狼は仲間に殴られ、我を取り戻す
場には気まずい雰囲気が流れていた。黒川に助けられてよかった、と言うのと、調子に乗るな、と言うものだった。
それもその筈で、黒川はアリジゴクを徹底的に追い、ターゲットが拳を握っていようといまいとただ叩きのめしていたのである。
しかしアリジゴクにはあまり効いておらず、反動で退きはするのだがダメージにはなっていない様子だった。
アリジゴクは次に田沼を狙った。同時に黒川もやって来る。
ゴッ、と言う鈍い音が二つ続いた。
一つ目は田沼が左手で黒川を殴った音だった。黒川は面を喰らって、倒れ込んだ状態で呆然としていた。
二つ目は田沼がアリジゴクを殴った音だった。これまでにないような威力のパンチだ。アリジゴクは大きく吹き飛び、後頭部から砂漠に落ちた。
田沼は黒川に向き直った。何故殴られたのか分かっていない黒川は、不審の眼を向けている。
「……ざけんじゃねぇぞ」田沼が呟いた。「お前、自分が死なないとでも思ってんのか?」
黒川は、言われている意味が分からないのか、殴られて頬に右手を当てていた。少し目を見開いている。
「お前、俺達がいる事忘れてんじゃねぇだろうな」
「え…いや」
「いやじゃねぇよ」田沼は少し語気を強めた。「だったら俺達の事、どう思ってんだ?」
黒川は何も答えなかった。
「どうせ自分が護ってやらねぇと何もできないと思ってんだろ?」
アリジゴクが田沼に向かってきた。
「ざけんじゃねぇ!」
田沼は叫ぶと同時にアリジゴクにパワードナックルを叩き込んだ。アリジゴクが吹き飛ぶ。
「俺達はお前に護られるだけの存在じゃねぇ! 自分でも戦えるし、逆にお前を守る事も出来る! お前だけが戦ってると思うなよ」
将治は、こんなにも語気を荒くした田沼を見るのは初めてだった。いつもは温厚で、クラスの雰囲気づくりに努めている――そういう印象しか抱いていなかった。
「そりゃ護ってやらなきゃいけない奴はいるさ。でも、お前だけが全部護るってのは間違ってる。俺達全員で護れば良い」
黒川は少し俯いて、自分の傲慢さを反省したようだった。
「お前は何でもかんでも一人で背負いすぎなんだよ。分けろ、俺達にもな」
そういう事だったのか――将治は納得した。彼らが黒川を嫌っていたのは、ただ暴力的だからと言う訳ではなかったのだ。一人で背負いすぎ、自分達の事を信頼してくれていないように見えてしまうからだったのだ。
「……あと、何分だ?」
黒川は静かに呟いた。
「国井、あと何分だ? 結城が現れるまで」
将治は自分の時計に視線を落とした。
「あと……二分十六秒」
「そうか……じゃ、時間がねぇな……」
黒川は呟き、立ち上がった。尻や背中に吐いた砂を払う。
「ごめん、田沼……。でも俺には、これしかできないから」
言って、黒川はアリジゴクに向かって行った。パワードナックルがアリジゴクにあまり効かない事は知っている筈なのに。
アリジゴクの前まで走り、黒川は巨大な敵を挑発した。アリジゴクが口を向ける。
黒川が跳んだ。アリジゴクガ大きな口を開ける。バグン、と言う音がして、黒川の姿がアリジゴクの中に消えた。
「黒――」
田沼が言った。突然の出来事に、呆然とした感じであった。
美談めいてきました。




