オトシモノ
こんこん・・・かちゃり
あぁ、ようこそ
わざわざのお越し、ありがとうございます
さぁさ、どうぞお入りください
・・・・・・・・・・・がちゃり
あぁ、鍵ですか?
えぇすみません、これもお呼び立てした一件に関係しておりまして
えぇえぇ、どうぞお察しください
はぃ、どうぞそこへ、おかけになってお聞きください
ではそうですねぇ・・・まずはそう・・・はぃ
【落し物箱】、そう呼ばれるものがあります。
えぇ・・・あるんですよ、まだ。
あんなことがあったのにぃぃぃ・・・。
あぁ、すみません・・・取り乱しました。
あぁ、聞いて下さるんですか、そうですか・・・ありがとうございます。
あぁ、ソレ自体は大した物じゃありません。
小学校の廊下の隅。
ひっそり置かれた長机。
そこにただ、少し大きめのそうですね、重箱くらい・・・ですかね。
そんな少し赤錆の浮いたブリキの箱が置いてあるだけ。
忘れ物や落し物を拾ったらそこへ入れておく、ただただそれだけのものですよ。
あァ、申し遅れましたね。
はい、お察しの通り私は教職についておりまして。
小学校で子供達相手に教鞭を取っております。
えぇ、それでですね、その子供達。
やはり無邪気な子もいれば腕白な子も、引っ込み思案な子もおります。
そんな中でも、一際人見知りの子供がおりました。
名前はそうですね・・・仮に愛ちゃんとでも呼びましょうか。
愛ちゃんは誰とも話さず、いつもひっそり隅っこで何をするでなく俯いて、ただただ時の過ぎるのを待つ子でしたよ。
教師の端くれとしてはやはりそんな子を放っておくこともできず、なにくれとなく話しかけもしておりました。
その内に、時折ですが可愛らしい、年相応の笑顔を浮かべてくれるようになった時には、えぇ、本当に教職についてよかったと涙を浮かべる日すらもありました。
そうなると此方も情が移ると言うもの。
気にかける度合いも増え、随分と懐かれてしまったものです。
特に、褒められることの好きな子でして。
普段褒められ慣れないのでしょうね・・・一度褒めたことは必死で・・・そう、此方が驚くほどひたむきに取り組むのです。
ゴミを拾って歩いていたり、花瓶の水を替えたりと・・・軽い気持ちで褒めて、頭を撫でてあげるとそれはもうこぼれるような笑顔ですよ。
嬉しくて嬉しくて仕様がない、そんな顔をして。
また褒めてもらえると思うのでしょうかね、餌を前にした子犬が芸を繰り返すようにひたむきに、無邪気に仕事をしてくれたものです。
そんな話の一つでしかなかったんですよ・・・そのはずでしたのにねぇぇぇぇ・・・。
あぁぁ、なんであンな・・・昔の自分を殺してやりたい・・・千に、万に肉を千切って踏みにじってやりたいぃぃ
ぁ・・・あ、いやいや、申し訳ありません。
どうにもアノ記憶が近づくと押さえが利きませんでね。
ふぅ・・・そうそう、長々と前置きをしてしまいました。えぇ、ようやく本題です。
まことにもって迂遠な語り、お許しください。
ただ慣らし慣らしでいきませんと・・・どうも、ね。お察しくださいな。
と、そうそう、時に今日此方においでになることはどなたかに?
お約束などありましたら申し訳ありませんからねぇ
あぁ、さようで
えぇえぇ、それは重畳
さて、話を戻しまして・・・その、芸の一環で落し物箱が出てまいります。
とは言えさしたることでもないんですけどね。
ただ愛ちゃんが落し物を良く拾ってくるので、私が落し物箱を作ってあげたと、ただそれだけの話なんですよ。
それでも、褒められるだけでなく私が愛ちゃんのために何か作ってあげたと、それが嬉しかったのでしょうね。
あるいは私との絆とでも思ったのかもしれません。
他の「芸」よりも何よりもお気に入りのお仕事でした。
「せんせぇ、落し物ひろったよ。落し物箱にいれたの」
満面の笑顔で何度も何度も言ってくるのですよ。
ただ、あまりに度が過ぎる回数になってきたもので・・・此方もだんだんとおざなりな態度になってきていました。
そんな折、私自身が落し物をしたのです。
祖父の遺品の万年筆で、仕立ての良いこともあり数年来愛用していた一品です。
大変落ち込んでいたところ、愛ちゃんがどこからかソレを見つけ出して落し物箱に入れておいてくれたのです。
えぇ、それはもう喜びましたとも。
ここしばらく疎ましさを感じてしまっていた後ろめたさもあり、かなり気合を入れて褒めてしまいました・・・・。
その日からです。
時折私の私物が消えるようになったのは。
そして、数日たてば落し物箱から出てくるのです。
えぇ、お察しの通りだと思いますよ。
味をしめたのでしょうねぇ・・・。
最初はまぁ、仕方ないかとも思って付き合っておりましたが、あまりにしつこく繰り返された上、最後には大事な書類まで持って行かれてしまいまして。会議で使う資料だったので大弱りでしたとも。
