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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
14/32

本当の

私は今スーパー銭湯に来ている。

金子メイさんという妖怪猫又と一緒に。


夏休みに入る前に律に旅行に行きたいと言った。

近くの温泉にでも行かないかと、一泊二日で。

律はそういうことは自分で働くようになってからしなさいと言った。

言われてみたらそうなので、私は夏休みに入ると学校帰りにあるスーパーのテナントに入っているパン屋さんで働き始めた。

時給は850円。

初めてのお給料は八月二十五日にしか出ないから温泉旅行は諦めたけど、どうやら律は私が余程大きなお風呂に入りたいと勘違いしたのかスーパー温泉に行ってきなさいと言った。

メイさんと一緒に。

律は行かないの?と聞くと私は明日仕事なのでとにべもなく断られた。

まあせっかくなのでこの機会に聞いてみることにする。

律のこと、彼の本当を。


「ねえ、メイさん」

「あー、なあ、露天風呂いかねえ?」

「うん、じゃあそうしようか」

「あー」


二人で無言でジェットバスに並んで入っていたのだが、メイさんは飽きたのかそう提案し、さっさと上がって歩き出した。

どう聞きだしたらいいんだろう。

そもそも答えてくれるのかな。

もう一か月以上同じ家で一緒に暮らしているのに余り顔を合わせることなく今日まで来てしまった。

たまにメイさんのお仕事のお休みの日に会ってもおはようございます、おー、くらいの挨拶しかしたことはない。

律はどうなんだろう。


「でっかい風呂っていいもんだな、しかしスーパー銭湯行きたいとか、お前ババアかよ、若えのに」

「うん、あの、付き合わせてごめんなさい」

「別に、今日休みだし、料金アイツもちだし」

「そう、律何て言ってたの?」

「あー、お前がでっけえ風呂入りたいって言ってるから連れて行ってくれって」

「そんな言い方?」

「要約するとそんな言い方だったぞ。違うか、温泉行きたかったんだ、温泉」

「温泉っていうか、旅行したかったんだよ。行ったことないから」

「マジか?人間なのにな」

「それ関係ある?」

「人間って旅行好きだろ?」

「そう?」

「そうだろ。どこ行ったって人いるじゃん」

「まあ、そう、かな?」

「気持ちいいなー」

「うん、まあ」

「つーか、お前乳でっけえのな、初めて気づいたわ」

「そうね」

「たれ目だったら良かったな」

「たれ目?」

「たれ目でもう少し気の抜けた顔だったら良かったのにな。顔整いすぎてて、でっかい乳が不釣り合いなんだよ」

「そう」


それはメイさんから見てそうなのか、妖怪から見るとそうなのか、どっちなんだろう。


「でもお前と並んでるといい気が出てるっていうか、何か気持ちいい」

「気?マイナスイオン?」

「それわかんねえ。なんつうか、余計なものがないっていうか、あー、あれだお前一人大好きだろ?」

「まあ好きかな」


相変わらず友達はいない。

でも特に困ることはない。


「そういうとこだよ」

「そういうとこ?」

「あー、でもお前ってなんつうか、強靭な意思を感じる。お前死ぬって決めたら本当に死ぬ女だろ」

「えー、何それ、自分でなんか死なないよ」

「なんつうか、お前って情念が濃いっていうか、病的に一途になりそうなんだよな」

「そう?」

「あー、でも執着しないっていうか」

「どっちなの?」

「わかんねえ、でもお前の隣は悪くねえ」

「ありがと」

「おう」


ふとメイさんを見つめてみる。

濡れた金髪がとても綺麗で、まるで光から生まれたよう。


「いいな、すいてて人あんまいなくって貸し切りみてえ」

「ねえ、メイさん」

「んー?」

「メイさんは律の本当の姿って見たことある?」

「は?」


メイさんが何を言ってるんだこの小娘といった顔で私を見る。


「本当の姿も何もお前いつも見てんじゃねえか。アイツいつもお前の前じゃカワウソのまんまだろ」

「そうじゃなくって、男の姿ってこと」

「あー、変身バージョンのか。ねえよ」

「ないの?」

「ねえよ。そもそも顔見知りって言うほどでもねえよ、あっちの世界ですれ違ったことくらいあっただろうけど、喋ったのこっちきてから初めてだし、ほぼほぼ初対面だよ。つーか、会ってたのかもしんないけど憶えてねえよ」

