向かいに座り、二対三のチーム戦みたいになった。


「ゾンビちゃん」

「ゾンビ・メアリよ」

「ゾンビ・メアリ。貴方最近小さな男の子の幽霊をゾンビ化しませんでしたか?」

「したわよ。それが何か?」


あっさり認めた。

メアリさんはしれっとしてる。

彼女にとっては特別なことじゃないんだろう。

紅茶を一口飲み、出されたチョコレートとクッキーにスーパーで買えるやつじゃないのと悪態をついている。


「鉄鼠と猫又が拾ったんですよ。今はうちの二階で寝ています」

「そう。それなら良かったじゃない。何か問題でも?」

「問題はありすぎるっちゃありますがないといったらないかもしれないですね」

「何なのよ。それよりしけてるわね、全部スーパーで百円で買えるようなお菓子ばっかりじゃない。けちんぼ」

「ないよりはマシでしょう。まあ沢山食べてください」

「その子なら憶えてるわよ。生前酷いことされたのね。顔も身体も傷だらけだった。目の周りなんか特に酷くて、お岩さんみたいだった。ゾンビちゃんの特製コンシーラーいっぱい使ったわ。だから可愛い顔してるでしょ。本当は目も当てられないような酷い顔してたんだから」

「そうですか」

「そうよ。ゾンビちゃんはね皆をハッピーにしたいの。だってあのまま死んだんじゃ可哀想すぎるでしょ。ゾンビになって楽しんでくれたらなって思ったのよ」

「そうですか。でもそのまま放置するのはどうですか。無責任じゃないですか」

「えー。そんなこと言われても困るわ。ゾンビちゃん子供の面倒なんかみるの嫌だもの。もう死んでるんだし好きにしたらいいじゃない」

「子供が何処に行けるというんですか。ずっと空き家にいましたよ」

「それはその子の勝手でしょ。ゾンビちゃん悪くないもん」

「まあいいでしょう。あの子どれくらいで元に戻るんですか?」

「メイクがはげたらよ。結構厚塗りしたから中々取れないだろうけど」

「そうしたら幽霊になるんですか?」

「そうじゃないの。そもそも幽霊になるのだって才能だしね」

「そうですね」

「才能なの?」

「まあそうでしょうね。毎日のように人間は死んでいますが幽霊になるのなんかそれこそ一握りすらならないでしょうね。私も長いこと妖怪やっていますが実はそんなに見たことないです」

「そうなんだ」

「ゾンビちゃんはね悲しい人の味方なの。最後に少しでもハッピーにしてあげたいの。甘いお菓子をお腹一杯食べて、たっぷりのお湯の張ったお風呂に入って、ふかふかの蒲団で眠る、そんな程度のことすら叶わないことがあるんだから。ねえ、もっとお菓子ないの?」

「アイスならあるんですけど」

「アイスはいいわ。ゾンビちゃん冷たいの苦手なの。だから真夏だって暖かい紅茶飲むのよ。身体を冷やすのは良くないんだから。あんたなんか人間なんだからもうちょっと気を付けなさいよ」

「はい、ありがとうございます」

「ゾンビ・メアリ。あの子が喋れないのは何故ですか?」

「それはわからないわね。生前の影響じゃない。でもそれが何?喋れないってそんなに困ること?」

「そうですね。まあ何も言いたくないなら言わなくていいでしょう。私達はご飯を食べさせ、お風呂に入れて眠らせることくらいしかできませんしね。鉄鼠、ミラ何か聞きたいことはありませんか?」

