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第1部 隔離 04

 授業内容は外にいるときと基本的に変わりなかった。もちろん多少のずれはあったものの、少人数のクラスの上、放課後に先生が補習を行ってくれたので、すぐに追いつくことができた。

「あいつら、みんな独身なんだぜ」

 国語の授業が終わって休み時間になると、森山が話しかけてきた。今日は左右生地の違うシャツに、ヴィンテージ風のジーンズを穿いていた。よくわからないが、少なくとも俊がよく着るスーパーのブランドには絶対ないデザインだった。

「結局みんな俺たちの力が怖いのさ。だから結婚して子供がいる奴は、金を積まれてもなかなかこの仕事をしたがらないんだ。今授業をしていた時田のジジイもそうさ」

「河田、島崎、川崎、みんな独身。役所の中で、〈いつでも死んでいい要員〉とか言われてるんだって」

 隣にいた山岡美佐子が話しを引き継いだ。どこか眠そうな目をした子だった。

「でも、田原は結婚してたでしょ」

 浜口がフォローを入れた。

「あいつは家を建てたから、金がいるんだってさ。もし死んでも、国から結構な金が出るらしいからね」

 その時、不意に館内放送が鳴った。

「山岡美佐子さん、面会室へ来てください」

「ママたちだ」

 つまらなそうにしていた美佐子の顔が、ぱっと明るくなった。いそいそと、机の上に乗っていた教科書や文具を鞄へ詰めて、出て行く準備を始めた。

「山岡、お前まだ授業が終わってないじゃねえか」

 戸口に立った美佐子へ背後から冷たい声を放った男子がいる。福池だった。

「あたしはもう、先生に許可をとっているの」

 美佐子は振り返り、福池に口を尖らせた。

「ふん」

 福池は鼻を鳴らして窓を向いた。

「あいつ、ひがんでるんだよ」

 美佐子が出て行ったのを見届けた後、森山は笑みを浮かべながらささやいた。

「ふざけたこと言ってんじゃねえ。俺がいつひがんだんだよ」

「なんだ、聞こえてたのか」森山がニタニタ笑みを浮かべながら振り向いた。「本当のことを言って何が悪い」

「俺はあいつらに会いたくねえんだよ」

「やせ我慢しちゃってさあ」

 一瞬、森山から見えない圧力のようなものを感じる。俊は思わずのけぞった。

「あんたたち、やめなさいよ」

 ヌシが立ち上がり、二人の間へ入ろうとした。

「うるせえ」

 森山と福池が同時にそう言い放った瞬間、彼女ははじかれたように後ろへ飛び、背後にあった机にぶつかった。生徒から悲鳴が上がる。

 福池の前にあった机が左右に動き、二人の前に道が開けた。

 森山がゆっくり立ち上がる。

 福池が無表情で一歩踏み出す。

 周囲に、静電気を帯びたような空気が張り詰め、髪の毛が逆立つような感覚に襲われる。

 突然傍らにあった机が宙に浮き、森山へ向かって飛んでいった。

 机は森山にぶつかろうとする手前ではじかれ、天井へそれた。

 防御は想定内だったようだ。福池は、飛んだ机と共に森山へ駆け寄っていた。

 福池の手が森山の襟を掴み、シャツのボタンがはじけ飛ぶ。もう一方の手を握りしめ、顔面を殴りつけた。

 福池の拳は顔に当たらなかった。しかし、森山の頬はゆがみ、顔がのけぞった。

 次の瞬間、二人は爆発が起きたようにはじかれる。

「痛えじゃねえか」

 森山は頬をさすりながら、鋭い目で福池を睨んだ。

「離れよう」

 浜口が腕を掴んで引っ張った。言われるまま、俊は廊下へ移動した。

「下手に近くにいると、巻き込まれるんだ」

 浜口は落ち着き払い、窓の外から二人を見ていた。

「二人を仲裁しなくていいのか」

「したいけど、二人はアグノーを出しているんだから危険だよ。このまま見ているしかない」

「だぁっ」

 森山が気合いを発した瞬間、隣にあった机や椅子が吹き飛び、俊へ向かって来た。思わず伏せる。

 次の瞬間、激しい音を立てて椅子が窓ガラスへぶつかったが、ガラスの割れる音は聞こえなかった。恐る恐る顔を上げた。

「窓は強化ガラスを使ってるからね。簡単には割れないんだ」

 立ち上がって様子を見る。森山と福池は睨み合って動かない。

「不意打ちを除いて、基本JSの喧嘩って地味なんだ。アグノーを出し合って、力尽きた方が負けだからね」

「負けた方は、袋だたきってことになるの?」

「うん。ただ、最終的にアグノーで守られるから、大けがはしないけどね」

「アグノーを出してる奴は誰だ」

 階段から巨大な体を揺らし、男が走ってきた。フルフェイスのヘルメットのような物をかぶっていたので、顔はわからない。声と体格からして田原だろう。両手に、銃のような物を抱えている。

