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第1部 隔離 11

「私たちも食事にしませんか」

 モニターを見つめていた曽根山が原口を見ていった。

「そうだな」原口はトランシーバーで運転手をしている沢口に、弁当を持ってくるように伝えた。

「持ってきましたよ」

 インターホンから声が聞こえてきたので、原口はドアを開けた。コンビニのレジ袋を下げた沢口が体を震わせながら乗り込んできた。

「外は寒いですよ。コートを着てくればよかった」

 レジ袋を空いている椅子へ置き、メンバーへ弁当を配り始める。狭い車内にテーブルなんてものはないので、各自椅子へ座り、弁当を手に持って食べなければならない。原口は幕の内弁当を受け取ると、割り箸を咥えて片手で割り、まず鶏の照り焼きを口に運んだ。

 予想以上に肉は冷たくて固かった。ま、食えるだけでもよしとしなければ思い、胃に流し込む。外にいる連中は、子供たちが出て行くまで、寒い中、何も食わずに監視していなければならないのだから。

 壁に取り付けてある七番の信号が点滅した。フードコートの外で見張っている勝井からだ。曽根山が慌ててヘッドホンを掛けながら弁当を飲み下し、マイクを取る。

 話を聞いていた曽根山の顔が曇る。

「原口警部、勝井の右に不審な男女がいるそうです」

 モニターを、勝井が映っているカメラへ切り替えた。

「あれか」

 勝井が座っているベンチの右側に、白いウインドブレーカーを着た男と、グレーのダッフルコートを着た女が立っている。

「表情に違和感があるそうです」

「ズームアップしてくれ」

 二人の顔が大きくなる。男は黒いセルフレームの眼鏡をかけ、髪の毛を短く刈っている。女は肩まで髪を伸ばし、やはり眼鏡をかけていた。勝井が言うとおり、デート中にしては表情に生気がなかった。

「こいつら、いつからここにいるかわかるか」

「三分ほど前に来たそうです」

 連れでも待っているんじゃないかと思う。しかし、カメラ越しの映像よりも、現場で感じるニュアンスの方が圧倒的に正しい。原口は二人の顔の情報を、警視庁の犯罪者DBで検索させるよう指示した。

「女はありませんでしたが、男の候補が三件出てきました」

 一人は詐欺罪で服役中、もう一人の男は泥酔して、タクシーのドアを蹴り、器物破損で逮捕されていた。最後の一人は公務執行妨害だ。原口は彼らの顔写真と、不審な男の映像を見比べる。

「服役中の奴は省くとして、あとの二人はどう思うね」

「器物破損の男は、顔の輪郭が明らかに違いますよね。公務執行妨害の方はかなり若いですけど、七年前の画像ですから、外にいる男が三十と仮定したら、だいたい合うんじゃないでしょうか」

「だよな」

 原口は息を吐き、もう一度公務執行妨害をした男の容疑を読んだ。犯行場所はカルト教団〈征新の国〉千葉教会内だった。脱会した信者の逮捕監禁容疑で教会内を家宅捜査したときに、捜査員を殴っている。

 〈征新の国〉はその後社会問題に発展し、警察の強硬な取り締まりもあって、かなり勢力を落としていた。ただ、その分教団に残っている連中は、かなり先鋭化しているとも聞く。

 あの男が今も教団へ在籍しているのか、データには出ていない。公安がマークしているはずなので、情報を取ればいいのだが、原口には伝も権限もない。上司を通して要請をすれば、資料が届くのに、一日以上かかるはずだ。

「すまんが、ちょっと俺に操作させてくれ」

 検索端末にいた男をどかせて自分が座り、フードコート内の映像を映す。談笑している子供たちから、周囲にポイントを移動させ、客の映像を片っ端から検索した。個人情報保護の観点から、顔認識検索自体が問題視されていた。そんな中、こういう行為は明らかに内規違反に抵触する。

 ひどく嫌な予感がしてきた。

 後で問題になるのは明らかだったが、焦りが端末を操作する手を動かし続けた。

 入り口近くにいた男が引っかかった。銃刀法違反での逮捕歴がある。〈征新の国〉絡みだ。

 園内に、〈征新の国〉絡みで逮捕歴のある男が二人いる。

 偶然ではあり得ない。

 まさか。

 原口はマイクを掴んで叫んだ。

「全員に告ぐ、子供を保護しろ」

 曽根山が非常ボタンを押し、車内に警戒信号が鳴り響いた。同時に沢口がドアを開け、フードコートへ向かった。

 画像の中で、監視員が動き出し、子供たちへ向かう。

 次の瞬間、入り口近くにいた男が立ち上がった。

 手には小型の機関銃を構えている。

 銃口から、弾と硝煙が吐き出された。

 「くそおっ」

 数人が倒れる中、客たちがパニックを起こし、右往左往する映像が映っていた。原口はその光景を、歯ぎしりして見つめるほかなかった。


「浜口君は何頼んだの?」

 カレーを半分ほど食べた由衣が聞いた。

「味噌ラーメンだよ」

「大黒屋の?」

「うん、そうだよ」

「ああ。あそこは遅いのよ。前にここへ来たとき、香織が頼んで失敗したんだよね」

「そうそう。やっとできたときはみんな食べ終わっちゃってさ、あたし一人でたべたもん」

「そうなんだ。由衣みたいにカレーにすればよかったよ」

「結構おいしいんだけどね。その分人気があるから、注文をこなすのに時間がかかるのよ」

 浜口の前には呼び出し用のベルだけが置いてある。

「俺、食っちまったぜ」

 森山がハンバーガーの包みを丸め、同じくハンバーガーを選んだ俊と美佐子も食べ終えようとしていた。

「じゃ、俺たちは先に行ってるからさ、浜口はゆっくり食べててよ」

「おいおい、ちょっと待ててよ」

「冗談だよ」

 みんながケラケラ笑った。

 フードコートの中は暖房が効いていて、暑いくらいだった。席の大半はすでに埋まっており、賑やかだ。平日とは言え、屋内で食事ができる場所はここしかないので、ほとんどの客がここへ集まっていた。ようやく浜口のベルが鳴る。

