突然の死
中古のオープンカーで、サーカスの2人はただ風を浴びていた。町の外へつながる道路はマフィア達に封鎖されており、道路は大渋滞。彼らも立ち往生していた。風がどれだけ吹いても、流れる汗が乾かない。
なぜ今日に限って。サーカス内では“軽業師”と呼ばれている2人、ウォーカーとブランコは苛立った。
彼らは町からの逃走を計画し、その実行日が今日だった。2人にとっては預かり知らぬ偶然であったが、町ではマフィアのボスが暗殺され、部下は犯人の追跡に血眼になっていた。
「どうする」
助手席で、ブランコは運転手に尋ねた。本当は、どうすりゃいいんだと叫びたかった。数多くの盗みを成功させてきた自分たちが、なんとも運の悪い状況に追い込まれている。
「ピエロ野郎がっ、クソ! これも奴の仕業か」
ウォーカーがハンドルに頭を打ち付けて、舌打ちをした。クラクションの間の抜けた音が響いたが、2人はまったく笑えない。
彼らが逃げるのは警察ではなく、身内からだった。団長が脱退宣言をしてから、サーカス内は真っ二つに割れている。団長のようにサーカスと縁を切りたがる者と、道化師のように“公演”を続けたがる者。盗みの実行者であるウォーカーとブランコは前者である。2人はサーカス内ではかなりの厚遇を受けていたが、これ以上危ない綱を渡るのは御免だった。
だが、道化師は脱退であれ何であれ、サーカスの存続を侵す者を許さない。過去に警察に密告しようとした男がいたが、道化師に家ごと焼き殺されている。皮肉にも、彼のあだ名は“火の輪くぐり”だった。
さらに悪いことに道化師は徹底した秘密主義者で、メンバーにも自身の素性を明かしたことがない。月に一回の集会に現れるときは、白塗りに涙のペイントで本当の顔を隠している。 サーカス内で彼の正体を知る者はなく、それゆえに彼を排除することができない。
彼らの背後には道化師がおり、前方では若いマフィアの集団が鬼気迫る顔で郊外に向かう車を検分している。直接危害を加えたわけでないが、彼らの領域で好き勝手に泥棒を働いたという事実がある。サーカスの人間であることが知られたら、警察に突き出されるだけでは済まないだろう。
その時、ウォーカーはマフィアの1人と目を合わせてしまった。
「何見てる」
くすんだ金髪の、人相の凶悪な男がこちらに近づいてくる。勘弁してくれ。2人は心中で呟いた。
「お前ら知ってるのか」
「何を……」
ブランコが言い切る前に、彼は鼻骨をへし折られた。
「俺が話してるだろ。もっと他人に思いやりを持てよ、まったく……手がいてえ」
マフィアは、指をぶらぶらさせながら話を続けた。
「街で俺たちのボスが殺された。俺たちは犯人を探してる。OK?
それで俺は、今まさに街から出ようとして、かつ俺を見ていたお前らを疑っている」
見た目にそぐわない丁寧な説明だったが、サーカスの2人は殆ど内容を聞いていなかった。ただ厄介なことに巻き込まれたということだけは理解できた。
「だから、ちょっとお前らの自動車を調べさせてくれ」
今自動車には、変装のための衣装と大量の紙幣が積まれている。冤罪であるが、真っ白な身でない以上、探られるのは非常にまずい。
「すぐに済ませるから…」
マフィアがトランクに回った時、ウォーカーは懐から銃を取り出した。
軽率だった。相手は、リボルヴァーは荒事を片付けるプロであり、拳銃の扱いにも長けている。ウォーカーが銃に指をかけた瞬間、しし座の彼は逆に射殺されていた。
「なんで俺に銃を向けた?」
リボルヴァーがもう1人に銃を向けると、相手は座席から風船のように飛び上がり、後方の車を飛び越え逃走した。リボルヴァーは舌打ちをして、それを追った。