小さな虎は、影
箱の中は随分と暗かった。外からの光は一切なく、箱の中にも光源と呼べるものはないに等しい。ただ一つ、小さな蝋燭が立っているだけだ。
不意に、箱の中が明るくなった。突然の事だったので将治の眼は眩み、一瞬辺りが何も見えなくなった。
しかし慣れてみれば大したことはなく、そこまで明るい明りではなかった。明るさで言えば、部屋の明かりより少し薄暗いという程度だ。
将治は、自分の影が不自然に長い事に気がついた。自分の三倍はある。真後ろに光源はない筈なのに、だ。
と言うかそもそもこの空間は何なのだ。あのマジシャンは敵だ。それは分かる。ここはその敵によって作り出された空間だ。それも理解している。
しかし。しかし、だ。
奴は何故この空間を作ったのか? この空間にはどのような効果があるのだろうか? 影が異様に長い事を筆頭に、ここには様々な『不自然』が転がっている。
例えば、今この瞬間に将治を照らしている光は何の光だ? どこにも光源と思しきものはない。本当に蝋燭一本なのである。
更に、先程まで将治を閉じ込めていた箱の壁はどこに消えた? この空間には、『果て』と言うものが見当たらない。それどころか、将治と蝋燭以外は何もない。〈白い部屋〉を連想させる風景だ。
と思っていたら、自分の影が実体化した。相当突飛な話である。長かった影が徐々に地面から迫り出して来て、黒いまま立体となったのだ。将治の影はいつの間にか消えている。
「おいおい……」
将治は呟いた。影は無表情のまま――と言うか、顔は殆ど見えない。
影は突然襲い掛かってきた。将治は瞬時にヴァンを変形させ、ヴァン・シールドを展開した。正直に言って、将治は体術に自信がない。普段は喧嘩など一切しない温厚を絵に描いたような男なのだ。
影の拳はシールドに当たって跳ね返された。しかし影は痛くも痒くもないと言うように無表情を貫き通している。
影はそのまま暫く素手による攻撃を続けた。将治は今のところ防戦一方である。避けるか、或いはシールドで防ぐか。今までは多対一だったので頼る相手もいたが、今は自分しかいない。つまり、この修羅場を自分だけの力で切り抜けなければならないのだ。
影は暫くして将治から離れた。それを見計らって将治は、ヴァン・ガンで攻撃する。影はすかさずヴァン・シールドを発現させた。
――なんだぁ、あいつヴァンも使えんのかよ――
体術では明らかに向こうの方が上手だった。その上ヴァンも使えるとなると、完全に向こうの方が有利である。
影はヴァンをサーベルに変形させた。あくまでも接近戦を強いるつもりか。ならば――と将治はガンを乱射し、敵が近付けないようにした。
しかし影は、銃弾を巧みにかわし、徐々に接近してくる。まだサーベルが届く距離ではないが、それももう少しだ。
敵のサーベルが自分に届く距離に入ったとき、将治は瞬時にヴァンをソードに変形させた。そして後ろに飛びずさりながら振るう。同時に影もサーベルで斬撃してきた。
しかし、リーチではソードの方が勝っている。将治のソードは影の首元を掠めたが、影のサーベルは将治に掠りもしなかった。
将治は勢いづいて武器をサーベルに変更し、接近した。サーベルにしたのは殺傷能力を優先しての事だ。
二人のサーベルが交差した。火花が散る。
しかし影が勝った。将治のサーベルを上に払い、そのまま斜め下方向に振り抜いた。将治の胸に鋭い痛みが走る。見ると、鎖骨から鳩尾の少し上あたりまでザックリと斬れていた。
将治は痛みに耐え、尚も前進する。影もそれは予測していなかったようで、一瞬の隙ができた。将治はそれを見逃さず、頸を横に薙いだ。漆黒の頭が宙を舞う。
身体が一足先に地に崩れ落ち、それから頭が落下してきた。それは一度だけ跳ね、将治の方を見て止まった。相変わらず無表情のままだった。




