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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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沸騰

お風呂から上がると律に男の子をお部屋に連れて行って寝かせてほしいと言われたので、二階の空いてある部屋に連れて行き敷いてあった布団に寝かせ、掛け布団をかけた。

本でも読んであげた方がいいのかと思い、自分の部屋に絵本を探しに行ったけど、目につくところにあったのはネズミの一家がお引越しする絵本で、私はこのネズミの一家シリーズを全巻持っていた。

とてもいい絵本だけど、今の状態では洗脳に当たるのではと思われたので、猫とネズミが出てこない絵本を探すと、笠地蔵と達磨さんが出てくる絵本にしたが、そんなことは考える必要はなかった。

男の子は私が絵本を携え戻るとすやすやと眠っていた。

余程疲れていたのだろうか。

それにしても律はどうする気なんだろう。

男の子が寝てしまったので私は再び自分の部屋に戻り、叔母さんにお土産に貰ったイルカのぬいぐるみを男の子の蒲団にそうっと潜らせ、下に降りる。

女の人と男の人の言い争う声が聞こえる。

こんな声この家じゃ初めてだ。

まあ、人間の男女ではなく妖怪の男女だけど、人間の子どものことで言い争っている。

何て不思議。


「だから無理だって」

「無理じゃないよ。別に一人増えるだけだし」

「それが無理だってんの。ガキだよ。人間の」

「だって可哀想じゃん。親に捨てられたんだよ」

「警察だって」

「警察行ったら元の親のとこ返されちゃうだろ」

「当たり前でしょ。それでいいじゃん」

「いいわけないでしょ。子供捨てるような親だよ。戻ったって幸せなんかなれないよ」

「あたしらといたって幸せになんかなれないだろ」

「子供あんなとこに捨てる親よりマシでしょ。俺絶対そんなことしないもん」

「当たり前だろ。そもそも子供いねえじゃねえか」

「何がそんなに嫌なの?」

「全部だよ」

「全部って俺も?」

「お前は違えけど」

「だってミラちゃん前言ってたじゃない」

「何を?」

「テレビ見ててさ、親に殺された子供のニュース見て言ったじゃない。これならあたしが育てた方がマシだよなって。あたしなら子供に絶対こんなことしないって、毎日おぶって暮らすって」

「言ったっけ?」

「言ったよ。俺ミラちゃんの言ったことだけは全部一字一句違わず憶えてるからね」


この人ならそうだろうなと思った。

何というか熱量が違う。

愛と言ったらそれまでなんだけど、もっとこう違う言葉がある気がする。

沸騰している、暖かいお湯とは違う、何か。


「鉄鼠お前、ミラがガキ欲しいと勘違いしてあのガキさらってきたんじゃねえだろうな?」

「そんなことするわけないでしょ。俺はメイよりよっぽど常識あるからね」

「あたしだってあらぁな」

「ミラちゃん」

「無理だって。今は小せえから何とでもなるけど、大きくなったらどうすんだよ。学校とか、病気とかしたら?」

「そんなのいくらでも何とでもなるでしょ。何だって簡単に作れるじゃない」

「無理だよ。あとお前エロ漫画書いてんの教育上良くないだろ」

「こっそり書くから大丈夫。何なら家で書かないよ」

「どうしたってこそこそ暮すことになるだろ。子供が隠れて暮らすのなんか良くないだろ」

「堂々と暮らしたらいいじゃん」

「できるわけないじゃん」

「何だってやってみないとわからないよ」

「わかるよ。何だってそんな前向きなんだよ」

「ミラちゃんがいるからだよ。俺ミラちゃんがいたら何でもできるんだよ」

「じゃあ、あたしがいたらガキなんかいらねえだろ」

「あの子可哀想だよ」

「可哀想なのはわかるよ。何とかしてやりてえよ。でもそれは人間の仕事だろ。あたしら妖怪なんだぞ」

「人間の仕事って人間がちゃんとやんないから、それなら妖怪がやったっていいでしょ。何でそう決めつけるのさ」

「警察通報されたら終わりだろ」

「その時は二人で逃げたらいいじゃない。俺らどこだって行けるんだし。この姿捨ててさ、今度は四国行かない?ミラちゃん讃岐うどん好きじゃない。またお土産物屋で働いてよ。俺買いに行くから」

