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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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金子メイ 

家に帰り、いつも通り洗面所で手洗いうがいを済ませ台所に入ると、台所のいつも私が座っている椅子を見たこともない長い髪の金髪の女性に占領されていた。


「お帰りなさい楓」


律が変身していないということはこの金髪女性は妖怪、律の仲間なのだろう。


「ただいま」

「こんにちはー」


金髪女性が口を開く。

スーパーの従業員のような威勢のいい大きな声。

金髪女性は私は読んだことはないけど知っている漫画のキャラクターがプリントされた白いTシャツに下は黒地に紫の花柄のステテコを履いている、足は勿論素足で、如何にも自分の家で寛いでますって感じだ。

テーブルにはビールの缶が乗っており、六本ほどご丁寧にぐしゃりと音を立て潰されたであろう無残な姿となり転がされている。

律は今日仕事は休みだった。

昼間っから飲んでいたのだろうか。

二人っきりで。


「楓、お茶飲みます?」

「うん」

「取りあえず座ったらどうですか?そんなとこに突っ立っていないで」

「うん」


私は叔母さんが来たときに使う椅子に座る。

丁度向かい合う二人の真ん中に審判のように。


「挨拶位したらどうですか?」

「え?」

「貴方ですよ」


律は視線を金髪女性にやる。

私は律からグラスに入った冷たいウーロン茶を受け取る。


「だって、あんたが紹介してくんないから、あんたがする流れじゃないの?」

「まあそうですか、楓、こちらは、金子メイさん」

「金子メイです」

「石原楓です」

「えっと、あんたいくつ?」

「十九です」

「あー、じゃあまだ酒飲めないのか」

「はい」

「だから全部飲んでいいですよ。私も飲みませんしね」

「じゃあ土産何も持ってきてないことになるじゃん」

「別にいいですよ」

「そういうわけにもさ、何つうか義理がたたなかっていうか」

「義理なんてないからいいです」

「そうか、じゃあ飲むな」


金子メイさんと名乗った金髪女性は立ち上がり慣れ切った動作で冷蔵庫を開け缶ビールを出し、座るまで待てないのか、冷蔵庫の前で缶ビールをまるで高校球児が炎天下の中ランニングをし水分を補給しなければならないかのような飲み方をした。


「あー、うめー、生きてるー」

「メイ」

「あー、わーってるよ。やっぱ冷えてるビールは最高よなっ」

「知りませんよ。さっさと座りなさい」

「あー」

「あーじゃないです」

「いー」

「いーでもない、酔ってるんですか?」

「まさか、こんくらいじゃ酔わないよ。準備運動、ストレッチ」

「あのー」


このままじゃ埒が明かない。

自分の家なのにお客さんになった気分でゲームをする気も起きない。


「何ですか?楓」

「金子さんは妖怪ですか?」

「そうですよ。見たらわかるでしょう」

「そうそう、さて、楓さん、あたしは何の妖怪でしょう?」

「え?」

「クイズだよ。名前にヒントっ」

「そうですね」

「金子メイ、金子メイ、お金に関する妖怪ってことですか?」

「あー、違うよ、金子メイだよ。入ってるだろ」

「入ってる?」

「あー、もう鈍い。もういいよ。猫ちゃんですよ、妖怪猫又」

「猫?」

「楓、金子、カ、ネコさん」

「あー」

「あー、ってこんなもん?いい名前だと思ったんだけどなー」

「そうですね。メイ、話進まないんですけど」

「あー、まあ、そうな。あたしさー、こっからちょっと行ったとこでさ、婆さんが一人で暮らしてる家の二階に間借りしてたわけよ。まあ無断でね」

「無断?」

「あー、まあずっとそうして暮らしてたから。田舎のさ、一軒家だとさ、年寄りだけで暮らしてるから二階が空いてることが多いわけよ。しかももう階段危ないから上がってこれないからさ、まあ二階借りてたわけ、ついでに布団と風呂も」

