豹は己を犠牲に仔羊たちを救う
将治はまた、ロボットに弾き返された。しかし彼は、諦めることはしなかった。仲間の援護を受け、何度弾かれてもまた向かっていく。まさに不屈の闘志と言えた。
それを見ながら結城は、自分が情けなくなっていた。十三、四歳の少年に、〈死闘士〉である自分が意志の面で負ける。それはあってはならないことであり、またあってほしくないことでもあった。
結城は仰向けだった体勢を正し、今は壁に背を預ける形で起き上がっていた。肋骨を折った痛みに耐えながら、一人の勇敢な少年を見ていた。
将治は、年齢の面でも経験の面でも結城に激しく劣る。にも拘らず、あんな恐ろしい敵に幾度となく向かっていくことができるその勇気に、結城はただただ敬服するだけだった。
しかし、やはり将治が劣勢である。将治のサーベルではロボットは斬れないし、ロボットの攻撃をもう一発でも直に受ければ、満身創痍の将治は死ぬことになるだろう。それは何としても避けなければならない事態だった。
現在二年二組の者たちをまとめているのは、すべて将治の力である。それは魂であり、知能。精神であり、肉体。あらゆる面で彼らをサポートしているのだ。その将治が死ねば、クラスはたちまち崩壊するだろう。それだけは何としても阻止しなければならない。
ロボットを斃す方法が、実は一つだけあった。いや、一つしかないと言うべきか。しかしその方法は結城にしか実行できない。すべての〈ヴァン・ウェポン〉を使う事が出来る〈死闘士〉にしかできないことなのだ。しかし結城は満身創痍、立つのもやっとである。この状態でそれを試してみても、上手くいくかどうかは五分五分であったし、上手くいったとしても結城は死ぬだろう。
自分の命をとるか、クラスの安全をとるか。結城は今まさに、人生最大の決断を迫られているのだ。人数で言えば無論クラスの安全の方が重要だ。しかし人間と言う生き物は何より自分が大切であり、場合によっては他人を蹴落としてまで自らが生き延びようとするのだ。それを、自らを犠牲にして他人を救うなどと言う愚行ともいえる行為を選択することができるのは、ほんの一部の人間だけなのだ。
――彼らを救おう――
結城は、数秒の後にそう決断を下した。
よく考えてみれば、自分は既に死んだ人間なのだ。それを、他人を犠牲にしてまで生き延びようというのは都合がよすぎる話しだ。一度死のうとした身なれば、他人のために捨てる――それが人道と言うものだろう。
結城は肋骨の痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がった。体を動かすたびにズキンズキンと痛みが走るが、何とか耐え、ギッと視線を上げた。小刻みに揺れる視界の中には、あのロボットがいた。
結城はヴァンを変形させ、巨大な斧を両手で掴んだ。
それは〈ヴァン・アックス〉――文字通り斧だ。ただし大きさは刃が人間の腰辺りまで、柄の長さも合わせると人間の身長――つまり一・七メートル程度ある。刃の部分は砕けたような紋様が刻まれており、その中心にヴァンが据えられている。威力が高いのが特長だが、重すぎて振り回すことができない。しかし硬い装甲を持つロボットに相対するには、この威力が必要なのだ。
重さが肋骨に響いたが、そんなことは気にしてられない。この方法を実行できるのは、自分だけなのだ。何としてもロボットを斃さなくては。
結城は自分がアックスを振り下ろすべきポイント――ロボットの額を見た。将治の執念深い猛攻によってついた傷だ。小さいがそこに的確にアックスを振り下ろすことができれば、ロボットを斬ることができるだろう。
しかしそれには一つ問題があった。ロボットの真正面から飛び込まなければならない事だ。あのビームを吐かれれば終わりだ。その前に振り下ろすことができればまだいいが、振り下ろす前に放たれれば最悪となる。
覚悟を決める必要があった。
しかしその覚悟は、すぐに決まった。将治を死なせてはならない。二年二組を崩壊させてはならない。あのロボットを斃さなければならない。俺が――俺がやらなければならない。
もう次のビームを発射するのを待っている時間はなかった。待っていれば気持ちが変わってまうかもしれないし、肋骨が限界を迎えるかもしれなかった。最早一刻の猶予もない。次のビームを待たずに――飛び込む。
将治がロボットの相手をしている今がチャンスだった。隙を見て飛び込めば、何とかビームを放たれずに済むかもしれない。アックスを構えたまま隙を窺った。じりじりと距離を詰める。
将治のサーベルがロボットの胴を薙いだ。ロボットが足をふらつかせる。その隙を結城は逃さなかった。一気に間合いを詰め、床を蹴った。重いアックスを振り上げ、数ミリしかない疵に思い切り振り下ろした。――と同時に、ロボットの口から殆ど反射的にビームが放たれた。結城の脇腹が抉れる。
ロボットの頭が割れた。アックスは自重によってロボットの疵を深く抉り、ロボットは火を噴いた。
しかし、同時に結城も崩れ落ちた。脇腹からは大量の血が流れ、視点は定まっておらず、目は殆ど白目を剥いていた。
「結城!」
ロボットが、結城の上に崩れ落ちた。二メートルを超える鉄の塊が結城の腹部を容赦なく潰す。間の抜けた金属音だけが部屋に響いた。
「――結城!」
将治は暫し呆気に取られていたが、もう一度叫んで結城に駆け寄った。
「くぁ……っ将治……俺、はもう……駄目だ――」
今度こそ、本当に『駄目』だった。最早生きる見込みは零に等しい。
「てめぇ、弱音吐くなって――」
「弱、音じゃ……ない……。事実、だ。お前だ…て……分かってる…だろ」
結城は何度か咳き込みながら、最期の言葉を遺そうとした
。
「こいつらを……お前が、まとめて行け……〈死闘士〉がいなく……な、ても……お前らなら――」
――大丈夫だ――
最後は、言葉にならなかった。
「結城……」将治は絶句した。「……結城――!」
しかし返事は、返ってこなかった。
カチリ。哀しみに暮れる間もなく、将治たちは〈白い部屋〉に引き戻された。
結城いいいいいいいいいい!!!!