 田原は教室へ入り、問答無用でいきなり銃を構え、発射した。

「催涙弾だ。逃げろ」

 また浜口に腕を掴まれ、俊は廊下を走った

「あれをやられると、一日涙が止まらなくなるんだ。砂埃程度ならアグノーで防げるんだけど、催涙ガスは粒子が小さすぎてだめなんだよ。ジューケイの話だと、訓練すれば防げるみたいだけどね」

――ただいま校舎二階にて、催涙ガスを使用しております。移動の際はご注意ください――

 川崎の淡々とした声で、校内放送が響いた。

「いきなり催涙弾をぶっ放すなんてさ、びっくりだよ」

「最初は僕もそう思ったよ。中学生の喧嘩にあんなのを持ち出すなんてさ。でも、僕たち普通じゃないんだ。アグノーを持ってるから、へたに取り押さえしようとすれば、先生たちがやられちゃうしね。

 ストロンチウム製剤を飲んでるからアグノーの八割は削がれるけど、今見たとおり、残りの二割だけでも結構な力なんだ。ああいう状態だと、興奮して先生の声も耳に入らないから、催涙ガスで鎮めるしかないんだ」

「あの後二人はどうなるんだい」

「一週間ぐらい、独房送りになるんじゃないかな」

「独房って……」

「正式には特別教育室とか言うみたいだけどね、文字通り独房そのものだよ。今いる部屋の半分ぐらいのスペースに、ベッドとトイレが仕切りなしで置いてあるんだ。一日一回シャワーを浴びるとき以外は、ずっと閉じ込められた状態で、食事もその部屋で食べなきゃいけないんだよ。最後に反省文書かされて、先生の面接が通れば、ようやく自由の身になれるのさ」

「浜口君は入ったことあるの?」

「一回だけね。二つ年上で館野っていう奴がいるんだ」一瞬、浜口の目元が揺れた気がした。「そいつとトラブルになってさ、思わず使っちゃったんだ」

「館野と何があったのさ。喧嘩でもしたの?」

「いろいろあったんだ……」浜口は口を濁らせた。「ともかく館野って奴には注意した方がいい」

 俊はもう少し詳しい話を聞きたかった。しかし、さっきまで穏やかな浜口が、急にこわばった顔になり出した。これ以上話を促せる雰囲気ではなかった。俊は話題を変えた。

「福池ってさ、どうして森山君の言葉であんなに怒ったんだい?」

「ああ」浜口が穏やかな表情へ戻った。「痛いところを突かれちゃったんだよ。あいつ、ここへ来てから一度も両親と会ってないんだ。だから、他の子たちが面会に来てるのを見ると、つい、ひがむんだよ。それを森山君に指摘されちゃったわけ」

「どうしてそんな風になっちゃったのさ」

「通報したのが、福池君のお父さんだったんだ」

 言ってしまって気まずくなったのか、浜口は一瞬目を泳がせた。

「彼が来たのは去年、僕より一ヶ月遅れだったんだ。聞いた話だと、喧嘩した時にアグノーが出て、相手を殺しちゃったらしいんだ。それを知った親御さんが動転して、すぐに警察へ連絡したそうなんだよ」

「あいつはそれを恨んでいて、親と会わないのか」

「福池君、正直言ってあんまり感じのいい奴じゃないけど、それなりに理由があるんだ。ま、ヌシに言わせれば、ここに来る子は誰でも事情があるんだし、福池君だけが特別じゃないってことになるけどね」

「クロックの皆さん、代わりの教室は東棟三階のC―2になります。早く移動してください」

 川崎が校舎間へ出てきて、散らばっているクロックの生徒へ呼びかけた。

「さあ、行こうか。東棟はあそこだよ」

 浜口は右側にある建物を指さした。そこは他の施設と比べて、壁がくすみ、若干古ぼけた印象だった。

「あそこはこの学校ができる前からあったんだ。もともとはJSの研究施設だったそうだけど、手狭になって今のところへ新設したんだよ。空き家で、こんなことがあると使うぐらいさ」

 グラウンドでは別のクラスが体育の授業をしていたので、クロックの生徒は建物沿いをだらだら歩いて東棟へ向かった。

「幽霊ビルへ移動か」体育の授業をしていた男子生徒が、クロックの生徒へ、へらへら笑いながら呼びかけた。

「あそこ、幽霊ビルって言われてるの?」

「うん。あそこで、僕たちの先輩が実験で切り刻まれて、その人たちの幽霊が現れるっていう噂があるんだ」

 俊は改めて東棟を見た。四階建ての変哲もない古ぼけたビルだった。ただ、周囲の真新しい建物の中にあると、たたずまいに違和感を覚える。俊はその中で誰かが解剖されている様を想像して、思わず足を止めた。

「あくまでも噂だよ」浜口が振り向いて笑った。「研究所だったのは確からしいけど、実際幽霊を見た人はいないんだ。ヌシが言ってるんだから間違いないよ」

 クロックのメンバーは、東棟の中へ入っていった。


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