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第2部 血まみれの愛 6

 北海道での脱走事件が起きてから一ヶ月が過ぎようとしていた。このうち二週間以内に二十三人が室戸岬沖で撃沈され、二十一人が北海道や岩手でのアジトを発見され、殺害されている。しかし、残りの四十一人の手がかりはつかめず、現在に至っていた。既にストロンチウム製剤の期限は切れており、日本中が緊張に包まれていた。各国は既に大使館員の家族を帰国させており、日本国民の中にも、海外移住を計画する者がいた。

 その日、JS研究センター内には大雪が降っていた。三月の初めというと、一般的には春のイメージだが、ここは標高が高いこともあり、春雨前線の到来が、雪をもたらすこととなる。

 この日は日曜だったので、圭太は食堂で他の連中たちと一緒にテレビを見ていた。番組内容のほとんどは相変わらず脱走関連だったが、圭太が注目していたのは参議院本会議の中継だった。本来なら開催しない休日に行っているのは、勿論JS保護法の改正を審議しているからだった。

「あーあ、成立しやがった」

 テレビで議員が万歳をしている姿を見ながら、森山が吐き捨てるようにつぶやく。

「しかし賛成二百二十四人で反対がゼロ、棄権九人だけとはね。いくら脱走犯で大騒ぎしているからって言っても、ここまで反対が出てこないとは思わなかったな」

「仕方ないわよ。みんなJSが怖いんだから」

 ヌシが投げやりに言い放ち、ブラックのコーヒーを一口飲んだ。その隣で由衣がじっとテレビ画面を見つめていた。

「俺たち、今日から犬猫と同じ扱いになっちまうんだぜ」

「でも一応保護規定はあるじゃないか」

 浜口が反論する。

「バカ、確かに既存の法律が準用されるようになっているがな、除外規定が出来てるだろ」

 森山が改正案をコピーした紙を見せる。

〈国から指定を受けたものは前項の規定にかかわらず、必要に応じて対象を処分できる〉

「要するに、塚原が俺たちを殺しても、なんの問題もないのさ」

〈規格から外れた対象は処分されなければならない〉

「規格外ってのがよくわかんないけどさ、今逃げてるような奴らは、誰が殺しても罪には問われないって意味だろ。まるで害獣扱いさ」

 国会中継が終了したのでクロックも解散した。俊は陰鬱な気持ちを抱えて自分の部屋に戻った。

 ネットでJS関連の記事を検索してみる。様々な解説や意見が並んでいるが、共通しているのはJS患者に対する恐怖だった。かつての山原に代表されるような、JSを擁護する声は完全に消えてしまっている。

 一体これから俺たちはどうなってしまうんだろう。その手がかりでも見つからないかと思いながら、俊は更に検索を繰り返した。

 不意にドアをノックする音が聞こえた。時計を見ると、既に九時を過ぎている。一体何だよと思いながら立ち上がり、ドアを開けた。

 目の前に青い作業服を着た見知らぬ男が立っていた。手に、ライフルを構えている。

 反応する間もなく、ライフルから鈍い発射音が響いた。気づいたとき、彼の胸に、麻酔弾が突き刺さっていた。

 俊は声を出す余裕もなく意識を失った。


 目が覚めたとき、俊はベッドの中にいた。半身を起こして窓から外を見ると、見慣れた校舎や宿舎が視界に入ってきた。その位置関係から考えると、ここは病院の中らしい。そう気づいた瞬間、胸に鈍い痛みが走った。

 そっと胸を触った。包帯が巻いてあるのがわかる。いつの間にか、青い手術着に着替えさせられていた。

 部屋は四人部屋だった。隣に浜口が口を開けて寝ており、向かいでは森山がサングラスを外された状態で眠っていた。嫌な予感がしてここから出ようと思い、床へ立った。

「石黒君、すまないがみんなが起きるまで、そこにいてくれないか」

 室内に放送が響く。塚原の声だった。どうやら、どこかに監視カメラが設置されているようだ。

「説明は他の連中が目を覚ましてから行う。それまで待っていてほしい」

 俊は塚原の指示に従ってベッドへ戻った。やがて全員が目を覚まし、訝しげに辺りを見回した。

「みんな、胸に包帯はしているのか?」

 俊の問いかけに、森山と浜口は自分の胸元を覗いてみる。

「そうみたいだな」

「部屋にいたらいきなり麻酔銃で撃たれちゃってさ。みんなもそうなのか」

「ああ。そうだよ」浜口と森山は頷いた。「ドアを開けたら問答無用さ。一体何が起きたんだよ」

「これから塚原が説明するらしい」

 病室の壁へ取り付けてあったモニターにスイッチが入り、スーツを着た塚原の上半身が映し出された。

「全員目が覚めたようなので、これから処置の内容について説明しよう。君たちもよく知っているかと思うが、昨日ヤフノフスキ症候群保護法が改正され、即日施行された。その中の一つ、保護法施行令第五十一条に指定JS患者の規格が定められている。君たちには規格を満たしてもらうため、急遽処置を行わせてもらった。

