卒業
高校を卒業した。
受験は一月に終わっていたけど、カワウソは境目の世界には帰らず、今日は卒業祝いのご馳走を作ってくれた。
ばら寿司、鶏のから揚げ、ピーマンの肉詰め、ポテトサラダに苺のショートケーキまで焼いてくれた。
二人で食べるには大きすぎるホールケーキを私は生れて初めて半分も食べた。
生クリームは何処にでも売ってるスーパーのものなのに優しい味がして美味しかった。
動けなくなるほど沢山食べたので、お風呂はカワウソに先に入ってもらった。
卒業式叔母さんは来たがっていたけど、働いているスーパーの休み希望は一か月に三日しか入れられないため、一番上の子の卒業式に休み希望を入れないといけないので、行けないからごめんねと言われ、三月の終わりに泊まりに行くからその時に卒業祝いと専門学校の入学祝い渡すねと言われた。
実の母にも貰っていないのでいいと言おうかと思ったが、カワウソから叔母さんはお祝いしたいんだろうから素直に貰っときなさいと言われたので有り難く頂いておくことにした。
カワウソは四月からは別のカルチャーセンターでお習字の講師をするらしい。
人間と違うのだから余り長く同じところにいるのは避けたいらしく、今度は如何にも妖怪っぽいと言うと得意げにまるで策があるかのように笑うので可笑しかった。
あんまり綺麗なもんだからいい寄られたり大変だったでしょと言うと、皆身の程をわきまえているから誰にも言い寄られなかったとしれっと言った。
お風呂から上がるとベッドの定位置にカワウソはもう横になっていた。
私はお腹がいっぱいなのと、明日から当分お休みなのでもうゲーム時間の確保で悩む必要もなかったので、さっさと眠ることにして、明かりを消し、カワウソの隣に横になった。
「最近早く寝ますね」
「そう?」
「ええ、まあ、楓。卒業おめでとうございます。よく頑張りましたね」
「ありがと」
「偉いですよ。毎日ちゃんと学校行って」
「普通でしょ」
「貴方はわりとしっかりしてますよね」
「え?」
「貴方はわりと計画的ですよね。看護師になろうとか、割としっかり考えていたのだなと」
「そりゃ考えるでしょ。まあ市内に看護学校があったのが大きいけどね。自転車で通えるし」
「しっかりしてますよ。ゲームにしてもそうです。たまに感心します」
「ゲーム?」
「毎日の日課を決めているでしょう。これだけはやらないといけないって、毎日毎日飽きもせず同じ戦場に行って、アイテムを集めて、地道にやっている。意外でした。貴方は怠惰で自分じゃ何にもできなくて、たった一人の身内であるお祖母さんを亡くしていますし、さほどこちらの世界に未練などないだろうと思っていたんです」
「話が見えないんだけど」
でも、何だろう。
いつまでも聞いていたい。
朝が来るまでこの声を。
「私はね、楓。境目の世界に変える時に貴方を妖怪王への土産にしようと思っていたんですよ。貴方は如何にも健康で人間にしては美しかったので。少しだけ一緒に暮らして、美味しいものを食べさせて、洗濯やら掃除やら家事の一切を引き受けて、楽な暮らしをさせて、もう私がいないと生活できなくさせてやろうと思ってたんですよ。貴方は孤独だし、こちらでの暮らしの継続をそう望まないだろうと思って。でも全然違いましたね。私の見込み違いです」
「ねえ、何を言おうとしてるの?」
「貴方を妖怪王にはやりませんって話です」
「うーん。どういうこと?」
「まだわかりませんか。兎に角貴方をでろでろに甘やかして、骨の髄まで堕落させて、一緒に境目の世界に行きましょうというのは辞めにしました。貴方はしっかりしてますよ。着実に一歩一歩進んでいる。貴方は強い。貴方は何があっても一人でも生きていけますよ。ご飯の用意もできないし、掃除も洗濯もできないですけど」
「やったらできるわよ。多分」
「そうですね。でもしなくていいですよ。いる間は貴方をうんと甘やかして差し上げますよ」
「それっていつまで?」
「さあ、まあ蓋が開くまでですけど、今の所いつ開くかわからないですね。こればっかりは妖怪王のきまぐれなので」
「妖怪王ってどんな人?」
「人ではありませんよ。妖怪の王です。まあ世界一強い妖怪でしょうか。ただし、妖怪の世界からは動けません」
「何それ?そういう設定なの?」
「設定って、まあそうですね。妖怪王が世界そのものなので」
「わー、何それ、面白い。ラスボスだ」
「そうなりますね」
「美形?」
「人型になったところを見たことがなにので何とも」
「美形で間違いないよ。その人に差し出すってお嫁さんってこと?」
「まあそうですね」
「私結婚は人間としたい」
「そりゃそうですよ。貴方結婚したいんですか?」
「したいよ。子供も欲しい。看護師なりたかったのも、確実に就職できるのと、子供生んでも職場復帰しやすいって言うからだし」
「結婚ですか。どんな人としたいんですか?」
「どんなって、考えたこともないけど、イケメンはダメだなって思うよ。私のお父さん凄いイケメンだったって叔母さん言ってたもん。だからイケメンは却下。優しくて真面目な人がいい」
「それなら簡単に見つかりそうですね」
「そうなの?でもその人が私のこと好きになってくれるかわかんないよ」
何て会話だろう。
私こんな話したの初めてだ。
どんな人が好き、か。
考えたこともなかったな。
人生初めての恋の話の相槌を打つのが妖怪だなんて。
「大丈夫ですよ。貴方は見た目は美しいし、自分が思っているほど性格だってねじ曲がってなんかいませんよ。貴方は・・・」
「貴方は?」
「いい子ですよ」
「何それ?」
何だろう。
くすぐったい。
変な気持ち。
今凄く誰かにくっ付きたいって思っている。
それが隣の妖怪になのかはわからないけれど。
「そういうわけで当分貴方の面倒見ますよ」
「うん、わかった」
「おやすみなさい、楓」
「うん、おやすみなさい」
安心している。
この暮らしが当分続くことに。
この夜を失わないことに。
今失いたくないがわかる。
わかってしまった。
私は隣で眠る彼に、いてほしいと思う。
できればずっと、ずうっと。