「あの子の身元は?」

「それはゾンビちゃん知らない」

「親は?」

「逮捕されましたよ。昨日調べました。あの子の母親と内縁の夫が逮捕されています。死体は空き家の近くの山に捨てたみたいですね。大阪からわざわざ奈良まで来て」

「あの空き家は?」

「あの子が一人で歩いて移動したんでしょう。その時は幽霊だったので誰にも見つからなかったんでしょうね」

「名前は?」

「佐藤翔君。五歳です」

「そうか」

「何よ。暗いわね。せっかくだからお菓子もっと食べてあげるわ。お煎餅でもかりんとうでもいいから持ってきなさいよ」

「どっちもありません」

「信じられないわね。どういう暮らししてるのかしら」

「すみません」

「もういいでしょう。ゾンビちゃん帰りたいわ」

「そうですね。まあいいでしょう。ミラ何か聞きたいことは?」

「メイクはげたら幽霊になるんだよな?」

「そうなるわね」

「そうしたらどうなるんだ?」

「幽霊になったら後は成仏でしょ」

「そうなるのか?」

「そうよ。だからそれまでうんと遊んであげて、美味しいもの食べさせてあげなさい。それしかできないんだから」

「そうだな」

「まあどうしても邪魔だから今すぐ消えて欲しいって言うんならゾンビちゃんのメイク落としで落とせるけど、どうする?」

「そんなことしねえよ。自然にそうなるまで目一杯食わしてやるよ」

「ミラちゃん」

「なあ、ゾンビちゃん」

「何よ?猫又」

「そうは言うけど、人間って食うだけで満足できるもんなのか?」

「猫又。何で満足させる必要があるの?」

「そりゃ楽しい思いさせて死なせてやりたいからだろ?」

「楽しいなんて刹那よ。でもそれすらなかったんだからせいぜい楽しませておやりなさいな。貴方達どうせ暇でしょ?」

「バイトしてるよ。鉄鼠だって漫画書いてるし。なあ何で食べなくても寝なくてもいいのにあいつは食べて寝てトイレまで行ってるんだ?」

「それはその子がしたいからよ。食べたいし、寝たいし、トイレ行きたいしっていうね。生前にできなかったんじゃないの。ゾンビちゃんのゾンビは無敵よ。食べなくたって寝なくたってずっと元気なの。顔色だって最高でしょ、ゾンビなんて誰にも分らないわ。健康診断だって引っかからないんだから。ゾンビちゃん自慢のゾンビクオリティ。人間なら誰しも本当はゾンビになりたいはずよ。二十四時間働けるんだから。でもしてあげない。ゾンビちゃんの真っ赤なハートに触れない人間にはしてあげないの。まあ自慢はこれくらいにして、もう行かなくちゃ。ゾンビちゃんこれからお友達とお出かけなんだから」

「まだあのゾンビお母さんの所にいるんですか?」

「何年前の話よ。あれはもう終わったわ。娘が成人して就職したからね、ちゃんと死んだわよ」

「何のこと?」

「昔ゾンビちゃんが練炭自殺した親子のお母さんの方をゾンビにしたんですよ。娘さんの方はまだ意識があったのでゾンビにしなくても良かったんですが。それで娘さんが成人するまで毎年メイク直しに行っていたんです」

「だって可哀想だったんだもの。夫のDVからやっと逃げられたと思ったら病気になっちゃって、自分が死んだら元夫に娘を取られるかもしれないから死のうとしてたんだもの」

「ゾンビになったらお母さん死なないもんだから朝も夜も一生懸命働いていましたね」

「そりゃそうよ。明るくなってどんどん綺麗になったのよ。メイクするの楽しかったわ。死なないとわかったら何にも怖くなくなったんでしょうね、朝七時から四時までスーパーで働いて夜中はお弁当工場で働いてたのよ。働きづめよ凄いでしょ。もっとのんびりしたらいいのにせっかく助かった命だからって必死で働いてたわ。今も娘の奈々とはよく遊ぶのよ。勿論ゾンビちゃんのおごりよ。七歳から知ってる子からお金なんて取れないわよ。ただでさえつつましく暮してるのに」

「そうですか。相変わらずですね」

「ゾンビちゃんは皆を幸せにするの。カワウソ、邪魔しないでよ」

「しませんよ。貴方のゾンビメイクによって救われた人間もいるでしょうからね。でも子供にする時は少しは責任を持ってください。あの子、鉄鼠が来るまで怖かったでしょうから」

「それは悪かったけど。でも謝らないからね」

「いいですよ。まあ、またお会いしましょう」

「会いたくないけどね。でもその顔は見るの好きよ。ゾンビちゃん綺麗なものが大好きだから。この人間の小娘も顔だけは好き」

「楓というんですよ。ゾンビにはしないでくださいね」

「しないわよ。だってこの小娘不幸じゃないじゃない。ゾンビちゃんは可哀想な人の味方なの」

「そうですか、それではごきげんよう」

「ごきげんよう。また呼んでもいいわよ。ちゃんとお菓子を用意してくれてたらね」

「そうですね。気を付けますよ」

「じゃあねー、バイバーイ」


ゾンビちゃんは一瞬で台所の戸棚まで移動した。

よく見ると宙に浮いている。

やっぱり本当に妖怪なんだ。


「しけてるわね。ふりかけしかないじゃない」

「まだ何か持って帰るつもりですか?」

「同居人のお土産にね」

「またゾンビ化させたんですか?」

「まあいいでしょ。これ貰ってくわね。それからあの子は幽霊で、死体にメイクしたわけじゃないからメイク直しはできないからそれだけは憶えておいて、じゃあ大事にしてあげてね。鉄鼠も猫又もせいぜい楽しみなさい。それでは後はよろしく」


ゾンビちゃんは小魚アーモンドをトートバッグに入れると壁際までふわふわと漂いすうっと消えていった。

床には魔法陣が紛れもない証拠のように残されていたけど、夕方になり雨が上がる頃には跡形もなく消え失せていた。

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