「そうなの?でもあんな美人に変身できるのに有名でもないの?」

「変身して美女になる奴なんていくらでもいるし、寧ろ妖怪でブスになる方が珍しいと思うぞ」

「メイさんもイケメンになれたりするの?」

「あー、やったことないけど、多分」

「そう、ねえ律とどんなお話するの?」

「は?」

「二人でお喋りしたりしないの?」

「しねえよ。あんま顔合わせねえし、話すことなんかねえだろ」

「そう?」

「あー。寧ろお前ら、まあいいや」

「何?途中でやめないでよ。言って」

「嫌いい」

「何で?」

「嫌、ほら言うだろ人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえって、猫が馬にって縁起でもねえ」

「確かに」

「な?」

「な、じゃなくて、え?」

「え?じゃねえよ。お前律が好きなんだろ?」

「え?」

「え、じゃねえし、あれが全く手出してくんないから温泉行きたいとか言い出したんじゃねえの?」

「え、そうなの?」

「そうなの、じゃねえよ。違うんかい?」

「えー、そういうんじゃないと思うんだけど、わかんない」

「何で?」

「何でって」

「自分のことだろ?何でわかんねえんだよ」

「うーん」

「うーんじゃねえよ」

「ごめんなさい。本当にわからないの、ただ前ね一緒に京都のお寺に仏像をね、見に行ったの、それがすごく楽しかったから、また何処か二人で行きたいなって思ったんだよね」

「あー、まあでも普通な、妖怪は本当の姿でなんか人間と一緒に暮らしたりしねえんだよ。昔は嫁になったり婿入したりヒモになったり妾になったり色々したもんだけど、皆変身してやるんだよ。本当の姿のままじゃ暮らせねえから」

「うん」

「だからさ、アイツが何で本当の妖怪の姿のままお前と一緒に暮らしてるかはわかんねえけど、まあ何か考えてるんだろ」

「そうなのかな?」

「ああ、それかもうどうでもいいのか。弱ってんのか。まあ変身すると妖力使うからな」

「そうなんだ」

「そりゃそうだろ、女に化けてんのはその方が妖力抑えられるからだろ」

「そんなのあるんだ?」

「女のが小っこいだろ?」

「じゃあ子供に化けた方がいいんじゃないの?」

「それだと働けないだろ?」

「あー」

「あー、じゃねえよ。次行こうぜ」

「うん・・・」


釜風呂、サウナ、寝湯と一通り満喫した私達は飲食施設に移動した。


「高えなビール。発泡酒なら百円とちょっと出せば飲めるのに」

「じゃあジュースにしたら?」

「アルコール以外の水分なんて取りたかねえよ。金どうせアイツがくれたし全部使っちまおう、ビール大ジョッキで」

「何食べる?」

「ラーメン食いてえ、辛口チャーシューメン」

「私カレーうどん」

「家でも食べれねえ?」

「家のカレーにはご飯でしょ、そういえばカレー最近食べてないな」

「アイツに言やーいいじゃん」

「うん、そうだね」

「餃子食いたい」

「それこそ律に言えば作ってくれるよ」

「お前ね、こううところで浮かれポンチになって食べんのが美味いんだろ?あれだよ、旅の恥は掻き捨て」

「旅って、市内だよ」

「家以外は皆旅」


私が笑うとメイさんはふてくされた様な顔をしてメニューに目を落とした。

何だろう、楽しいかも。


「イカの丸焼きとお好み焼きと串焼き盛り合わせ」

「そんなに食べられる?」

「二人でなら余裕だろ、あたしは一人でも余裕だ。飲めねえなら食うぜ」

「そうじゃあ頼むよ」

「おー」


家に帰るとお酒を大量に買い込んだメイさんはさっさとお部屋に引っ込んでしまった。

台所に入るといつも通り律がご飯の用意をしている。


「お帰りなさい、楓」

「ただいま」

「楽しかったですか?」

「うん、ありがとうね」

「いえ、温泉はあれですけどお寺ならいいですよ。秋になったら神護寺に行きましょう。紅葉が綺麗ですよ」

「うん」


じんごじがどういう字を書くのか、何処にあるのかもわからないけど律が言うなら紅葉は綺麗なんだろう。

律はその紅葉を誰と見たのだろう?

本当の姿を見ていても、何も知らない。


「夜ひやむぎでいいですか?お腹いっぱいでしょう?」

「うん」


知りたい。

律のこと。

これまでの律、これからの律。

そこに私はいないんだろうけど。








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