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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
12/32

12本だ。

金子さんによりテーブルには赤い缶が六本、金色の缶が六本蹴散らされたかのように転がっている。

律は全部飲んでいいと言ったけれど、全部って何本なんだろう。

叔母さんもよく飲むなって思ったけど、金子さんは何というか、息をするように飲む。

それこそ動力がお酒なんじゃってくらい、飲まないと動けなくなるんじゃって程。


「ババアさ、ホットケーキがさ好きだったんだよ。でさ、曜子がさ来ると昼ホットケーキ食うの、普段はさ、畑で取れた野菜と味噌汁とスーパーの惣菜で済ませてんだけどさ、そうそう、婆さん畑やってたんだよ。でもさ、カボチャとか切れねえじゃん、だからさ、いっつも曜子が来るとカボチャ切ってた。曜子力持ちなんだよ。でっかい女でさー、反対に東京の次男の嫁はちっちぇえ女でさ、こいつらがさ、毎年ゴールデンウィークと盆と正月だけ泊まりに来るんだよ。その時が大変でさ、次男夫婦とその娘夫婦と孫で来るわけよ、計六人。当然二階に泊まるわけ、そしたら布団もないわさ、押し入れに隠れなきゃならんわ、夜中テレビも見れねえわ、風呂も使えねえわでさ、しゃーねえから銭湯行ってさ、自分ちなのに寛げねえわで、最悪だったんだよ」


貴方の家じゃないでしょう。

それにしても本当によく見つからなかったな。

堂々としすぎている。


「でもさ、そうやって人が来るといいんだよな。盆ってさ、仏壇に果物とか菓子とかお供えするだろ。だからそういう時に梨買ってきたり、カステラとかどら焼きとか買ってくるようにしたんだよ。あと客来るからな、気が利かして冷蔵庫にビール冷やしておいてやったり、物産展で明太子と松前漬買って来てやったりさ、あたしもさー、気づかれないのがさ嬉しくってさっ、卵とかもこっそり入れといたよ、ババア毎日茹で卵食ってたから。しっかしガキってのは何処の家のもうるせえな、孫だよ、孫。ババアからしたらひ孫か、こいつらがうるさいのなんのって、もう帰ると嬉しくってさ、まあババアもそうだったんだろうな。ほっとしてたもん。その時は思わずババアに抱き着きたくなったもんね。ババアやっと帰ったな、飲もうぜって」


金子さんが立ち上がり、冷蔵庫を開け瓶を持って帰ってくる。

麦焼酎だ。

一体どれだけお酒持ってきたんだろう。

律が長めのグラスを差し出す。


「メイ食べていきなさい。鶏のから揚げですから」

「おー、いいねー。ニンニクすりおろしてる?」

「ええ」

「じゃあ食ってく。これ飲まないといけないし。あと日本酒も冷やしてあるから」

「そんなに飲めますか?」

「飲める飲める。土産のつもりだったからいいの買ったんだよ、手ぶらってわけにわなーって思ってたからさー、そしたら飲まないっていうからー」

「取りあえず料理を運びますから缶を片付けなさい」

「はいよっ」


夕飯は鶏のから揚げ、白和え、小松菜の胡麻和え、きんぴらごぼうで、いつも通りすごく美味しかったけど、金子さんは鶏のから揚げを三つ食べただけで、麦焼酎の瓶を空っぽにし、食後のデザートの様に日本酒を開けた。


「まあそんなわけで、婆さんさ、具合悪くして入院しちまってさ、そのうち帰ってくるだろって思ってたら、曜子の家、草津なんだけど、引き取られることになったみたいでさ、引っ越しちまったわけよ。どうやら家も売るみたいだし。元気だったんだぜ。正月なんか雑煮の餅五つも六つも食ってたし、この間のゴールデンウィークなんか近江牛のさ、ステーキ食ってたんだぜ、あいつらさ、普段ババアに何にもしてやんねえもんだから来た時だけいいもん食ってんだよな。近江牛のすき焼きとかー、何か高そうな銀鱈の味噌漬けとかー、カニしゃぶとかさー、匂いだけでも美味そうなんだよ、あー、酒飲みてーって」

「そうですか。じゃあメイは今どこにお世話になっているんですか?」

「それがさ、いい家が見つかんなくってさ、ここらへん田舎じゃん?年寄りだけで住んでて二階使ってない家いくらでもありそうなんだけど、中々見つかんなくってさー、今探しているとこ。そしたら妖気を感じてさ、辿ってみたらこの家だったわけ。で、中見たらカワウソがいてさ、こりゃこの家乗っ取ったなって思ったわけよ。まさかこんな若え姉ちゃんと一緒に暮らしてるって思わなくってさー」

「そうですか、それは困りましたね」

「別にそんな深刻じゃねえけど、あたし一軒家じゃねえと嫌なわけよ、アパートとか狭えだろ。どこかババアだけで暮らしているような一軒家知らねえ?あばら家でも別にいんだけど、まあジジイでもいいけど、これから台風とかくんだろ、暴風雨の中野宿はキツイ」

「メイ良かったらここに住みませんか?家賃一か月一万円で」


え?

