ナレーション3 その2
ナレ3:
血の池地獄は真っ赤に湧き立つ血が大きな桶で沸騰しており、中では罪人がみそ汁の具のように煮え、すえた匂いが辺りに充満しております。桶の縁に立ちまして晶、この地獄での陽気な道中を思い出してのすすり泣きでございます。
「どうした」と問うカジカに晶は言うのです。
「自分は、こんな風に生き生きと、人生を生きてこなかった。我慢や譲歩ばかりで、人生を主体的に生きなかった。15、16、17と、私の人生、暗かった」
「藤圭子かよ」とカジカは苦笑します。「辻で見つけた時、あんた、暗い顔してたからな」
(晶)「ずっと暗い顔して生きてきたけど、もう死んだんだから、誰に気兼ねすることなく、何に気兼ねすることなく、楽しんでやれと遊び倒してみれば楽しくて、嬉しくて、そして切なくて。こんな思い、生きている時に味わいたかった。生きてる時、もっとちゃんと生きればよかった。変な日本語だけども」
しんみりしてしまった晶の背を、カジカは優しくさすり、「でもまあ、この地獄旅行で、人生の楽しみ方、分かってよかったじゃねえか」
「でも」と晶は鼻をすすります。「楽しかった地獄巡りも、この血の池地獄で終わりだ。ああ、恥の多い生涯を送ってきました。いひひ、また太宰」
カジカ、ため息をつきまして、「しょうがねえ奴だな。太宰はもうやめろ。もう卒業して、楽しい生き方を思い出せ」
と言われますと地獄での楽しい思い出が走馬灯のように立ち現れ、「でもまあ、最後、楽しかったから、まあいっか、なんて」
と照れたように頭を掻いていると「何がまあいっかだ」とカジカ、さすっていた手で出し抜けに晶を突き飛ばします。まるで予想だにしなかった突き飛ばしに晶、あっと叫ぶ間もなく血の池に落ちましてゴボゴボ、水を飲んでしまい、ああ、死ぬ、いや死んでるんだけど、でも死ぬのは嫌だ、と、池に沈む体を水面へ運ぼうと必死の泳ぎを泳いで体が浮かび上がるとともにぷはっ、と肺の中の空気を吐き出しますと。