妹
金曜日の夕方学校から帰り手洗いうがいを済ませ台所に入ると金髪美女がお帰りと言ってくれた。
何と二人も。
「ただいま。えっとメイさんのお客様?」
「見りゃわかんだろ。妹だよ」
「妹?」
「お邪魔してまーす」
椅子に凭れるメイさんの隣にはメイさんそっくりの金髪美女。
テーブルにはひしゃげた缶だらけで、二人の恰好は長袖のグレーのTシャツに黒のルームパンツと完全にここからは何もしません、お酒をただ飲むだけですモードだ。
「似てんだろ?」
「似てますね」
「見分けつかないだろー?」
「確かに」
メイさんはすくっと立ち上がり、妹さんにもほれほれと起立を促す。
「背がさ、あたしの方がちっとばかし高いんだー」
「ちっとじゃないでしょ、お姉のほうが大分高いよ」
「大分高いですね」
例えて言うならマックシェイクのSサイズサイズとМサイズって感じだ。
でも妹さんの方が胸が大きい。
Tシャツのパツパツ具合が違う。
小柄で巨乳と妹さんの方が人間っぽくない。
ゲームで言うとメイさんはヒューマンだけど、妹さんは別の種族だろう。
「まあ、いいや。こちらは楓、名字はなんだっけ?」
「石原です」
「よろしくー。こっちではバイトの履歴書には金子ミラって書いてまーす」
「ミラさんですね。よろしくお願いします」
「じゃあ、飲もうぜー。楓はダメだぞー。未成年だからなー」
「飲まないよー」
私は冷蔵庫のウーロン茶を出してグラスに入れる。
律はまだ帰っていない。
もうすぐ五時なんだけど、遅いなあ。
「まあ、座れよ。そういや今どこにいんだっけ?」
「奈良。東大寺の近く」
「へー、大仏様の近くかー。そりゃいいな。何つうか縁起がいい。奈良だったらいい家いっぱいあんだろ」
「まあ、この間まではね、爺さん婆さんが二人で住んでる家の二階に住んでたんだけどー」
「おー」
「爺さんが死んじまってさ、そしたら婆さんちほうしょうっていうんか?ぼけちゃってさ、二階で寝てたとこ見つかっちまってさ、そしたらあたしのことさ、きょうちゃん、きょうちゃんって言ってさ、離そうとしなかったんだよ。あたしもさ、ふっかふかの蒲団で寝させてもらってたし、時々冷蔵庫のもんつまみ食いしてたし、まあ恩があるわけでさ、まあ当分きょうちゃんとやらになってやってもいいかなって思ってさ、きょうちゃんをやってたわけよ。飯作って、洗濯して庭の畑の世話してさ、婆さん風呂に入れて買い物に連れて行ってやって、夜中はいかい?すんだよな。探すのはまあ妖怪だし、何でもなかったんだけど、結構歩けんのな、遠い公園のベンチで腰掛けてんの見た時は泣きそうになったよ。可哀想でさ。家族いないみたいだし、近所づきあいもねえみたいでさ、誰も訪ねてこねえし、毎日爺さん死んでからは一人でさ、だからまあ婆さんが死ぬまで面倒みようかなって思って」
「そっか、いい家見つけたな」
「お姉まだ終わってない。婆さんとさ結局二年そんなして暮らしたんだけど、去年遂に婆さん死んじまってさ、買い物行ってスーパーで倒れてさ、救急車で運ばれたんだけどその日の夜に死んじまった。
家のさ、電話の横にさ、紙が貼ってあったんだよな。何かあったらここにかけるって書いてあって、甥っ子の電話番号だったんだけど、甥っ子っていってももう七十の爺さんだったんだけど、その人が全部後のことやってくれてさ、その人に聞いたんだよね。きょうちゃんって誰ですか?って」
「そしたら?」
「婆さんの亡くなった娘さんだって。病気で死んじまったんだと、婆さんさ、毎日仏壇の前で戒名唱えてたんだよな、ほら信女って女の人の戒名だろ?何たら居士何たら信女って、あんな長い戒名毎日唱えてたんだから婆さんホントはボケてなかったのかなって、ボケたふりしてたのかなって」
「そっか」
「うん。連絡した流れでさ、葬式にも出たんだけど、近所に住んでいて時々買い物とか畑を手伝っていたんですっていう設定にしたから甥っ子にさ丁重にお礼言われてどうしようかと思ったよ。だって婆さんの年金で酒飲んでたり飯食わしてもらってたからさ、そこつっこまれたらどうしようかと思った。嫌そんな食ってねえんだけど、酒は、ほら、お姉ならわかるだろ。な?」
「あー、わかる。酒はな、飲まずにはいられんよな」
「そー。婆さんほら、ちょっと目離すと危ないからバイトに行くわけにもいかねえし、そうなると酒飲むしかなくない?」
「ないな」
「なー?」
「そっか、じゃあ今住むとこないんだな?」
「やー、それがー。ここからが本題なんだ」
「まだ本題じゃなかったんかよ」
メイさんは立ち上がり冷蔵庫から赤い六缶パックを出してきてテーブルの上にドンと置く。
何やら覚悟を決めたようだ。
「今あたし鉄鼠と暮らしてるんだ」
「鉄鼠?マジかよ?」
「あの、てっそって?」
二人が一斉に私を見る。
ああ、その目、何だかとっても猫っぽい。
「鉄鼠。鼠の妖怪」