何言ってるの?

ここ私の家なんだけど。

と言ったらいいんだろうけど私は上手く声を出せず、口を真一文字に結ぶ。

決して声が漏れないように。


「一か月一万円か。酒代が一か月十二万だから、まあ払えるけど」

「ベッドとお風呂は使い放題。勿論冷蔵庫も一画お貸ししますよ。勿論テレビも見放題、どうですか?」

「一軒家だし、こそこそしなくていいわな、働いてるとこもここのが近えし」

「働いているんですか?」


声出た。

律を見るがいつも通りしれっとしていて何を考えているのかさっぱりわからない。


「働いてるよ。働かないと酒飲めねえじゃん。飲むために働いてんだよ。いっとっけどあたし無銭飲食とかしたことねえからな。人様のもの手つけたことなんか一度もねえよ。ババアが食べねえスモークサーモンとカマンベールチーズは食っちまったけど、あー、あとー、曜子が身体にいいからってっ言って作ってきた玉ねぎの酢漬け」


食べてるじゃない。


「えっと、何のお仕事してるんですか?」

「ヘルパー。ここちょっと行ったとこに介護施設あんだろ、橋渡ってすぐのとこ、基本そこで二時から夜の十一時まで働いてる」

「髪の色とか何も言われませんか?」

「ハーフって言ってるから。あとあたし顔がいいから何も言われねえ。入居者の家族が持ってくるからしょっちゅう菓子貰うんだよな。くっそ高えマロングラッセとか饅頭とか、あたしは酒のがいんだけど。まあ長いこと働いてるしな、愛着あるよ」

「長いことって?」

「七年かな」

「そんなにいるんですか?」

「あー、まあ」


大分長いこと帰りそびれているわけだ。

でも律と違うな。

律は長いこと同じところで働きたくないって言ってたもんな。


「メイ、どうしますか?」

「あー、じゃあ世話になろっかな。一軒家理想だし。冷蔵庫欲しいしね。ババアのとこいた時はジョッキを冷凍庫にキンキンに冷やして飲んでたんだよ。ババアアイス食べねえから」

「台所の傍の部屋を使ってください。冷蔵庫にすぐですし、お風呂もすぐです」

「おー、そりゃいいや。じゃあ一万円な」


金子さんは大きなショルダーバッグから財布を取り出す。

ショルダーバッグの中には白い星のマークの缶が何本か見えた。

まだあるのか。


「もう一か月の半分すぎちゃったので四千円でいいですよ」

「あー、飯とかあたしの分いいからな。正直一人で飲むのが好きだから団らんとかいらねえし、好きなもん好きな時に食いてえから」

「勿論そのつもりです。貴方に干渉するつもりはありません」

「まあこれからババアに何も買わなくてもいいしな、携帯代と一万円家賃に消えたとしても、あれ、これから十四万くらいは飲めるんじゃね?あたし色々しょっ引かれても一か月十七万くらい収入あるし」


服代も化粧品代もいりませんもんね。

妖怪は変身すると洋服も込みでできるので、服も下着も靴もいらない。

食べなくても死なないから食費もいらない。

よって働く必要は本来はない。

このようにお酒を浴びる様に飲みたいとか明確な欲求がなければ。


「なあ聞いといてもいい?」


金子さんは日本酒を飲み干し、ショルダーバッグから白い缶を取り出し、冷蔵庫に入れた。


「何ですか?」


律は立ち上がりテーブルのお皿を片付け始める。


「あんたらってできてんの?」


私は椅子に釘付けになる魔法をかけられたように動けなくなる。

その間恐らく二秒だけど。


「そんなわけないでしょう。年考えて下さいよ」

「さよけ、まあいいや。風呂借りるねー」

「どうぞ」


漫画が丁度いいところで終わってしまい、次のページに続きを探す感覚に似ている。

次のページに続きなどないし、来月まで続きは決して読めない、そんなもどかしい余韻。


「楓、メイもお風呂に入ったことですしアイス食べましょうか?」

「うん」


冷凍庫を開けると見たこともない大きなジョッキが入っていた。

それこそどんな大男が使うんだというような。

これに比べたら叔母さんのジョッキは小人用だな。

何だか可笑しくって律を見たが、小さな手でアイスの袋を開け私にハイって渡す律はいつも通りで、いつの間にか降り始めた雨の音に、確かにこんな中で野宿は可哀想だなと思った。

雨はどんどん強くなっていく。

この家で発生する全ての音をかき消すかのように。









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