「漫画は?」

「自分が書きたいから書いてるだけで誰かに頼まれてるわけじゃないから別に書けなくなってもいいよ」

「お前何がしたいの?」

「ミラちゃんと一緒にいたい」

「でもガキの面倒もみたいんだろ?」

「うん」

「あたしとガキ、あー、何でもない」

「ミラちゃんが一番だよ」

「当たり前だろ」

「ミラちゃん」

「やだ」

「ミラちゃん」


ミラさんは涙ぐみ、鉄鼠さんから視線を逸らし、テレビを見る。

さっきからずっとついてはいるが誰も見ていないドラマ。

美男美女が車に乗っているが二人の関係が恋人同士なのか、まだそうじゃないのかすらわからない。

ひょっとしたらただの同僚ということもあるかもしれないし、兄弟かもしれない。

男女が二人でいたって恋人同士とは限らないし、夫婦とは限らない。

そんなのは当たり前だ。

だってこの部屋ですら男女のうちカップルは一組だけだし、一人は美女に化けているカワウソだ。

私は実の母にほぼ捨てられ、お祖母ちゃんに育てられた。

だから産んだ人間が絶対に育てるべきだとは思わない。

ここで人間は私だけだし、それを言うべきだろうか。

でも私とお祖母ちゃんは血が繋がっている、誰もいない見つけてもらえるかもわからない空き家に置き去りにされたあの子とはまるで違う。

少なくとも私の母親はちゃんと三食ご飯が食べられて、暖かいお風呂に入れて、柔らかい布団で寝れてという環境に置き去りにしてくれた。

おかげで私は今日まで何事もなく生きていた。

最初から伸ばさなくても差し伸べられる手があったからだ。

あの子に伸ばされた手は人間のものではなかった。

でも人間と妖怪の何がそんなに違うだろう。


「もういいでしょう。寝ませんか?」

「カワウソは寝たらいいでしょ。そもそもこれは俺とミラちゃんの問題なんだし」

「ここ私の家ですよ」


正確には私の家。


「だってさ」

「ミラちゃん?」

「子供いたらさ」

「うん」


イチャイチャできないじゃん。

ミラさんは消え入りそうな声で目にいっぱい涙を溜めてそう言った。

ああ、何だろう。

今すぐ消えて差し上げたい。


「ミラちゃん、ひょっとして俺のこと好きなの?」

「好きに決まってるだろ。馬鹿なの」

「ミラちゃん」


鉄鼠さんは隣に座るミラさんを抱き上げ自分の膝に乗せた。

ミラさんが鉄鼠さんの首に縋りついたところで律がテレビを消した。


「寝ましょうね。というより私と楓は寝ます」

「あたしは起きてるぞ」

「もう飲むものないでしょう」


メイさんが抱えていた業務用の焼酎はいつの間にか空になっていた。


「しゃーない。買いに行くのめんどくせーし寝るか」

「寝ましょうね。鉄鼠もミラもですよ」

「もうちょっとだけこうしてる、ねー、ミラちゃん」」

「ご勝手に」

「勝手にします」

「それじゃあ、電気消しておいてくださいね」

「あー」

「それからミラ、いらない心配ですよ」

「何がだよ?」

「あの子のことです」

「だから、何が?」

「あの子は人間じゃありませんから貴方が考えているようなことは心配ありません」

「は?」


ミラさんが顔を上げ、顔だけをこちらに向け律を見る。

律の瞳は美人だと言うことを差し引いても恐ろしいように研ぎ澄まされていた。

この部屋の空気を凍らせるほどに。


「あの子は人間じゃありません。まあ幽霊というか」


隣にいるのにまるで鏡の中の世界を覗いている様に感じられる。

私だけが見ている世界、私だけが観客、このお芝居に私だけが出ていない。


「ゾンビですね」


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