更なる虎は、恐竜
将治は愕然とした。プテラノドンと戦ったあとで疲れているにも拘らず、まさかこんなものと戦わなければならないとは――。
ヴァンから投影された映像は、ティラノサウルスだった。もっともよく知られる肉食恐竜。鋭い牙を持ち、恐竜を食していたとされる――。
ズン、と言う音が響いた。デジャヴを感じる。最初の時もそうだった。重い足音がし、鳥が逃げていき、そしてゴリラが現れた。つまり、この後すぐにティラノサウルスが現れるという事だ。
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
腹の底に響く声が聞こえた。動物的な、本能的な声だった。ティラノサウルスの声だろう。ティラノサウルスが、人間の臭いを感じて興奮しているのだ。
ズン。また地響きが聞こえた。グルルルルと喉を鳴らすような音も聞こえる。かなり近い。――見上げると、生い茂る樹の上に、ティラノサウルスの顔が浮かんでいた。
「……うっそだろ……でかすぎるぜ……!」
生い茂る樹でさえ、七、八メートルはある。その上に顔がひょっこりと浮かぶ――十二、三メートルはあった。
「あんなモンどうやって相手にすんだよ……?」
「くそがッ!」
宮川が跳び掛かっていった。しかしその反撃は届かず、顔を地面すれすれまで近付けたティラノサウルスの口の中に吸い込まれていった。
「宮!」田沼が叫ぶ。「畜生!」
田沼もティラノサウルスに跳びかかっていった。しかし、ティラノサウルスは短い手を器用に使い田沼を弾いた。
「クソッ……くそが!」
地面に叩きつけられ、口元に付いた血を拭いながら田沼は忌々しげに呟いた。「化け物め……!」
『ゴオォォォォン』
宮川を飲み込み、口の空いたティラノサウルスは雄叫びをあげた。そして獲物を探すような眼つきで下を見下ろす。
『グルルルルルルルル……』と喉を鳴らし、ズン、と大きな一歩を踏み出した。一歩でも五メートルはありそうだ。
「くそがァ! 逃げろ! 取り敢えず逃げるんだ!」将治は大声で指示した。「あんなでかい奴すぐには斃せねぇ! 今は取り敢えず、喰われねぇ事を第一にしろ――」
その時、望月の小さな身体が――身長云々ではなく、ティラノサウルスとの対比によって――ティラノサウルスに咥えられた。
「モッチー!」
ティラノサウルスの口許に、真っ赤な液体が流れた。
しかしティラノサウルスは、これでは足りぬとばかりに叫び声を上げた。
『ゴギャァァァァァアァァァァァ』
上を向いてガチンガチンと牙を鳴らす。考えてみれば至極単純な事だ。十数メートルある巨体が、1.5メートルと少しの人間を飲み込んだところで飽き足りる筈もない。
「ああくそォ!」将治は奥歯を噛み締めた。「逃げろ逃げろ! とにかく逃げろ!」
将治は言いながら走った。しかし、ティラノサウルスはどんどん迫って来る。一歩が五メートル近くあるのだ、走る人間に近づくのは容易だろう。
ティラノサウルスは上体を屈めた。短い手で出川をすくい上げ、口の中に抛り込む。そして口を閉じた。噛み切られた出川の下半身が落ちてきた。
「畜生! お前ら逃げてろ! 俺が行く!」
慶尚だった。サーベルを両手で構え、ティラノサウルスの足下に突っ走っていった。
「待て慶尚!」しかし慶尚は、止まらなかった。「――くそ!」
俺はあいつにいなくなられちゃ困るんだよ――将治は内心で舌打ちし、慶尚を追った。
「お前らは逃げてろよ! 俺は慶尚を止めに行く!」
しかし、慶尚の足は速かった。将治は追い付くどころか、少しずつ離されていった。
慶尚がティラノサウルスに跳び掛かった。サーベルを左から右に薙ぎ払う。しかしティラノサウルスの足は存外硬かったようで、少し切り込みが入った程度で弾き返された。
「慶尚! だから言わんこっちゃない――」
将治が上を見ると、ティラノサウルスの巨大な口が迫っていた。
「…うっそだろ!」
叫んだときにはもう遅かった。『だ』の辺りで視界は暗くなっていた。粘付いた唾液が、身体中に纏わりつく。
「慶尚! 慶尚大丈夫か!」
「ああ、大丈夫――うわっ!」
「どうした!」
「いやなんか気持ち悪ィ――」
慶尚の声は、そこで消えていった。
「慶尚? 慶尚どうした! おい!」
返事はない。
「おい! どうしたって!」
――やはり返事はなかった。
「だァー、くそっ!」
――もしかして、飲み込まれたか?――
そんな厭な想像が頭の端を掠めたが、ぶるぶると頭を振って打ち消す。――とは言っても、舌と上顎で圧迫され、首が回る状態ではなかったのだが。
将治は、口の中に抛り込まれた反動で手から離れたヴァンに腕を伸ばした。あと数十センチ、あと数センチ、あと――。




