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第2部 血まみれの愛 13

 射撃場だったビルは、由衣と館野の戦いで柱の鉄骨がゆがみ、崩落の恐れがあると専門家から診断されていた。しかし新しい訓練施設が完成されないことを理由に、そのまま使用されていた。建物が倒壊しても、JSは死なないと思っているのだろう。廃墟の様相を呈してきた室内で、館野は相変わらずハードな訓練を行っていた。

「来いよ」

 館野は額に汗を浮かべながら、じっと対戦相手のヌシを見つめていた。ヌシは真剣だが、どこかにクールさが漂う眼差しで館野を見据えながら、万歳をするように両手を広げた。

 ヌシのアグノーが、一直線になって飛んでいく。

 館野は右に避けた。

 アグノーは三本に広がり、館野へ襲いかかる。

 館野のアグノーが防御する。

 コースが曲げられた。

 背後の壁から鈍い音が響き、三つの穴が横一列に並ぶ。

 三本のアグノーはそのまま絡みつく。館野は力場で押さえながら反撃のアグノーを発する。ヌシはジャンプをして逃れたが、アグノーを振り上げ、天井に押しつぶす。

「ううっ……」

 ヌシは、顔をゆがめて呻いたが、三本の力は緩めようとしなかった。

「死ねやっ」

 館野は更に力を込める。そのとき、わずかに力場が弱まった。

 三本のアグノーが力場を突き破り、館野の上半身を締め付けた。慌ててヌシを押さえていた力を離し、自らの力場に力を込めた。

 ぶつかり合った二人のアグノーが発光する。自由になったヌシから、更に別の力が伸びていき、足へ巻き付こうとした。館野は光に包まれ、姿が見えなくなっていた。

「うぉぉ――」

 光の中から叫び声が上がり、光が四散した。中から、荒い息をした館野が現れる。ふらつきながら、壁にもたれかかった。

「もうやめだ。お前は合格。俺が相手をするまでもねえや」

「最後までやりなさいよ。どうせ負けるのが嫌なんでしょ」

「うるせえ、今日は腹の調子が悪いから、力が出ねえんだよ」

「踏ん張ると漏らしちゃうわけね」

 ヌシは目に侮蔑の色を浮かべて微笑んだ。館野はうるさそうに横を向き、舌打ちする。ヌシが自分の力を上回ったのを認めたくないのだ。

 メンバー全員、ストロンチウム剤の影響は消えていた。加えて館野の連日に渡る執拗なしごきで、制御もうまくなってきた。特にヌシは力も館野以上なのに加えて、何本ものアグノーを自在に操る術を編み出し、テクニック的にも館野を超えていた。

「次は浜口だ」

 強ばった表情で浜口が立ち上がる。彼は力が弱い上に、テクニックも稚拙だった。

「行くぜ」

 館野は目をぎらぎらと輝かせていた。

 自信なさげに構えた浜口に向かって、アグノーが殺到する。

 右へ倒れて避けようとしたが、アグノーも方向を変えて直撃した。

 力場は保ったが、体がコンクリート壁にめり込む。

「避けるには、ぎりぎりまで引きつけろ。でなけりゃ見切られる」

 館野は容赦なく攻撃を加えた。時折反撃はするものの、ことごとく防御され、最後はサンドバッグ状態になっていった。

「こんなじゃあ、どうしようもねえな。取締りに出て行ったら、すぐに殺されるぜ。ま、それで困るのはお前だけなんだけどな。どうせ親だって、お前がこの世にいないことにしちまってるんだろ」

「浜口、お前を思っているのはここに三人いるからな」

「同期の友情って奴か」俊の声かけに、館野は鼻で笑った。「だがよ、戦場に出たら、どうなるかわかったもんじゃないぜ。誰だって最後は自分が一番かわいいもんなんだ。頼れるのは自分一人しかいない。このことは肝に銘じておけ」

 館野がぼろぼろになった浜口を投げてよこした。それを俊はアグノーで受け止める。

「さっき塚原から言い渡されたんだが、ここでの訓練は今日で終わりだ。明日は最終試験を行う。その後お前らは実戦に投入されるそうだ」

「もしその試験に通らなかったら、どうなるんだ」

「お役御免で心臓が止るまでさ。そんなに難しい試験じゃない。度胸さえあれば浜口にだってクリアできる内容だ」

 館野が出て行った。俊は後ろ姿を睨みつけながら見送ると、浜口を抱き起こし、ヌシに水を持ってくるよう頼んだ。彼女はアグノーを細長くして、部屋の隅に置いてあるペットボトルに巻きつけ、引き寄せた。

「器用なもんだな」

「昔からアグノーで由衣とあやとりしてたからね。きっと訓練すれば、誰でも出来るようになるわ」

「そうなんだ」

 淡々と喋るヌシに対して、俊は違和感を覚えていた。かつてなら、さっき浜口がやられた行為に対して、俊以上に抗議の声を上げるはずだった。

 由衣の死によって、彼女はすっかり変わってしまった。

 ようやく立てるようになった浜口を促し、四人は階段を降りた。外ではいつものように、バスの前で田原が所在なさげに待っていた。心細そうな表情を見て、不意に怒りを覚える。アグノーで吹き飛ばしてしまいたい衝動を抑えながら、俊はステップを登った。

 全員乗り込んだのを見届け、田原もバスへ乗り込んだ。

「運転手さん、行ってください」

 かつてはクロックの担任として、俊たちを引っ張っていった田原だが、最近は授業もなく、ただ送り迎えをするだけの存在になっていた。最初は教師らしく俊たちの様子を案じて声を掛けていたのだが、森山が「うぜえ」と言い出してからは、それもなくなっていた。

 今はストロンチウム製剤の効果もないので、生徒たちは一瞬で田原をバラバラに出来るほどの力を持っている。彼自身もそれをわかっているので、何も言えないのだ。

 かつて森山と福池が喧嘩をして、田原が催涙弾を投げ込んで面食らった時もあった。

 あの日が、遠い日々に感じられる。

 これから俺たちはどうなってしまうのだろう。遠くからは暗雲が立ちこめ、迫って来るような気がした。

 体の中で、恐怖と不安が出口を求めて暴れ出す。俊は一旦走り出したバスを止めさせて外に出た。木陰に入って、胃の中の物を吐く。

「大丈夫?……」

 背後からヌシの声が聞こえ、そっと背中をさすってくれた。以前こんなふうに優しくされたのはいつ頃だったろうか。そう思うと、不意に涙が溢れてくる。

「ありがとう。落ち着いてきたよ」

 実際吐き気は収まってきたが、涙を見せたくなくて、背中を向けたまま答えた。

「そう……じゃあ、行くね」

 ためらいがちに答えたヌシが、遠ざかっていくのを感じていた。

 家族とは、弟が怒りをぶつけてきたあの日以来会っていない。きっとこれからも会うことはないんだろうと思う。わざと記憶から締め出そうとした結果、今では顔を思い出すのも難しくなっていた。家族はいないも同然だった。

 もし、自分に家族のような存在があるとすれば、クロックのメンバーだけだった。

 しかし、そのメンバーたちも明日一緒にいるとは限らない。既に由衣はいない。

 自分たちの将来を思いながら、収まり駆けていた涙が再び溢れてきて、足下の吐瀉物の上に落ちていった。

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