魔法もスキルも使えない?大丈夫、それがチートです。
何はなくとも
魔王城。
死の大陸にあり難攻不落を誇る魔族の拠点。
いつもなら恐ろしい怪物が周囲を睥睨し、兵士達は恐れる者もないかのように傲慢な様子を見せているが、その日は違った。
「なあ、聞いたか?」
「何をだ?」
「今迫っている奴、勇者じゃないんだと」
「…マジ?」
「ああ、闇蜂の連中が命がけで持ち帰った情報だ」
黒い鎧のデュラハンがため息をつく。
彼女の子飼いの諜報部隊、闇蜂。
人の国に入り込み、情報収集から暗殺までこなせない裏仕事は無かった。
魔王陛下の覚えめでたく、デュラハンとその部下たちが魔王軍で出世し、一翼を担うようになれたのも彼らのおかげだった。
だが、闇蜂は壊滅状態だ。
「我々も覚悟を決めねばならない」
「そんなに強いのか?」
「ああ。『無能の最強』、格闘家のリタ。我々魔王軍の天敵だ」
話を聞いていたダークオーガは身震いした。
果たしてそれは武者震いなのか、それとも恐怖だったのか、本人にも分からなかった。
※※※※
夕刻。
見張りの声でリタの来襲が分かった。
「来ました!勇者殺しのリタです!」
実際には殺してはいない。
魔法もスキルも持っていないリタをバカにした勇者が、リタに試合を申し込み、返り討ちにあって五分の四殺しにされただけだ。
ほぼ死んでいるのではというツッコミは、リタは華麗にスルーしている。
勇者を袋叩きにしてしまったため、国王に泣いて頼まれた魔王討伐。
「さ、魔王。覚悟しな。あたしはあたしより強い奴に会いに来たんだ!」
魔王城を含む一帯の『世界』が変化した。
その瞬間。
魔王城が粉々に砕け散り、魔王軍は全滅した。
「ちょっと待てやあああああ!」
リタの絶叫が魔王軍の消えた荒野に虚しく響き渡った。
※※※※
リタがこの世界に生まれる前。
彼女はこの世界の神に会ったことがある。
ただ、それは必ずしも厳かなものではなかった。
『ぶべら!へぐほ!ぎゃぶひ!?』
「神が勝手に人を地球から拉致ってんじゃねえ!」
『ご、ごめんッべっへえ!』
神らしき老人と、老人をフルボッコにしている女性。
彼女の背後には、殴られている老人よりも立派な男女の神がいた。
ただ、二柱とも毛虫でも見るかのような目で老人を見ている。
『百合や、そろそろ良かろう』
「そうね…ん?」
百合と呼ばれた女性がリタに気付いた。
神をド突き倒す百合に見とれていたリタは、彼女みたいになりたいと強く願った。
『ほう、見所のある魂じゃ。わしらから贈り物をしようかの』
溢れる力。
鍛錬の方法。
そして、確固たる『世界』
『よしよし、【漢も漢女も】《肉体言語》【拳で語れ】確立したの。これであの世界にもわしの弟子が…』
男の神が女神に張り倒された。
『またあんたは!』
「そうだぞ爺様!婦女子に何というものを押し付ける!」
今度はその神がフルボッコにされていた。
(ププッ)
思わず吹き出し、そこで意識は暗転した。
※※※※
で、現在。
彼女みたいになりたいと願ったリタは、まさしく百合みたいになってしまった。
魔力がなく、魔法もスキルも持っていない。
ひたすら鍛えて格闘家として名を成した。
どんな武人も魔導師も、リタには手も足も出なかった。
【漢も漢女も】《肉体言語》【拳で語れ】
この『世界』においては力と鍛錬がすべてである。
いかなる魔法もスキルも加護も無効化され、魔法生物は即崩壊し活動を停止する。
魔道具は破損し修復不能に。
武器類は暗器に至るまで使用不能。
純粋な力と技だけが闘う術である。
魔法もスキルもないために、世間からはバカにされ続けた。
だが、功夫を積み重ね、立ち塞がる者達を正面から叩き伏せ、闇討ちを悉く返り討ちにし、気が付くと誰も敵うものが居なくなっていた。
それはそうだろう。
この世界の魔法もスキルも、彼女の世界を越えられないのだ。
大陸一つ消し飛ばす禁呪も、世界の境界に至った瞬間消滅。
神も悪魔も両断するスキルも以下略。
魔法とスキルに頼り切った連中が勝てるはずがなかった。
攻略不可能と言われていたアンデッドダンジョン『不死王の大墳墓』がリタ一人に為す術もなく攻略されたのも当然だ。
アンデッドが彼女の世界に入り込み、端から粉砕されて魔素になる。
スケルトンもゾンビもゴーストも、みな等しく塵に還る。
武器だけ飛ばしても、世界に触れた瞬間その場に落ちる。
呪いの武器も一瞬で破損、呪いは消え去りゴミが残る。
毒の類も同じである。
魔王すら一合もすることなく倒してしまったリタ。
「あーあ、あたしより強い男ってどこにいるんだろ?」
リタの望みは、自分に勝てる男性を見つけて伴侶になること。
残念ながら、彼女の春はまさしく神のみぞ知る。
最強伝説