鷹は仔羊に過去を促す
白い部屋――。
今回足りなくなった人数は、一人だけだった。最後の最後で死んだ唐沢。彼女を護りきれれば、今回は誰も死ななかった。
将治の肩の傷はやはり治っていたが、心の傷を癒すのには長い時間がかかりそうだった。
「今回は〈ヴァン・ランス〉だな」結城が告げた。「長いリーチを生かして、遠距離からの攻撃が可能だ。ただし剣のように斬る事はせず、突きが基本的だな」
将治は浮かない顔をしていたのだろう、結城が顔を覗き込んで来た。
「大丈夫か? 大分疲れてるようだが」
束の間、将治は返事ができなかった。
「……あ、大丈夫」
奇妙な返事になってしまった。そうなった原因はただ一つで――唐沢の事でも、〈支配者〉の事でもなかった。
カチリ。部屋でのひとときは終わった。
「野際」
教室に立った将治は、休み時間が終わらぬうちに、野際を呼んだ。しかし、将治は長い事黙っていた。
「何だよ」野際が焦れたように言う。「用事があるならとっとと――」
しかしそこで、チャイムが鳴ってしまった。
「……あとで、話があるから」
将治は、それだけ言う事ができた。
四時間目が終わり、給食の時間が終わり、昼休みに入った。〈クラス会議昼の部〉を取り行う。将治はクラスメイトを集めた。
「今日は確認したい事があるんだ」将治は、重苦しい口調で話した。「野際、お前にな」
名指しで呼ばれた野際は、虚を突かれたような顔をして一瞬硬直した。
「俺……? 何を?」
やはり、野際に『隠している』という意識はなかったのだ。ただ記憶を無意識の裡に胸の奥底に沈めてしまった為、分からなくなっていたのだ。
「お前――」将治は、単刀直入に言う事にした。「昔、戦ってただろ。あいつらと」
一瞬、教室がしんと静まりかえった。いや、それまでも誰一人として声を発する者はいなかったのだが、今の将治の言葉で、一層空気が重く沈んだような気がした。
「……は?」野際の、呆けた声が返って来た。「俺が?」
将治は予期していたように――いや、実際に予期していた――言い返した。
「そうだ。お前はこれまで、異様なぐらい過剰な反応を見せてきた」
その言葉にも、野際は意外というような顔をした。しかし、周囲の反応は、将治の観察眼を後押しするものだった。
「お前は気付いてないのかもしれないけどな、そうだったんだよ。例えば、俺が初めに『正八面体が届かなかったか?』って聞いた時。お前は少し視線を泳がせたよな。あれも、心の奥底に沈みこんでいた記憶が、瞬時に反応したからだったんだろ?」
野際は何も言わなかった。逃げているようでもあったし、回想しているようでもあった。
「それに、戦いのとき、お前はいつも思案深げな顔をしていた。何か、引っ掛かるものがあったからだろ」
野際は観念したようにため息を吐いた。
「……ああそうだよ。俺はどうも、心に引っ掛かるものがあったんだ。でもそれが何かは、ほんとに知らなかった」
将治は、真っ直ぐに野際の眼を見つめた。
「思い出せ。お前は過去に、何を経験している? 前回戦ったときは生き残ったのか?」
野際は、今まで見せた事のないような思案深げな顔をした。右手でこめかみを押さえ、必死に過去を思い出そうとしている。