 具体的な処置内容を説明する。君たちが眠っている間、胸にジェネレータをセットした」

「何……」

「ジェネレータと言ってもピンとこないだろう。電気信号を発生させる装置だ。心臓疾患を抱えている患者が、ペースメーカーを体に埋め込むのは知っているだろう。必要に応じて電気刺激を送り、脈拍を維持させる装置だ。原理は全く同じだ。ただ、発生する電流は一ミリアンペアと、桁違いに大きい。君たちに埋め込まれているジェネレータが起動すれば、確実に心停止を起こす。

 必要が生じた場合、ジェネレータが作動して、君たちは殺処分される」

「なんだって」

 室内にいる全員が、塚原の言葉に目を剥いた。

「全員落ち着いて聞いてほしい。これは君たちを保護するための処置でもあるんだ。

 今、JS患者の脱走者が全国に潜伏している。それを理由に、すべてのJS患者を抹殺しろと主張する勢力が台頭しているのは知っているだろう。彼らを納得させるには君たちの人権を停止し、無力化させるしかなかったんだよ。今回の処置に、そうした背景があるのはわかってほしい。

 殺処分が下される基準を話そう。まずは既存の法律違反を犯した場合だ。裁判は行われないが、ヤフノスキ症候群規格基準委員会が開催され、法に準じた処置が決定される。それが死刑に当たれば殺処分となる。次にヤフノスキ症候群保護法違反となった場合だ。これは違反の度合いに関わらず、すべて殺処分の対象となるので注意してもらいたい。

 ジェネレータについては、外部からの衝撃で起動しないので安心して貰いたい。ヤフノスキ症候群保護庁長官と指定管理者のみが作動の手続き行う権限を持っている。通常は規格基準委員会が開催され、殺処分が決定されるが、緊急の場合は指定管理者独自の判断で、殺処分を行うことが認められている。ちなみに君たちの指定管理者は私だ。

 私の体にはセンサーと発信機が装着されていて、役所のホストコンピューターと常時繋がっている。仮に私が君たちの誰かを違反と見なし、殺処分するよう考える。その時の脳波の変化をコンピューターは解析し、対象のジェネレータへ信号を送り、起動させる。発令から起動まで、およそ三秒程度だ」

「塚原、お前……」

 サングラスを付けた森山がベッドから降りた。

「森山、何をしようとするんだ」

 塚原はモニター越しから表情を変えずに尋ねる。

「お前を殺してやる」

「それは不可能だ」

 不意に、体へヴァイブレーションを感じた。

 体の奥から、断続的に、規則正しく響いてくる。

「今、全員ヴァイブレーションを感じていると思う。それは胸に仕込んだジェネレータから発せられているんだ。私が何らかの警告を発するとき、このヴァイブレーションを対象に向けて発する。今後ヴァイブレーションを感じたら、自分の行動について問題がないかを考えてもらいたい」

 始まったときと同様、ヴァイブレーションは唐突に止まった。

「森山、君はまだヴァイブレーションが続いていると思うが。どうすればいいと思う?」

 森山はそれでもモニターを睨み続けていた。

「森山、ベッドに戻るんだ」

「そうだよ。でないとあいつはホントにやっちゃうよ」

森山は俊たちを見た。彼の頬は強ばっているが、その中に、微妙な震えがあるのを感じ取っていた。

「わかったよ」

 森山は投げやりに叫び、ベッドへ戻った。

「いい心がけだ。今後も我々の指示に対して素直に従うことだ。それが君たちが選択できる最良の道だ」

「保護法違反についてだけど、文句を言ったり、備品を壊したりするのまで殺処分の対象になるのか」

「原則から言うとすべて保護法違反となるのでそうなる。もちろん、状況によって考慮はする。要は君たちが社会にとって少しでも脅威となる、あるいはその可能性がある場合、殺処分の対象となるんだ。その基準が、保護法に違反しているか否かということになる。詳細は〈改正ヤフノフスキ症候群保護法ハンドブック〉を配布するので、よく読んでくれ。

 君たちはこれから白坂学園を卒業しなければならない。しかし、現在北海道にある施設は閉鎖されているので、我々から新たなプランを提示することとなる。全員手術着を着替えた後、二十分後、ホームルームを開くから教室に集合しろ。以上」

 モニターが切れた。すすり泣く声が聞こえてくるので振り向くと、浜口が泣いていた。

「浜口、泣くんじゃねえよ」

「だって、僕たちもうおしまいだ。人間とは認められないんだよ。しかも、ジェネレータなんて埋め込まれちゃってさ」

「ばか、冷静に考えろよ。あんな法律、建前がなくなっただけじゃねえか。俺たち、元々人間じゃなかったんだよ。

 問題はこれから俺たちの進路がどうなるかさ。力が消えるならいいんだが、そうならなかったらどこへ行くんだろうな」

 森山はベッドを降りて着替えると、さっさと病室を出て行った。

「浜口、森山の言うとおりだよ。心臓にジェネレータが埋め込まれたって、状況が悪くなるなんてまだ決まってないんだし」

 俊はベッドを降りて、泣いている浜口の肩を軽く叩いた。浜口は頷き、ベッドを降りた。


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