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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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耳をすます

階下に何か音がしないか耳をすませている。

でも何も聞こえない。

まるで耳だけが自分の身体を裏切り、役割を果たしてないかのように思う。


「どうしたんですか?」


律がゲームもせずベッドに座り待っていた私を訝しむ。

自分でも何でこんな風に待っていたのかわからない。

雨はまだ降り続いている。


「どうもしないよ」

「そうですか」


律は私の隣に腰を下ろす。

私達はベッドに並んで座る。


「メイのこと、貴方は嫌がるかと思いました」

「びっくりしたけど、悪い人ではなさそうだし」

「人じゃないですけどね」

「うん、でも一万円って高くない?ベッドとお風呂とテレビ使うだけでしょ。食事いいって言ってたし」

「楓、こんなド田舎でも家賃一万円のところなんてないですよ。一万円は破格です」

「そうなの?」

「そうですよ。それに一か月一万円が何の苦もせず手に入るんですからいいと思いますよ、家賃収入なんて夢が広がりますね」

「そうなの?」


もしかして妖怪相手の下宿屋でも始めようとか思っているのだろうか。

部屋もう一部屋しか余ってないけど、押し入れでいいなら、何とかなるかも。


「ねえ、お盆終わったら叔母さん泊まりに来るけど、どうするの?」

「友達でいいんじゃないですか」

「また先輩って設定?」

「そうですね。まあその時考えましょう。それにしてもそんなに先のことばっかり考えてどうするんですか?」

「先って、来月だよ」

「先ですよ。先のことなんか考えなくていいですよ。貴方は人間なんだから一秒後には死んでるかもしれないんですから」

「死なないでしょ、普通」

「何が起こるかわかりませんよ。人間ですからね。楓は」

「まあ、ね」


人間人間って。

それはどうしようもないほど覆らない事実なんだけど、何だか認めたくない。


「まあ、一万円を稼ぐというのは中々大変なものです」

「うん」

「そして一万円を使うというのは簡単なものです」

「うん」

「じゃあ寝ましょう」

「もう?」

「貴方は明日お休みかもしれませんが私は仕事です」

「うん、そうだね」


律は先月からカルチャースクールの講師の仕事だけでなく、スーパーの事務員の仕事も初めて中々に忙しい。

私と休みも全く被らないため、休みの日は夜ご飯の時にしか顔を見れなかったりする。

まあ私が早く起きたらいいんだろうけど、休みの日はお昼まで寝ていたい。

明日も顔を見れるのは夜だけだろう。

だからこそ今二人でいるこの時間は貴重なのに、律はさっさと寝ようと言う。

話したいこといっぱいある気がするのに。

そもそも妖怪だから寝なくても元気なくせに、何でこんな早く寝るんだか。


「楓、私が働いているスーパーのレジのアルバイトの時給が880円です。一日四時間働いて3520円。一か月に十六日働いて56320円です。まあ日祭日手当もありますし、夕方は時給五十円上乗せなので、もう少しあると思いますが、お金を稼ぐってのは大変なものですよ。ちなみに事務員である私は時給850円です」

「事務員さんのが安いんだ」

「売り場に出ませんからね。接客業というのは大変ですよ。楓、口角を上げて笑えますか?」

「え?」

「口角を上げて笑う、大きな声でいらっしゃいませって言う。意外と難しいものですよ」


私は意識して口角を上げてみる。

鏡が見えないがどんな拙い顔をしているのか自分でも想像もつかない。


「眉間に皺寄ってますよ」

「だってそんな風に笑ったことないし」

「入ったらその挨拶からみっちり教わりますからね」

「うーん」


律は私の太腿に乗り私の頬を指で持ち上げる。

まるでお母さんの太腿に乗せられた小さな子供が手を伸ばすみたいに。


「何してるの?」

「特に何も」

「そう」


今見つめ合っているという事実に気づく。

律が変身してくれたら逆なのになと思い、自分の想像に居たたまれなくなる。

自分は誰かの太腿の上に乗りたいと思ったことがあっただろうか。

そもそも誰かと誰かの関係が気になるなど。


「土砂降りですね」

「うん」

「メイ明日仕事だそうなので、傘貸してあげてくださいね。新しいの買ってきますから」

「うん」

「明日は一日雨みたいですよ」

「そうなんだ」

「仕事終わったらすぐ帰ってくるので大人しく家にいなさい」

「うん」

「じゃあ、寝ましょう」

「うん」


律が太腿から降り、体温が遠ざかる。

ほんの一瞬のことなのに、初めてのことなのに、ずっとこのままでいいと思ってしまった。

もっと近づきたいと思ってしまった。

空席になった自分の太腿がやけに寂しく哀れに感じる。

いつも通りなのに。

電気を消されてしまったので仕方がなく横になり、何も話せていないことに気づくがもう遅い。


「おやすみなさい、楓」

「おやすみなさい」


これから耳をすます生活が始まるのだろうか。

私はこの声の律から発せられる言葉を一つも聞き逃したくないのだ。

それが自分に向けられたものでなくとも。

そして気づく。

知っていたけど今更気づく。 

私は隣に眠る男のことを本当に何も知らないのだ、と。









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