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”DreamMagician“




 マッチ上でペアを探し、消して固定を組まない。“Pair of birds”ではそんなプレイヤーをソロマッチ専プレイヤーと呼び、ソロマッチのみの戦歴を参考にしたランキングもある。

 今月のソロマッチプレイヤー1位、それが彼だった。



 魔法使いになりたかった。小学生になると魔法使いになりたかったはずの友人は減っていった。ずっと夢を抱き続けるのがその夢を叶えることに近づくと俺は信じて止まなかった。

 中学3年になって進路希望に我慢できず、魔法使いと書いた。

 魔法使いを隠喩と勘違いした担任は俺に向かって、結局は何になりたいのかと問うた。

 途端、夢に罅が入る気がして逃げ帰った。二度と外には出なかった。

 崩れ落ちそうな滑稽な夢を笑われないまま、守り切ると誓った。自分の意志が一番、危険なところにあることを壊れそうになっていることを気づけはしなかった。

 自分の人生がもうとっくに取り返せないところまで来ていると指摘されることもなかった。

 弟が優秀だったから目劣りしたのだろう、俺はずっと咎められることなく狭い箱のような部屋で自分の夢の中にいることができた。


 暇な奴が家でできることなんて知れていた。インターネットゲームに手を出すのも時間の問題だった。当時ダウンロード数が一気に上昇し、トレンドに出てきていた“Pair of birds”というゲームをダウンロードした。基本無料で遊べ、課金が勝敗に一切関係ないそのシステムは俺にとって都合よかった。

 自分の選んだキャラクターに感情移入しスキルを使うのは、まるで魔法使いになったように感じて、のめり込まない他無かった。

 横の魔法使いよりも強い魔法使いになろうと思った。毎日、眠気で意識が飛ぶまで“Pair of birds”をプレイし続けた。

 “Pair of birds”は俺を救ったわけでも堕としたわけでもなかった。“Pair of birds”は俺を許していた。

 結局のところ持っていたその夢を捨てることが、幼少期描いたあの景色やあの世界にあの綺麗な場所を打ち壊すことが怖かった。大きくなって見えてきたこの世界よりも俺が信じた世界は綺麗だった。

 何かを創り出す人が魔法使いと称されることがある、それを耳にし目にしたときは少しだけ今の世界を信じようとできた。

 それでもこの世界はこの国は、汚い現実に埋もれている。

 目の前の景色と違う汚さが外にはある。


 中学2年の冬のことだった。ニュースで市内の女子高校生が行方不明になったと聞いた父と母は、早く見つかるといいなと話していた。だがその数日後、女子高生が死体で発見されたニュースが流れた。父と母は、何故もう少し早く発見できなかったのかと嘆いていた。だが食事の手は止まらず、次の日はそのニュースを何でもないように聞き流していた。きっともう覚えてはいないだろう。

 そこにすべてが詰まっていた。

 女子高生なら迷子には基本ならないだろう。携帯を持っていてもおかしくない。何も知らなくても駅周辺にたどり着ければ、いや誰かに声をかけられれば戻ることができたはずだ。そこから考えると、彼女は自力で行動できない状況下だったことになる。それが何も説明されずとも解る。体の自由がないということは安全な状況ではないということだ。しかも行方不明のニュースが流れるということは彼女がいなくなって2日は経っているのだろう。

 その時点で彼女が無事に帰ってくる確率は低いと言える。

 家で鍵を失くしてしまうように、市内で1人を失くしてしまうのは容易だ。それをすぐに見つけられるわけがない。きっと警察は防犯カメラや人々の目などから情報を探し彼女を探していたはずだ。

 それでも死体の発見までニュースから数日がかかった。

 おかしいことではない。警察が無力でもない。

 そもそも1回目のニュースで彼女が生きていればいい方だと大人ならわかるはずなのだ。

 大人である父も母もそれを見ようとしていないように俺は感じた。喉元過ぎれば熱ささえも忘れるように、きっと彼女のことを忘れていく。

 そこらへんに散らばる人の死を、何でもないようにして過ごせる人間と俺は俺のことを魔法使いにすることで区別したかった。


 あぁ、滑稽だ。滑稽だろう。だがお前らよりマシだ。

 命を大事にしろと言っているのではない、その汚い目のついた体で命の大切さを語るなと言っている。

 俺にも語れないように、それは誰にも語れない。

 そんな世界は大嫌いだ。


 目の前のこの国にずっと居たい。たとえ睡眠不足で倒れてもいい。

 “WIN”の文字の下でかっこよく赤い蛇の巻き付いた黒い杖を回すお気に入りのキャラクターを見つめる。あぁ、敗北した相手のキャラクターよりも同じマッチだった横の羽の生えた妖精よりも、魔法使いらしい。

 ずっとこの場所に居たい。俺は魔法使いだ。



 異常な勝率と勝利数を誇ったソロマッチプレイヤーランキングの王、半年ほどその座を揺るがさなかった彼は突如として消えた。

 彼の根強いファンは“Pair of birds”の公式チャット板で長くの間彼の話をしていた。いろいろな説が流れた。IPアドレスを特定し別のゲームまで探しに行った人もいると言われている。プレイヤー名のパクりも横行した。”DreamMagician“という彼の名前はそれほど多くのプレイヤーに知られていた。

 けれど彼は2年が経過した今も発見されず、一時の噂として風化した。彼の後、ソロマッチプレイヤーランキング1年間制覇を成した僕は彼のことをそれでも素晴らしい魔法使いだと信じている。1つのキャラクターだけで半年間もトップを守り続けた彼は才能のあるプレイヤーだった。それは僕でも成し得ない。

 彼のソロマッチでのプレイ動画を見てこのゲームを始めた僕は思う。

 そしてどこかでいい夢を見ているといいなと願う。


久しぶりに投稿しました。

相変わらず私もゲームが好きです。


次のお話は12月中UP予定です。息抜きシリーズとはいえ、しっかり楽しんでいただけるものをと思います。頑張ります。

次はこの中の語り手、僕のお話になります。

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