ショッキングピンク
稀代の怪盗集団サーカス。19××年ほど前からクロスタウンに現れ、富豪ばかりを狙った盗みを働いていた。
サーカス団の公演広告に似た予告状を送り、どんなに警備が厳重な場所からも必ず盗みを成功させる。警察や地元マフィアの捜索も虚しく、メンバーは現在誰1人として見つかっていない。
退屈な市民達は、サーカスをもっぱら娯楽の対象として扱った。金持ち警察、マフィアは威張っているだけで能がない。日頃にたまっている嫉妬や不満のはけ口として、市民達はサーカスを囃し立てた。
だが、サーカスは5年ほど町を騒がせた後、突然姿を消した。富豪に雇われた殺し屋に全員始末された、マフィア達に沈められたなどの噂が立ったが、どれも確証には至っていない……。
「むむっ!」
大柄な身体に、人好きのする笑顔が乗っかっている青年が唸った。彼は確信する。今日のコーヒーは何かが違う。
「豆を変えたでしょ」
喫茶店の女店主に向かって、したり顔で確認した。女店主は、おさまりの悪い赤毛をかき上げコーヒーの秘密を明かした。
「それはミルク紅茶よ、ドッド。でも、味の違いが分かったとこは褒めてあげる」
「惜しかったな〜」
味音痴を特に気に病む様子もなく、ドッドは『今日の星座博士』という新聞のコラムを読み始めた。
「今日の水瓶座は……」
また妙なものにハマったわね。女店主のジュリアは、なにごとも飽きっぽいが誠実な青年を見つめながら思った。彼女自身、占いはあまり信用していない。ついでに無宗教である。
短い人生を、他人に任せるな。これが彼女の座右の銘であったが、あえてドッドに説教をすることはない。自分という“他人”が、ドッドの人生に口を出すわけにはいかない。
「危険な出会いがあるかも。今日は一日中家にいるといいでしょう。今から自宅に戻ろうかな」
「ここも貴方の家みたいなもよ」
さりげなくドッドを引き止めながら、朝食のサンドイッチをカウンターに乗せた。細長いバンズの中に、レタス、トマト、カリカリに焼いたベーコンがみっちり詰まっており、味付けはドッドの好みである蜂蜜風味のマスタード。これは亡くなったドッドの母親から、ジュリアが教わったものである。
「それに、今日も仕事をしなきゃ」
「それじゃあ仕事の電話が来るまでジュリアと一緒にいるよ」
「アナタがいつもここにいるから、最近じゃ掃除の依頼が喫茶店にくるんだけど」
ジュリアがくすくすと笑っていると、喫茶店のドアが乱暴に開く音がした。
「いらっしゃい…あら、町外からの人?」
「なんで分かったのー?」
妙に間延びした口調で、来客は答えた。
「そんな格好をしている人が町にいたら、すぐに顔覚えるわよ」
来客者は、フリルが過剰に取り付けられた、少女趣味の薄いピンク色のドレスを身にまとい、背中の半分まで伸ばした髪は、目に痛いピンクで染め上げられていた。
「やっぱり目立つ?」
可愛らしいが、同性を妙に苛立たせる笑顔で女は首をかしげた。ドッドは見惚れるいうよりは珍獣を見つけたような顔で、目を輝かせていた。
「君すごいね。そんな格好で外を出歩けるなんて!」
「ありがとぉ」
強烈な皮肉に聞こえるドッドの褒め言葉を、女は受け流して席に着いた。ドッドの隣に陣取り、紅茶ちょうだい、とジュリアに言った。
「私ね、人探しをしてるんだけど見つからないの。でも、その人の名前を他の人に教えちゃいけないから、困ってて」
そんなことを相談されても、こちらも困る。そうジュリアは思った。
ドッドは新聞の切り抜きを見つめると、女に尋ねた。
「何座?」
「ざ? ざって何?」
「星座だよ。君の星座の運気が下がっているせいかも」
胡散臭い占い師のような言葉を、ドッドは至極真面目そうに言った。
「幸運を呼ぶ銀のブレスレット、今ならお値打ち税込1260ドル?」
最近起こった詐欺事件を引き合いに出して、女はドッドをからかった。
疑われていることを気に止めず、ドッドは「初回無料となっております」と言い、彼女の星座を聞き出した。
「かに座…かに座。『今日は仕事で大失敗するかも。バッドカラーにも近づかないようにしましょう』」
「バッドカラー?」
「ピンクだってさ」
出された紅茶を、冷や汗をかきながら女は啜った。
「た、ただの占いでしょ」
「いや、わからないよ。そのままだと人が見つからないどころか、もっと酷い目に逢うかも」
神妙に頷きながら、ドッドは女に忠告した。
「俺の親父が理容師をやっているから、そこで髪を染めてもらうんだ。ほら、割引券あげる」
「このままじゃヤバいの?」
「絶対ヤバいよ。きっとマフィアに因縁つけられて髪の毛毟られたりするよ。それに、ピンクの染料は髪にも良くないんだ。将来抜けるよ髪の毛全部!」
「ヤバいわ!!」
ドッドがまくし立てると、女も合わせて叫んだ。
「理容室の場所は?」
「この店を出たら、大きな通りが見えるだろ。そこを真っ直ぐ行って、三番目の交差点を左に曲がってすぐ。わからなかったら、町の人に聞いて。ウチは結構有名だから」
女は紅茶を一気に飲み干すと、割引券と新聞の切り抜きをドッドから受け取り、店を飛び出していった。
「また1人、迷える子羊を救ってしまった…」
短く刈り込んだ髪を、無理やりかき上げてドッドは呟く。蚊帳の外におかれたジュリアは、その仕返しも込め彼に言った。
「お客さん、紅茶代」