そんなこともあって、だんだんと私の態度も冷たいものになっていきました。
あぁ、曲がりなりにも教師ですからね。
一応は取り繕って笑顔は見せるくらいしておりましたよ。
それでも、子供は敏感なもの。
愛ちゃんは時折思いつめたような顔を見せるようになっていきました。
・・・ここらあたりで気づいていれば・・・・
そんな、愛ちゃんの内面の何かが・・・見えないところで取り返しのつかないほどに焦げ付き、歪みきって軋みをあげていく日々の果て・・・えぇ、その日々の、成れの果てでその事件は起こりました。
つきおとされました。
電車待ちのホームで、ぼうっと立っていた私の背中を・・・えぇ、軽ぅく
とぉん
ぇっ?と思う間もなく、私は迫る電車に踏み潰されました。
正確には私のひだりうでが。
真っ赤にそまった視界の端に、冗談みたいに軽々と飛ぶ、ひしゃげた自分の腕を見ました。
一瞬だったはずなんですけどねぇ・・・おかしな話で。
えぇ、わりと鮮明にその光景が焼きついているのです。
うじゃじゃけたミンチ肉を思わせる断面。
引きちぎられて垂れる神経節。
ささくれて骨髄を晒す尺骨。
失せた指、さんぼん。
えぇ、指が見つかりませんでした。
後日鉄道会社の人が賢明に探してくれたそうですけどね。
犬にでも食われたか、砂利に埋もれたか・・・。
まぁ、どの道見つかったからと言ってくっつくものでもありませんがねぇ・・・くくくっ。
あぁ、失礼失礼。
えぇ、九死に一生でしたが何とか一命は取り留めました。
死ぬかと思いました。
今でも思い返すと身が震えて・・・凍えたように歯が鳴ります。
がちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちガチがちがち血が血が血が血がががががっががが
・・・ぁぁぁ、すみませぇん。
ダメですねぇ・・・えぇ、全然ダメです。
あぁ、悪夢はまだこれからですよぉ・・・逃げないで下さいね。聞いてくださいね。
はいぃ・・・その後、数週間してようやく復帰がかないました。
長い休暇でたまりにたまった仕事に追われ、片腕でもあり、本当にバタバタした日を過ごしたものです。
擦り寄ってきていた子犬のことなどもうてんから頭に浮かびませんでしたね。
それでもふっと、魔が差すように空白の時間は訪れるものでして。
そこで頭をよぎったのですね、アノ箱のことが。
元々私と愛ちゃんのお遊びのようなものでした。
放っておけば他の誰が見るようなものでもないでしょう。
もしやナマモノでも入っていれば大惨事の可能性もあります。
そう思いついて見に行くことにしました
むわん
近づくと、なんでしょうねぇ・・・アレ。
瘴気とでも言うのでしょうか。
妙に禍々しい腐れた空気を感じました。
あぁ、これは案の定かな?
そう思って顔をしかめながら箱のフタに手をかけました。
心なしか、赤錆が増えて見えるその箱をずらすとなんとも言えない腐臭が漂ってくるのです。
意を決して、中を覗くと、そこには・・・・
自分の・・・■・・・が
さん■ん・・・腐った・・・骨の覗く・・・爪がべろり・・・
ギチリ・・・と現実を見据えることのできないワタシの背後から声。
「せんせぇ・・・オトシモノ・・・いれておいたよぉ・・・クスクスクス」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだですよ?
まだ、続いてるんですヨォ・・・・?
えぇ、そのとき・・・ワタシは・・・振り向いたワタシは無邪気なあの眼に・・・
狂気と執着に塗れてねじくれたあの眼を見て・・・
眼の膨大な圧力に押されるがまま・・・
褒めてしまったのです。
ところでぇ・・・覚えてマスカ
あの子の性質。
褒められたことをひたむきにヤリ続けるアノ忌まわしい性質をぉ
そこから四六時中ワタシはあの子の視線を感じるんです
ねぇ、ちょっとでも油断したら・・・ねぇ、ワタシはどうなるんでしょうねぇぇぇぇ
次はどこを持っていかれるんですかぁあぁぁぁぁぁ
どこを箱詰めにされるんですかぁぁぁぁぁぁ?
・・・・なぁんてね
いやいや、よくご覧くださいな
ほら、左腕以外はどこも欠けておりませんでしょう?
ええ、えぇ、「おかげさまで」今はもう怯えることもなく日々過ごせておりますよ
何せ、良いヤリ方が見つかりましたもので。
えぇ・・・「ベツノモノ」を用意しましてね?
それをオトシテみせまして
えぇ、えぇ、ソレをひろったアイちゃんを、「ワタシのオトシモノ」をひろったときよりもぉぉ~~っとねんいりによぅくほめてあげるんですヨ
きょうココにおいでになルこと、だぁれにもおっしゃってぇ・・・なぃんですよねェ・・・?
ゴトン
あぁ、失礼。ロッカーの中の斧が倒れたようで・・・・