「よく見つからなかったですね。お布団は兎も角お風呂って音がするでしょう」

「婆さん耳遠いし、夜寝静まった頃入るんだよ。風呂っつってもシャワーだけだし、あたしが仕事終わって帰ると婆さん寝てるからさ、そうなるとテレビ見てー」

「全く気付かれなかったんですか?」

「気づかれたら変身解いて猫になっちゃえばいいだけだし」

「家の中に飼ってもいない猫がいても驚きますけどね」

「何言ってんだよ、カワウソよりはドメジャーな動物だろ」

「カワウソは最近カワウソカフェとかありますし、メジャー感ありますよ」


何を張り合っているのやら。

猫はいくらでも見たことはあるが、カワウソを見たのは律が初めてだ。

ここは猫ちゃんに軍配。


「まあそうはいってもあたしだって勝手にテレビ見て風呂使って布団借りてたわけじゃないんだよ。ちゃんと家賃払いたいと思ってさ、冷蔵庫に取りあえず缶ビール入れといたんだよ、六缶パック。発泡酒じゃなくてビールな、奮発して」

「買った覚えもないビールなんてお婆さん困惑するだけでしょう」

「あー、そうかもなー。でもさ、あたしは自分が貰って一番嬉しいもんやりたいんだよ」

「それで、どうなったんです?」

「嫌、何日たってもババア飲まなくってさ、しゃーないから自分で飲んだ」

「買った覚えのないビールが今度は消えたんですね。お婆さん相当怖かったのでは」

「そんな女じゃないって、根性ある女だよ、九十四まで一人で暮らしてたんだから」

「そうですか。まあ、いいでしょう。それで」

「あー、だからあたしもビールはダメだとわかったから、もう面倒だから現金茶封筒に入れて仏壇に置いとこうかなと思ったんだよ。でも気づかないと困るだろ。悩んでいる時にさ、曜子が来ることがわかってさ」

「ようこさん。娘さんですか?」

「息子の嫁、毎週土曜日に来るから曜子」


それなら土曜日だろうが、月曜日だろうが曜子ではと思ったが話の腰を折るのでやめておく。


「で、曜子が毎週きてさ、冷蔵庫に食い物入れて帰るわけよ、掃除したり洗濯したりして、曜子な、大変なんだよ。娘が三人いて一人しか結婚しなくってさ、結婚した次女も離婚して子供二人連れて帰って来ちまうし、長女は結婚しないまま三十七になっちまうし、もうすぐ七十だからパートも雇止めでこれからどうしようって悩んでるわけよ」

「曜子さんのことはいいですよ」

「あー」


金子さんは立ち上がり再び冷蔵庫へ行き先程と同じ動作を繰り返す。


「で、曜子が食い物冷蔵庫に入れて帰るわけよ。そこであたしは閃いたわけ。すっごいぞー、天才じゃねって」


カワウソが立ち上がり台所で野菜を洗い始める。

どうやら相槌を打つのは私の役目になったらしい。


「どうしたんですか?」

「曜子がさ、婆さんのために身体にいいもんばっか買ってくるわけよ。青汁とか、プルーンとか、豆乳とかヤクルトとか、ああ、あと甘酒とか。あと菓子な、婆さんかりんとうが好きでさ、それと動物のクッキー。それを同じもの買って来て毎日ちょっとずつ足していくわけよ。そうしたら曜子が買ってきたと思って食ってくれるだろ」

「それだと食べても食べてもなくならないから逆に怖くないですか?」

「ババア気にしてなかったぞ。曜子も食べないなら食べちゃうわよって言って来るたび食ってたし。あと戸棚に定期的に鰯と鯖の缶詰入れといてやったぞ。これ食ってた。雨の日は買い物行かないって決めてたみたいだから、あと去年の夏暑かっただろ?あたし経口補水液、枕もとに置いといてやったらババア飲んでたぞ」


またしても謎の経口補水液。

お婆さんは一体なんだと思ってたんだろう。

ちょっと聞いてみたい。


「電球かえてやったし、石鹸切れそうになったら買っといてやったしな、ババアなんでも石鹸で洗うんだよ。顔も髪も身体も」

「シャンプー持ち込んだのに?」

「あー、婆さん全然使わなかったわ。頑固なんだよ。石鹸派だから」

「全然鉢合わせしなかったんですか?」

「あー、全然。まあ兎に角私は一応感謝の念を示したと思うんだよ、まあそんな不義理でもないだろ」


不義理の定義がわからないけど、そんな風に暮せるものなのかな。

台所からは律の野菜を刻む規則正しい音が聞こえてきて、どっちが人間なんだかと、その小さな背中に頬をすり寄せてしまいたくなり、椅子に座ったまま足の指を広げるという動作を何度か繰り返した。




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