「さて、ラーメンを取りに行ってくるか」

 浜口が立ち上がったときだ。俊は目の隅に妙な動きを感じて周囲を見回した。何人かの男女が自分たちを見つめてこちらへ歩いてくる。違和感があったのは、彼らの表情が、一様に硬かったからだ。

 突然、室内に連続した発砲音が鳴り響いた。

 悲鳴が湧き起こる。

 向かってきた男の一人が倒れた。

 入り口近くで、小型の機関銃を乱射している男が目に入る。

 何が起きたんだ。

「うわっ」

 呆然として立っていた浜口の肩に、何かが刺さり、よろめいた。

 長さ五センチ、銀色に輝くシリンダーだった。

「何?」

 反射的にシリンダーを抜くと、注射針が出てきた。

「麻酔だ」

 浜口がそうつぶやいた瞬間、崩れ落ちた。

 俊は恐怖に襲われながらも、この襲撃が、自分たちへ向けられたものだと悟った。

「君たち、こっちへ逃げるんだ」

 若い男が駆け寄ってきた。手に拳銃を持っている。別の男が倒れた浜口を抱え上げようとした。

「うおっ」

 男が撃たれた。

 椅子へたたきつけられるように倒れる。

 胸から鮮血が広がりだし、体を痙攣させる。

 浜口を抱えようとした男も、銃を抜く前に撃たれて倒れた。

「いやぁっ」

 美佐子が悲鳴を上げる。

 胸に、シリンダーが突き刺さっていた。

 恐怖で顔を歪めた視線の先に、ライフルを構えた男がいた。

 銃口が俊へ向かっている。

「よせよおっ」

 叫んだ瞬間、アグノーが爆発した。

 男が吹き飛ぶ。

 シリンダーが天井へ突き刺ささる。

「お前ら、後ろだっ」

 振り返ると、機関銃を持った男がいた。

 連続した発砲音が響く。

 胸へ焼け付くような衝撃が襲う。

 目の前が真っ白になり、次の瞬間、床に倒れて天井を見ていた。

 機関銃を持った男が視界に入って来る。

 冷たく、表情のない目だ。

 銃口を俊に向けた。

「うおっっ」

 叫ぶ。

 男が驚愕の表情を浮かべた瞬間、天井へ飛び、たたきつけられる。

 起き上がり、胸元を見た。シャツにべっとりと血が付着していた。しびれるような熱さを感じていたが、動くことはできた。

 辺りを見回す。森山が顔に手を当てて呻いていた。ヌシは腹を鮮血で濡らしながらも立ち上がっていた。その傍らで、由衣が頭を抱えてうずくまっていた。浜口と美佐子は倒れたままだ。

 機関銃を持っていた男は床に落ち、倒れたまま動かなかった。

 硝煙の匂いが立ちこめる中、あちこちで悲鳴が上がっていたが、銃声は止んでいる。襲撃者はすべて倒したのだろうか。

「どうする」

「助けを待つのよ。みんなを置いて逃げられないわ」

 辺りを見回す。誰も自分たちに近寄ってこなかった。襲撃者は倒したが、警備員も全員撃たれたのだろうか。

「おおい、大丈夫か」

 割れた窓をくぐり、ワゴン車の運転手が入ってきた。手に銃を持っている。

「全員無事か」

 運転手は銃を構え、慎重に辺りを見回しながら近づいてきた。

 外を見ると、園道から巨大なSUVが走ってくるのが見えた。

 フードコートへ向かってくる。

「来るよっ」

 俊が叫んだ瞬間、SUVはオープンデッキを乗り越え、ガラス窓を突き破った。運転手は振り向いて銃を構えようとしたが、SUVに接触し、車体の下に引き込まれていった。

 なすすでもなく様子を見つめていると、SUVは彼らの手前で止まりドアが開いた。

 男が出てくる。顔にガスマスクを付けていた。手に、手榴弾のようなものを持っている。

 弾から煙が漏れ出し、男が手元へ転がして来た。真っ黒な煙が爆発的に広がり、周囲が見えなくなる。

 俊は煙をかき分け、倒れている浜口へ向かった。思った通り、ガスマスクを被った男が、浜口を抱え上げようとしていた。

 男が短銃を向けようとする。

「離せっ」

 叫んだ瞬間、男は吹き飛び、煙の中へ消えた。

「浜口」

 意識のない浜口に呼びかけながら、周囲を見回した。しかし煙は濃く、一メートルも視界がない。

 突然SUVエンジン音が響きだし、遠ざかっていった。やがて外から風が吹き込んできて、辺りが見えるようになってきた。

 SUVはいなくなっていた。俊は仲間を探す。

「みんな大丈夫か」

 少しずつ煙が薄くなっていく。顔を押さえて呻いている森山、うずくまっている由衣が見えてきた。ヌシは必死で辺りを見回してる。

「美佐子がいないわ」

 俊も美佐子の姿を探した。やはりどこにもいない。麻酔銃で眠らされた彼女が、自ら逃げることはあり得ない。

 SUVに乗った男たちに拉致されたのだ。

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