受容体
要らないものを処分してくれるモノや人がいたら便利だろうな、と考えて作った話です。何でも呑み込むと、呑みこんだものはその後どうなっていくのか? 考えるとちょっと怖くなります。
彼女はとても『優しい』。
いつでも、どんな時でも、微笑んでいる。そして、誰の、どんな頼みでも、断った事がない。
周りの人達は、そんな彼女をお人好しだとか、唯の優柔不断だとかいう。
けれど、それは違うと僕は思う。彼女は『真の優しさ』を持っているのだ。だから困っている人を見捨てておけないのだ、と。
しかし彼女の『優しさ』を、悪用する輩も確かにいる。彼女を便利屋のように利用して、自分達の都合の為にだけ彼女の『優しさ』を用いる者達。
けれど彼女は嫌な顔一つせずに、彼等の『頼み』を受け入れる。自分がボロボロに傷ついてしまっても。
あまりの酷さに見かねて僕が忠告すると、彼女はやんわりと笑って、
「大丈夫よ」
と答える。そうすると、僕は何も言えなくなってしまう。それはかつて僕も、彼女の『世話』になった事があったから……。
三年間片思いだった相手に、意を決して告白して、鼻先で嗤われて、周り中に言い触らされて、笑い者になった。どこへいってもひそひそと噂され、嘲笑を浴びせられた。もう二度と再起できないと思えるほどの『哀しみ』――それを彼女は受け入れてくれた。
他人の『哀しみ』で、彼女自身がどうにかなってしまうのではないかと心配した僕に、彼女は特有のやんわりした笑みを浮かべ、
「大丈夫よ」
と言った。
彼女の受け入れるモノが、『目に見えるモノ』だけではないと、その時始めて僕は知った。
それから僕は彼女の側にいるようになった。彼女に興味が無かったと言えば嘘になるが、彼女の負担を少しでも減らすことができればというボディガード的な意味と、彼女に対する罪滅ぼしの意味もあった。
彼女が受け入れるモノは、『形のあるモノ』と、『形の無いモノ』、そして驚くべきことにその対象は、『人間』だけではなかった。
『動物』や『虫』のように動くような物ばかりだけでなく、『植物』を含めた『生物』全般、果ては『山』や『川』や『海』のような『生き物』と呼べないモノまで! 彼女に言わせると、それらも全て意思があるというのだが……。
実際に生物以外の『頼み』を受け入れているのを見た時は、本当にビックリした。
あれは僕が橋の上から川辺にいる彼女を見つけて、声をかけようとした時だった。川の中から何かが飛び出して来て、、彼女に吸い込まれたのだ。
呆気に取られて見ている僕の目の前で、次から次へと川の中から飛び出し彼女の中へ消えていく『モノ』が、川の中の異物だとわかったのはそれからすぐだった。受け入れる『モノ』が無くなって、彼女が僕に気付くまで、僕は茫然とその光景を見ていた。
振り向いた彼女が、僕に気付いてにっこりと笑ったとたん、強い吸引力を感じた。そして、そのまま彼女の内に吸い込まれてしまった。
彼女の内は、大きな『街』のようだった。
ありとあらゆる『モノ』に溢れ、『形のあるモノ』と『形の無いモノ』が混沌としていた。
その中には僕の他にも人間がいた。僕の見知った顔も、見知らぬ顔も在った。自ら望んだ人もいれば、僕のようにわけもわからないうちに、という人もいた。みんな彼女の内に引き摺りこまれたのだ。
彼等はそこで『生活』していた。
彼女の受け入れる『モノ』を使って、雑然とした『街のようなもの』を造り、原始時代よりはマシな程度の『生活』していた。
彼女は無秩序に際限なく、何でも受け入れる。放っておくと、入ってくるいろいろな『モノ』に押しつぶされてしまいかねないのだ。濁った空気、汚水、疫病、産業廃棄物、死体、人の憎しみや恨みなどの『負の感情』……。喜びや楽しい思い出などの『正の感情』や美しいものは入って来ない。人はそれらを手放したりしないからだ。
僕も彼等を手伝った。産業廃棄物は選り分けて使えそうなものはそのまま使い、使えそうに無いものは粉々に砕いて地面に敷きつめたり穴や汚水溜まりを埋めた。『負の感情』は集めて圧縮して固めて、レンガやブロックのようにした。それで家を作ったり、濁った空気や汚水を濾したりした。
することはたくさんあった。けれどそこには『時間』というものが無かったので、キリが無かった。
ある日、急にそこに『時間』が出現した。
人々は驚き、次に喜んだ。規律正しい時の流れのおかげで、『無限』に続くモノが無くなり、全てに『限界』ができたからだ。しかし僕は喜ぶ彼等とは別に、彼女の内が『地球』になった事に気がついて戦慄した。彼女はとうとう、憎しみに溢れ、汚れきった事に絶望した『地球』まで受け入れてしまったのだ……と。