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とらべるぼーる  作者: 原雄一
第十一章 終幕《おわ》る
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二人の剣が交差する

 由樹のサーベルが将治の鎖骨に阻まれたと言う事は、その逆――つまり、将治のサーベルが由樹の骨に阻まれると言う事もあり得る、と言う事を暗に示している。特に将治は力がない。由樹の骨に阻害される可能性は大だった。

 狙うなら、骨のないところ。できれば急所がいい。それはどこか。

 頸である。頸動脈を断ち切れば、恐らく死に至る。できるだけそこを狙った方がいいだろう。

 しかし、急所と言うものはそうやすやすと突かせてくれる場所ではない。急所であるが故に警戒するし、逆に由樹が将治の急所を狙う事もあるだろう。注意しなくてはならない。


《あと七分だぞ。とっとと戦え》


 耳障りなあの声が頭の中に響く。一体どうやって交信しているのだ。

 いや、それよりも。

 あと七分。たったの七分しかない。急がなければ校舎が吹き飛ぶ。五百五十人が死ぬ。早く決着をつけなければ――。

 由樹が一瞬で接近してきた。しまった、と思った時には反射で将治の足は後ろに逃げていた。由樹のサーベルは空を切り、体勢を崩した将治はそのまま転倒した。由樹のサーベルがそこを狙う。将治は床を転げてかわした。武器が床に刺さっている内に攻撃を、と思ったが、由樹がすぐにサーベルを引き抜いた。またも身を翻して逃げる。

 追いかけっこが始まった。体力的には将治の方が不利である。真っ向勝負になれば将治は恐らく負ける。だから何とか由樹の裏をかいて攻撃するしかない。

 トイレの前を通る時、一人の生徒が二人の間を横切った。将治はそれを見て一瞬で方向転換し、突きを繰り出した。先程考えた通り、頸を狙って。

 しかしさすがは運動神経抜群の由樹。持ち前の反射神経でそれをかわした。だがそれでも、頸が少し切れ鮮血が溢れる。頸動脈には至らなかったようだが、体力を奪えるだろう。

 将治の手には人を斬った厭な感触が残っていた。刃が頸の皮に喰い込む瞬間。切り裂く瞬間。それぞれの感触が混ざり合って不快なハーモニーとして残響する。

 将治はそれを打ち消すように唸りながらまた逃げ始めた。もう同じ手は通用しないだろう。別の方法を考えなければならない。

 階段に行き着く。将治はそれを駆け上がった。しかしそれをすぐに後悔する。ここは三階。四階には殆ど人がいないだろう。そしてその上は屋上。最早人いきれに紛れること自体が不可能だ。

 後ろからは由樹が追って来ている。もう引き返す事は出来ない。将治は仕方なく屋上に向かって駆け上がった。

 屋上へ続く扉は常時開放されている。将治はそれを思い切り開けた。まだ昼休みなので、何人かの生徒が滞在していた。

 これでもう逃げ場はない。将治は腹を括って向かい合った。同時に由樹も歩を止める。互いに息が上がっていた。

 由樹の荒く上下する肩を見ながら、サーベルを構えた。誰にも悟る事の出来ない緊迫感が充満する。

 目の前を誰かが横切った。将治のすぐ目の前である。将治の気が一瞬そちらに逸れた。由樹はそれを見逃さなかった。

 由樹のサーベルがその生徒ごと将治を切り裂いた。しかし生徒は無傷。代わりに将治の左肩から右脇腹に掛けてが、浅く切り裂かれた。焼けるような痛みが将治を襲う。


「うぁッ」


 反射的にそこを押さえる。その手もすぐに血で染まった。

 息がさらに荒くなる。由樹も大分血を流しているようだった。


《残り時間は一分だ》


 一分。いやそれ以前に、二人の命が風前の灯だ。次が、もう――。


「……次が、最後の一撃だ」


「……ああ」


 互いにサーベルの切っ先を向ける。昼休み終了の予鈴が鳴り、屋上にいた生徒たちも階段を降りて行った。残っているのは将治と由樹のみ。緊迫感がマックスまで高まる。

 将治の頬を何滴もの汗が伝う。見れば由樹も同様だった。それは走ったあとの熱い汗か、はたまた冷や汗か。


「……行くぜ」


「おお」


 サーベルの切っ先が小刻みに震える。その動きがほんの一瞬、由樹のサーベルの動きと重なった。

 刹那、時間が止まったような錯覚に陥った。風は止み、落ちる木の葉は中空で止まる。将治は両足に力を込め、時間の止まった世界の床を蹴った。

 二人のサーベルが交差する。防御を捨てた攻撃。ただ敵の頸筋を切り裂いてやろうと、それだけを考えた斬撃。

 爆煙が上がった。二人だけに見える爆煙が。

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